【日本と韓国 : 隣国で暮らしてみて Extra 】| Erinam

『日本と韓国 : 隣国で暮らしてみて』は日本から韓国に渡りキャリアを積んだアーティストや、日本に暮らす韓国のアーティストに話を訊くErinam(田中絵里菜)氏のインタビューシリーズ。今回は彼女の初の著書『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』の発売を記念して、番外編としてErinam自身の韓国生活について話を聞いた。

取材・構成:宮崎敬太

韓国のさっぱりした気風が自分に合ってた

- Erinamさんはこれまでソウル在住の日本人デザイナーとして、さまざまな媒体で情報発信されてきました。その集大成となる著書を発表されましたが、そもそもどんなきっかけで韓国で暮らすことになったんですか?

Erinam - もともとは新卒で日本のデザイン事務所で働いてたんです。でも全然馴染めなくて(笑)。とにかくツラい。全然帰れない。「この仕事一生できんのかな?」と思い詰めてました。K-POPにハマったのはまだ大学生だった2009年。そこからかなりの頻度で韓国に遊びに行ってたんです。そしたら一緒に行ってた友達が韓国に留学することになって。じゃあ私も仕事を辞めて、気分転換に韓国に住んでみようかな、と。それが25歳の時です。

- 思い切りましたね。

Erinam - いやいや。むしろ逃げ出した感じ(笑)。とりあえず9ヶ月だけ語学留学しよう、みたいな。人生の長期休暇のつもりでした。明確な目標もなく、弘大(ホンデ)にある語学堂に通いながら、日本のカレーを出すお店でバイトしてたんですけど、だんだん「こっち(韓国)でもうちょっと何かできないか」という気持ちが出てきたんです。それでいろんなデザイン事務所に連絡したら『Oh Boy!』という雑誌の編集をしてる会社が採用してくれて。

- じゃあ最初は韓国語も話せなかった?

Erinam - はい。ハングルが読める程度の状態で向こうに行って、語学堂で日常会話ができる程度までは勉強しました。あとは日常会話から学んだ感じですね。

- ドラマや映画からイメージする韓国の職場ってすごく大変そうなイメージがあります。日本よりも厳しい超競争社会というか。実際はどんな感じなのでしょうか?

Erinam - ひとつの会社でしか働いてないから、同じことが韓国全体に当てはまるかはわかりませんが、少なくとも私には合ってましたね。日本には新社会人ならではストレスがあるじゃないですか。先輩の空気感を先読みして行動しなきゃいけない、みたいな。私はそれができなくて挫折したんです。実務よりもそれができないストレスのほうが大きかった。もちろん韓国でも怒られる時はものすごく怒鳴られるんだけど、「됐어!(もういいよ)」って言われたら、その件はそこで終わり。さっぱりしてる。そういう気風が自分には合っていたと思います。

- さっぱりしてるんですね! 僕は脚色された韓国社会しか知らないので、ものすごくハードな労働環境をイメージしてました。

Erinam - 労働量自体は日本とそんなに変わらないです。『Oh Boy!』は人数が少ないから、終電以降の2時とかに帰ることもしょっちゅうでしたし。でも日本ほど根詰めてないんですよ。オフィスにはショップも兼ねていたので、普通に友達が遊びに来ることがあって、「ちょっとコーヒー飲んでくるわ」って1時間くらいデスクを離れても全然平気。日本だと先輩や同僚に気遣ってそういうのはできなかった。あと変な業界人風を吹かせる人がいなかったのも良かったです。オフィスのみんなで「ちょっとチャンポン食べに行こっか」とか。自由なんです。今思い返すと、気遣いできないと落ち込んでたあの時間はなんだったんだろうって感じ(笑)。実務と関係ないことで心労を感じるなんて無意味だなって思う。

韓国では「なんでもいいよ」って回答が通用しない

- 韓国生活は順風満帆だった?

Erinam - いやー、いろいろありましたよ。シェアハウスしてた同居人に変な濡れ衣を着せられてケンカになったり。韓国の人は口ケンカがむちゃくちゃ強い(笑)。しかも私も最初はそこまで語学力がなかったから、とりあえず「죄송합니다(チェソンハムニダ)」と謝ったら、そっから事あるごとにいちゃもんつけられるようになっちゃって。困ったなと思って同僚に相談したんですよ。そしたら「それ、何があっても言っちゃだめだから」って言われて。

- どういうことですか? 僕なんて年がら年中「すみません」と言いまくってます(笑)。

Erinam - ですよね(笑)。私も語学堂では「すみません」を「죄송합니다」と教わったんですよ。でも実際は日本人のカジュアルな感じだと「잠시만요(チャムシマンニョ)」が近い。「죄송합니다」は自分の否を完全に認める時に使う言葉なんです。「大変申し訳ございません」的な。最初の頃は「죄송합니다」のほうを言いまくってたので、会社の人にも「こんなことですみませんすいませんなんて言わないで?」って逆に怒られてました。あと「絵里菜はもっと堂々としてなさい」とか。

- 日本人で、しかも新社会人の感覚が残ってる状態で社会に出ると、やっぱりどこかオドオドしてしまう部分はありますよね。そういう意味では、韓国で働いたことはErinamさんにとっても大きな成長になったんじゃないですか?

Erinam - はい。私が一番怒られたのは、物をはっきり言わないこと。例えば先輩に「この後ご飯行くけど、絵里菜は何食べたい?」と聞かれて、「先輩が食べたいものでいいですよ」とか曖昧に答えようもんなら「はっきりしなさい!」って怒られちゃう。韓国では「なんでもいいよ」って回答が通用しないんですよ(笑)。韓国では相手を嫌な気分にさせてしまう。なかなか直らなくてみんなに指摘されました。でも最後のほうはようやく即答できるようになって。そしたら会社の人に褒められました(笑)。韓国は相手のご機嫌を伺う空気読みが悪とされるんです。

- それは面白いですねー。

Erinam - 本の冒頭にも書きましたけど、パリパリ(빨리 빨리/早く早く)文化なんです。迷いの過程に興味がなくて、みんなとにかく結論を早く知りたい(笑)。

いろんなクリエイターが春先のタケノコみたいにあちこちで地面から頭を出してる

- 『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』を読んで一番強く感じたのは、韓国のクリエイターを取り巻く風通しの良さでした。僕は苛烈な競争でもっとギスギスしているのかと思っていました。でも全然そういう空気感じゃないですよね。一方、日本はSNSもロクに知らないような、権威ある「オトナ」がいつまでも利権の上に居座ってて。だから余計に韓国のクリエイティブ業界が魅力的に感じました。

Erinam - クリエイティブを取り巻く現場については、日本と韓国を単純に比較できないと思うんです。というのも、韓国は南北の分断や軍事政権を経験しているので、いわゆるカルチャー的なものが生まれたのが80年代末から90年代初頭くらい。『Oh Boy!』の編集長は韓国のファッションフォトグラファー会の会長をしてたんですけど、それでも50代なんですね。韓国では第二世代の写真家。たぶん一番上の人でも60代で人数もすごく少ない。つまり業界全体が若いんです。で、韓国のベテランたちは日本の美術大学とかに留学して、それを韓国に持ち帰って写真やデザインをやってるんですね。

- へー!

Erinam - あと韓国の人は飽きるのも早いので、大御所の人もいるっちゃいるけど、結構回転していっちゃうんですよね(笑)。さらに言うと、最近の若い子は会社に入ったり、アシスタントをやるんじゃなくて、インスタとかでどんどん自分の作品を発表しちゃうんです。「勉強のためとは言え、わざわざ超過酷なアシスタント業を無給でやる必要なくない?」みたいな。あと韓国は事務所やスタジオを日本よりも気軽に作れる環境なので、2〜3人の友達と一緒にやってる小さな事務所がたくさんあって。その感じが面白い。

- なるほど。日本の場合は60年代くらいから現代までポップカルチャーが連綿と続いてるけど、韓国は政情の影響もあってカルチャーの芽吹きが遅かった。そういう意味では今の韓国には、日本の80年代とか90年代くらいの頃の自由な雰囲気があるのかもしれないですね。しかもネットインフラは超発達してるから、いい意味でよりカオスな状態に(笑)。

Erinam - この前SMやJYP、JellyFishの人たちが話してるClubhouseを聞いてたら「今スカウトは全部SNSでやってる」って言ってましたね。アイドルはもちろん、デザインやフォトグラファーも結構インスタで見つけてるみたい。春先のタケノコみたいにいろんなクリエイターがあちこちで地面から頭を出してるような状態なんです。そういう意味で、日本みたいにまとまったひとつの大きな塊というか、確固たる権威はない。財閥や大手はあるんですけど。

- NCTの日本人メンバーとして抜擢されたショウタロウくんもTikTok発という話ですよね。僕は彼がNCTに加入した時すごく興奮したんです。いわゆるアイドルっぽい感じじゃなくて、実際に街にいそうなリアルなカッコよさがあるというか。おそらく日本だったら彼はああいう形で抜擢されないと思う。

Erinam - 韓国のアイドル業界はパクりパクられが当たり前で競争がものすごく大変だから、常にクリエイティブな感性を更新していかないと勝ち残れないんですよ。しかも大手のSMにもショウタロウくんのような無名の日本人を抜擢しちゃう大胆さがあるし(笑)。これは本にも書いたけど、そういう中でもみんな良いものを作れば売れると信じてる部分があって。

- 健全な競争が生まれてるんですね。

Erinam - そうですね。ただこれは言っておきたいんですけど、私は日本のアイドルやクリエイティブもすごく面白いと思っています。ただ発信の仕方が違う。韓国に行って驚いたのは、嵐のファンがめちゃくちゃ多かったこと(笑)。でもそういう子たちは違法サイトでコンテンツを見てるんですよ。これはアニメとかにも言えるんだけど。日本の作品は世界で評価されてるのに、世界に向けてオフィシャルで発信されてないから、海外の人は違法サイトで見るしかない状況なんです。

- Erinamさんは日本でもアートワークのディレクションや映像制作を行っていますが、韓国との違いはどんなところだと思いますか?

Erinam - お金ですね。韓国のほうが圧倒的に予算がかかってる。アンダーグラウンドなヒップホップの人たちですらMVの制作に200万円くらいは費やします。アイドルになると数千万円なんてザラ。だからクリエイターたちもダイナミックな提案ができるんです。

実際に手を動かしてる人のカッコよさを伝えたかった

- 韓国滞在中にFNMNLをはじめ、さまざまな媒体で韓国の旬な情報をコラムで発信されていましたね。

Erinam - 韓国に行くまで文章なんて書いたことなかったんですけどね(笑)。日本でも同じような仕事をしてたから編集をやってる友達がいて、その子たちが韓国に来て記事を作るときに、いろいろお手伝いをしてたんです。撮影、インタビュー、翻訳、編集、取材コーディネート……。そういう中でコラムを依頼していただけるようになりました。

- 2015年から2020年までの韓国は激動だったと思います。この期間にK-POPは世界的に羽ばたいたし、大統領も変わった。Erinamさんは異邦人としてそんな韓国をどのように見ていましたか?

Erinam - 今思えば面白いタイミングで行けたなと思います。カルチャー面ではアンダーグラウンドなヒップホップがどんどんお茶の間に浸透していったりとか。政治的な面では、2014年のセウォル号沈没事故をきっかけに朴槿恵政権が揺らぎ始めて、国中がパニック状態だったんですよ。でもそういう中で韓国の人たちの行動力を間近で見ることができて。自分にとってはそれが大きかったですね。

- 行動力、というのは具体的にどういう面でしょうか?

Erinam - 仕事の面でも指摘され続けてきた「自分の意見も持ち、それを言う」ことです。そして発信するためには勉強しなきゃいけない。韓国にいた時、よく「●●●の件について、日本人として絵里菜はどう思う?」みたいに聞かれたんです。でも日本の政治のことなんて全然知らないから何も答えられなかった。そうすると場が静まっちゃう。日本だと政治の話は友達同士でほとんどしないけど、韓国ではカジュアルにディスカッションするんです。同じノリで仕事が終わった後に「絵里菜もデモ行く?」「なんか楽しそうだから行っちゃおうかな」みたいな(笑)。デモも日本より敷居が低い。あとびっくりしたのが、朴槿恵の退陣を求めるデモで、超でっかいスピーカーをクレーンで吊るして、そこから流行りのK-POPが大音量でガンガン流れてるんです。

- レイヴみたいですね(笑)。

Erinam - 本当にそんな感じ! そこでみんなが「朴槿恵、退陣しろー」と言ってて(笑)。終わったらみんなで焼肉を食べて帰る、みたいな。

- それは貴重な体験でしたね!『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』にはそういう現地の生々しさが客観的に書かれていたと思います。

Erinam - そう言っていただけるとありがたいです。書いてる時は何度も諦めそうになりましたけど(笑)。

- どの部分が大変でしたか?

Erinam - それまで1000文字程度の短いコラムしか書いたことがなかったので、十数万字におよぶ本一冊分の文章を書き上げるのが想像以上に大変でした。って、その度に担当編集の方に励ましてもらって。あと最初は良かったんですよ。でもやってるうちに「音楽ライターじゃない私が書いていいのかな?」って気持ちが出てきて。私はあくまでデザインをする人間でいたかった。本を出すことで自分がK-POP評論家みたくなっちゃうのは違うなって。でも私だけが知ってる情報をみんなに伝えたい気持ちも強かった。だからこの本もK-POPのプローモションに携わる裏方の人たちに焦点をあててるんです。

- なるほど。K-POPをきっかけに渡韓し、デザイナーとしてソウルの最先端を肌で感じてきたErinamさんだからこそ書けた本だと思いました。『K-POPはなぜ世界を熱くするのかの発表はご自身にとってもひとつの区切りになったと思いますが、今後はどのような活動を予定されているんですか?

Erinam - 2019年の後半からずっとこの本を作っていたので、将来のことを考える余裕がなくて。でも今回の本を作る過程でいろんなクリエイターと話して、改めて実際に手を動かしてる人のカッコよさを感じたんです。『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』ではそれをいろんな人に伝えたかったし、書くことで自分自身にも落とし込みたかった。だから今後も自分の手を動かしてデザインの仕事をしていきたいですね。

Info

日本と韓国 : 隣国で暮らしてみて
Vol.1 NOA

Vol.2 XY GENE

Vol.3 Valknee

Vol.4 Howlin' Bear

Vol.5 Omega Sapien

田中絵里菜(Erinam) 著

定価: 1,870円(本体1,700円+税)

https://www.asahipress.com/bookdetail_norm/9784255012124/

https://twitter.com/i_mannalo_you

https://www.instagram.com/i.mannalo.you/

related

【インタビュー】ILL-BOSSTINO『KINGS CROSS』|ヒップホップを突き詰めていけば絶対にここに来る

THA BLUE HERBのILL-BOSSTINOとdj hondaがタッグでフルアルバム『KINGS CROSS』を完成させた。若いリスナーにとってdjhondaの名前は知らなくても「h」のロゴキャップは見たことがあるはず。その主である彼は1990年に単身渡米。ニューヨークのシーンで初めて実力を認められた日本人ヒップホップDJだ。そしてKRS-ONE、Common、Mos Def(Yasiin Bey)、De La Soul、EMPDなど90年代を代表するラッパーたちと共演してきた。

【Rappers Update Vol.5】guca owl (前編)

「guca owl」と書いて「グカール」と読む。もともとはowl kid(オウル・キッド)という名前で活動していたが、guca(ジー・ユー・カ)=自由化という意味を込めた文字を頭に付け、夜の世界に生きていたフクロウは大空へと羽ばたいた。

【座談会】SIMI LAB『Page 1: ANATOMY OF INSANE』 |10年目の青春、カオス、邂逅

国内のヒップホップ・レーベル、SUMMITが今年10周年をむかえた。そして、そのSUMMITが発足した2011年にファースト・アルバム『Page 1: ANATOMY OF INSANE』を発表したのが、SIMI LABだ。

most popular

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。