【コラム】Earl Sweatshirt周辺のヒップホップと私

Earl Sweatshirt周辺のヒップホップについてのコラム、というお題をFNMNL編集部からもらい、この5/29に発売になった私XTALのアルバム『Aburelu』との関連についても是非ということだったので、以下のような流れで書いてみようと思う。最後までお付き合いください。

1. Earl Sweatshirtとの出会いとその魅力

2. Earl周辺のアーティストについて

3. アルバム『Aburelu』にどのような形で影響を与えたのか

1. Earl Sweatshirtとの出会いとその魅力

まず、そもそも私は熱心なヒップホップのリスナーだった訳ではない。勿論嫌いではなかったし、Afrika BambaataaやGrandmaster Flashなどのオールドスクールのアーティストは大好きで、A Tribe Called QuestやDe La Soulも好きだし、DJ Qbertのミックステープもよく聴いていた。でも音楽リスナーとしてヒップホップをメインに聴いていた時代はなかったように思う。ただヒップホップという超巨大な未踏破の領域があるのはわかっていて、自分はいつそこに行くのだろうかという思いが常に心のどこかに漂っていた。

Earl Sweatshirtとの出会いは2018年発表の『Some Rap Songs』。話題になっていて聴いたことのない作品は、ひとまず聴いてみることにしているので、この時も軽い気持ちで聴いてみたのだと思う。感想は、「よく分からないけど、何故かしっくりくるなー」というもの。未知のものだけど何故か自分にフィットする、その理由を探すように、いつの間にか何度も何度もリピートしてた。その内に「どんな物がかっこいいのか」という自分の価値観が新たに塗り替えられていくような感覚に陥り、その塗り替えられる感覚が快楽に変わり、さらに何度もこのアルバムを聴くことになった。

何がそんなに自分にとって新しいものだったのか。まずは「ビートが明確ではない」点。明確なビートにはアタック感の強い、キックとスネアのサウンドが必要だけど、このアルバムにおけるそれは奇妙にくぐもった音で鳴っているか、そもそもキックとスネアが別サンプルとして配置されておらず、これまた奇妙な形に変形された上モノのサンプルの繰り返しのみに、ビートの生成を頼る曲もある。そのサンプルのループも、打点がグリッドからはズレていたり、突然ヨレ始めたり、無音になったりと安定することが無い。またEarl Sweatshirtのラップ自体も、明確にグリッドを意識するというよりは、トラックの上を自由に漂うような印象を受ける。

明解なビートというのは、時間軸をはっきりと示し、多くの人にとって音楽を聴く時に拠り所となるもののはずだ。ではある意味でその逆を行く、『Some Rap Songs』はリスナーを拒絶するようなものかと言われれば、それは違うと思う。この作品を聴いて確信することは、この不明瞭で不安定なビートこそが、Earl Sweatshirtの語るストーリーに対して必要だったのだろう、という感触だ。

それは私には、ギターと声だけを使い、自分だけのリズムで自由に歌う、Robert Johnsonのようなブルースマンを思い出させる。ギターがサンプラーに、歌がラップになったという変化はあるにせよ、根底に共通したものを感じる。

また、楽曲構成にも驚きがあった。ヒップホップに限らず、ポップ・ミュージックの定形である、イントロ、ヴァース、コーラス、アウトロといった形式はここでは過激なまでに破られている。特にイントロとアウトロに関しては、突然始まり、脈絡なく終わるという場合が多く、とりわけ印象的だ。

不定形でグニャグニャと落ち着かない心の動きに、音楽は何らかの形を与える事ができると定義するなら、ここではその不定形なものはそのまま放り出されている。それは、何かが始まる時、あるいは終わる時は、いつでも理不尽なまでに突然だしコントロールすることが出来ないという、我々が度々直面する事態のリアルな反映のように感じられる。

そしてEarl Sweatshirtが書くリリックは、当然こうしたサウンドの世界観とリンクしているはずで、FNMNLのこちらの記事からも、その一旦を垣間見る事が出来る。自身の個人的なトピックをリリックで扱うことに対して、「小さい部屋のようなものだ。みんなに向かって話す必要が無い言葉を話しているようなものなんだよ」という発言にとりわけ興味を惹かれる。その小さい部屋には彼以外誰もいないのだろうが、実はその壁を隔てたすぐ隣には我々がそれぞれ居る小さな部屋があり、彼の声が聴こえてくる、というのがEarl Sweatshirtのリリックであり、音楽なのだと思う。リリックをさらに解読する事が出来たら、よりその音楽を理解することになるはずだが、残念ながらまだそこまで自分は到達出来ていない。Earl Sweatshirt本人の言葉を借りると、「暗号化された奴隷同士のコミュニケーション」であるそのリリックを読み解くのは困難な作業だろうが、それを生み出す社会・文化的状況に関する理解を進めていくという事が、これから私が取り組んでいくべき課題だと感じている。

2. Earl周辺のアーティストについて

#1 MIKE

Earl Sweatshirtに完全にドハマりした後に、必然的に訪れたのは「他にもこういうタイプのヒップホップを聴きたい」という気持ちだった。何の手がかりも無いまま、SpotifyEarl Sweatshirtの関連アーティストを聴いて行ったところ、「やっぱりいた!」という確信を伴った印象を与えてくれたのはMIKEだった(この時はSpotifyの関連アーティストの精度かなり頼れると思った)。

Earl Sweatshirtと同じく、分かりやすさよりも自分だけのためのビートを追求したかのような音楽性。特にアルバム『Renaissance Man』の1曲目『Negro World』には度肝を抜かれた。ソウル・ミュージックから抜いたと思しきサンプルがループ、オートバイが走り抜けていくかのような効果音が重なり、その上でMIKEがラップしていくと、突如挿入される全く他のループとタイミングが合っていないマシン・ビート。この腹立つぐらいの堂々としたズレ方は、衝撃的だった。

そしてしばらくして、PitchforkでのMIKEのインタビューを読むと、MIKEはEarl Sweatshirtの長年のファンであり、またEarlの方もMIKEの音源をBandcampで購入したことから両者のコミュニケーションが始まり、今はMIKEはEarlをメンターとして捉えている事が書かれている。MIKEは幼少期はロンドンにいてグライムに触れたことからラップを始めたとの記述もあり、シングル"Numbered Dayz"などを聴くと、そのUKの雰囲気が入っていることも感じる事が出来る。この辺りはMIKE独特の個性の一つだろう。

#2 Standing On The Corner

ゆっくりと沈み込んでいくような、あるいは混乱している過程をそのまま表現したかのような印象の『Some Rap Songs』において、アルバムの中間地点に近い6曲目"Ontheway!"と最終曲"Riot!"は、憂鬱を振り払うように明るい曲調となっており、これがアルバムをトータルとして何度も聴ける構造になるのを助けている(どちらにも曲名に「!」がついていることに明確な意図を感じる)。この内"Ontheway!"に参加しているのがStanding On The Cornerだ。

ヨーグルトーン氏のこちらのブログ記事に詳しいが、Standing On The Cornerは、中心メンバー2人に様々な人々が加わる形のグループ/コミニティーのよう(『A Quiet Farewell 2016 - 2018』という素晴らしいアルバムを出している、Slauson Maloneも元メンバー)。

生演奏を基調とした音楽性だが、特徴的な部分は、まるでソウルミュージックをサンプリングしてそれを弄り倒すと「ソウルミュージックの匂いがする別の何か」になる、その感覚を取り入れて編集された演奏のように聴こえるというところ。

彼らのアルバム『Red Burns』は、"Side X"と"Side Y"と題された、それぞれ30分ほどの尺の2曲で構成されている。様々な演奏の断片が、掴もうとすると消え、夢の材料の並び方に脈絡が無いように、無造作かつランダムな展開で時間は流れていく。聴き終わった後は、全体を貫く(ボリュームメーターのレッドゾーンまで突っ込んだ後に、レコードからサンプリングしたような)ざらざらした質感と、演奏によってもたらされた様々な雰囲気の記憶が、遠くにうっすらと残るような作品。

やはり従来のポップ・ソングの形式からは逸脱するようなSolangeのアルバム『When I Get Home』にも、Standing On The Cornerは参加している。

#3 Ovrkast.

Earl Sweatshirtが『Some Rap Song』の後、2019年末にリリースしたEP『Feet Of Clay』において、個人的ハイライトだと思っている曲"El Toro Combo Meal featuring. Mavi"をプロデュースしているのがOvrkast.だ。

Ovrkast.が今年2020年にリリースしたアルバム『Try Again』は、完全に頭一つ抜けた出来になっている。

サンプル選びのセンス、複数のドラムキットを少しづつずらして作るグルーヴのセンス、それぞれ素晴らしいが、驚いたのは収録曲"AllPraise"後半のアレンジ。何か変な音が入っているなーと思っていたが、よく聴いてみると恐らくローパスフィルターだろう、それがラップかどうか判別できるギリギリまで極端にこもった音に加工していたのだ。ラップを聴こえにくくする・・・今までこんな発想のアレンジは他にあったのだろうか。

前述のEarl Sweatshirtの曲"El Toro Combo Meal featuring. Mavi"におけるEarlのラップパートに、あたかも超越的な存在が頭の中に直接語りかけてくれるようなエフェクトがかけられていてブッ飛ばされたのだが、これももしOvrkast.によるアイデアだとしたら・・・いずれにしても凄い才能の新世代という印象だ。

3. アルバム『Aburelu』にどのような形で影響を与えたのか

と、このように『Some Rap Songs』を聴いてからは、同アルバムとそこから辿ることが出来るアーティストを聴きまくっていた訳だが(上記は字数の関係でごく一部)、自分で似たような音楽を作ろうという気持ちは全く無かった。

それは、まず背景が違うし、積み上げてきたものも違うので、彼らの音楽を模倣するのはフェイクだという認識があったためだ。そしてそのまま真似るという行為には、何の批評性も存在しない。

しかし、彼らの音楽により、自分の価値観は既に塗り替えられている。価値観は塗り替えれているが模倣はしない、その結果、私のアルバム『Aburelu』は、その塗り替えられた価値観を、今まで自分が作ってきたオルタナティブなダンスミュージックやポップに適用した時に何が起きるか、という実験になった。

My Bloody Valentineからの影響を感じるという感想もいくつかもらったけど、確かに制作中にMy Bloody Valentineの『Loveless』のことは頭にあった。しかしそれは、歪んで過剰にエフェクトをかけられたギター=シューゲイズ・サウンドを意識したのではなく(勿論そういう音も入っているが、それは意識したというより、自分が10代の頃から体に染み付いているものだ)、作品の成り立ちにおいて。

『Loveless』の制作背景には、90年代USアンダーグラウンド・ヒップホップの影響があったとされている。音と音がぶつかることも厭わない不均衡なループに美を見出し、それを既に前作『Isn’t Anything』で強力な個性を確立していた自らのバンド・サウンドに適用したことに、『Loveless』の発明はあった。

私のアルバム『Aburelu』が、『Loveless』に匹敵すると言う気は無いが、同じく、ヒップホップから受けた影響から別の何かを作り上げる、という気概は少なくとも持っていた。どんなアルバムになっているかは、下記より聴いてみて下さい。(XTAL)

Info

XTAL - Aburelu

Bandcamp : http://xtal-jp.bandcamp.com/album/aburelu



YouTube :
 https://youtu.be/e2aRne7prvQ

名 称:DK SOUND DIGITAL 2020
日 時:2020年6月20日(土)21:00〜
料 金:視聴無料
出 演:TRAKS BOYS
撮影演出:HEART BOMB
視聴URL:https://digital.dksound.jp
※本イベントは動画配信です。会場にはご入場できませんので、ご了承ください。

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