【レビュー】Earl Sweatshirt 『Some Rap Songs』 | 自分だけのための言葉

Earl Sweatshirtが先月末にリリースしたアルバム『Some Rap Songs』は、内省的な作風で知られる彼のキャリアの中でも特に重苦しい作品だった。アブストラクトなビートやボソボソと低く呟くようなラップなどの要素は前2作とも共通するものだが、『Some Rap Songs』は異様とも言えるような雰囲気に満ちている。

アルバムには15曲が収録されているが、全体で通して聴くと25分という異例の短さとなっている。曲と曲とがシームレスに繋がった構成は奇しくも盟友であったTyler, the Creatorの前作『Flower Boy』と共通するもの。Earl自身も以前公開されたEP『Solace』にて同様の試みを行なっており、今作もその延長線上にあると考えられる。

NPRにて新たに公開されたインタビューにて、Earlは今作を「より自己中心的な」作品だとしている。アルバム11曲目“Eclipse”について彼が「あれはヤバい曲だよ。俺の友達とDJに“俺はこの曲をライブでやらないと思う”って話したんだ。完全に俺自身のためのものだし」と語っていることからも分かる通り、今作のリリックには自身の内面をありのままに吐露したものが殆どである。“Eclipse”のリリックはあたかもこのアルバムのアティチュードを象徴しているかのようだ。

Say goodbye to my openness, total eclipse (俺の開いた心にさよなら、全てが隠れて行く)

このようにあまりにもパーソナルな作品である『Some Rap Songs』の自閉性は、実の両親の声をサンプリングした“Playing Possum”で頂点を迎える。Earlの母が家族への愛を語る音声に、家族のもとを去った父親のポエトリーリーディングがそれを否定するかのように覆いかぶさるという皮肉に満ちた同曲は、両親の別離と家庭環境によってアイデンティティを引き裂かれた彼の心の叫びのようにも感じられる。

また、今作に多くフィーチャーされた不気味にエディットされたサンプルを用いたビートもEarlの分裂した感情を象徴しているようだ。MadlibやThe Alchemistの影響下で制作されたというトラックはヒップホップ的に王道と言えるものだが、同時に不穏かつ重苦しいテクスチャーを持つ。ジャズやソウルの音ネタを原型も留めないほどストレッチしチョップする手法はBrainfeeder所属のラッパーJeremiah Jaeとも共通する。

先ほど取り上げたインタビューにおいて、Earl Sweatshirtは非常に個人的なトピックを作品の中で扱うことについて「俺をとても進歩させてくれた」と話す。「小さい部屋のようなものだ。みんなに向かって話す必要が無い言葉を話しているようなものなんだよ」と。

ヒップホップは他者やコミュニティの存在を前提とするものが多数を占めていたが、Kanye WestやKid Cudi、あるいは近年のエモラップの隆盛を経たことで内省的なラップが市民権を得たことは周知の通りだ。しかし、その中でも今回の『Some Rap Songs』は徹底して自分自身の内面のみに焦点を当てている。リリックの中に友人、家族、恋人のような他者は存在こそすれど、内容はひたすらに感情の独白が繰り返されるのみだ。

アルバムはインスト曲“Riot!”で幕を閉じる。南アフリカのトランペット奏者Hugh Masekelaの同名曲を歪に再編集したこの曲を、Earlはどうして今作の最後に配置したのだろうか?「こんな奇妙なことばかり起きることに腹が立ってる。腹を立てるべきじゃないとは分かってるんだけど…。これは、今いるような場所から抜け出すためのステップだと思っているんだ。だって、もう疲れたからな」とインタビューで語る彼は、アルバムの最後に自身の境遇や経験した理不尽、そして鬱への反抗の意志を示しているのかもしれない。

自らの心と徹底的に向き合う、あまりに切実な作品を完成させたEarl Sweatshirt。彼が次に向かう先は、一体どんな場所になるのだろうか。(山本輝洋)

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