月間ベストアルバム:2021年5月編

毎月リリースされるアルバム、EPの中から重要作をピックアップする連載企画『月間ベストアルバム』。

前月の最終週からその月の第3金曜日にまでにリリースされた作品を対象に、ライター陣が選出した重要作のレビューをお届けする。参加のライターはDouble Clapperzのメンバーでもあり、UKのラップやダンスミュージックに精通する米澤慎太朗、FNMNLにて先月まで連載『R&B Monthly』を担当していた島岡奈央、ロックからラップまで現行のポップミュージックを幅広くキャッチする吉田ボブ、FNMNL編集部の山本輝洋。

5月編となる今回は、ALLBLACK、Deno、Erika de Casier、Grace Aimi、J. Cole、Squidの新作をピックアップ。なお、掲載順序はアーティスト名のA〜Z順に従っている。

ALLBLACK - TY4FWM

オークランド出身のラッパーALLBLACKが最新アルバム『TY4WM』をリリース。タイトルは“Thank You For F**cking With Me”の頭文字をとっており、アルバムは文字通り今までALLBLACKにつき合ってきた仲間に祝福を捧げる音楽だ。

ストリートの哲学をMozzyとPeezyと説く“War Stories”やE-40とG-Eazyが参加する“10 toes”、そしてVince Staplesとの“We Straight”など、同じコースト出身の同胞で固めた客演陣は彼の地元への愛を表明している。Mr. Fingersを真似たKanye Westの“Fade”を用いた1曲目“Life of A P feat. Kossisko”は作品のギアを一気に加速させる攻撃的なトラックだ。ALLBLACKが運転する車内から鳴り響いているかのような鈍い音は優秀で、疾走感の強いビートはラッパーの安定したフロウと相性は抜群。

しかしALLBLACKはこれらのビッグネームやフィーチャーなしでも圧倒的な存在感とラッピングを披露している点が頼もしい。ビートチェンジが楽しい“Cobra Kai”は、彼の完璧なライミングによって作品が最もスリリングになる曲だ。『TY4WM』はコロナ禍を切り抜けたアメリカの夏には重宝されること間違いなしな西海岸Gファンク作品で、ALLBLACKはフッドを宴会場に街を自分のサウンド染めている。(島岡奈央)

Deno - Boy Meets World

2002年生まれ、南ロンドン出身のシンガー・ラッパーDeno。5月にリリースされた1stミックステープ『Boy Meets World』は、スイートな歌声とメロディアスなラップでUKドリルからR&Bまで乗りこなす、荒削りながらユニークな作品だ。

J HusやPa Salieuが筆頭にあがるアフロビーツシーン。彼らの音楽の芯には西アフリカ音楽の楽器やコード進行・サンプリング・空間作り面での影響があり、現代的な打ち込みとのミックスによって新たなサウンドを作り上げてきた。その一方で、S1MBAやSwarmzといったラッパーは、アフロの影響は間接的で、質感としてはジェネリックでシンプルなトラックとキャッチーな歌詞で人気を得ている。こうした多様なアーティストが「アフロビーツ」の傘の下で括られていることに、このジャンルの懐の深さがある。

Denoもそんな多様なシーンから生まれたラッパーの一人だ。弱冠15歳でSnapchatにアップロードしたフリースタイルで注目を集め、AJ、EOとリリースした“London”が大ヒット。キーが高く甘い歌声で一躍スターになった彼が、待望の1st ミックステープ『Boy Meets World』をリリースした。

彼の個性がとりわけ光るのはミドルテンポのトラックだ。Youtuberとしても活躍するChunkzとUSのラッパーJ.I the Prince of N.Y が歌声で掛け合う“Lingo”やソロの“Muddy Water”では、歌声のしなやかさがリリックの軽さとマッチしている。Jade Silva を迎えた“Toxic Love”はUS R&Bにも通ずる裏声使いが素晴らしいストレートなラブソングだ。

UKドリルのトラックでは、Unknown T、Bandokey (OFB) 、Double Lz (OFB) といった生粋のギャングスタラッパーを迎えた。客演陣の刻むようなスキルフルなドリルラップとDenoの歌声の掛け合いは新鮮だが、彼のチャレンジ自体は評価できるが、彼がUKドリルの荒涼とした世界観にフィットしていないと思った。

個人的に印象に残ったのは、ストリートを描いた“Broken”でのラッパーCadetへの言及から、Cadet本人を迎えた「Gets Like That」の流れだ。交通事故で2019年に急死した彼との友情関係を感じられ、豊かな歌声と彼のエモーションが胸を打った。歌声、音楽性、ビジュアルにおいて高いポテンシャルを感じさせる作品であり、これからの成長が楽しみだ。(米澤慎太朗)

Erika de Casier - Sensational

R&Bとアンダーグラウンドなダンスミュージックシーンとの繋がりは、その多様な進化に伴い、ここ数年でますます密接なものとなりつつある。インディR&Bの急先鋒として注目を浴びるデンマーク出身のシンガーErika de Casierもまた、R&Bをベースとしながらエレクトロニックミュージックとの有機的な繋がりを維持してきた。

同じくデンマークのオーフスを拠点とし、DJ SportsやDJ Central、CKらを擁するコレクティブRegelbauを出自とする彼女は、DJ Centralからの全面的なサポートによる幅広いプロダクションで注目された。

クラブヒットとなった“Little Bit”や“What U Wanna Do”など、2ステップに接近したダンサブルなR&Bチューンには、ハウスを基調としながらレゲエやアンビエント、ジャングルなどを吸収し、それでいて独特の美学を感じさせる幻想的な世界観を保ってきたRegelbau特有の雰囲気を感じずにはいられない。

それは、Erika de CasierがUKの名門レーベル4ADと契約を結んでいることとも無関係では無いだろう。古くから耽美的な作風で知られ、エレクトロニックミュージックのフィールドでもThe XXなどを輩出してきた4ADと、彼女の楽曲に漂う幻想的かつセンシュアルな雰囲気との親和性は多くのリスナーが感じ取ったはずだ。

今作『Sensational』には、もはやゴシック的とも言えるディープかつ濃密な官能が通底している。

先行リリースされた“Drama”や“Polite”、“Busy”はUK由来のバイブスに満ちた2ステップだが、これらのアッパーな要素は前作と比較してやや鳴りを潜め、“Insult Me”では、ピアノと弦楽器を基調としたアンビエントに乗せて、父権的かつ物質主義的な価値観に固執する男性との不和をメランコリックに歌い上げる。また、ストリングスを用いた壮大なインタールード“Acceptance”や、先述の“Polite”のMVなどからも、彼女がどこかクラシカルな意匠を今作において実現させようとしたことが分かるはずだ。

一方、ラストを飾る“Call Me Anytime”では煌びやかなシンセポップが徐々にジャングルへと変貌してゆくトリッキーな構成によって、ジャンル横断的なダイナミズムをもたらすことにも成功している。それでいて浮遊感とセンチメンタルな聴き心地が維持されている辺りも見事だ。

彼女のトラックの特徴であるアコースティックギターのアルペジオは、おそらく彼女が好んで聴いてきたであろう2000年代のR&Bを参照したものであり、それ自体はY2Kリバイバル的なノスタルジーのエッセンスとして解釈することも可能だ。しかし、それらとRegelbau印のダンスミュージックの解釈が組み合わさることで、オーガニックな手触りが強調された彼女独自のバランス感覚が実現されている。

Erika de Casierとその周辺の特殊な才能が、オーバーグラウンドに広く知れ渡る日はそう遠くないだろう。(山本輝洋)

Grace Aimi - PICNIC

2000年生まれ、沖縄出身のシンガー・ソングライターのデビューEP。「バイレイシャル、バイリンガル」という言葉をプロフィールに掲げ、国籍も言語も、ジャンルの壁も関係なく活動するボーダレスなアーティストである。ただし、それはGrace Aimiから特定のルーツや地域性を感じないというわけではない。

彼女のミュージシャンとしてのキャリアは16歳のころに弟とともにGraicie&Gabeという名義でウクレレの演奏とともにポップ・ソングのカバーをYou Tube上にアップロードから始まった。

家の車のなかでつたない弟のウクレレとともに、奔放かつ伸びやかに声を響かせるGrace Aimiの歌は、日本でカバー音源を発表するアマチュア・シンガーが陥りがちな技巧主義とは一線を画す。耳に残るのは、繊細でありながらどこかラフでしかも力強い歌唱だ。沖縄で生まれ育ち、幼い頃から歌を歌うことが日常にあった彼女ならではの独特のバランスを感じる。

そんな自らの歌の味をヒットソングのカバーに乗せることができる稀有なシンガーが、自らソング・ライティングを始めることは必然だろうし、その楽曲にヒップホップ・レーベルYENTOWNの顔役であるChaki Zuluが関心を持ちプロデュースまで買って出るのは当然の成り行きであろう。

もっといえばTyler,The CreaterやFKJをフェイバリットに挙げ、インディ・ロックやヒップホップのようなアティチュードがそのまま楽曲に反映されやすいジャンルをベースにしたアレンジメントで歌っていることにも納得がいく。『PICNIC』に収録されたGrace Aimiの歌は独特の風味が宿っている。

シンプルなギターリフとゲーム・ミュージックのようなエフェクトが挟み込まれたファニーなトラックのうえで、ローファイなエフェクトをかけた声で語るように歌い、サビで伸びやかな声を響かせる"Eternal Sunshine"、ミニマルなビートを基調としたポジティブなポップ・ソング"Open"のような現代的なインディ・ミュージックの文脈を踏まえた楽曲があったと思えば、次曲"Friend Zone"ではチープなサックスとハイハットが響くトラックのうえで、コブシの効いたフロウを見せつける。

ダウナーなビートのうえで、ささやくように歌う"Raibow"はビリー・アイリッシュ以降のポップ・ミュージックを想起させるし、浮気や二股を題材にしたリリックをホーンが鳴り響くトラックのうえで快活に歌う"My Eyes"はテイラー・スウィフトのようなUSのポップスターのようなバイヴスをも感じさせる。そうした多彩な楽曲が詰まったアルバムの最後に配置されるのはジャジーな演奏をバッグに優しく歌う"True Feeling"だ。

あらゆるジャンルやテイストを横断するボーダレスな存在でありながら、自らの言葉とメロディを持ったGrace Aimiの音楽を聴いていると、いずれグローバルなアーティストたちと肩を並べるような存在になるのではないかと妄想したくなる。そんな可能性に満ちたEPだ。(吉田ボブ)

J. Cole - The Fall Off Season 

ベテランのアーティストがプラチナムプラークとステータスを手に入れて、この世の名声を掴んだと思えたときに、彼らは次に何を追い求めるのだろうか。例えば、ある人は郊外の豪邸で隠居生活を楽しんだり、ある人はドラッグに溺れて退廃的な生活を送るのかもしれない。      

現時点でラップゲームの頂点の座に居心地良く座るJermaine Coleの場合、多くのラッパーとは異なる選択肢を選ぶ。今日、世間の目に映る彼は筆者が最初に挙げたどれの姿にも当てはまらない。今の彼は、自身の存在を認めてもらうのに必死なひとりのの40代手前の男だ。前作『KOD』や『4 Your Eyez Only』で若者のドラッグ使用や社会問題を冗漫な言葉で網羅したColeは、音楽という手法で自分の知識や見解を説くことに没頭していた。安全領域にしばらく閉じこもっていた彼は、そのフェーズに快適さを感じすぎていたとも語っている。多くのアーティストにとって、成功を収めて上の階段から見下ろす立場になれば、デビュー前のハスリングな精神を取り戻すことは難しいに違いない。しかし、Coleはそこから抜け出してもう一度、人生の勝負に挑む気のようだ。6枚目となるフルアルバム『The Off-Season』で、Coleはゲームが繰り広がるコートへと駆け出していく。

カリスマMCが今作でどれだけ奮い立っているかは、作品が開始してすぐに察知できる。1曲目“9 5. s o u t h”でNasも過去に言った「睡眠は死の従兄弟」というフレーズを彼はラップし、さらにCam’ronとLil Jonが作品のムードに火を点けている(サンプル元はLil Jon & The East Side Boyzの“Put Yo Hood Up”)。元祖ヒップホップなオープナー曲で興奮冷めぬまま、作品は展開するにつれて勢いを増していく。同郷のMorrayも参加する“ m y . l i f e”ではサプライズヴァースで21 Savageが大活躍し、“A Lot”でリスナーを感化させたColeと21 Savageはここでもバンガー曲の黄金比を完全にマスターしていると言い切れる。そして若手世代には説教じみた先生のように映っていたColeはこう言う、「RihannaのFenty(コスメブランド)のように皆んなが求める立ち位置にいたい」。

リリックはワードプレイに富んではいるが、過去のリリシズムに比べれば思慮深さという点においては薄まってしまっている。彼のペンゲームの弱さは否定できないが、逆に言えばその簡潔さには潔さが感じられて気持ちがいい。アルバム全体の勢いの良さを考慮すれば、これは不可避できない代償だったのだろう。大多数のラッパーとは対照的にジュエリーなどの表面的なものでフレックスしないColeは、「俺はお前の売り上げの3倍を稼いだ、馬鹿は信じられない」(“9 5 . s o u t h”)と、信憑性のある言葉で自身の功績を自慢する。

アルバム自体の音楽性は多岐にわたって豊富なサウンドが揃う。ColeとDreamville所属のBasが“1 0 0 . m i l e”で重ねるリズミックなハーモニーは作品に軽快さを生んでおり、Lil Babyがフィーチャーする“p r i d e . i s . t h e . d e v i l”はラテン調な1曲だ。Coleの大傑作『24 Forest Hills Drive』を彷彿させる“p u n c h i n ‘ . t h e . c l o c k”では独壇場の自信満々なライムを披露。ラストを締めくくる“h u n g e r . o n . h i l l s i d e”は、ストリングスで奏でる柔らかな質感が哀愁を帯びている。今までの作品のようにストーリー要素が抑えられているのは、彼が純粋にラップという行為に全力を注いでいるからだろう。

Coleの熱と汗が詰まった『The Off-Season』を聞き終えた後に、見えてくることがある。それは、彼は決して優雅にトップの椅子に居座り続けていたくないという事実だ。今作のリリース後に、Coleはアフリカンリーグで遂にプロバスケットボール選手としてのデビューも飾った。客演無しでプラチナムを獲得することで有名なラッパーは、常にハンブルな姿勢で常に上を目指し続け、年齢にとらわれることなく、若き頃に諦めた夢をもう一度追いかけていたのだ。

バスケットボールプレーヤーとしてはもちろん、自身が最もスピットできる最高峰のラッパーだと12曲を通してJ. Coleは見せつけたわけだが、果たして彼は完全に満足できたのだろうか。いや、今作のアルバムタイトルはまだウォームアップだと示唆しているではないか。やっとオフシーズンを終えたColeのプレイオフは、まだこれからだ。(島岡奈央)

Squid - Bright Green Field

いまポップミュージックの聴き手が耳を傾けるべきものの1つが、UKのバンドミュージックだ。2021年になり、shame、black country, new road、black midi、easy lifeのようなイギリス国内を拠点に活躍する若いバンドたちが、クリエイティビティとエネルギーを作品として結実させているのである。彼らは皆アプローチこそ違えど、現行のポップミュージックのジャンルミクスチャーなトラックを、人間が演奏した生の楽器の音で鳴らす必然性を追求しているように見える。ある意味、「バンド」というスタイルを、一般的になりつつある集団制作によるソングライティングの一形態として捉えれているのである。

そんな充実のUKのシーンに現れた野心作がブライトンのバンドSquidのWarp Recordsからのデビュー作だ。若手のバンドの作品がエレクトロ二カやテクノの名門レーベルからリリースされること自体、相当衝撃的だが、彼らがアンビエントやエレクトロ、クラウトロックから多大な影響を受けたSquidのバックグラウンドを鑑みればなんら不思議なことではない。

ドラム・ヴォーカルのオリー・ジャッジの泥臭い声に乗せ、自分自身の生活感覚をモチーフにしたリリックを言葉とフレーズの反復によって奔放に表現してきたSquidだが、本作で歌ったのは架空の世界の都市生活だ。こうした転換にはもちろんコロナ禍でのレコーディングだったことも影響しているのだろうが、彼らはあえて自らに「コンセプト」という制約を課したといえいよう。そして、この制約がリリックと歌に不思議な緊張感をもたらしているように聴こえる。演奏面においてもそれは同様だ。

”G.S.K”のキレのいい演奏とオリー・ジャッジの調子の外れた声で歌われるフレーズ、そして揺らめくようなホーンとストリングスのオープニング以降、6分超えの大曲が3曲も続く。

Squidの特徴というべき執拗なまでのドラム・ビートとギターフレーズの反復が生み出す緊張感が後半にかけて狂気的なダイナミズムを生み出していく”Narator”(8:28)、間の抜けたギターとシンセサイザーと声が裏がえったような発声が繰り返されたと思えば、突然猟奇的なドローン・ナンバーにスイッチする"Boy Racers"(7:34)。ミニマルなビートから始まり、後半にかけてバンドサウンドが加速する"Padding"(6:15)。

彼らの「繰り返し」の美学と暴力的なまでの奔放さを堪能できる前半の3曲だ。

削ぎ落されたサウンドが光る"Documentary Filmaker”から始まるアルバム後半の楽曲は、インタールードとラストを除けば演奏時間が4分台後半に抑えられているが、その分、彼らの多彩さと楽曲構成の妙を味わえる。

繊細なアルペジオと抑制されたドラムビートが突如爆発するような演奏へと移行し、再びアルペジオと何重にも重ねられた声のループが熱を帯びていく"2010"、バンドサウンドとシンセサイザーとオリーのシャウトがヤケクソ気味に絡まりあったと思えばドローン風のサウンドへと変貌を遂げる"Peel St."、そしてギターのカッティングと重く硬いドラムビートが生み出す余情に、サックスが絡み合う"Global Groove"と、溢れんばかりのアイデアが一つの楽曲に詰め込まれているのである。

様々なリファレンスや音のエレメントを自由に解釈しながらも、一方では、一つの音やフレーズを過剰なまでに繰り返す。この奔放さと禁欲の奇妙なバランスこそがSquidをSquidたらしめる所以であり「バンド」という枠組みのなかでポップミュージックを制作することの意義を、本作のエンドソングの"Panphlets"は端的に示している。(吉田ボブ)

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