月間ベストアルバム:2021年6月編

毎月リリースされるアルバム、EPの中から重要作をピックアップする連載企画『月間ベストアルバム』。

前月の最終週からその月の第3金曜日にまでにリリースされた作品を対象に、ライター陣が選出した重要作のレビューをお届けする。参加のライターはDouble Clapperzのメンバーでもあり、UKのラップやダンスミュージックに精通する米澤慎太朗、FNMNLにて連載『R&B Monthly』を担当していた島岡奈央、ロックからラップまで現行のポップミュージックを幅広くキャッチする吉田ボブ、FNMNL編集部の山本輝洋。

6月編となる今回はBERWYN、Daichi Yamamoto、easy life、H.E.R.、KM、Tyler, The Creatorのアルバムをピックアップ。なお、掲載順序はアーティスト名のA〜Z順に従っている。

BERWYN - TAPE 2/FOMALHAUT

これまで、UKラップの中でもドリルやグライム、UKガラージなど、ダンスミュージックとクロスオーバーしたラップアルバムを多く紹介してきたが、今回紹介するBERWYNのミックステープ 『TAPE 2/FOMALHAUT』はUKのアーティストながら、よりオルタナティブな音楽性の作品だ。

「Everything is Recorded」プロジェクトへの客演や、1stミックステープのリリース、「BBC Sound of 2021」にピックアップされるなど、ニューカマーとして着実に注目されるようになったBERWYNによる本作は、彼自身がラップだけでなくトラックの大半も担当。ヒップホップを核としながら、アコースティックな気分を湛えたトラックと彼のラップが静かに共鳴する印象的な作品だ。

本作には二つのテーマがある。一つ目は子どもの頃にトリニダード・トバゴから家族でイギリスに渡ったことで、彼自身が非合法移民となったことだ。それが彼の人生にさまざまな障害をもたらす。序盤の2. “I’D RATHER DIE THAN BE DEPORTED”(「強制送還されるくらいなら死ぬ」の意味)という曲で明かされるように、非合法であるという理由で大学進学を阻まれ、働くこともできないことへのフラストレーション。夜明け前、オープンカーで高速道路を疾走するMVも、彼の抑圧されてきた怒りや諦念がLow Keyな映像で表現されている。

彼の実体験に基づいた「車中暮らし」の気分が反映された4. “100,000,000”では、「疲れたことにも疲れた、怒ることにも疲れた、今はただ寝たい」とポツポツと歌う様子には、フォークに近いような素の感覚だ。7. “FULL MOON FREESTYLE”では、人生のプランを狂わされ、焦りや不安から不眠に悩まされる、そんな夜の不安定な状態に生っぽいピアノやギターが寄り添う。

二つ目は付き合っていた人や友人との別れである。1. “WRONG ONES”では、信頼していた友人の裏切り、 3. “RUBBER BANDS”では、ドラッグディールの比喩を重ねながら女性との関係の終わりを描く。COLOR’S SHOWで披露された6. “TO BE LOVED”では不器用ながら直球のラブソングで、10. “VINYL”では未練や失望と共に、諦めきれない別れへの気持ちが入り混じる。

どちらの側面にも通底するのは孤独感であり、それが暖かみのあるピアノと生感のあるドラムスと共鳴し、静寂の感覚をもたらす。この世界観は作品名の1等星「フォーマルハウト」にも表されている。夏の大三角の下の南空にはあまり明るい星がなく、フォーマルハウトがポツンと輝いている。彼の才能に対する絶対的な自信を一等星の輝きに、そして誰も解決ができそうにない状況や孤独感を夜空の暗闇に重ねたのだろう。

作品を通して、時折電話や街で人々が話している声が挿入されるが、それはBERWYN本人には届かず、どこか上滑りしているような感じする。しかし、ラストソング11. “ANSWERS”はそんな閉塞感に一筋の光が見えるような曲だ。他の人の声やクラップが響き、これまでとは少し風向きが変わるような感じがする。「Just one heart with little bit of love」と彼自身が歌うように、他の人の少しの愛を受け入れることが転機になり得るのかもしれない。一筋の希望の光を描いたこの曲は、作品全体のハイライトとなっている。

何周も聞く中で、心の内を深く掘り下げることで、暗闇の中で「平安が人生の嵐の只中に与えられる」(5. “SNAKES ON MY NOKIA”) ことをひたすら祈るような作品だと思った。そして、その祈りは1年以上続くコロナ禍の苦しみやフラストレーションと静かに共鳴し、時代の気分を反映しているのではないか。(米澤慎太朗)

Daichi Yamamoto - WHITECUBE

Daichi Yamamotoの2ndアルバム『WHITECUBE』は、様々なスタイルのビートに乗せた自身の多彩なアプローチを、タイトルが示唆する一つの空間に配置・展示しているかのような印象を与える作品だ。

一曲目を飾る“Greeting”は実父であるニック山本氏のトースティングをフィーチャーしたラガバイブス溢れる楽曲となっており、続く“LOVE +”ではジャングルのリズムパターンを取り入れている。他にもJJJをフィーチャーした“Ego”ではドリル、Grooveman Spot、Kzyboost参加の“Wanna Ride (The Breeze)はバウンシーなGファンク、先行リリースで話題を呼んでいた“Kill Me”では2ステップと、その振れ幅には誰が聴いても目を見張るはずだ。それらのビートの数々に合わせてDaichi Yamamotoのラップも自在にスタイルを変容させる。しかし、これは本作がまとまりの無い散漫なアルバムであるということを意味しているわけではない。どころか、全体を通して聴くことで楽曲全てに通底するストーリーが立ち現れるような構造となっている。

しかも、ここでの多様なジャンルの振れ幅は単にトレンドを追ったものではなく、それぞれが彼自身のバックグラウンドや音楽的志向に裏打ちされたものであることを感じさせる説得力が伴っている。

Lapistarがビートを手がけ、釈迦坊主をフィーチャーしたトラップチューン“Simple”のフックで歌われる「I just wanna be myself ただそれだけ」というリリックからも分かるように、今作では「自身をありのまま肯定したい」というメッセージが全体に込められている。

1stアルバム『ANDLESS』は、「Undress」とのダブルミーニングとなったタイトルからも分かる通り「自己を曝け出す」ことを志向したアルバムであった。それは余りに赤裸々な告白がなされた“Brown Paper Bag”などの楽曲からも分かることだが、前作『Elephant In My Room』、そして今作『WHITECUBE』ではそこから一歩進み「ありのままの自己を肯定する」ことがテーマとして提示されているようだ。

今作ではリリックの中で「LOVE」という言葉が頻繁に現れるが、本作において歌われている「愛」は他者に対するものを意味するだけでなく、自己や表現そのものに対する愛を指すものでもある。多くのリスナーにとって印象に残るものであっただろう“LOVE +”にてサンプリングされたDUMB TYPEの故古橋悌二のインタビューは、単に作品を発表する者と、それを鑑賞する者がいるという構造に留まり「好き嫌い」で片付けられてしまう在り方に「飽きた」が故に、自身の痛みやバックグラウンドをそのまま作品にしてするに至り、「自分を心の底から動かす原動力」となりうるアートを求めていることを明かすものだった。

インタビューにて古橋悌二の言葉に「助けられた」と語っていたDaichi Yamamotoもまた、今作を制作する上で改めて自身の表現に対して誠実に向き合い、そのことが彼自身の原動力に繋がってゆく様を描こうとしたのではないか。それ故に、ラストを飾る“Testin’”において歌われる自己肯定のメッセージが胸を打つものとなっているのだろう。(山本輝洋)

easy life - life’s a beach

2017年にイギリスのレスターで結成され、それからわずか3年でUK若手アーティストの登竜門「BBC Sound of 2020」の2位に選出された5人組バンドeasy life。R&Bやジャズを経由したバンドサウンドに素朴でゆるいフロウが乗せるこのバンドは、同郷のカサビアンのような「アーティスティックな自由さ」を彷彿させると同時に、ここ数年のポスト・ジャンル的なムードを象徴するバンドである。

2020年1月にリリースされたEP『Junk Food』の時点ですでに大きな注目を集めていた彼らだが、リリース直後にCOVIT-19の感染が拡大し、世界へ打って出る機会はおろかツアーの継続をも難しい状況に陥ってしまった。そんななかリリースされた待望のファースト・アルバムはそうした状況が反映されたのか「ゆるやか鬱屈と希望」を感じ取ることができる。

そのことを象徴するかのように、オープニングトラック”a messege to my self”は、バロック風のイントロから「誰もあなたのようにできないのだから そのままであれ」と歌い、荘厳なストリングスとコーラス、そしてオールドスクールなビートが鳴り響き自分と向き合い生きることについて高らかに歌い上げる。

文字どおり「メッセージ」に満ちた作品でありながら、ポップで多彩なサウンドが印象に残る。ドラムの生のビートのうえでサーフミュージック風のギターとエコーのかかったコーラスが鳴り響く”have a great day”、ジャージなビートと早回しの歌声のサンプリングをバックに独特のフロウを吐き出していく”ocean view”のように、ゆるいサマーソングがあったかと思えば、ディスコ調のサウンドに開放感のあるメロディを響かせる”skeltons”、アッパーなビートにライムを刻んでいく”living stage”が続く。

ただ、どんなポップソングでも、easy lifeの歌はどこまでも切実な感情を歌う。前述した、”messge to my self”の自身を客体化しメッセージを送り続ける構成のリリックや、希死念慮を歌った”living stage”も象徴的だが、注目したいのは先行シングルとしてリリースされた二曲だ。アルバム前半のハイライト”daydreamsでは空想に耽り酒を飲み続ける様を歌い、後半への橋渡しとなる10曲目に位置する”nightmare”では自分自身への失望や鬱屈を歌う。ただ、それぞれの楽曲には、他者への眼差しと肯定も綴られていることを聴き逃してはならない。自身の無力感に苛まれながらも、他者(あるいは他者としての自分)を思い続けることを希求している。

本作のタイトル『life’s a beach』は「life’s a beach and life’s a bitch」(”have a grate day”)というフレーズから取られている。人生における快楽と苦痛をどちらも受け入れること。そうした「ゆるやかな鬱屈」のなかでどう希望を見出すか。そのことをeasy lifeはサウンドとして鳴らし続けている。(吉田ボブ)

H.E.R. - Back Of My Mind 

アーティストのH.E.R.は2017年に発表した『H.E.R.』で、今後のシーンにおいて自身がどれほどの重要人物になるか、そのカリスマと実力を十分に見せつけた。妖艶さと落ち着きを同時に感じさせるサウンドに、生楽器を生かした良質なR&B、確かなソングライティング、そしてなんと言ってもその濃厚なテクスチャーのヴォーカル。常にサングラスでやメガネで瞳を隠す“彼女”の謎めいた素性も、興味を掻き立てる要素であった。

R&Bの未来を背負った24歳のシンガーソングライターは遂に、形式上デビューアルバムとなる『Back Of My Mind』をリリース。21曲と長編成の今作は、Lil Baby、Cordae、Yung Bleuとフレッシュな顔立ちが新しくも、Ty Dolla $ignやDJ Khaledとベテラン勢も揃っている。トラップビートを強めつつもオーガニックなR&Bとのハイブリッドなトラックが今作での試みだ。

オープナー曲の“We Made It”は、ラフなギターが鳴り響くスタジアム級の圧巻ソングで、ピアノと重いドラム音で仕上げた“Damage”と、H.E.R.の良さはこの2曲で最も光っている。全編を通して見受けられる抽象的でぼやけた楽曲が続くせいか、“Focus”のように感情を突き動かす曲は少なく、どうしても先行シングルの“Damage”と“We Made It”のみが今作の収穫のように思えてしまう。“Hold On”も良曲だが、彼女の安全範囲内のお得意なサウンドだ。過去作でH.E.R.自身が上げたバーの位置が高すぎたのだろうか。彼女の音楽が他とは一線を画することは確かなので、次回作に期待だ。(島岡奈央)

KM - EVERYTHING INSIDE

(sic)boyとのアルバム『CHAOS TAPE』とその収録曲“Heaven's Drive”がヒットを記録したことにより、ヒップホップシーンにおいての注目度が高まっているKM。もともとヒップホップのみならず、ミクスチャーロックやテクノ、ドラムンベースをルーツに挙げ、エレクトロミュージックのシーンでも活躍するジャンル越境型のトラックメイカーである。

2018年作『Fortune Grand』以来3年ぶり、2枚目の個人名義2ndアルバム『EVERYTHING INSIDE』は、KMがジャンルレスなトラックメイカーであることを改めて再確認させられる作品だ。

ヒップホップクラシック"i don't wanna ill i just wanna chill"を大胆にサンプリングしたDaichi Yamamotoとの"MYPLL "からはじまり、JJJとChampanellaが参加した金属質なビートが印象的な"Filter"、フリージャズの要素を取り入れ凶暴なサウンドを聴かせる田我流参加曲"Distortion"と続く。

"behind love"ではアルバムを共作した(sic)boyをフィーチャーしているが、前作のラウドなトラックとは違ったアプローチで、彼のザラついた繊細な声の魅力を引き出している。

ほかにもディストーションを効かせたビートのうえでLEXのエモーションな歌声を引き出した"Stay"。Lil Kivaの抜けのいいフロウをシンプルなトラップビートで聴かせたと思えばフック部分でシンセサイザーのリフレインを響かせる”What Is Love”。ギターサウンドとドラムンベースを融合させたトラックのうえにMANONのキッチュで抑揚が少ないフロウが乗る”Every Time”やNTsKIの伸びやかな歌声の背後にドローン風のフレーズが鳴る”Nova”。強烈かつ多彩なトラックが次々と並ぶ。

このように多彩なトラックを生み出しながらも、通奏低音のようになり続ける硬質なビートによって、KMというトラックメイカーとしての記名性は失われていない。そのことはフィーチャリングアーティストが参加していない二曲、音像が次々に移り変わっていくインストナンバー”nothig outside”、ジャジーなトラックのうえでリリックを吐き出していく”EVERYTHIG INSIDE”に現れているだろう。

そして、KMの記名性の高いトラックが、結果的に各ラッパーの声やフロウ、リリックの魅力とポテンシャルを引き出しているということは指摘すべき部分であろう。アルバム後半に配置されたSPARTAの”Family”とTaeyoungBoyによる”i”からは、パーソナルでエモーショナルなリリックとKMのトラックが混ぜ合わされたことによるカタルシスを感じ取ることができる。

KMというトラックメイカーの魅力を十二分に込めたソロアルバムでありながら、日本のヒップホップシーン全体の充実と成熟を知らしめる、「2021年上半期最重要作」という名に違わぬ傑作だ。(吉田ボブ)

Tyler, the Creator - Call Me If You Get Lost 

2019年にTyler, the Creatorがリリースした自身5枚目のスタジオアルバム『Igor』は、『Goblin』が見せた暴れん坊の彼ではなく、繊細な自身の側面を緻密なサウンド作りと感傷的なリリックを通して伝えた。かなりの音楽ナードでもあるTylerはプロデューサーとしての力量も大きく評価され、『Igor』は彼をグラミー賞受賞という名声共に輝かしい結果に導く。

音楽面のみならず、これまでにLA出身の変わり者が築きあげた他の業績は、この流行の移り変わりが早い現代においても著しい。仲間と始めたコレクティブ=Odd FutureはTumblr世代の若者を虜にし、Tyler同様に、当時のクールキッズが揃って着ていたSupremeのロゴを、彼らのブランドのそれと取って代えたのだ。後にTyler自身のブランド“Golf Wang”も発足し、その影響力は、VansやConverse、Lacosteのような会社とのコラボディールにまで結んだ。

これらを踏まえて、『Igor』の時点でLA出身のアイコニックMCはキャリアのピークにいたように思えた。しかし、それは間違いだと最新アルバム『Call Me If You Get Lost 』を一聴した後に大衆は気付かされる。今作には『Flower Boy』で開拓した爽やかなソウル仕立ての楽曲も揃っているのだが、『Goblin』の時のよう周りが引く程に激しくラップをするTylerが帰ってきたようであり、とにかく音楽を、ラップミュージックを、最大限に楽しむMCの姿がある。名声と富を手に入れたTylerが世界旅行に出かけ、成功した大人に成長した自分と向き合うのがアルバムのコンセプトだ。

誰よりもヒップホップを愛するTylerの趣向は今作のいたる所で見つかる。ミックステープ文化の重要人物=DJ Dramaはその特徴的なアドリブで終始登場し、Tylerが『Call Me』でGangsta Grillzシリーズ時代を現代で蘇らすとは、当時の恩恵を受けて育ったファンには堪らないはずだ。また、ミックステープ『The Dedication 2』でDramaの世話になったLil Wayneも、Tylerと2度目の共演を“Hot Wind Blows”で果たしている。

Tylerが強く影響を受けた師匠=Pharrell Williamsの存在感も今作では一層強い。彼がPharrellへの尊敬を語っている場面は山ほどあるが、“In My Mind (The Plaque)”の10周年盤に参加した際には、1人のファンとして長々とPharrellへの愛をインスタで綴っていた(今作はTylerによる“In My Mind”への頌歌だ、とDJ Dramaは言っている)。また、Tylerのクリエイティビティの形成には、The NeptunesとN.E.R.D.の存在も大きい。

そんなPharrellがLil Uzi Vertとフィーチャーする“Juggernaut”は、バンガー曲という点では間違いなくアルバムのハイライトだ。プロデュースにPharrellの参加はないがTylerのみのクレジットがあることを考えると、Pharrellのシグネチャーなドラムビートを真似したこのトラックはTylerが送る英雄へのオマージュだろう。Futureの“Move That Dope”以来に聞くPharrellのラップは最高に決まっているし、加えてLil Uziが披露するヴァースは、ここ数年で聞いた彼のラップの中でも一際にパワフルだ。

『Call Me』は決して旧世代の栄光的なヒップホップに焦点を当てているばかりではない。現行シーンを彩る華々しい新顔も揃っている。90年代のR&Bからインスパイアされた曲“Wusyaname”で、Ty Dolla $ignのハモリと共にYoungBoy Never Broke Againが甘いラップを披露し、“Lemonhead”ではデトロイト出身のラッパー=42 duggのアグレッシヴなラップを堪能できる。そして、Tylerと言えばお決まりともなった、アルバムの10曲目で待つ2編成のバラードだ。“Sweet / I Thought You Wanted To Dance”と題された曲には、絶好調のBrent Faiyazがシルキーなヴォーカルで優しく包み込み、レゲエテンポにスィッチした後編のトラックにはインディR&Bシンガー=Fana Huesが乗って、極上のラブソングに仕上がっている。

また、Tylerの音楽を通じて見える彼のパーソナには、際どい発言を放送禁止用語を使って言ってしまう面と、自身の恋愛事情を素直に歌う面の両方がある。しかし、今作ではその前者の自分を内省的な立場からリリックにしているようだ。例えば“Manifesto”では、「Selena Gomezに対してヤバいことをツイートした時、俺はまだ10代の若者だった/彼女を怒らすつもりはなかった/会ったときには謝る」と過去の騒動を振り返っている。物資的な富でフレックスする“Lumberjack”とは反対に、同曲では黒人差別問題について言及しないスタンスを指摘されてきたせいか、同問題に対する自身の意見をクリアに提示している。「ポジティブなメッセージもリツイートした/いくつか募金もしてから欲しい物(ネックレス)を買った/金のグリルズはしてる、ドレッドはしてないけど/俺もお前と同じようにただの黒人で、お前と俺に変わりはないんだ/だからただの黒人に一緒になろう、目的を持った黒人に」と、アメリカ社会が固定するステレオタイプの黒人像を問いながら同輩に呼びかけるラインだ。

ワンテイクでレコーディングした“Willshire”のリリックでTylerは、ある女性との出会いから別れまでを緻密に描写しており、包み隠すことなく恋事情を打ち明けている。Tylerが一目惚れした女性は彼の男友達と関係を持っていることを後に知り、彼女との秘密の関係を楽しみながらも自制を保って引き下がるまでが書かれている。「ホーミーとクールなハンドシェイクをするなら君の手を握る」と、聞いている側が恥ずかしくなってしまうほどピュアな歌詞までTylerは歌っている。最後の結末では「次の日目的地も決めずに街を運転して廻る/目にはナイアガラの滝のように水が溢れていた」と続き、Tylerにとって、世界中を旅できたとしても、彼が本気で好きになった相手が横にいなければ全てが無意味なのだろう。

今作は音楽を愛するTyler渾身の出来のアルバムだということは間違いない。今までのアルバムの特徴的な部分が詰め込まれた集大成でもあり、同時に、彼のインスピレーション源へのリスペクトを込めた一枚でもある。ただクレイジーなアイディアを持って走り続けた青年が今こうして、億万長者が抱えるような責任や悩みを背負ったとき、そして成長途中の曖昧なフェーズにいたとしても、Tylerは創造することをやめない。そしてTyler, the Creatorはそれらを音楽で表現することに最も長けているという事実を、『Call Me If You Get Lost 』で証明している。(島岡奈央)

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