月間ベストアルバム:2021年4月編
毎月リリースされるアルバム、EPの中から重要作をピックアップする連載企画『月間ベストアルバム』。
前月の最終週からその月の第3金曜日にまでにリリースされた作品を対象に、ライター陣が選出した重要作のレビューをお届けする。参加のライターはDouble Clapperzのメンバーでもあり、UKのラップやダンスミュージックに精通する米澤慎太朗、FNMNLにて先月まで連載『R&B Monthly』を担当していた島岡奈央、ロックからラップまで現行のポップミュージックを幅広くキャッチする吉田ボブ、FNMNL編集部の山本輝洋。
4月編となる今回はAJ Tracy、BROCKHAMPTON、Gab3、LIL SOFT TENNIS、Poundz、The Armed、Young Stoner Lifeの新作をピックアップ。なお、掲載順序はアーティスト名のA〜Z順に従っている。
AJ Tracey - Flu Game
UKのラッパー、AJ Traceyの2枚目のスタジオアルバム『Flu Game』はUKラップとUSヒップホップの世界観をハイレベルにミックスした野心的な作品だ。
2015年頃からロンドンのインターネットラジオ局でマイクを握るグライムMCとして注目された彼は、その後2019年にデビュー・アルバム『AJ Tracey』がヒット、様々な音楽性を取り入れたスタイルで着実に成長を遂げてきた。昨年はより直球なトラップ・ドリルのサウンドにフォーカスしたミックステープ『Secure the Bag! 2』や、アメリカのヒット・プロデューサーTay Keithとの共作シングル“Rain feat. Aitch”のリリースでは、”チャラさ”を感じるリリックを含め、アメリカのリスナーを意識しているのが窺えたが、本作でもその姿勢はより明確だ。
本作のコンセプトはNBAであり、タイトルにはマイケル・ジョーダンが欠場した伝説的な試合に名前から、シカゴ・ブルズのユーティリティ・プレイヤー、トニー・クーコッチをテーマとした“Kukoč”や、3ポイント・シューター、ステフィン・カリーの名前を挙げる“Draft Pick”など、NBAファンであれば率直に楽しめる曲が多い。(残念ながら)自分はNBAファンではないのでその魅力が十分に分かりきっている訳ではないが、それでも地元のジュエリー店、ブランドや時計などAJ Traceyらしい「フレックス」なスタイルは聞いていて楽しい。何より彼にはそのライフスタイルに合うようなオーラがあり、成功に裏打ちされた圧倒的な自信を漂わせている。
サウンド面でもシリアスなドリル・サウンドだけでなく、R&Bのスイートさやその裏にある寂しさを感じさせるような繊細なバランス感に落とし込んでいる。特に“Little More Love”がパーソナルな事柄を歌う歌詞と、トラックの控えめな温度感が生粋のギャングスタラップではない彼らしい。
俺は俺の考えを証明したんだ
やり方を変えて、ノーディールでプラチナになった
俺の魂はいつも法律から逃げて疲れ果てている
俺の兄弟はなんとかやっていける、俺たちはもう苦労しない
あなたが俺を愛するやり方で愛しているなら、もう少し俺を愛して欲しい
あなたが俺を愛するやり方で愛しているなら、もう少し俺を愛して欲しい
[Little More Love]
UKのクラブサウンドとUSヒップホップの融合という試みにおいて、最もうまいと感じたのはUKガラージ・チューン“West Ten”だ。アメリカのヒットプロデューサーとして知られるTake A Day TripとFREDが制作したこの曲は、彼の最大のUKガラージヒット“Ladbroke Grove”で見せたクラシックなUKガラージの「リバイバル」ではない。ベースやキックのバランス感が、UKサウンドのベースにある「クラブ」空間ではなく、USラップ的な「車」鳴りの印象で、彼のフィルターを通して異なる文化を融合させた新鮮さがある。このような細かなバランスの取り方はR&Bとドリルの融合といったアプローチにも表れており、アルバム全体として刺激を受けた一作だった。(米澤慎太朗)
Brockhampton - Roadrunner: New Light, New Machine
“Roadrunner”はミチバシリという北アメリカ大陸南部に生息する鳥の一種で、あまり飛びはしないが爆走鳥と言われるほど足が速い。LAベースのラップコレクティブ=Brockhamptonは、6枚目のアルバムのタイトルにこの鳥の名前を使用した。振り返ってみると、彼らはそのDIYなエステティック(装飾美学)でRCAとの契約を掴み、結成以来凄まじい勢いでチャートを駆け上っていった。Kanye Westのファンページで出会った少年たちの集まりはシングル“SUGAR”の大ヒットにより、今ではインターネットネイティブ世代の象徴的存在である。
リーダーのKevin Abstractによると、自称ボーイバンドの新作『Roadrunner: New Light, New Machine』は、年内に出る2作構成ラストアルバムの1枚目だ。『Saturation III』のリリースの際にも同発言をしているので今回も疑わしいが、もし本当にこれが大人気グループの最後から2番目の作品なのだとすれば、それは想像できることだ。なぜなら、バンドが過去作で実験してきた多岐なサウンドは最も統一しており、プロダクションの質の高さから見ても、彼らが理想としてきた音楽の完成形に今作は近づいているように思える。
Danny Brownと共に作品の幕を開ける“Buzzcut”は、アルバムの展開に良い期待を持たすパワフルな1曲だ。直後にJPEGMAFIAを迎えた“Chain On”が続き、そしてA$AP RockyとShawn Mendesがサプライズで参加する“Count On Me”までの3曲の流れは卓越だ。ヒップホップの巨匠=Rick Rubinが序盤の3曲に太鼓判を押したのも納得ができる。
そして今作で見つかるバンドの変化といえば、過去作品で鳴り響いていた歪んだノイズや機械的な音は大人しくなっている点だ。Charlie Willsonがフィーチャーする“I’ll Take You On”は爽やかなハーモニーが重なるR&Bソングで、生楽器で奏でる“When I Ball”と、よりポップな方向性に向かう彼らの意図も見受けられる。
また、アルバムで語られるリリックはより深くメンバーの心の内を掘り下げていく。この作品がより感情的に仕上がっているのは各メンバーが一層内省的だからかもしれないが、ストーリーの核を支えるのはJobaがラップする亡き父のストーリーだ。ヘヴィなギターが鳴る“The Light”で彼は、「自分を見ると壊れた男が目に映る/俺の父さんの面影/銃を自分の頭に向けた彼」と綴る。同曲でAbstractは、「俺は母さんに好きな人の話をするのにまだ苦労している」と同性愛者の彼は言い、曲の最後のラインではメジャーレーベル契約後の苦悩も共有している。Dom McLennonは、不平等な投獄システムが根強く存在する米社会で、黒人として生きることの困難をこのように表現する、「叔父さんたちが数年もの長い間旅行(刑務所)にいくのを見た/帰ってくる時には服も持っていなければ土産もない」。
アルバムのハイライトは社会問題を網羅していくGファンクな“Don’t Shoot Up My Party”だ。Abstract、JobaとMatt Championは銃とバイオレンス、そしてヘイトで渦巻く現実を綴ったリリックを攻撃的にスピットしていき、中でもChampionのヴァースは今作でも一段と輝いている。混乱から覚めたメンバーたちはゴスペルソングの“Dear Lord”で一度静まり、最終トラックの“The Light PT. II”で暗闇に差し掛かる光をJobaは歌う。この3曲の流れは今作のダイナミクスが最も表れる部分だ。
ポジティブな意味でアルバム全体は未完成に感じ、Brockhamptonはまだ言い残していることがあるように聞こえる。この6年間、アメリカ全土から集まった13人のメンバーたちは止まることなく滑走し続けてきた。『Roadrunner』は、彼らの最高傑作になりうるラストアルバムの片鱗を見せている。(島岡奈央)
Gab3 - Ready To Rave?
数年前、リーンの濁ったパープルに包まれていたラップシーンは、今や不可解な極彩色の何かに染め上げられようとしている。過去にはアーティストデュオUZIの一員としてDrakeやKanye Westとコラボし、PETZの“CHROME HEARTS”への参加も話題を呼んだLAのラッパーGab3の1stアルバム『Ready To Rave?』にはそれが如実に表れている。
そのファッションセンスと、ポップパンクの影響を下敷きとしたメロディックなラップでファンを集めてきたGab3は、今作において以前のようなロックスター的な意匠を変化させ、ケミカルかつハイパーなキャラクターに舵を切った。その片鱗は昨年末にPlayboi Cartiの問題作『Whoke Lotta Red』収録曲“M3tamorphasis ft. Kid Cudi”にも既に現れていたが、今作に収録されたトラックたちは同曲と比較してもよりエクストリームな派手さで装飾されている。
けたたましく鳴り響くトランシーなシンセがこれまでのメロディックなギターリフに代わって大々的にフィーチャーされ、リリックの内容もいわゆる「エモ」的なものから、より享楽的かつ物質主義的なものとなっている。モリーでぶっ飛びながらボッテガ・ヴェネタやマルニのショップで豪遊し、高級車を乗り回しながら元恋人からの電話を「うっとうしい」と一蹴する。そこに「エモ」的な感傷は殆ど見られない。
今作の雰囲気は収録曲“Annoying”のMVに象徴的だ。彼が拠点とするハリウッドの何処かで行われているレイヴパーティに集った若者たちのケミカルで享楽的なライフスタイルが、点滅する緑の閃光に包まれながら映し出される。
あるいはこれまでの彼のパブリックイメージをタイトルに冠した“Rockstar”も、「ロックスター」というモチーフのもとに連想されるギターロック的なサウンドではなく、今作の全編を覆うシンセのサウンドがうねり、耳に突き刺さるような楽曲となっている。ラップのフロウはポップパンクを思わせるメロディアスなものでありながらも、エキセントリックなトラックがそれを何か異質なものであるように感じさせる。
今作がいわゆるハイパーポップの影響下にあることは確実ながら、同ジャンルの代表的なアーティストたちの楽曲ほどの極端な加速や、人工的な感触は見られない。もちろんバブルガムベースやブレイクコアを吸収したハイパーポップのレイヴィーな要素がタイトルに冠された「Rave」のレファレンスなのだろうが、それでいて収録されたトラックたちは未だオーセンティックなトラップの手触りを残している点も、今作を特殊なものたらしめている。これを中途半端であると断じることは容易いが、このバランスはむしろ、ロックにインスパイアされたラッパーのテンションが明確に移り変わる一つの過渡期を象徴しているとも言えるのではないか。
極端に躁的な今作において、故Lil Peepをフィーチャーした “Spine”は唯一と言ってよいダウナーなトラックだ。長らく公式リリースされていなかった人気曲であり、制作からも時間が経過していることから従来のGab3のアーティストイメージそのままのエモーショナルな楽曲となっているが、同曲を経由してハイテンションな“Balenciaga”で幕を閉じる今作の構成は、エモの時代から躁的でアッパーな時代へのシフトを体現しているかのようだ。
Gab3が見せた変化と『Ready to Rave?』とのアルバムタイトルからは、パーティの再開と共に訪れるであろうレイヴの季節を予感せずにはいられない。(山本輝洋)
Lil Soft Tennis - Bedroom Rockster Confused
2010年代末に流布した「ラッパーがロックスターになった」という言葉もはや死語になりつつあるが、それに逆行するようにギターサウンドとヒップホップの親和性は高まっている。昨年のヒットチャートを席巻した24K Goldenとiann diorによる”Mood”やInternet Moneyの”Lemoned”に組み込まれたオルタナティヴ・ロックのギターサウンドのエレメント。エモ・ラップのバイヴスを孕んだミュージシャンの代表格であるMachinegun KellyやYUNGBLUDのアルバム楽曲群に見られたパンクへの接近。歪んだギターサウンドと同じように、トラップのビートも等身大の極私的な内面を表現するエレメントとして定着してきた、とも言える。
そうした現行のヒップホップの潮流を日本語で表現しようとしているのが大阪出身のKazuki Sasakuraによるソロ・プロジェクト、Lil Soft Tennisだ。
今作のオープニング・トラックである"Bedroom Rockster Confused"の冒頭1分2秒を聴けば、彼が試みていることがわかる。フォーキーさを感じさせるメロディ・ラインと叙情的に鬱屈を表現したリリックを、歪んだギターとともにオートチューンがかかったで歌うフックにトラップ・ビートがカットインし、ノイジーなギターが鳴り響くときのエモーションたるや。USのオルタナティヴ・ロックとヒップホップを日本語ロックの文脈で解釈したこの楽曲はタイトルトラックにして、Lil Soft Tennisの名刺代わりになる一曲である。
そうした同時代的なヒップホップの解釈の巧みさに耳を奪われがちだが、驚くべきはそのフロウの多様さだ。"Bring Back"でギターアルペジオとドライヴ感のあるビートのうえでカジュアルなフロウを見せたと思えば、3曲目"NEW ORGY"ではポップ・パンクにも通じる抜けのいいハイトーン・ボイスを響かせる。あるいは、2000年代のオルタナティヴ・ロックサウンドに乗せて地元淀川で感じた鬱屈を歌う"yodo"のダウナーな声や"Medicine"のオートチューンのかかった息を切らすようなシャウト。彼はサウンドのみならずラップ、歌唱においてもヒップホップとロックが接近した時代を体現する。
そうした彼のラッパー、シンガーとしての魅力が発揮されるのは神戸のシンガーLe Makeupをフィーチャーした"Oracle".だろう。2分30秒のなかで、Lil Soft Tennisはファルセットボイスで’My Oracle’というフレーズを繰り返す。そして後半、そのフレーズのリフレインのなかでつぶやくように、現実的で幻想的な風景を歌う。
Lil Soft Tennisはリリックの媒介として、サウンドを構成する重要なパーツとして、声を巧みに扱う。それが彼の表現が生み出すエモーションの隠れた源泉になっている。(吉田ボブ)
Poundz - No Fire Without Smoke
正真正銘の”ギャングスタ”ラップが席巻するUKラップシーンにおいて、ラッパーPoundzはポップなキャラクターで人気を集める独自の存在だ。マイケルジャクソンに扮したドリルチューン“Smooth Criminal”や、Tik Tokバイラルを狙った“Tik Tok”(そのまま!)など、話題性の高い音楽性と計画的なプロモーションで、メジャー契約なしでヒットし飛ばしてきた。SNSを使い倒し、バイラルヒットを狙い時代の波に乗るPoundzはUKシーンでは一際目立つ。「プレイリストに入るのは1リリースにつき1曲」というストリーミング・チャートの特性を生かし、シングルのみをリリースしてきた彼だが、本作『No Fire Without Smoke』が5年のキャリアで初のEPとなる。
代表曲の“Opp Thot”や“Tik Tok”など過去のヒットシングルを再録し、あらためて彼の個性的なキャラクターを味わえる。ギャングスタラップのお決まり表現を用いながらも、暴力的な表現は最小限にとどめ、むしろファニーでセクシュアルな内容を打ち出す部分が純粋に楽しめる。バイラルを意識したダンスもどこか小慣れた感じが飄々としており、ウケ狙いが明確で逆に清々しい。
俺の動き方、俺のキメかた、俺のハメ方、あの子は好きだって
ギャルのワイン、ギャルのティック、ギャルのトック、俺も好きだぜ
[Tik Tok]
と、ここまで書くと、色物的なイメージが先行しがちがが、彼のスキルは巷でも高い評価を得ており、フリースタイル番組『Fire in the Booth』(UKのDJ Khaled的存在、Charlie Slothがホストを務めるYouTubeの人気番組)でも大評判だった。前に詰めていくグライムのフローと、音にハメていくドリルのフローの「良いところどり」で、ラップのグルーヴを増幅させている
そのスキルはシリアスなドリルチューンにもよく生かされていて、“Chocolate Darling”では、客演のBack Road Geeのパトワを混ぜた力強いラップに負けない掛け合いを披露し、“Opp Thot”のリミックスでは、GRM Daily常連のAmbush Buzzworl、Yxng Baneらにも決して引けを取らない。
バトル的なドリルラップだけでなく、”Pull up & Squeeze” や”Get Rich N Get Paid” では自分の過去を振り返るリリックがあるものの、彼が生活を過ごしてきたのか、まだまだ謎を多く残している。ある意味この話題性で引っ張るキャラクターをやり切りつつある彼が、次にどのような進化を遂げるのか。すでに“Love You First”では、Lil Nas Xを彷彿とさせる下手ウマな歌を披露するなど、新たな挑戦の片鱗も垣間見られる。彼が次は何を仕掛けるのか、楽しみな存在だ。(米澤慎太朗)
The Armed - ULTRAPOP
デトロイト出身のハードコア・コレクティブの4作目のフルアルバム。The Armedが「バンド」ではなく「コレクティブ」と呼ばれる所以は、演奏者を楽曲ごとに集める流動的な活動形態にある。今回のアルバムにはQueen Of The StoneageのギタリストTroy Van Leeuwenやシンガー・ソングライターのMark Laneganといった長年ヘヴィ・ミュージックの代表選手として活動し続けているミュージシャンたちが参加している。しかしこのコレクティヴに参加したミュージシャンのほとんどは、素性を明かしていない。
コレクティヴの中心人物であるヴォーカルのCara Drolshagenはこのように語る。「参加したすべてのミュージシャンがThe Armedである」と。The Armedの中心にあるのは、特定のメンバーやキャリアではない。核となっているのは、「ハードコア」といった定義や言葉によって狭められてしまっているジャンルの可能性を押し広げる、というコンセプトである。
そうしたアイデアを1枚のアルバムとして体現したのが最新作『ULTRAPOP』だ。
オープニング・トラック”ULTRAPOP”のスウィートなメロディラインからして、この作品の異質さが伺い知れる。ノイズや重低音の間に、きらびやかなシンセサイザーのリフレインが響く。"ALL THE FUTURE"では性急なドラムビートとダウナーなスクリームのうえをレトロな音像のギターリフが駆け抜ける。かと思えば、たった2分半の間にプログレッシブな展開を見せる"MASUNAGA VAPORS"、ポップパンクのような軽やかなドラミングと開放感のあるメロディを、ノイジーなスクリームとギターで塗りつぶす"A LIFE SO WONDERFUL"、禁欲的なベースラインとメランコリーな歌唱からシャウトとギターリフへ跳躍する"AN INTENTION"など、冒頭の5曲を聴くだけでもその表現の多彩さに驚かされることであろう。そのほかにも、端正なバンドサウンドを基調としつつ手数の多いドラミングとスクリームが鳴り響く"FAITH IN MEDICATION"や、ダンサブルなビートのなかで粘っこい歌唱が響く"BAD SELECTION"、硬質なイントロのビートとノイズのなかで幽霊のように声が立ち現れる"MUSIC IS SKULL"を始めとして、バンド・ミュージックを中心に様々なジャンルのエレメントを取り入れている。
さらには各曲の長さは2分半から3分半、アルバム全12曲でわずか38分51秒と、メインストリームのポップ・ミュージックの標準的な演奏時間を意識して作られている。
こうしたポストジャンル的なスタンスや楽曲の長さからもわかるように、The Armdedはヘヴィ・ミュージックを現在のポップスのフォーマットに近い形で表現しているのである。(吉田ボブ)
Young Stoner Life - Slime Language 2
Young Thugはこの10年で最もアイコニックなラッパーのうちの1人だ。彼は2011年にデビューミックステープ『I came from nothing』を出して以来、向かう所敵なしでラップシーンを独走し続けてきた。すでに15000曲もの楽曲を録音したと言うアトランタのスターは、今この瞬間にファンからアルバムリリースを頼まれたとしても困らないだろう。リリースごとに進化するそのユニークなフロウとライムは、まさに億ドルを生み出すThugの武器と言ってもいい。
さらにThugはここ数年、地元のパイオニア=Gucci Maneに見習い、フッドのA&Rとして自身のレーベル=Young Stoner Lifeから積極的に次世代ラッパーを世に出している。今回新たにドロップされた『Slime Language 2』は、彼と仲間によるプロジェクト第2弾だ。Yak GottiやYung Kayoなど新たな顔ぶれも登場する中、Lil Uzi VertやLil Babyとお馴染みのアクトからDrakeやTravis Scottのようなビッグネームまで、Thugは惜しまずに豪華一同をステージに連れ出している。
誰を選んでも、ここで登場するラッパーはThugの影響を大きく受けていることは明らかだろう。いい意味でも悪い意味でも、皆が同じエレメントを共有し合うアーティストたちなのだ。だからこそ、その面子で23曲編成の作品を出すことは賭けであったに違いない。しかし、Thugの右腕的存在であるGunnaはどの曲でも安定したパフォーマンスを見せ(“Ski”)、客演で定評のあるLil Babyは期待を裏切らないヴァースを放っている(“Paid the Fine”)。
ラジオヒットを狙ったようなバンガー曲が続く中、スロウテンポなトラックも展開していく。Champagne PapiことDrakeはGunnaとThugと共に気だるいトラックの上でラップをし(“Solid”)、Kid Cudiは彼特有の世界観を全面に出している(“Moon Man”)。今作で登場する唯一の女性=KarlaeがCoi Lerayとに歌う“I Like”はムーディなR&Bソングだ。
そしてなにより、最も驚くべき瞬間であり今作がピークを迎えるのは、ビートも印象的な“Pots N Pans”で披露されるNAVのヴァースだ。リリースする度に微妙と言われ続けた彼だが、ここでのNAVは他の存在を一瞬で打ち消すほどのパワーを放っている。アルバム全体として尺は少し余分に長く感じてしまうが、『Slime Language 2』はYoung Thug主催のプロジェクトとして、豪勢な客演陣でリスナーを楽しませるには十分満足な仕上がりだ。(島岡奈央)