【R&B monthly vol.7】Kali Uchis、Yung Baby Tate、Fana Hues、Emanuel、『Stand Up』
ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと言ってもそのサウンドはそれぞれのアーティストの環境やルーツなどによって全く違う音像が現れている。
連載第7回となる今回は、Kali Uchis、Yung Baby Tate、Fana Hues、Emanuelのアルバム、そしてAri Lennox、GoldLink、Masegoらによるコンピレーションアルバム『Stand Up』をピックアップ。昨年12月にリリースされた重要作を紹介する。
文・構成:島岡奈央
1. Kali Uchis - Sin Miedo (del Amor y Otros Demonios) ∞
「Hay que hacerlo sin miedo/La vida es una y a nadie le debo(恐れずに挑戦しないといけない/人生は一度きり、私は誰にも借りはない)」と、Kali Uchisは新しいアルバム『Sin Miedo』の最終曲“ángel sin cielo”で歌う。このLPは、若きコロンビアンアメリカンのシンガーにとって初の挑戦となる、全編スペイン語で書かれた意欲作だ。Tyler The CreatorやJorja Smith等が参加したデビューアルバム『Isolation』は、そのノスタルジックな世界観で瞬時に若者を中心に人々を虜にした。自身のルーツであるラテンソウルなどを箇所的に取り入れつつも、ポップR&Bとして前作は大きなコマーシャル利益も得たわけだが、今作のUchisは大衆の反響をまるで一切期待さえしていないようだ。自由な翼を授かったエンジェルは、昔懐かしい故郷で聞いた音楽や見た情景を『Sin Miedo(恐れずに)』で見事に再現している。
今作のUchisは今まで以上に艶やかであり、挑戦的で、そして13曲を通じて自身の安全領域を本人が開拓していくようでもある。キューバのヴォーカルグループ・Los Zafirosが歌ったボレロ風同タイトル曲をカバーした“la luna enamorada”で作品は始まり、かの有名な英国スパイ映画の劇中歌のような“vaya con dios”は作品をドラマティックに飾り、“fue mejor”ではPARTYNEXTDOORがスパイスを効かす。
架空に存在するようなキャラクター性を持つUchisは、シマーな歌声で甘美な詩を囁く。“//aguardiente y limón %ᵕ‿‿ᵕ%”では、「La vida es sabrosa, tan deliciosa/Ya no quiero dolor, ya no quiero llorar/Sabe a maracuyá, mangos y cerezas(人生はとても甘くて美味しい/苦しみはいらない/私は泣きたくない/まるでパッションフルーツ、マンゴー、チェリーの味がする)」と幻想的なラインが続く。「Que se podría/Hacer el amor por telepatía/La luna está llena, mi cama vacía/I can hear your thoughts like a melody(テレパシーを使って愛し合うことができるなんて/月が満ちる、私のベッドは空っぽ/私にはあなたの考えがメロディみたいに聞こえる)」と彼女がドリーミーに歌うのは“telepatía”だ。
セクシャリティを開放してロマンティックな一面を見せたと思えば、プエルトリコ系アメリカ人の新星・Rico Nastyを招いたトラップ曲“¡aquí yo mando!”では、「I'm your little mamacita/Haces todo lo que diga(私はあなたのママシータ/私が言うこと全部に従う)」と、サヴェージな女性に変容する。レゲトンデュオアーティスト・Jowel & Randyが加わる“te pondo mal(predelo)”は、危険な香りがする中南米の夜を連想させるようなトラックだ。光沢のある楽曲に続いて、このようなラテントラップが混じっても全く違和感を感じさせない点も面白い。シーンはトラップ全盛期を終えた今、プエルトリコ系ラッパーのBad Bunnyは“Dakiti”でアメリカのみならずグローバルチャートでも首位を飾り、Drakeを上回るSpotifyのストリーム数を得た。ラテン音楽はその変換期にかなり良い流れを生み出しているのではないだろうか。
シーンの第一線から少し距離を取りながら独自のスタイルを貫くUchisにとって、スペイン語編成のアルバムはかなりリスクのあることだったに違いない(実際にUchis本人は、自分の言語ではない音楽を聞こうとしない英語話者のファンにとっては新たな失望の日になるだろう、とシングルリリースの際にツイートしている)。しかし、『Sin Miedo』は一切スペイン語の知識を必要としない。なぜなら、溢れるセンシュアルなムードに、彼女の呪文をかけるようなスペイン語のリリック、本人による完璧なバックコーラスは、無意識に人々の感性を刺激するからだ。彼女が恐れ無しで挑んだ『Sin Miedo』は、Uchisのディスコグラフィーの中でも最も輝くだろう。幼少期の彼女が夢見たラティーナの女王たちはこの現代版ラテンソウルを聞いて、天国からUchisに盛大な拍手を送っているに違いない。
2. Yung Baby Tate - After the Rain
少し昔の音楽シーンでは、Lauryn Hillを除いて、TLCやBrandyなどのR&Bシンガーたちはラップとの間にはっきりとした境界線を引いていたように思える。しかし、ラッパー、シンガー、プロデューサー、この3つの役割を器用にこなしてしまうアーティストは今では珍しくない。Cardi Bのようなクレイジーなセレブアーティスト、ダンスを多く入れ硬派なラップスキルを持つMegan Thee Stallion、もしくは先ほど述べたようにセルフプロデュースに力を入れるアーティストたち。Nicki Minajの背中を追うように増えたフィーメールラッパーたちは、今最も創造性に溢れている。
アトランタネイティブのYung Baby TateことTate Sequoya Farrisもそのうちの1人だが、過去作『Girls』と『Boys』は、彼女の優れた才能になぜ人々が注目をすべきかを証明した。TikTokでヴァイラルヒットとなったAshnikkoの“STUPID”に彼女が客演したことも記憶に新しいが、Issa Raeのレーベル・Raedio加入後初の作品『After the Rain』で、自身のポップでキャッチーだったサウンドと共にセクシーなR&Bを提示している。
今作は過去作と比べてより2000年代初期のR&Bに影響されているようだ。それは同郷の6LACKをフィーチャーした“Let It Rain”の少し昔懐かしいサウンドで感じられる。メロウな“Cold”は、寒い冬に愛し合う2人を歌った1曲だ。もちろんラッパーとしてのスキルも抜群で、急上昇中のFlo Millを迎えた“I Am”では滑らかなフロウを展開し、“Rainbow Cadillac”では「またあのビッチたちに勝った/もし彼女らが私をあそこまで嫌ってなかったら、私たちは友達になれたのに/もはや勝ち負けもない、だって彼女らは勝つためのロジックもないから」とラップゲームでハッスルする自分を歌う。
Tateのフロウはポップでありながら、”Baecation”や”Cold”のような楽曲ではそのキュートな歌声が存分に生かされている。今回のEPは彼女がよりR&Bシンガーとして活躍していきたいと暗示しているようでもある。様々なアーティストとコラボレートして、レベルアップした次回のフルアルバムに期待大。
3. Fana Hues - Hues
カリフォルニア州はパサデナ出身のFana Huesは、インディロック、R&B、ヒップホップなどを詰め込んだ初アルバム『Hues』をリリース。音楽一家で育った25歳のシンガーソングライターは、静寂なサウンドと空げな歌声が特徴だ。まだまだスタートを切ったばかりの新星だが、今作を簡潔でありながらまとまりのある音楽に完成している。
ドライなドラム進行の“Notice Me”では、「私たちを待っている雲がある/山と過去の向こう側に/天国がある」とポエムを書くのが好きなHuesは空想する。“snakes x elephants”ではフリースタイルラップをするように歌ったり、“Desert Flower”ではアコースティックギターに乗せて儚げなヴォーカルで人の心を癒す。
ソウルのクラシック曲に影響を受けたような“Death on the Vine”に続いて、ジャジーな“Yellow”で作品は幕を閉じる。その気怠いサウンドは決して派手ではないが、新たな自宅生活のフェーズに移行している今に最もフィットする。就寝前に『Hues』を聞けば、アロマのように心を癒してくれそうだ。
4. Emanuel - Alt Therapy Session 2:Transformation
トロント出身のシンガーEmanuelは、デビュー作品『Alt Therapy Session 1:Dellusion』を発表した6ヶ月後、フォローアップ作となる『Alt Therapy Session 2: Transformation』をリリース。若きシンガーソングライターは、音楽で感情を浄化することが彼にとってセラピーセッションだと語る。だとしたら、その音楽を聞いて自分の心に耳を傾けてみることが、リスナーにとってのそれなのかもしれない。
3曲プラスリミックス版の4曲編成とシンプルな作品だが、アコースティックなプロダクションは洗練されている。物質的なもので満たそうとする女性を歌った“Magazines”や、ベッドルームソングの“PTH”はとても官能的だ。レゲエ調の“Black Woman”では、「どうやってあなたは笑うことがない時に笑っていれる?/どうやってあなたは家に帰ってくる人がいない時に愛することができる?/黒人女性は時に悲しい女性/スーパーウーマン/太陽からパワーを得る」と彼は黒人女性の美しさと強さを称えている。Emanuelはまだフルアルバムを出していないが、トロントのR&Bシーンを盛り上げる次世代R&B歌手として要注目だ。
5. Various Artists - Stand Up
国際支援団体のGlobal Citizenによる、Lucky Daye、Ari Lennox、GoldLink、Masego、JoJo、Tori Kelly等が参加する豪華カバーアルバム『Stand Up』が到着。往年のクラッシックソングに現代のアーティストが新たな息を吹き込んでいる。収録曲は、The Beatlesの“Come Together”を始め、Aretha Franklinの不朽の名曲“A Natural Woman”、Red Hot Chilli PeppersもアルバムでカバーしたStevie Wonderの“Higher Ground”、The O'Jaysの"Give The People What They Want”など。
この大変な時代に生きる人々に勇気と希望を与えるような名曲揃いだ。これを機会に、今の音楽に多大な影響を持つ楽曲を再訪問してみてはいかがだろう。Global CitizenはYoutubeチャンネルで様々な国の人にインタヴューをしたり、John LegendやMiley Cyrusがパフォームする映像や、社会問題をわかりやすくアニメにまとめたものなど、コンテンツはたきにわたるのでぜひチェックしてみてはどうだろう。