【R&B monthly vol.6】Ariana Grande、Ty Dolla $ign、Giveon、DaniLeigh、Queen Naija、Hope Tala

ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと言ってもそのサウンドはそれぞれのアーティストの環境やルーツなどによって全く違う音像が現れている。

広がりを見せるR&Bの今を追う連載企画の第六回目はAriana Grande、Ty Dolla $ign、Giveon、DaniLeigh、Queen Naija、Hope Talaの新作をピックアップ。

文・構成:島岡奈央

1. Ariana Grande  - Positions

数億ドルのステージ無しにマイクのみを渡された状態で、聞く者の心を鷲掴みにできる最前線のアーティストは、はたしてどれほどいるだろう?まず1人の名前を挙げるなら、Ariana Grandeだ。ソウルのクイーンたちが去った今日、彼女が着実に築き上げてきた業績を考慮すれば、上記の答えは妥当だろう。

しかし、彼女の歌唱力や才能は、キャリアとは直接的に関係のないことで霞みがちだったと言える。マンチェスターでの爆弾テロ事件、彼女のソウルメイトと言われた元恋人のMac Millerの他界、元婚約者との破局。20いくつの人間には、過酷な重荷だったに違いない。後に試練を乗り越えたGrandeは、驚くべき速さのスパンで2つの素晴らしいプロジェクトを発表し、ポップスターとしての旅路を再開することになる。内省的な要素とヒットソングを含む『Thank U, Next』、音楽性を追求しアーティストとして成熟した姿を打ち出した『Sweetener』、これらの作品の成功は彼女の音楽の成長を証明した。

6枚目となるフルアルバム『Positions』では、ロマンスに心と身体を奪われた彼女の妄想が表現されており、躊躇することなくGrandeは官能的な世界にリスナーを誘う。その想像力がどれほど無限大かと言うと、度々続いたそれら悲劇の会話の余地など、一切無いほどなのだ。彼女はただただ、冒険的なセックスライフを楽しむ様子や、新しいパートナーとの関係で気づいた自己肯定を歌っている。「悪魔のおかげで物事の違う見方をするようになれた、だから私を憐むのはやめて/黙っているのがいいよ」、と騒音を追い払うようにオープナーの”shut up”でGrandeは声明する。簡単な計算をすればどの隠語を指しているか分かる”34+35”では、「まあ簡単に言っちゃえば、赤ちゃんをちょうだい/一晩中起きていられる?夜明けまで私をf***して」とジョーク混じりに彼女は歌う。

”off the table”は、The Weekndがパートナーの気持ちを歌うミッドテンポバラードだ。「あなたにしたように私はまた誰かを愛せるの?」と恐れるGrandeに対して、彼が「僕は待つ/たとえ自分が2番目のように感じるとしても」と返答するやりとりは、とても親密だ。ジャジーな”my hair”では、持ち前の高音を惜しみなく披露している。作品のクライマックスでありハイライトを迎えるのは、最も純粋な愛の形が綴られた”pov”だ。「私は自分を愛したい/あなたが私を愛するように/私の醜くさや愛しいところも/あなたの視点で自分を見てみたい」というラインは、彼女自身が辿り着いた究極の自己愛であり、この作品が意味するメッセージだ。

プロダクションはトラップ要素を残しつつストリングスに比重を置き、緩急の少ないサウンドはよりヴォーカルに焦点を当てている。Grandeの声区のコントロール力には、お手上げだ。リリックにおいても、Victoria MonétやTayla Parks、その他人物や本人含むライティングチームは、キャッチーな歌詞を書くことを完全にマスターしている。前作とは対照的にドラマ要素は薄く作品の主軸は弱く感じる部分もあるが、ラッパーのように気楽にプロジェクトを出していきたい、と以前に語っていたアーティストの方向性としては納得ができる。『Positions』はGrandeのベストワークではないが、彼女の魅力的なキャラクターと自由奔放さが映し出された、ポップのクイーン渾身のR&Bアルバムだ。

2. Ty Dolla $ign  - Feat. Ty Dolla $ign

音楽チャートの大半がヒップホップもしくはトラップベースのヒットソングが占める今、Ty Dolla $ignことTyrone William Griffin Jr.の貢献は計り知れない。数々のアーティストの客演に参加し続け、コラボレイターとしての座を確固たるものにしてきた。彼はその才能を出し惜しむことはなく、その名前のクレジットは至るところにある。

今作『Feat. Ty Dolla $ign』でTyが最も主張するのは、リスナーが日々耳にするヒット曲は、彼の音楽の片鱗にすぎないということだ。”Ty Dolla $ign feat. the music industry”と思ってしまうような大勢のビッグネームの参加に、25曲編成のアルバムは59分59秒とミニマルに完成されている。そんな作品を特別にするのは、次の曲に移行していることを気づかせないほどのシームレスなトランジションだ。ギター音が渦巻く”Status”は、Kid Cudiのハミングで始まる”Temptations”にスムーズに流れ込んでいく。間奏の”Return”は、Skrillexプロデュースのエレクトロ曲”Ego Death”に、強烈なイントロをアシストしている。

表情豊かなサウンドは、彼のバラエティを表現するように展開していく。Anderson .Paak、Kanye West、Thundercatが集う”Track 6”では.PaakとTyのハーモニーが完全に合致し、FutureとYoung Thugがユニークなフローを走らす”Lift Me Up”、”Universe”ではKehlaniが艶やかな歌声を交わす。トラップとR&Bの融合という意味では、今作はシーンの最新版だ。

しかし、メインストリームに愛される男はその現状に不満足な様子を見せる。”Status”では「カニエに言われた、”ダラ、お前の歌声はジェネリックな楽曲にのせるには勿体無さすぎる”」と、分け隔てなく客演をしてきたTyは言う。彼はその事実を熟知しているかのように、終盤”Slow It Down”以降のトラックで精彩を放っている。哀愁を帯びる”Your Turn”は、リスナーが慣れ親しんできたTy Dolla $ignだ。

長年ハンブル精神を貫いてきた彼は、”Real Life”でRoddy RicchとMustardと共に勝利を祝う。「BeyoncéとJay-Zと曲を作った/山ほどの犠牲、成功は1日にしてならず」と。彼の名前が客演に溢れる背景は、その努力なくして成り立ってはいないだろう。『Feat. Ty Dolla $ign』はTyの成功を記念する作品であり、キャリアの集大成でもある。Ty Dolla $ignは、今作客演分のトロフィーと、それ以上のリスペクトに値するアーティストだ。

3. Giveon - When It’s All Said And Done

Giveonは煌びやかな歌手ではない。どちらかと言うと、路地裏のクラブバーで働くピアノ弾きのようだ。物憂げな雰囲気を包まれる彼は、1度耳にしたら忘れらない、深く渋い歌声を持つ。アーティストとしてのキャリアはまだ新しいが、彼は人々の心を掴むのに長い時間を要さなかった。2019年にはSnoh Aalegraのツアーに前座として同行し、パンデミックが始まったばかりの今年3月下旬には、ファーストEP『TAKE TIME』を発表。オルタナティブR&Bに新たな風を吹き込んだ。リスナーに最も印象的な瞬間だったのは、Drakeの”Chicago Freestyle”でのフィーチャーだろう。

そして、Giveonは新しいミニEP『When It’s All Said And Done』をリリースした。1曲のインタールードに3曲の新曲構成と最小限なEPだが、彼の魅力が凝縮された作品に仕上がっている。前作収録曲“TAKE TIME(Interude)”の続きのように、カセットテープが切り替わる音で1曲目“When It’s All Said And Done”は始まる。「君に5回も電話をするなんて/君を追いかけるのはもう止めないと/時間がかかることはわかっていたと彼女に言った/最後には大丈夫になるさ」とGiveonは儚げに囁く。

「君の心は要らない/君と縒りを戻したくない」とポストコーラスで彼が歌う“Still Your Best”は、平気なふりをする自身の心情を描いた1曲だ。コーラスではそれに矛盾するように「いつ戻ってくる?/僕は今でも君の1番」と歌う。3曲目“Last Time”でGiveonはAalegraと会話をするように、最後のチャンスに懸ける気持ちを口ずさむ。憂鬱な作品の中で、僅かに軽さを感じさせる楽曲だ。

EPは感傷的な“Stuck On You“で閉幕する。「もう君に“愛してる”とは言えない/友達が絶対に僕を非難するから/時間はかかったけど気づいたんだ/君は僕にとって悪いけど、それで良いんだ」と、最後に彼は本心に気づく。Giveonの楽曲は、失恋や修復しない関係性について包み隠さず語られたものが多い。なにより、彼は脆い男性性を歌うことを決して恐れていない。ユニークな歌声に次いで、それが、彼と他のアーティストと一線を画す魅力だろう。Giveonには、“失恋を歌うクルーナー”の代名詞がぴったりだ。

4. DaniLeigh - MOVIE

ドミニカ人の両親を持つフロリダ出身のDaniLeighは、シンガー、ダンサー、ラッパー、コリオグラファー、アクター、何でもこなす多彩な才能に溢れた25歳のアーティストだ。Princeが自身の楽曲“Breakfast Can Wait”のMV監督を、当時18歳だったDaniLeighに頼んだことをきっかけに、彼女は瞬く間に注目を浴びるようになる。YG、Lil Baby、Lil Yachty等を客演に招いたデビューアルバム『The Plan』は、ラッパー要素の強いスワッグな彼女の側面を表した。中でも、Chris Brownがフィーチャーしたヴァージョンの“Easy”は、チャートでヴァイラルヒットとなる。

彼女のソフォモアアルバム『MOVIE』は、より洗練されたR&B作品に完成されている。マンブルな曲は減り、妖艶な楽曲は今まで見せることのなかった彼女を映し出す。オープナー“Superstar”は、スターダムを駆け上がる2人の男女を表現した曲だ。「TMZ(パパラッチ)がクラブでの写真をポストしないといいけど/だって世界中に私の好きな人がバレてしまうから」と人気ラッパーと交際中のDaniLeighは歌う。“My Terms”は、PARTYNEXTDOORとの掛け合いが親密なデュエットソングに仕上がっている。

作品は浮遊感を保ったままヒップホップ色を強めた楽曲に移行していく。“Bullshit”では、「あなたの携帯に入ってる電話番号全部/彼女が友達かどうかはどうでも良い/私は嫌なの」と男女関係の亀裂が表現されている。しかし、“Monique”や“Dominican Mami”のようなトラップ曲には彼女の歌唱法の変化も伺えなく、少し退屈に感じてしまう。Ty Dolla $ignが加わる“I Wish”では、「物事が深刻になったときに、信じれる人がいれば良いのに/金や名声を求めて私のところに来ないで」と弱い様子を見せる。Queen Naija客演のラテン調な“Mistreated”は、DaniLeighのルーツを感じさせる曲だ。

1曲目から最終曲までまとめたショートフィルムも公開されており、自身の音楽により芸術的なアプローチを仕掛けてもいる。Teyana TaylorやTinasheを筆頭に、才能豊かな女性アーティストと肩を並べる可能性を、『MOVIE』でDaniLeighは発揮している。

5. Queen Naija - Misunderstood

セキュリティガードから、約4億8000万人の登録者数を持つユーチューバー、そしてBillboard US R&Bチャートで1位を獲得するシンガー。Queen Naijaの経歴は、典型的なアーティストとは違う。2018年にリリースしたシングル“Medicine”がヒットし、メジャーレーベルとの契約にNaijaは至る。そして遂に待望のフルアルバム『Misunderstood』が到着。18曲編成に8人のアーティストが客演と、彼女のデビューを飾るには申し分のない豪華さだ。

“Too Much To Say”でNaijaは心の内を暴露する。「彼らは私はもう時間切れだと言った、もうイケてないって/私の音楽は弱くなってる、もうヒットしないと/傷の上に化粧をして、笑顔を偽る」と。“Love Language”やJacqueesフィーチャーの“Five Seconds”は、彼女の甘い歌声が上手く生かされた楽曲だ。今作は、オールドスクールとニュースクールの塩梅もとても絶妙だ。Lil Durkを客演にDaBargeの“A Dream”をサンプルした“Lie To Me”や、Dr. Dreの“Xxplosive”を使った“Pack Lite”は、Naijaのキャラクターとも上手くマッチしている。

彼女のペンゲームもとても強い。ラッパーMulattoが参加する“Bitter”では、「ハッスルする可愛い女子は勝ち組/大金をキープしないと、私は金遣いが荒いから/ダサい男は写真から切り取る/私の価値を知らない人には誘惑されない」と、Naijaは綴る。“Butterflies Pt.2”は、離婚を経験した彼女が、新たなパートナーとの間に見出した愛を歌ったミッドテンポバラードだ。American Idol(オーディション番組)出身とだけあって、その透き通った美声は夢見心地な気分にさせてくれる。

作品全体は不安を感じさせる要素もなく、安心して最後まで楽しみたくなってしまう。ここまで辿り着くのに遠回りがあったかもしれないが、スキップ無しで聞ける長編アルバムは滅多にない。Queen Naijaのキャリアは、まだ始まったばかりだ。

6. Hope Tala - Girl Eats Sun

ウェストロンドン出身の21歳Hope Talaは、ミニEP『Girl Eats Sun』をリリースした。大学を卒業したばかりのフレッシュな彼女は、ボサノヴァに乗せて囁くように優しく歌うスタイルが特徴だ。

文学部を優秀生徒として卒業したTalaは、もちろんそれがリリックにも投影されている。Aminéが客演する“Cherries”では、「太陽光が肌を食べる、私たちがいる状態を見て/眩しい光が目に差し込む、私が泣く涙を飲み干して」と、EPのタイトルにも通ずる詩的な歌詞をTalaは書く。「カリフォルニアでドライブしよう、もしくはパリかローマで/私たちが一緒な限りどこでだろうと構わない」と彼女がロマンティックなラインを歌うのは“Drugstore”だ。

ラテン調な“All My Girls Like To Fight”に、ギターアコースティックの“Easy To Love Me”など、緩やかなスローテンポの曲はリスナーに安らぎを与える。たまには何も考えずに、無重力な気分にさせてくれる音楽で、心を軽くしてみても良い。

RELATED

【R&B monthly vol.7】Kali Uchis、Yung Baby Tate、Fana Hues、Emanuel、『Stand Up』

ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと言ってもそのサウンドはそれぞれのアーティストの環境やルーツなどによって全く違う音像が現れている。

【R&B Monthly Vol.5】Bryson Tiller、Alicia Keys、Ricky Reed and more Singles

ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと言ってもそのサウンドはそれぞれのアーティストの環境やルーツなどによって全く違う音像が現れている。

【R&B Monthly Vol.4】Jhené Aiko、『The Lion King : The Gift』、Victoria Monét、Brandy、Kaash Paige

ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと言ってもそのサウンドはそれぞれのアーティストの環境やルーツなどによって全く違う音像が現れている。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。