【インタビュー】ANARCHY 『LAST』| どんどん服を脱いでいってる
ANARCHYの新作のタイトルは『LAST』と命名された。その意味ありげなタイトルから深読みするリスナーもいるだろうが、取材を進めていく過程で何を意味する“LAST”なのかが判然とした。ANARCHYの本心に迫る。
取材・構成:佐藤公郎
- まず、アルバムのタイトルが『LAST』となった背景から教えてください。
ANARCHY - 「最後の作品になってもいい」と思いながら制作してたアルバムなんですよ。僕ができること、やれること、やりたかったことが詰まってる。感覚的にはファーストアルバムを作り終えたときと似てて、『LAST』なんだけど始まりでもあるというかね。
- 最後の作品となっても構わないと思えた作品は、どんなコンセプトでスタートしたんですか?
ANARCHY - まず先に言っとくと、今まで“完璧”なアルバムって作れたことがないんですよ。常に理想は持ってるんだけど、追われながらの制作でどこか邪念が生まれてしまう。それをずっと続けてきてしまった懺悔じゃないけど、少なくとも「自分だけでも完全に納得できる作品」を作ることを目標にして。完璧を目指すのであれば、どんな作品を作ることができるのか? 制作の途中で客演を入れることも考えたけど、気がついたら自分ひとりの作品になってた感じですね。
- 「完璧を目指す」とは、具体的にどんな制作スタイルだったんですか?
ANARCHY - 上京する前の自分みたいな感じっすかね。それこそ自宅で紙とペンがあれば曲を作れるみたいな。ファーストを作った頃の感覚に似てるって思ったのは、まさにそれなんですよ。初心に返れた感覚というかね。
- その内省的なイメージはアルバムを聴き終えたときに痛感しました。
ANARCHY - 例えば地元の団地のこと。暗い場所や汚い場所、これまではそういう悪いところばっかに目を向けてたけど、そこに美しさがなかったわけじゃないし、良いところもあったし、間違いなく愛もあったわけで。そこにピントを合わすことができたのは、こうやって年を重ねて自分の内面に抵抗なく入れたからだと思うんすよ。これまでのANARCHYには「音楽でリスナーを突き放してるんじゃないか? 」っていう後ろめたさみたいなものもあった。毎回毎回違うことをやりすぎて(リスナーを)疲れさせちゃうみたいな。なので今回は「ANARCHYの良い部分ってどこなのか?」ってことと真面目に向き合ったというか。具体的な例を挙げると、伝わらない言葉を選ぶんじゃなく、仮にチープな聴こえ方になっても伝わる言葉を選ぶ。言葉が気持ちよく耳に入ってほしいから、そういう工夫はめっちゃしたと思います。かっこつけることを一旦やめようぜ、それが一番かっこよくなる方法なのかもしれないって。
- 収録曲"September 2nd"の歌詞にある「お皿」は、巻き戻して聴き返したほど驚きました。これまでのANARCHYなら「皿」なはずなのに、「お皿」だったので。
ANARCHY - まさにその気持ちで歌った曲だと思う。でもほら、これまでの曲でも「僕」とか使うじゃないですか、ANARCHYは。
- 「僕」を使うことは予想の範囲内であるので、巻き戻して聴き返すほどではない。そういった意味でも『LAST』に現れる歌詞の数々は、これまでのANARCHY作品とは異なる引っかかりを感じました。それは曲順が進めば進むほど顕著で、後半に向かうにつれ芯に迫っていく感じすら。
ANARCHY - どんどん恥ずかしくなっていく感覚というか、どんどん服を脱いでいってる感じですよね。最後のほうとかもはや丸裸やん、もう恥ずかしすぎて聴けへん! みたいな感じで曲順は並べましたね。今回は本当にそういう音楽を作りたかったんで、じゃなきゃKREVAくんにもお願いしてないんで。
- ANARCHYとKREVAといえば、真っ先に"I REP"での共演を思い浮かべますが、それ以降も見えないところで交友は続いていたんですか?
ANARCHY - いや全然(笑)。"September 2nd"はもともと自分が書いていたリリックがあったんだけど、曲にできなくてどうしようか悩んでたんですよ。で、KREVAくんに唐突にDMを送りました、「ANARCHYです。KREVAくんみたいな曲を作りたいです。お願いします」って。
- 迷惑系DMと思われても仕方ないような(笑)。
ANARCHY - 笑けただろうね(笑)。でも(Mummy)Dくんに連絡先を聞いてショートメールも送ってたからすぐに「スタジオに来なよ」って返事が来て。そこでもともとあったリリックを渡して、「プロデュースしてください」って伝えたら、「いきなり歌詞持ってきてそんなこと言うやつ初めてだよ」って言われて(笑)。でも、「ANARCHYくんがそう言ってくれるなら、すぐやろう」って作業に入った感じですね。僕が思い描いてたのはKREVAくんの"音色"だったんだけど、本当にそのイメージ通りの曲が出来上がって、ああ、思いって通じるんだなって感じましたよ。
- もともとANARCHYが書いていたリリックにKREVAさんから指摘などはありましたか?
ANARCHY - もっと(韻を)踏んだほうがいいんじゃないか、抑揚をつけたほうがいい、文字数を短くしたほうがいいとか、結構リリック修正のディレクションはありましたね。ちなみにド頭のサンプリングはAIで作ってるんすよ。
- その曲を聴いて「まんま使いなのかな?」と思い、ネタと思わしき部分の歌詞を書き起こして、Geniusにブチ込んだりして必死でディグったんですが、そりゃヒットしないわけですね。
ANARCHY - AIで作った存在しない曲だからね(笑)。KREVAくんもAIを使った制作方法はめっちゃ楽しそうに話してくれましたよ。
- KREVAさんをはじめ、アルバムにはChaki ZuluさんやZOT on the WAVEさん、DJ JAMさん、Ryosuke “Dr.R” Sakaiさんといったプロデューサー/ビートメイカーが参加していますが、その選定というのは?
ANARCHY - 「良い音楽に良いラップを乗せる」って考えたときに浮かんだ人たちですね。Chakiくんはいつも通り絶対1曲やってほしくて、ZOTくんは(ラッパーの)7ちゃんの作品を聴いてめっちゃいいなと思ってた。Sakaiくんはマネージャーからの紹介でセッションしてみたらバッチリハマった感じですね。PUNPEEくんとも一緒に曲作ったんですけど、自分が納得する形まで落とし込めなくて、今回のアルバムでは見送って、これからしっかり詰めてこうと思ってます。ちなみにZOTくんとSakaiくんは、1曲ずつの予定だったんですけど、あまりにハマりすぎたんでそれぞれ“おかわり”しました(笑)。
- ZOTさんとの"あいつの事"、Sakaiさんとの"SKATERS"は、『LAST』収録曲の中でも特に引っかかりを感じさせた曲でした。
ANARCHY - まさにその2曲が『LAST』の中で芯となる曲になったんですよ。ZOTくんはその曲でおかわりして"1mm"ができて、Sakaiくんは"SKATERS"を作ってからのおかわりで"夜景"でもセッション。ZOTくんはヒップホップの現場は慣れてると思うけど、Sakaiくんはメジャー仕事もめっちゃやってる職人肌のプロデューサーの人なんで、ちょっと不安はあったんすけど、自分の音楽レベルがめちゃくちゃ上がったんじゃないかって思えるくらい刺激もらえましたね。だから"SKATERS"が出来上がってすぐにしちゃったんですよ、おかわり。
- SakaiさんもANARCHYのようなアーティストとセッションしてスイッチが入ったんじゃないですかね。なので、即おかわりも喜んで受け入れた。ちなみに、その“芯”となった楽曲も存在する中で、リリックを書いている段階やレコーディング時などで「ANARCHYはこうあるべきだ」「この方向性で間違ってなかった」と思えた楽曲はありましたか?
ANARCHY - やっぱ"あいつの事"と"1mm"ですかね。今のANARCHYじゃなきゃ歌えなかった曲だと思う。"タイトルなし"も堕落した自分自身、今の自分が吐かないと意味がないリリックというか。いずれにしても、まだ恥ずかしい部分は残ってるんですけどね(笑)。
- それらの曲でも顕著なように、今作でリスナーの多くが引っかかりを覚えた部分はトラックの質感や歌詞の実直さに加えて、声の出し方もあると思うんです。
ANARCHY - テンポ感も違うだろうし、今までの僕にない感じですよね。だからこそ、めっちゃ苦労したんすよ。レコーディングした音源を持ち帰って「録り直そう」と思う気持ちとか……今までそんなんやったことないですもん。録ったら速攻帰ってた(笑)。それまでは「これがANARCHY」とか思ってましたから。でも、それがずっとしこりというか、なんか違和感として残ってたんですよ。だから、その「これがANARCHY」をやめたかった。気になったら自分が納得するまでとことん録り直す。一緒に作業してたスタジオのエンジニアとかめちゃくちゃ鬱陶しかったはずですよ、「これ本当に終わんのかよ……」って。
- 結果的に『LAST』はその違和感すら払拭したアルバムになったわけですね。
ANARCHY - 前作から3年かかりましたけど、僕にとって必要な時間だったと思います。作品を完成させる時間でもあり、自らの人間力や音楽的技術を向上させるためにも必要だった時間。あと違和感で言うと、この数年はライブを心から楽しめてないというか、没頭できていない自分がいたんですよ。ヘタしたら今のライブとかフェスって、YouTubeやサブスクでまわってる曲だけ歌って終わりとか普通じゃないですか。ステージに上がって「俺様が」って誇示することよりも、もっと大事なことがあるんじゃないか、って。
- 確かにこの切り抜き時代において、『LAST』だけを提示されたら、ある種の違和感が生まれたかもしれないですが、これまでのANARCHYの作品を経て今作を提示されたら、ここでひとつの物語の完結が見えてくるような気がしました。キャリア20年という節目に素直な思いを顕在化させた作品で、心から楽しめるライブの完成形も自ら導き出した。
ANARCHY - アーティストである以上、常に“刺す”ライブをしたいじゃないですか。でも、そこには同時に包み込むような大らかさも持ち合わせていたい。そこで必要なものってセンスだけじゃ無理で、やっぱ技術もいる。レコーディングで良い作品はいくらでも作れるけど、それをライブで披露して観客をワクワクさせたい。そこに至るための必要だったパズルのピースを作って、ようやくハマった感じですかね。今のANARCHYに必要だったパズルの“LAST”ピースが完成した。……って、完全後付けですけど(笑)。
- その思いを無自覚に抱えていたからこそ、客演に頼らず自分ひとりで挑むべき作品になったのかもしれないですね。と同時に、必要最低限の「ANARCHYはかっこよくなければならない」という無意識の裏に、「なんか今回のANARCHY、ヌルくね?」というネガティブな感想が飛び交う可能性も予想したりはしましたか?
ANARCHY - まあ、なんかしらあるとは想像しましたよ。でも、まったく聴かれてる感じがしないとか、ネガティブな意見がどこからも耳に入ってこない“無風”が一番の失敗やと思うんですよ。ああだこうだ言われて初めて成功というかね。とにかく自信はあります。だから何を言われても構わない。遠慮なくああだこうだ言ってほしいですね。
- 最後に、「LAST」という言葉は一般的に「最後」や「終わり」といった意味で受け止められると思いますが、「もっとも新しい」という相反する意味も持ち合わせているので、裏テーマとしてはそれも隠されているような気がしました。
ANARCHY - そうなん? まったく考えてなかった。でも、案外そうかもしれない。ってことにしときます。
Info
ANARCHY 『LAST』詳細
アルバムタイトル:LAST
発売日 :2024年11月27日(水)
価格 :2750円(税込)
品番 :LAND-0007
公式サイト : https://land.inc
【ANARCHY『LAST』収録曲】
- 9街区1棟
Produced by NUTOИ - 緑のモンテカルロ
Produce by DJ JAM - VANS
Produced by Chaki Zulu - 夜景
Produced by Ryosuke "Dr.R" Sakai - SKATERS
Produced by Ryosuke "Dr.R" Sakai - 1mm
Produced by ZOT on the WAVE & dubby bunny - タイトルなし
Produced by Tez Toy - あいつの事
Produced by ZOT on the WAVE & Nova - September 2nd
Produced by KREVA