【レビュー】Dave『We're All Alone In This Together』|システムに繋がれた孤独

UKのラッパー、Daveが2作目となるアルバム『We’re All Alone in This Together』をリリースした。本作はメンタルヘルスや家族の問題を誠実に語ることをベースに、コロナ禍という「孤独」の時代における「他者」への理解や意思疎通の困難さと向き合い、人種、政治、歴史といった構造的な問題へと回路を開く作品である。

Daveのデビューアルバム『PSYCHODRAMA』(2019)はさまざまな意味で衝撃的だった。リリックの濃密さやスキルはさることながら、彼がラップで描く緊迫感のある映画的なストーリーは特に印象深い。例えば“Lesley”という曲はある知人女性に起きた悲惨な出来事をラップした11分の楽曲で、人種・ジェンダー・暴力・警察などさまざまな社会問題を浮き上がらせた。また、「心理劇」という心理療法をコンセプトに取り入れたことで、「独白」を通じた「治療」という形でラップ表現を更新した作品でもあった。

2年ぶりにリリースされた本作は、本人が抱える孤独や家族との問題から出発し、過去や歴史の連続性へと目を向け、政治やシステムによって虐げられた人々への共感を伝える、ということが本作に通底するテーマである(と私は解釈したが) 、ピアノの旋律が静かに流れる1曲目“We’re All Alone”にはその姿勢が凝縮されている。彼自身が弾いたピアノの旋律に乗せて、ファンとのDMのやりとりについて話す。

日曜日の朝、ある子からメッセージを受け取った。

彼は自殺しようと思っていると言っていた。

俺と彼には、思っている以上に共通点がある。

彼には精神科医に診てもらうように言ったんだ。

前作『PSYCHODRAMA』のテーマであった孤独感やメンタルヘルスの問題、その根本にある人種や政治・システムの問題はコロナ以降、より切実さを増している。

俺はファンに言うんだ、俺たちはみんな一緒の孤独だと

俺を信じろ、お前が感じている全てのクソは俺と一緒に感じているはずだ

俺らはみんな、間違った方向に進んでしまった

俺らはみんな、違う頬で同じ涙を流す

[1.We’re All Alone] 

彼がファンに寄り添う姿勢は、自分たちを苦しめる政治への批判へ、そして過去に差別や紛争で苦しんだ人々へと共感を広げる。

俺たちはナイジェリアから来た、ベニン、罪の街

それがどんなものか知らない?行ってみて

貧困が俺らを殺し、政府が俺らを殺している。

政府が俺たちを殺さないのなら、俺たち同士で殺し合う。

[1.We’re All Alone] 

Daveがナイジェリアの街ベニンを挙げるのは彼の両親の出身地であり、「罪の街」と呼ばれる理由は奴隷貿易で発展した港だった過去に由来している。そして、Daveの父親がイギリスからナイジェリアに強制送還されてしまい、母親の女手一つで育てられたという経験は特に本作後半でのテーマとなっている。

父親の強制送還という経験は5. “Three Rivers”のバックストーリーだ。この曲で、Daveは3つの歴史的事件についてラップしている。一つ目は第二次世界大戦後に労働力としてイギリスに移民した「Windrush Generation」と呼ばれるジャマイカ移民、彼らは2018年に政府によって誤って権利を剥奪され、医療サービスを受けられなくなったり、強制送還されたりして、大きな政治スキャンダルとなった。ここには父親の強制送還だけではなく、地元ブリクストンのコミュニティの経験も含まれる。ブリクストン地区は歴史的にジャマイカ・コミュニティが大きく、この事件の残酷さを肌身で感じたのだろう。二つ目に90年代のユーゴスラビア紛争で命を落とした人々、3つ目はパレスチナ問題の犠牲者である。彼はパーソナルな経験を捉え直し、強制送還された人々や、紛争で命を落とす人々への視野を広げ、歴史の連続性のなかに共通する「システム」の残酷さをポエティックに描き出す。

5. “Three Rivers”のラストは、『ゲット・アウト』で白人社会に翻弄される黒人主人公を演じたダニエル・カーヤのモノローグで締められている。「この水は僕を好きじゃないし、僕のためでもない、行きたいところにも行けない。(中略)だから、俺は川を変えなきゃいけないんだ」という言葉には、彼の「故郷」であるナイジェリアへ思いを馳せているのだろうか。そこから、アフロビーツ・トラック6. “System”や7.“Lazarus”へ繋がる。Fela Kutiをはじめナイジェリア音楽から影響を受けながら、イギリスで発展したアフロビーツトラックであること、そしてその曲へのナイジェリアのスターWiz Kidの客演参加には多重的な文脈が織り込まれている。

『Call of Duty』ネタを散りばめた“Verdansk”、高級時計を見せびらかす“Clash”、豪華客演陣が競い合う“In the Fire”といったトラックでも、Daveは常に冷めた視点を持っている。その理由は、ギャングスタの生き様や反社会的な経験ですら、移民や黒人の子どもが逃れられないシステムの一部であると理解しているからだ。「ソマリアのお父さんは戦争から逃げてきた、彼の息子はまた戦争の中にいる、俺たちはそのサイクルの中にいる」(11. “Heart Attack”)このラインは、若者のギャングですら、人種・政治・社会の権力システムの中で都合よく利用されていること、その中で暴力が時代と場所を超えて繰り返されてきたことを端的に言い表している。その意味で、彼は数あるUKギャングスタの中でもっとも冷徹な視点を持ったラッパーでもある。

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政治的な主張や過去の経験といったデリケートな話題を真摯に語るために、本作には「映画」というコンセプトが採用されている。本作自体が「映画」であると主張することで、「リアル」と「フィクション」の境界を曖昧にし、「実際に自分や身の回りに起きた事実のみをラップするべきである」という固定観念から距離を取ることができる。

「俺は人生は映画だと思っていた。ママとベッドで一緒に寝て、お漏らししていた時から」

[1.We’re All Alone]

例えば、James BlakeとShaSimoneを迎えた9. “Both Sides of a Smile”では、ShaSimoneと声を合わせて口論のようにラップし、女性との別れを劇的に描く一方で、James Blakeの呟くような歌声は二人の関係のエピローグのように歌う。8分にわたる楽曲が一発撮りの長尺シーンを見ているような緊張感と重厚さを感じさせ、表現としてのラップミュージックの可能性を大きく広げている。また、11. “Heart Attack”のアウトロには、3人兄弟を育てたDaveの母親と思しき声の悲痛な一人語りが流れる。

諦めずにどこへでも赤ちゃんを連れて行きました

そして今、こうなった。。。私が経験したすべての痛みを私に返してください

毎日、苦しくて、苦しくて、苦しくて

彼が私にしていることを見なさい、あなたは私を殺したいと思っているんでしょう!

Daveの兄弟が刑務所で過ごしていることを思い出せば、母の切実さは胸に迫り来るものがある。「私たちの親の何人が、食卓にご飯を出すために夢を捨てたことだろう」というフレーズから始まるラインでは、3人の子どもを異国の地で育てた母親の状況を詩的に描き、イギリスの「移民」であり、「黒人」であることの家族経験や苦労を象徴的に描いている。

本作の対象となるシステムの問題は日本でも相似形であろう。例えば、戦後に日本政府が在日朝鮮人の人々に行った国籍政策。東京入管施設で相次ぐ外国人の死亡事故。Daveのメッセージは日本に住む私たちにも同じ切実さをもって響く。人種、政治、歴史といった広いパースペクティブの中で、コロナの孤独や他者との向き合い方について語る本作は、現在的で切実な意味を獲得した作品となった。(米澤慎太朗)

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