【コラム】Black Lives Matterが映し出すもの - NonameとJ. Coleについて -

日本でも各地でデモが開催されるなど、世界中で盛り上がりを見せているBlack Lives Matterの抗議運動。そんな中J. Coleがリリースした楽曲"Snow on Tha Bluff”のリリックが、抗議運動の急先鋒に立って動いていたNonameを揶揄していると話題になり、対するNonameも即座にJ. Coleへのリアクションも含んだ"Song 33"をリリースし、J. Coleの姿勢を糾した。

この両者の姿勢の違いは、ヒップホップシーンにおけるビーフを超えてBlack Lives Matterの運動が持つ多様性を示唆する例として音楽ファン以外からも多くの言及があった。NY在住のライター・プロデューサーで『ピンヒールははかない』、『ヒップな生活革命』などの著作で知られる佐久間裕美子に両者の出来事から、黒人コミュニティー内部の問題や今のアメリカ社会全体が孕む課題について寄稿してもらった。

文:佐久間裕美子

2013年に、当時17歳だったトレイヴォン・マーティンが、自警団を自認する白人の男性に撃たれて死亡したことで生まれた#blacklivesmatter のムーブメントが、黒人のジョージ・フロイドさんを、白人警官のデビッド・チョウヴィンが、いたってカジュアルに殺す映像が拡散されたことで、ようやく沸点に達した。

黒人が白人に、または警察の手によって、命を落とすほどの理由もないのに殺され、命を奪ったほうはたとえ罪に問われたとしても無罪になったり、または軽罪で済まされるーーこの7年間、何度も何度でも起きてきたことだ。けれど今回は、度重なる警察の暴力に耐え続けてきたミネアポリスの黒人コミュニティとアクティビストたちに、他の都市のアクティビスト・コミュニティが加わり、アスリートやミュージシャンたち、ハリウッド、白人のメインストリームやコーポレート・アメリカが加わり、アメリカの「グレイト・アウェイクニング」が起きていることは、広く報道されている通りである。ついに抜本的な警察改革を求める強い民意が、具体的な政策の変更を引き起こしている。

そんな中、J. Coleが発表したトラック"Snow on Tha Bluff”をめぐるサーガについて 書くという原稿依頼がきた。普段の世の中だったら「ビーフ」と表現されるだろうアーティスト同士の行ったり来たりについてを解説する原稿を書く日がくるなんて想像したこともなかったが、この一連の展開には、今のアメリカ、そして黒人コミュニティが抱える問題や社会変革を考えるうえで示唆的なポイントがいくつもあるので、トライしてみようと思う。

今、アメリカの運動を俯瞰したら、社会全体が盛り上がっているように見えるかもしれない。実際、社会全体が盛り上がっていることは確かである。けれど、人間が二人以上集まれば、意見の相違が当たり前に出るように、この手のムーブメントがある程度の規模を超えると、今ある状況に対する反応やアクション、改善・解決に向けた方法論に、当たり前のことながら多様性が出てくる。おまけに、誰が、デモに参加する、発信する、啓蒙する、拡散する、寄付するといった数々の具体的なアクションをどのように取っているのかが話題になる世の中だ。そして、当然、沈黙やインアクション(行動を起こさないこと)だって話題になる。

"Snow on Tha Bluff”の冒頭は、自虐じみた自分の知能についての自己評価から「自分よりも頭のいいヤングレイディ 若い女性」についての観察にシフトすることから始まる。彼女のタイムラインを見て、彼女が「クラッカー」(白人の奴隷所有主、白人の富裕層)、資本主義や「人殺しの警察」に怒っている、と観察し、そして、彼女は、自分や仲間の無知にも怒っていて、自分のことを言われているような気がすること、と展開する。
そのあと、彼女の「女王のようなトーン」が気に入らないと言ったあとに、良心的な環境に育ったのだろう、解放運動の葛藤を知る親によって、システムや不正義についてのアウェアネスを提供されたのだろう、というジャッジメントが続く。
さらには「自分が覚醒しているから」といって、「覚醒していないオレ」よりも上だという態度で語りかけないでくれ、「それでどうやってリードするんだ?」と迫る。トラックの中盤から、テーマは自分の葛藤に移っていき、自分が『Snow on Tha Bluff』よりもフェイクに感じるのはなぜだ?心の底で自分ができるだけやっていないことを知っているからかもしれない、と自省する。

『Snow on Tha Bluff』というのは、アトランタのTha Bluffと呼ばれるエリアを舞台にしたドキュメンタリー映画である。あまりにリアルだったことから、警察から資料として使用したいと要請があってから、フィクションであることが明らかになったといういわくがある。(※編注 参考リンク)

すぐにインターネットの世界では、問題の名前の出てこない「彼女」がNonameで、このトラックが、売れっ子のラッパーたちが「ツイートひとつあげない」、「ディスコグラフィーには黒人の苦境というテーマが溢れているのに姿が見えない」という彼女のツイート(削除された)に対するリアクションであろうことが「判明」した。

J. Coleは、Nonameが、「今の時代のリーダー」として、彼女をフォローしろという意のツイートをし「Meanwhile a nigga like me just be rapping」と締めくくった。

トラック全体のテーマが、自分の葛藤や自信のなさにあることは明らかだ。自分は「彼女」のように頭はよくない、本も読まない、賢い彼女の怒りを聞いていると、責められるような気持ちになる、と言いながら、自分が「十分にやっていないこと」に対する言い訳も用意している。

けれども、ヤングレイディという呼びかけ方には、男尊女卑の歴史があるし、全体の半分を占める「彼女」に対する苦言は糾弾調である。だし、同時に彼女の出自や育った環境をジャッジした挙げ句、「女王のようなトーンが気に入らない」と、あからさまなトーンポリシング(コミュニケーション方法を批判することで問題の本質から逸脱すること)である。そして最後ダメ押しのツイートには、「彼女は読んでるし、耳を傾けてるし、学んでる」と男尊女卑感を丸出しに、Nonameをリーダーに仕立て上げ、「オレはただラップだけやってるよ」と、逃げる。映画へのリファレンスを深読みすれば、女性のリーダーを引き立てるための台本があるとも憶測できるかもしれないが、そうであっても、いただけない点は満載である。

当然、J. Coleに対する批判が噴出した。
そもそも、この数ヶ月の間に、警察によって命を落とした黒人たちのためのジャスティスが争われているときに自分のエゴの話ですか、というツッコミの声は大きかったし、運動の前線で声を張り上げ、歴史を理解するためのブッククラブを開催したり、刑務所の受刑者に本を送ったり、具体的なアクションに奔走する年下の女性アーティストの「トーン」を批判することの男尊女卑性も指摘された。
特に、J. Coleの名前を出さずに「建設的な批判を装った父権主義とガスライティング(事実を書き換えることで相手の正気を失わせる精神虐待の一種)」としたChance The Rapperのツイートが、少ない字数で、 J. Coleのトラックの問題を的確に表現していた。

一方、音楽業界や黒人コミュニティにおけるミソジニー問題以外にも、もうひとつ見逃せない背景がある。それは、Nonameが取る政治的ポジションが、黒人コミュニティの中でも一番プログレッシブ、ときにはラディカルと言われる考え方を代表するものだということだ。資本主義自体が白人の植民地主義の延長であり、警察を含むシステムを解体して、再構築するべきであるという現代の「奴隷制廃止論」を主張する層が、今、バーニー・サンダースやアレクサンドラ・オカシオ・コルテスのような左派と結びついて、地方政治における台風の目にもなっているが、一方で、伝統的に民主党のエスタブリッシュメントと結びついてきた穏健派とのギャップは拡大している。J. Coleのトラックを誘発した、もとのNonameのツイートが、特に既存の資本主義のシステムの中で富を築いてきた穏健派の成功者たちにとっては、居心地の悪いものだったことは想像に難くない。

そして、2日後、Nonameが発表した"Song 33”は、「トインの肉体が望んだことを具現化しないのはなぜ」で始まった。トインというのは、19歳のアクティビスト、オルワトイン・”トイン”・サラウのことだ。彼女はフロリダ州タレハシーで行方不明になる直前に、黒人の男性に性的暴行を受けたと、被害届を出していたにもかかわらず、死体で発見された。(犯人はその後、逮捕された)。

警察によって殺される黒人は、圧倒的に男性が多い。ところが被害者が女性だと、ジャスティスを求める声は多少なりとも小さくなるということは、ケンタッキー州ルイヴィルで、まったく無関係な事件の捜査中に誤って撃たれ死亡したブリアナ・テイラーさんの事件が証明済みだ。さらに被害者がトランスだとなおさらのことだ。そして、BLMの若きアクティビストとして活動していたわずか19歳の女性が、黒人の男性によって殺害されたことに対し、一番強くジャスティスを求める声を出していたのは、女性たちだった。

人種を理由にも差別を受けるうえに、コミュニティ内では女性差別や男尊女卑に晒される黒人女性たちが、変革の騎士として最前線を走るーーこれは何も今に始まったことではない。選挙のたびに、人口別の投票率を見てみると、黒人女性の政治参画度はずば抜けて高い。アメリカ政治のプログレスは、黒人女性たちがいなかったらここまでこなかった、といっても過言ではない。
それなのに黒人女性たちは、運動の前を走るとコミュニティの中からトーン・ポリシングを受ける。その現象は、何も今回のJ. Coleのトラックが誘発した一連の出来事に限ったことではない。もっと大きい社会の縮図なのだろう。今回の救いは、Chance をはじめとする男性の側から、家父長主義的なカルチャーによる刷り込みを指摘する声があがったことかもしれない。

結局のところ、Nonameは、トラックを発表して、しばらくしてから謝罪を発表した。「エゴにとらわれてしまった」と。

「エゴにとらわれた」という部分は、「ジョージが息ができないって母を呼んでたときに私のこと書こうって思ったの?」、「世界が燃えてるときに、彼は私のこと書くってよ」といくつか放ったジャブのことだろう。
それでも、なんで彼女が謝らなければいけないのか釈然としない。そもそもエゴ競争は、彼女が始めたものではないのだ。

けれど「あるべき世の中」と「現実の世の中」のギャップはまだまだ大きい。
トーン・ポリシングというものが、特に女性やフェミニストに対する心理操作・精神的虐待の一種だということだって、ようやく世の中に少しずつ理解されるようになってきたところである。この一件によって、黒人女性たちのリスペクトをあらたに、男たちの間でトーン・ポリシングへの理解が広まることを願ってやまない。

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