【レビュー】KOHH 『worst』| 名前を置いていくアルバム
KOHHの軌跡
自分がKOHHという存在を初めて知ったのは、2012年にリリースされたデビューミックステープ『YELLOW T△PE』の冒頭を飾る"WE GOOD"のミュージックビデオだった。確か知ったきっかけはビートメイカーのLil'Yukichi氏(当時はCherry Brownとしても活動)のツイートで、「今一番注目しているアーティスト」というコメントと共にビデオのリンクが貼られていたと記憶している。
そこまで覚えているのは、実際そのビデオに物凄いインパクトがあったからで、当時のモダンなラップのスタイルを、すごく軽やかさを感じさせるほど自然に日本語に落とし込みつつも、しっかり自身のキャラクターを掲示しているのは新鮮であり衝撃的だった。その後KOHHがライブをするMicrocosmosでのイベントにも行き、その無駄のないパフォーマンスに一瞬で引き込まれてしまった。そして当時block.fmで放送していた番組『GWIG GWIG RADIO』に、番組のディレクターをしていたSYPHT氏に無理を言って、KOHH本人とクリエイティブディレクターを務めている高橋良氏、MonyHorseの3者に出演してもらいインタビューを行ったのも覚えている(自分がミスをしっぱなしでひどいインタビューだったが)。
その後のKOHHの動きは完璧だったと今振り返っても思う。2013年のスマッシュヒットとなった"Junji Takada"からの『YELLOW T△PE 2』、そして2ndアルバムとして用意されていたものの、1stアルバムとして2014年に先行リリースされた『MONOCHROME』での、自分の過去や想いを吐露した"貧乏なんて気にしない"や"I'm Dreamin'"などの楽曲にはこれまでと違うKOHHの姿が見えた。
決定打となったのが、2015年の1月1日にリリースされた『梔子』だ。冒頭を飾る"飛行機"のミュージックビデオを観た時には、何かこれまで日本のラップシーンにあった壁のようなものが取り払われて、開けていく感覚があったのを覚えている。もちろんKOHH自身は日本のラップシーンなど気にせずに遠い所に行っていた。その原動力となったのが、前年2014年にVICEから公開されたドキュメンタリーと、そして『梔子』と同日にリリースされたKeith Apeの"IT G Ma"だ。アジアのラッパーへの見方を変えるきっかけとなった、重要曲にも関わらずストリーミングサービスでは聴くことができない"It G Ma"のラストのバースを任されたKOHHは海外のリスナーも馴染みがある「ありがとう」やテニスの大坂なおみ選手もお気に入りの「やりたくないことやってる暇はねー」という印象的なラインで存在感を世界に印象付けた。同年の3rdアルバム『Dirt』では収録曲全曲のミュージックビデオを公開し、LIQUIDROOMのリリースライブではチケットは即完となり、フロア前方はまさに狂乱で、KOHHはステージ上でタトゥーを入れた。
2016年以降のKOHHの動きは、最新作にして引退作と言われている『worst』のレビューを執筆している、自分が知っている中で随一のKOHHフリークである荒川テスラ氏のこの記事に譲るが、2016年に渋谷のManhattan Records店内であったBoiler RoomでのKOHHのパフォーマンスは、一緒に出演したSkeptaにも劣らない気迫あふれるもので、年甲斐もなくモッシュをして終わった後は完全にぐったりしてしまったこと、2017年のEX THEATER ROPPONGIでのワンマンライブでのファンの大合唱と、ステージ上に置かれた車、その車から最後に登場したLil KOHHなど常にインパクトを残してきた。
そして今回のコンプリートボックスに収録されている今年1月のLINE CUBE SHIBUYAでの『KOHH Live in Concert』。ラッパーのワンマンライブで座席があり、尚且つストリングスとバンド、DJセットとい前代未聞の構成だったこのライブ。冒頭のバンドセットでは、まだ周りも含め座席に座っていたが、DJセットの冒頭からMonyHorseが登場し、前述した"We Good"からの怒涛の流れで、"飛行機"では全員総立ちになっていた。今回の映像作品にはその熱気がパッケージされているので、ぜひコンプリートボックスもチェックして欲しい。それではここからは『worst』のレビューとなる。聴きながら読んでみてもらえたら幸いだ。(和田哲郎)
KOHH - 『worst』レビュー
※本レビューは作品に関する推察、ネタバレも含まれるため、まずは「worst」を数回通して聴いた後に読んでいただきたい。そして、これらの情報を知っていても知らなくても「worst」の本質は何も変わらない事も付け加えておく。またKOHH本人や制作チームにすべての事実の確認を行なっているわけではないことをお断りしておく。
先日のワンマンライブにて突然の引退宣言を行ったKOHH。ラッパーにとって引退と復帰はセットの様なものだが彼の場合はどうだろうか?イントロからMony HorseがKOHHとの競演曲である"Bodies Freestyle"(『Yellow Tape 2』収録]や"We Good"(『Yellow Tape 1』)のリリックをセルフ引用しながらシャウトする。
2012年に「そして吸う タバコ マルボロ」("We Good"より)と生まれて初めてラップした彼が、「いまだに吸ってるマルボロ」と歌うのが、そのまま2人の関係性にも置き換えられそうで感慨深い。
おにーちゃん達 pic.twitter.com/XkzStLOHPk
— LIL KOHH (@lilkohh) March 12, 2020
クレジットにあるDominoはレコーディングに同席している事から某ピザ店でバイトしている「彼」のことで間違いないだろう。ここで他の参加アーティストをわかる範囲で紹介していこう。
[客演]
Mony Horse(表記上はTakeshi Gunji)
Lil KOHH (表記上はDomino)[ビートメイカー]
Mally the Martian
Skrillex
理貴
Jigg
MURASAKI BEATZ
YUNG XANSEI
Dax Money
Gacha Medz[演奏]
志磨遼平 (ドレスコーズ)
牛尾健太 (おとぎ話/ ドレスコーズ)
有島コレスケ (ドレスコーズ)
中村圭作 (stim / toe / ドレスコーズ 他)
ビートさとし (skillkills /ドレスコーズ 他)
福島健一 (ドレスコーズ 他)
Chassol
その他弦楽器で多数参加。[その他]
kohhの今度出る新しいアルバムに歌詞提供で参加しました!
彼のデビューから、今までの奇跡をいつも見せてもらってたんで、kohhの作品に参加できて良かったです。(コンビネーションもあるけど、それはいつかまた?) pic.twitter.com/HekcnMxvI9— TRIGAFINGA (@trigafinga) March 6, 2020
TRIGA FINGA (歌詞共作)
ビートメイカーではSkrillex、盟友理貴やJigg、MURVSAKIなどが参加。「ビートメイカーの音源にKOHHがラップしたデモ」を元に生演奏のアレンジを加え、ラップも歌詞などブラッシュアップし録りなおす、という作り方と予想する。
前作、『UNTITLED』でも大胆に弦楽器がフィーチャーされていたが、今作では志磨遼平はアレンジジャーとして、さらにドレスコーズの面々や、後述するChassolなども演奏で参加し、生楽器の比重が高いものとなっている。
Mariah Careyの"Runway(Remix)"でも共作したSkrillexによる"Sappy"はクラブで聴いて盛り上がりたい不協和音スレスレのEDM風味なトラップかと思えば、"Rodman"はFrank Oceanとの"Nikes"も彷彿とさせるエモーショナルな楽曲だ。
先日NHKにて放送された密着ドキュメンタリーでも言及されていたように国内では最も人気がある1st「梔子」収録曲に近い作風の曲もある。「Monochrome」以降の作品では封印されていたラブソングや女性に対しての欲求を歌った系の楽曲。Monsterのタイアップ曲"I Think I'm Falling" や、"John and Yoko"、"Anoko"などは昔からのファンには嬉しい楽曲だろう。
"ゆっくり"はKOHHも参加しているニューアルバムを先日リリースしたばかりである、映像と生演奏を組み合わせるパリのアーティスト、Chassolによる流麗なピアノが印象的なスロウ曲で、[John and Yoko]での「オレたち最強」の無敵感から一転、[オレらは最低]と宣う、熱心なファンは深読みしたくなるであろう歌詞が印象的で息が詰まるような [シアワセ (worst)]。前日のワンマンでもギターソロを披露していたKOHHだが、志磨遼平との弾き語り"Is This Love"や中〜後期のBEATLES感もある"What I Want?"も近年のトラップとロックの融和にも呼応している。
実質最終曲の"They Call Me Super Star"はデビュー作で"I Wanna be a Super Star"と唄った青年が数年でラップ界を席巻し、いつまでもその地位にすがらずにまた別のどこかへ向かっていく様を彷彿とさせる、ラストにふさわしい曲だと思う(リリックで「iPhone6」と唄われている事からデモ自体は数年前と予想)。
ラストアルバムだからといって必要以上に気負わず、膨大なストックの中からピックアップされた楽曲を基にブラッシュアップして完成させたものが多いように見受けられる。
『worst』はラストアルバムという位置づけかもしれないが、今年「KOHH」であることをやめる千葉雄喜という人物はこれからも誰に発表するでもない日記のようなフリースタイルをプライベートスタジオで録音し続けるのだろうと思うと、いちファンとしてそれだけでありがたいと思ってしまう。「名前なんて変わったって自分は自分だ」と、誰かに言われている様な気がしてしまうのだ。しかしながら本作にはこれまでの様々な時期のKOHHのデモが採用されているのが事実だとすれば、KOHHの色々な時期を振り返ることができる写真の方のアルバムとなっているとも言える。千葉雄喜がKOHHとなり、そしてKOHHという名前を置いていくために、軌跡を振り返ることができる作品と『worst』は言えるだろう。
「KOHH」がどのように有終の美を飾るのか、はたまた別の形で活動を続けるのか、昨今の世界の現状を踏まえて(予定通りの?)着地ができるのかも含め、注視していきたいと思う。
"They Call Me Super Star"のアウトロで1st収録の"Far Away"のメロディーが奏でられるが、同曲の歌詞を引用してこの文を終わりたいと思う。
「昔のことなんて気にしちゃダメ FUCK過去の栄光 より未来幸せ」
(荒川テスラ)
Info
KOHH
album『worst -Complete Box-』
※CD+Blu-ray 2枚組
2020年4月29日(水)発売
COZP-1667~8 5,999円(税込)
●CD
*収録楽曲(全15曲)
1. Intro
2. Sappy
3. Rodman
4. 2 Cars
5. Anoko
6. I Think I’m Falling
7. John and Yoko
8. ゆっくり
9. レッドブルとグミ
10. シアワセ (worst)
11. Is This Love
12. 友達と女
13. What I Want?
14. They Call Me Super Star
15. 手紙
●Blu-ray
2020年1月16日SHIBUYA LINE CUBEにて開催された、バンドセット、ライゾマティクスが映像演出を手掛けたDJセット、バイオリンなど24名の弦楽器奏者のストリングスセットに寄る三部構成の公演「KOHH Live in Concert」完全収録映像。
*収録楽曲(全20曲)
KOHH Live in Concert
at LINE CUBE SHIBUYA on January 16th, 2020
【Band Set】
M01. I Want a Billion
M02. Imma Do It
M03. Living Legend
M04. Dirt Boys II
M05. Die Young
M06. Free Dutch Montana
【DJ Set】
M07. We Good
M08. Bodies
M09. Living in (Remix)
M10. 飛行機
M11. 気楽にやる
M12. 貧乏なんて気にしない
M13. 暗い夜
【Strings Set】
M14. Introduction
M15. ひとつ
M16. Hate Me
M17. Mind Trippin’ II
M18. 手紙
M19. I’m Dreamin’
M20. ロープ
★アルバム『worst –Complete Box-』配信、販売サイトはこちらから
https://nippon-columbia.lnk.to/76Glb