【レビュー】Childish Gambino『3.15.20』| 世界はまだまだChildish Gambinoが必要だ

2018年、“This is America ”でヒップホップアーティストとして初のグラミー最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞の主要2部門(最優秀ラップサングパフォーマンス賞と最優秀ミュージックビデオ賞を含むと4部門)を制して歴史を書き換えたChildish Gambinoが、3/20に自分のサイトにストリーミング形式で4作目『3.15.20』を発表した。その2時間後には、曲ごとに分けて各ストリーミングサーヴィスでもリリース。めでたし、 めでたし‥‥でもないんだな、これが。アルバムのタイトルはもともとの発売予定日、曲名は先にリリースしていた2曲を除き曲が始まる分秒(おまけに1曲に関してはそれすら合っていない)、アートワークは真っ白という、謎だらけの作品。

文・池城美菜子

アートワークがないのは、Kenye Westの『Yeezus』の赤テープのみ(2013年)や、Lupe Fiascoが所属していたWaner Musicへの当てつけとして真っ黒なカバーにした『Food & Liquor 2』(2012年)で、すでに行われた手法だ。ねぇ、いまさらそれやる? 曲名なしとか、ほんっと聴きづらいしわかりづらいし思わせぶりだし、それ必要? というネガティヴな気持ちと、以前「Childish Gambinoとしての音楽を辞める」と宣言した「辞める辞める詐欺」が詐欺でなくなってしまうかも、との恐怖心と、待ったなしで暴れまわるコロナウィルスによる引きこもり期間に、2020年で最重要ランクのアルバムをリリースしてくれる神がかった優しさへの感謝が入り混じった、とても複雑な思いに駆られてクリックしたところ。

マルチタレントな天才の最高傑作、キターーーーーっ!!

という仕上がり。初めて聴いたとき、自然に両手を合わせて感謝のお祈りポーズを取ってしまったほど。人類 vs COVID-19の全方位的戦闘態勢に入って現実が大きく変わっている2020年3月ではあるけれど、13日にJay Electronica(とJay-Z)が『A Written Testimony』でオーセンティックなHiphopを、20 日にThe Weekndが『After Hours』で絶妙にポップとR&Bの真ん中を通り抜けるサウンドを、その同日にChildish Gambinoがファンクとインダストリアルヒップホップを柱に、エレクトロとゴスペルも滑り込ませた『3.15.20』を立て続けにリリースしてくれたのは、大きな救いだ。
トラップが主流になっている最近のヒップホップと照らし合わせると、ピンとこないサウンドかもしれない。だが、このアルバムのサウンド的なルーツを10年くらい前のAntipop ConsortiumやPeanut Butter Wolf、Jurasic 5あたりに求めると、こう進化したか、と合点がいく。Stones Throw RecordsやDefinitive Juxの音が好きな人には即、「好物」認定になるはず、と言い換えてもいい。聴きながら、00年代初頭にニューヨーク大生だったChildish Gambinoが、バックパックを担いで5分ほど西へ歩いて、インディーズ系ヒップホップのメッカ的レコード店Phat Beatsに通っていた姿を想像してしまった(違ったらごめんなさい。でも、かなり自信がある考察)。

全曲解説に入る前に、Donald GloverことChildish Gambinoについての基本情報を少し。“This is America ”のヴィデオで一気に知名度を上げた感はあるが、アメリカではまずコメディアン/俳優/脚本家として世に出た人である。少しいじわるな言い方になるが、2016年の3作目『Awaken My Love!』以前の音楽活動は、テレビに出ている俳優の趣味の範囲に受け取られていたように思う。それが、ラップから歌への比重を思い切って増やした3作目で、「あれ、歌えるんだ。てか、このアルバム凄くない?」と評価が爆上がりし、同年、主演ドラマ『アトランタ』の大ヒットもあって、俳優としてもトップランクに仲間入りした。私は、シットム『コミカレ!』でヘタレ短大生を演じていた彼が好きだったので、『アトランタ』で、捻りが効いた賢いコメディになっていったのを少し寂しく見ていたが、それは単に、Donald Gloverという表現者の本質を見誤っていたからだと反省している。
そして、“This is America ”。警察官の黒人男性への暴力、それを公平に裁かないシステムに対する抗議運動である、Blak Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター/黒人の命だって重要だ)に対する怒りを4分間のヴィデオで鮮やかに表現してみせ、ショック療法で全世界の音楽ファンに考えるきっかけを与えた。新作『3.15.20』は、黒人男性としてその延長線上にある曲と、家庭を持つ夫/父親としてのラヴソング、それからひとりの人間としていまの世界に対する見識の3つの柱がある。一緒に曲を作っているのは、『コミカレ!』時代から一緒に仕事をしているスウェーデン人プロデューサーのLudwig Goranssonと、Kendrick Lamerの“Money Trees”やDrakeの“Worst Behavior”を手がけたトッププロデューサーDJ Dahi、ドラマーのChukwudi Hodge、そしてIggy AzeleaやShakiraにビッグヒットをもたらしているThe Arcadeことイギリス人プロデューサーのKurtis McKenzieら。映像作家のHiro Muraiもそうだが、Childish Gambinoは同じ人と仕事をして、関係を深めていくタイプのようだ。

では、全曲解説いきましょう。

0:00

「we are, we are, we are.」 歌詞はそれだけ。「私たちは」もしくは、「われわれは」という、フレーズの始まりにあたる言葉だけがリフレインされる3分弱のイントロ。サイファイ映画の効果音のような、教会にいるような、いずれにしても特別な音体験の始まりを知らせる。

Algorhysm

R&B好きが一聴してコーラス部分に差しかかると、「お、Zhanéの“Hey Mister DJ”使いじゃん!」とうれしくなってしまう曲だが、内容は2013年『Becouse of Internet』からGambinoが一貫して主張していた、ネット中心の生活に懐疑を抱くダークなメッセージだ。インダストリアルなトラックに乗って、私たちはインターネットに夢中になるあまり、すべての行動がコンピュータ言語のアルゴリズムに則って踊るモルモットになってしまったと、BinoことChildish Gambinoは主張する。コーラスの「体を動かして、グルーヴも刻んで」も、Zhanéのふたりが歌った17年前は「DJの鳴らす音に任せて」という意味だったけれど、ここでは「ネットのアルゴリズムに任せて」になる。不気味に響くのは、狙い通り。もともと2019年のThis Is Americaツアーに行く人向けにリリースされた曲だ。

Time

2018年の大ヒット“Feel Like Summer”を思わせる爽やかなトラックに、Ariana GrandeとクワイアーのBrent Jones and the Best Lifeを招き、祈りのような美しいメロディーを展開させている。しかし、この曲のテーマも決して明るくない。「7兆人が救済を求め得ている」や、「時間が足りない」など人類の滅亡を匂わせるリリックに、「夜空の星もただの夢かも/この世界そのものが目に見えている姿とは違うかも」という映画『マトリックス』を思い起こすコーラスに続くのだ。最後のブリッジの締めが「People need pressure」であり、時間と競争するかのように生き急いでいる様を描く。コロナ禍以前に作られたはずの曲だが、あまりにもいまの気分にぴったりすぎて、初めて聴いたときは「ビーノ、預言者かシャーマン(霊能者)かよ!」と思った。優れたアーティストというのは、時として、狙わずともシャーマンのような役割を果たすのだ。

12:38

“This is Ameria”や“monster”でも共演した人気ラッパー21 Savageが参加している、メロウなラヴソングだ。パテック・フィリップの時計やロールスロイスなど最高級品を買ったり、マジックマッシュルームに手を出したり、散歩に出かけたり、と恋人と楽しい時間を過ごしている。「みんなSZAを聴きながらランニングしているけれど、俺はChaka(Khan)がいいよ」と言ってから、Toni Braxtonの“Another Sad Love Song”で締めて、R&Bへの愛を示しているのもいい。作家のN.K. Jemisinを引き合いに出して文化の香りを高めている点や、なによりもトラックの雰囲気で、私は初期のJill Scott作品、とくに“A Long Walk”を思い起こした。つまりは、Childish Gambino流のネオクラシックソウルだ。シンガーのKadhja BonetとInkも参加。

19:10

The Arcadeが作った四つ打ちトラックで、Princeが乗り移ったようにBinoがセクシーに歌い上げている。Miguelが歌ってもはまりそうないまどきのR&Bだが、歌詞のベースは6歳のときに父親から言い渡された、人生についての過酷なアドバイスだ。「美しいことは呪いなんだ/真実は変えられないけれど受け入れるのも難しい」というコーラスは、黒人であることにまつわる称賛と呪いを同時に表わしている。ここで、びっくりの事実を。アメリカの音楽サイトに、このアルバムの個々の曲にはきちんとタイトル(仮題)があり、それがメタデータで残っているそう。正直、そのまま使ってくれたほうが助かったが、何か狙いがあるのだろう。この曲の仮題? はい、“Beautiful”です。

24.19

ラヴソングセクションは続く。Childish Gambinoは、ミッシェル・ホワイトさんというパートナーがいてふたりの子どもに恵まれている。8分に及ぶこの曲の仮題は“Sweet Thing, Thank You”だったそう。チキンとライス&ビーンズを作ってくれる、特別な女性に捧げた曲だ。“Sweet Thing”というタイトルだと、Chaka KhanがいたRufusの1975年の曲と、その曲のMary J Bligeのカヴァー、それからMarvin Gayの別の曲がある。この曲は、RufusとMJBの曲のほうが相性いいので(というか、軽くオマージュしていると思う)、DJの人はぜひつなげてください。

32:22

甘い時間はここまで。次は“This is America”系統の曲で、マンブル(モゴモゴ調)で煽っている。メタデータにあった仮題は、“Warlord(指揮官/将軍)。2019年のコーチェラで初披露した。分析しようがないリリックだが、「Billie-Jean is on fire/ビリー・ジーンが燃えている」は、Michael Jacksonの有名曲で出てきた、関係がないのに子どもの父親だと言い張るタイプの女性を指している。このトラックにアフロビートを感じる人もいれば、トランスの要素を聴きとる人もいるだろう。そして、すべてが正解なのだ。

35.31

突然、カントリーっぽい童謡みたいな曲が出てきて面食らった人も多いのでは。コーラスの「Little foot, big foot, get out my way」のbigfootはアメリカ人なら誰でもが知っている、幻の猿人。楽しげな曲調だが、テーマは若いうちにドラッグゲームに絡め取られそうになる、黒人青年たちの悲劇だ。マリファナを売り、コカインにも手を出して捕まった仲間に向けて16歳でなら3年施設に入るだけで済むけど、もう9年食らう年齢だから密告しないでくれ、といった内容を、このトラックに合わせるセンスがすごい。仮題は、“Little Foot, Big Foot”。

39.28

メタデータによる仮題は、“Why Go To The Party”。コーラスは「なぜ、パーティーに行ったの? どうしてパーティーに行ったの? 2発食らったじゃないか」。アマゾン・プライムで公開されたミュージカル・ドラマ『Guava Island』にゆるくつながった曲という、歌詞サイトgeniusのファンによる解説に私も一票を投じたい。未見の人のために説明すると、政治家に搾取されているグァバ島に住む、人気アーティストのダニはリアーナ演じる恋人コフィの心配をよそに、脅しを無視してフェスティバルに出演し、2発撃たれて死ぬ、というあらすじ。アウトロは、「あなたがここにいないと/自分を愛することさえ難しい」で、コフィ目線になっている。資本主義を糾弾するストーリーだが、パーティーをしたら死人が増えそうないまの時期に聴くと、また別の意味を帯びてくる。やはり、Binoはシャーマンだ。

42:26

唯一、このアルバムからかなり前にリリースされた曲。2018年の夏にリリースしてスマッシュ・ヒットになった名曲“Feel Like Summer”である。なぜか、タイトルを分秒に変換させているが、同じ曲だ。夏のように暖かく、メロウなメロディーでBinoが地球の温暖化と気候変動を憂い、それでも立ち止まろうとしない人間に警告している。50人以上ものラッパーや著名人がアニメで出てくるPVも話題になった。

47:48

“Feel Like Summer”をサンプリングした、暴力をテーマにした曲。13歳の女の子が倒されたり、小さな男の子が撃たれたりする世の中だが、コーラスは「明日のことは心配するな」となっている。2つめのヴァースで「奴を叩きのめせ/地面に押さえつけろ/懐中電灯で照らせ/暴力/目撃しても言うな/沈黙 沈黙」となっており、ブラック・ライヴズ・マターの話だと気がつく。アウトロは、息子のレジェンドとの愛する人がだれか、というやりとりだ。仮題は、“The Violence”。

53:49

最後の曲は前のめり。ラップ部分は攻撃だが、曲のテーマは自分を認め、愛するセルフラヴが大事だと説いている。「Yeezyが高めたみたいに、俺もスピリットを上げていくよ」と言っており、Kanye WestのSunday Serviceを意識したことがわかる。「ヒゲが伸びてキリストみたいだ/上半身裸でFela(Kuti)みたい」となかなか大きく出て、「自分が大好きだ」で大団円。ただ、このセルフラヴは簡単に行き着いた愛ではなく−−なにしろ、肌が黒いだけで殺される国に住んでいるのだから−−11曲めまでに取り上げた葛藤や怒りを通して行き着いた境地なのだ。彼はキリスト教でも異端とされがちなエホヴァの証人を信じる家庭で育っている。いまの彼にどれくらい影響を与えているか、邪推するような事柄ではないが、愛や信仰について人一倍、考察してきたアーティストであるのはまちがいないだろう。

全曲をさらってみると、Childish Gambinoが、アメリカの大都市のほとんどで外出禁止令が出されたタイミングで本作をリリースしたのは、必然のような気がしてきた。もともとのリリース予定日の5日後だったからそこまで唐突ではないが、最後の手直しをしながら、いまでしょ、と踏み切ったのではないか。世相を映し出し、危機感を煽るリリックを含んでいるものの、『3.15.20』を1時間弱聴き通すと、確実に癒しの効果が得られる。理由は、どの曲も最前線を突っ走ているプロデューサーたちによる極上のダンスミュージックであるのが一つ、それからBinoが書く鋭い歌詞の奥に、真摯な祈りを強く感じられるからだろう。アルバムのタイトルや曲名が数字であることや、あまりのミクスチャーっぷりに囚われて戸惑うより、ここはまず聴き通して、気持ちいいかどうか自分に問いかけてみよう。俳優としてかなりの売れっ子で、役を選べる立場にあるDonald Cloverだが、Childish Gambinoとしての活動をもう少しやるかも、と去年のインタビューで答えている。ぜひ、そうしてほしい。世界は、まだまだChildish Gambinoが必要なのだから。

Info

チャイルディッシュ・ガンビーノ|Childish Gambino
ニュー・アルバム『3.15.20』
配信中
試聴/購入リンク:
https://lnk.to/CG31520

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