月間ベストアルバム:2021年3月編

毎月リリースされるアルバム、EPの中から重要作をピックアップする連載企画『月間ベストアルバム』。

前月の最終週からその月の第3金曜日にまでにリリースされた作品を対象に、ライター陣が選出した重要作のレビューをお届けする。参加のライターはDouble Clapperzのメンバーでもあり、UKのラップやダンスミュージックに精通する米澤慎太朗、FNMNLにて先月まで連載『R&B Monthly』を担当していた島岡奈央、ロックからラップまで現行のポップミュージックを幅広くキャッチする吉田ボブ、FNMNL編集部の山本輝洋。

3月編となる今回は4s4kiの『UNDEAD CYBORG』、DCの『 In the Loop』、Guapdad 4000 & !llmindの『1176』、Joyce Wriceの『Overgrown』、JUU4E『馬鹿世界』、Lana Del Reyの『Chemtrails Over The Country Club』、Vegynの『Like A Good Old Friend』、Yaw Togの『TIME』をピックアップ。なお掲載順序はアーティスト名のA〜Z順に従っている。

4s4ki - UNDEAD CYBORG

4月14日にメジャーデビューを果たしたシンガー・ソングライター4s4ki。デビュー曲“FAIRYTAIL”ではオーストラリアのハイパーポップ・アーティストZheaniとコラボレートを果たしたが、彼女の表現スタイルは一貫してグローバルのポップ・シーンと接続されている。

筆者は1月期の月間ベスト・アルバムでアメリカのAshnikkoの作品を紹介したが、彼女はバーチャル感溢れるヴィジュアル・イメージやサウンドを基調にしながらも、生々しいリリックと歌声が前面に出ていることを指摘した。4s4kiもAshnikkoと同様にバーチャル感とリアルさを絶妙なバランスで同居させているアーティストである。

アーティスト写真を見ても一目瞭然だ。そこで彼女は、後頭部の髪をかき分けるように顔を覗かせる。なんとも不気味なアートワークだがよく見ると首回りにはわかりやすく合成した痕跡が見えるのがチャーミングである。そんな非実在感のあるヴィジュアルイメージとは裏腹に、彼女のアーティストとしての活動は路上ライヴから始まった(今でもその映像はYouTube上で見ることができる)。非実在感をまといながらも、カジュアルかつリアルなリリックと歌唱をする4s4ki。そうした両義性をたった5曲、10分に詰め込んだのがインディー最後のミニアルバム『UNDEAD CYBORG』だ。

トリッピーでアッパーなトラックの上でパンチラインを繰り出しながら唐突にトラックが終わる“☆メガジョッキ☆”、「家に帰りたい」という日常的なフレーズと「行こうよ楽園」という理想がポップなトラックの中に同居する“REIMEN”。歪んだビートとキャッチーなシンセサイザーフレーズに、嘯くような歌唱と酩酊したフロウが入りみだれる“Sugar Junky”。レトロでチープなドロップ部分とは裏腹に、他者から押し付けられる幸福への苛立ちを隠さない“幸福論”。そして、ピアノの弾き語りで他者への恨みとそれに伴う自己嫌悪を繊細に歌う“ずっとお前を殺したかった”。どれもポップソングとしてあえて軽さを醸し出しながらも、彼女の多彩な表現を十分に味わうことができる。

5月以降、ニューヨークのエレクトロ・アーティストPuppet、LAのエモラッパーSmrtdeathとコラボレートしたシングルを発表することをアナウンスしている4s4ki。

『UNDEAD CYBORG』は彼女が様々なジャンルや国のアーティストとコラボレートしていることの理由と必然性がわかる一枚だ。(吉田ボブ)

DC - In the Loop

サウス・ロンドン出身のラッパーDCが、2作目となるミックステープ『In the Loop』をリリースした。1stミックステープ『Under the Influence』ではクラシカルなギャングスタラップに傾倒していた彼だが、本作ではUKガラージ、ジャズ、R&Bをミックスした美しいサウンドと詩的で抑制の効いたラップをミックスさせ、新たなギャングスタラップの形を提示している。

DCはネットの情報も少なく、非常にミステリアスな存在だ。ラップからわかるのは、どうやら過去に対して距離をとっているようだ、ということだ。「パーティーで刺された、それ以来同じパーティーはしなくなった。今でも顔に傷が残っている。自分のせいではないが、自分にも責任がある」(“Neighborhood”) と振り返る様子には哀愁が漂い、誇らしげな様子はない。また「ただ金が欲しいだけ、ドラマはいらないんだ」と表明する姿には、ストリートで過ごした過去との決別が滲み出ている。リズミカルな言葉と抑制されたトーン、作品に通底する地下鉄のサウンドスケープを通じて描かれるのは彼の内面や心象風景だ。

逃げる方法という本を自分に書いた

檻の中に閉じ込められているようだ

私の心は自由にならない、

ストリートは私を自由にさせてくれない

煙で息ができない

(中略) 

愚痴をこぼすのもつらい、

状況は変わらない、

それがサイクルの一部であるならば

-- Receipt 

ミックステープのタイトル『In the Loop』は、ストリートで出来事が連鎖してエスカレートしていく状況を比喩的に表現する。できごとの「ループ」から「なるべく遠ざかりたい」と言いながら、時にはその「ループ」に巻き込まれてしまうという皮肉。その中で生きるDCのリリックには「神」と「兄弟」というモチーフが繰り返し登場する。「神が青信号を出してくれたことに感謝する」(“Paro”)、「ここは神の家だ」(“God’s House”)といったリリックからは、彼にとって信じるべき存在としての「神」が大きな位置を占めていることがわかる。リリックの切実さや神への傾倒は人生の複雑さや過酷さの表れだ。また、盟友のKnucksとの信頼関係を歌った“Bobby & Rowdy”ではUSのギャングスタラッパーBoby Shmurdaと盟友のRowdy Rebelの「兄弟」関係をなぞり、自分たちの絆の強さを表現する。「神」も「兄弟」もギャングスタラップでは定番的なテーマではあるが、強さを過剰に誇示するような男性的なトーンではなく、どこか冷静で俯瞰した目線があったりするところがユニークだ。TSBがプロデュースしたサウンド面でも、UKガラージ、R&B、ジャズやR&Bの要素をミックスし、トラックに展開を持たせて彼のドラマを立体的に描いている。リリック・サウンドの両面でDCの成熟を感じさせる1作であり、ロンドンのギャングスタラップの姿を更新する可能性を感じた。(米澤慎太朗)

Guapdad 4000 & !llmind - 1176

ウェストオークランド出身のラッパー=Guapdad 4000は短期大学卒業後に詐欺師をしていた過去を隠すどころか、2017年にリリースした初ミックステープのタイトル『Scamboy Color』で自らそれをネタにした。その後もインターネットでヴァイラルとなる動画を公開。セルフブランディングが欠かせない近年のラップの世界で、ギャングスタでもナードでもない、独自のお調子者キャラを確立した。

J. Cole率いるDreamvilleのプロジェクト『Revenge of the Dreamers III』に参加後、Snoop Dogg、6LACK、E-40など名だたるアーティストを呼んだファーストアルバム『Dior Deposits』を2019年にリリース、実力も兼ね備えたラッパーとして認知される。同じくカリフォルニア出身のBuddy、そしてJIDとSminoによるグループ(Zoink Gang)にも所属するなど、出入りの激しいラップゲームの中でも印象的なカタログを持っている。

そして今回、東海岸が誇るプロデューサー=!llmindとのジョイントアルバム『1176』が到着。両者ともにフィリピーノの血を引いており、今作はフィリピン系アーティストをプッシュする88risingのインプリントレーベル=Paradise Risingよりリリースされている。

*88risingから今作のショートドキュメンタリー映像も公開。フィリピンのルーツや2人がコラボレートしたきっかけなどを話している。

アルバムカバーの家はGuapdadの家族が2019年に実際に失った家であり、タイトル『1176』も同様に彼らの住所ナンバーだ。ベテランプロデューサーの手助けもあってか、陽気なパーソナリティのラッパーは今作でより内省的になっており、リスナーが今まで見ることのなかった一面を見せている。Alice Deejayによる“Better Off Alone”をサンプルしたオープナー曲“How Many”で作品はややヘヴィで気怠いムードを打ち出し、ほぼ空白のトラックの上に鈍いビートが浮かぶトラック“She Wanna feat P-LO”が続く。作品前半から中盤は控えめかつバウンシーな音像だが、後半の音像はよりアップテンポでリズミカルだ。

「黒人とフィリピン人、けど警察にはそう映らない/奴らにとって俺はターゲット(スーパーマーケット)で盗みをする標的/俺は夜に神と話す、俺は祈る、ゴールデンゲートブリッジの高潮が俺を岸の場所へ運ぶ」と語るのは哀愁感漂う“10finity”だ。そして、フィリピン料理の名前からつけられた“Chicken Adobo”で、Guapdadは大陸から故郷の島に旅行する。レイドバックなビートに果実の香りが漂うような気持ちのいい曲だ。彼にはハードなトラップよりもこのような曲で緩く歌うスタイルがマッチしているし、本人もそれを熟知するように楽しく歌っている。

ラスト曲“Stoop Kid”でGuapdadは仲間と家族、そして地元にでシャウトアウトを送って幕を閉じる。Guapdadと!llmindの相性が光るプロジェクト『1176』を聞いて、当分飛行機に乗れない間は2人にオークランドかフィリピンの旅に搭乗させてもらうのが良い。(島岡奈央)

Joyce Wrice - Overgrown

R&Bシーンにはそれぞれの時代に、アイコニックなシンガーが存在する。AaliyahやAshantiなど、元祖R&Bを彩ったアーティストたちは唯一無二の存在だった。当時思春期を過ごした人ならば、彼女らが初恋の相手だったという人も少なくないだろう。

今日、Joyce Wriceもそのアイコンの例外ではない。バギーなローライズデニムとチューブトップを着こなし、フープピアスを揺らしながら歌って踊る彼女は、実際に今シーンから最も愛されるシンガーだ。アメリカと日本をルーツに持つサンディエゴ出身の新顔は、Youtubeに投稿したカバービデオが音楽業界に知れ渡り、2016年に初EP『Stay Around』をリリース。Wriceは従来のR&Bスタイルで着実にキャリアをステップアップしている。

そんな彼女の未完成な自身の姿と曖昧な恋愛を歌った待望のデビューアルバム『Overgrown』は、今年最重要アルバムのうちの1枚だ。D’Mile総指揮の作品は古風なR&Bとヒップホップを交差しながら、眩いアーティストのイマジネーションを世に披露している。90年代後期から00年代初頭のサウンドが現在のR&Bで復活する中、ノスタルジアに包まれた彼女の音楽は時代と相性抜群だ。

「幼少期に聞いてきた音楽の産物が自分だ」と自身が形容するように、渾身の14曲はMariah  Careyインスパイアなトラック(“Think About You”)からThe Neptunesを彷彿させるものまで(“Falling in Love feat. Lucky Daye”)、表情豊かなサウンドが揃っている。さらに、新旧アーティストが一斉に集っている点も今作が幅広いリスナーを楽しませる理由だ。“On One”ではベテランラッパー=Freddie Gibbsが渋いヴァースを放ち、ジャジームードな“Must Be Nice”にはMasegoが参加。Westside Gunn、Kaytranada、Mndsgn、ESTA.等が構成するインタールードも、上手に作品のトーンを切り替えている。日系アメリカ人のUMIと共に日本語で歌ったヴァージョンの“That’s On You”は、日本語話者には嬉しいサプライズだ。

Wriceは過去の音楽に入り浸っているようだが、リリックの視点から見るとデジタル世代が共感するラインを綴っている。「彼らが2度メールしてきたら、私は既読無視をする」と続くのはインディ調な“Addicted”だ。最終曲“Overgrown”で彼女は自身の脆弱なサイドをこう表現する、「化粧が落ちて1人でいるときの自分、それが本当のあなた/けどその自分の側面を好きになれない」。優柔不断なマインドや無我夢中な気持ちだったり、彼女が描く恋愛観に多くのリスナーが親しみを覚えるだろう。

Wriceを見ていると2000年初期の映画の主人公を彷彿させる瞬間があり、それが彼女のチャーミングな部分だ。映像でも憧れのアーティスト達をオマージュする彼女は、インスピレーション源に敬意を払っているのがわかる。そしてその艶やかな歌声はそれぞれの楽曲で存分に生かされており、聞く者を惹きつける別の大きな要素だ。Wriceが今作で表現した戸惑いや成長は渾身のワークによって自信と情熱に昇華していて、R&Bファンが求めるすべてが今作には詰まっている。『Overgrown』は若きシンガーの堂々のデビューアルバムであり、今後多くの人がWriceの音楽に心を奪われていくに違いない。(島岡奈央)

JUU4E - 馬鹿世界

「アジアのラップシーン」が日本や欧米のメディアに取り上げられる機会は、ここ数年で珍しいものではなくなった。しかし依然として、レフトフィールドなアーティストや地下深いシーンがピックアップされることは多くないのが現状だろう。一方で、アンダーグラウンドにはマスな動きの中にカテゴライズはされないものの、それらよりも遥かに刺激的な才能が確かに存在する。大阪のレーベルEM Recordsからサポートを受けるタイのラッパーJUU4Eは、その事実を改めて実感させられるようなアーティストである。

スケーター、ダンサー、暴走族、レゲエディージェイを経て現在の活動に至ったという異色のキャリアを持つ彼は、一度聴いたら忘れられないような声やフロウ、その複雑な経歴の賜物とも言うべき独自の音楽性から、まさに「異能」という言葉が似合うような存在だ。

StillichimiyaのYOUNG-Gとの共作である前作『ニュー・ルークトゥン』はタイの伝統的な音楽「ルークトゥン」、そして日本を訪れた際に出会った「小山まつりばやし」といったローカルな音楽への愛を現代的なヒップホップの形に落とし込んだ作品であり、その特異な存在感は各所から熱い注目を集めた。それから2年、満を辞してリリースされた今作『馬鹿世界』も、前作と比較するとよりオーセンティックなヒップホップへ接近しているものの、やはりと言うべきか一筋縄では括れないユニークな作品に仕上がっている。

クラウドラップを思わせる煌びやかなトラックに乗せて、ウィードへの愛と未来への希望を歌う実質的な1曲目“おはようござい麻す”、現在のSNSを覆う嫌な空気感を皮肉ったラップを、ダビーなトラックの上でスピットする“ネチズン星”。国家権力の欺瞞を糾弾しリスナーを鼓舞するハードなバンガー“あなたの心へのメッセージ”や、深くドープなガンジャチューン“緑色植物の論理”、テレサテンの楽曲を下敷きにストーナーの実感をユーモラスに歌い上げた“天使よ、どうかお慈悲を”などの楽曲にも、JUU4Eのリリシストとしての稀有な才能が発揮されている。

JUU4Eのリリックは単なるストーナーラップに留まらず、深い思索を感じさせる哲学的な重みに満ちており、それでいてただコンシャスなだけではない、ユーモラスな軽やかさを持ち合わせている。残念ながらタイ語を聞き取ることが出来ない筆者のようなリスナーには一聴してそれを理解することが出来ないが、EM RecordsのBandcampでデジタル版を購入した際に添付されるpdf、もしくはBandcampや各レコード店で販売されているフィジカルに封入されたブックレットに記載されている対訳を読めば、そのリリックを驚きと共に楽しむことが出来る。

また同時に、そのプロダクションのクオリティも特筆すべきだろう。トラップからブーンバップ、レゲエにインスパイアされたようなビートなど多様な音楽性を、敢えてエキゾチックなフィルターを通して一つの統一された色に纏め上げていると同時に、いずれもサイケデリックな快楽性が強調されている。その音響にフォーカスして聴いてみれば、深い陶酔感と極上のトリップを体験出来るはずだ。

佐藤雄彦氏によるライナーノーツによれば、JUU4Eはトラップの制作を今作以降一旦終わらせる予定であるという。曰く「トラップは交通渋滞を起こしている」とのことで、現在はロック、レゲエ、ベースミュージックを組み合わせたバンドでの活動にフォーカスしているそうだ。今作において結実したクオリティの更に上を既に見据えている彼が、今後どのような変化を遂げていくのか。期待が高まると同時に、遥か先を行こうとする彼の動きを、我々は注視し続けなければならないだろう。(山本輝洋)

Lana Del Rey - Chemtrails Over The Country Club

2012年にデビューしたアメリカ出身のシンガー・ソングライターの6枚目のフル・アルバム。デビュー・アルバム『Born To Die』がいきなりアメリカとイギリスでヒットし注目を浴びた。彼女はそれ以来、律儀にコンスタントに作品を発表し続け商業的な要請に答えながらも、「映画的」と評されることの多い繊細な哀愁を表現したリリックやメロディ、そしてサウンドをより洗練させ続けている。

とりわけ2017年の『Lust For Life』と『Norman Fucking Rockwell!』で試みは、ビートルズ登場以前のアメリカン・ポップス、そして60年代のロック・ミュージックのサウンドやメロディをいかに現代的に表現するかということに重きを置いていたように思える。前者では、Max MartinやMetro Boomin.をプロデューサーに迎え、The WeekndやASAP Rocky、Playboi Cartiをフィーチャリングして作品を作り上げ、現代的なビートとエレガンスで退廃的なメロディの融合を果たした。他方後者では、60年代のロックサウンドを想起させるようなクラシックなメロディとサウンドで、気候変動とナショナリズムに揺れるアメリカの今を歌った。

最新作もそうした試みの延長線にあるものの、現代性の反映ということとはあえて距離を置く。それでもアルバムのタイトルに冠せられている「Chemtrails」という単語は今の空気感を嫌が応にでも感じさせる。この言葉は空中に長く残留し続けている飛行機雲(contrail)は有害な化学物質(chemical)を含んでいると信じている人々によって生み出された造語。陰謀論や陰謀論者のことを象徴する言葉でもある。同タイトルの曲では、シンプルでラグジュアリーな生活と幼少期の思い出、恋人への愛を起伏の少ないメロディで繰り返し歌う。ただし彼女の生活と幼少期の思い出、そのどちらにも「Chemtrails」がある。コロナ禍の2020年代に漂う不穏な空気。そしてその元凶は彼女が幼い頃からあったことを、表題曲ではほのめかす。

表題曲ではそうした現代の空気感を切り取りながらも、他の楽曲ではひたすらに自ら過去の情景を歌う。アルバムのオープニング・トラック“White Dress”では、White SripesやKings Of Leonを聴き、ミュージシャンに憧れていた頃を、照りつける夏の感覚とともに回想する。“Let Me Love You Like A Women”では彼女がロサンゼルスからニューヨークの郊外へと旅たった時のことを、荘厳なメロディとともに繰り返し歌う。そして“Wild At Heart”では自らの去ったロサンゼルスで起こった山火事に想いを馳せる。ただそれは逃避ではなく、現代に続く過去の物語として位置付けられる。

そうした私小説的なリリックを際立たせるかのように、すべての楽曲においてLana Del Leyの「歌」が全面に押し出される。サウンドの基調を成すピアノやドラムビート、ギターは音量が抑えられ、歌がトラックの中心を占めている。そして彼女の歌声におけるメロディ解釈と、コーラスワーク、そしてミックスに、このアルバムの特異性が現れている。

例えば"White Dress"において一息で歌われる「Down at the men in music business conference」というフレーズ。ゆるやかに変拍子を刻む表題曲のコーラスのフレーズ。"Tulusa Jesus"の整頓されていながらも揺らめくようなコーラスワーク。まるで歌がアルバム全体のグルーヴやサウンドスケープをを支配しているかのようにも聴こえる。

Lana Del Leyはこのアルバムの最後にあたる11曲目で、Joni Mitchellの名曲"For Free"をZella Day とWeyes Bloodとともにカバーした。この楽曲のリリックでは、アーティストとして成功した人物=Joni Mitchellが路上で演奏するクラリネットを演奏する男に聴き入る姿が描き出される。純粋に音楽を鳴らす喜びに心が動かされることをLana Del Leyはアルバムの最後にJoni Mitchellの言葉を借りながら歌った。彼女がこれまでの10曲で自らの過去の風景と感情を精緻に綴り自らの声を全面に出しながら歌ってきたからこそ、Joni Mitchellのリリックはより切実さを増す。シンガーソングライターとしての矜持と成熟を感じる作品。(吉田ボブ)

Vegyn - Like A Good Old Friend

Vegynが表現する世界は乾いている。そのメロディーがどんなにエモーショナルなものでも、ロウな音色のドラムや、根底に流れるシニカルな態度が、彼の楽曲をどこかドライなトーンにしている。

2019年にリリースされた1stアルバム『Only Diamonds Cut Diamonds』は、いわゆる「IDM」「エレクトロニカ」の意匠を下敷きにしながらも、そのプロダクションにはヒップホップやトラップのビートを思わせるような軽やかさと瞬発力があり、エレクトロニックミュージックの新世代として、2019年当時の雰囲気を見事にパッケージした作品であった。

今作『Like A Good Old Friend』は、前作と比較してもトラック4“B4 The Computer Crash”やトラック5“Mushroom Abolitionist”のようなハウスチューンなど、ダンスミュージックとしての機能性を向上させた楽曲が並ぶ。しかしそんな同曲でさえも、ビットクラッシャーがかけられたユニークなシンセのサウンドや、途中でリズムパターンを大胆に変容させる構成など、一筋縄ではいかない歪さが見え隠れする。

SlowthaiやMura Masaとのコラボでも知られるラッパーJeshiをフィーチャーした“I See You Sometimes”では、虚無感や悲しみ、トリップについて歌うJeshiのアブストラクトなラップと呼応するように、スロウな四つ打ちのビートが徐々に加速する。ダンスミュージックの定型的なフォーマットを解体するような試みは、前作からも受け継がれているようだ。

しかしこうした先鋭的な部分は、前述したVegynの楽曲に見られる不思議な軽やかさと矛盾するものではない。ともすれば「エクスペリメンタル」であること自体を目的化し、快楽性や機能性を欠いたものになりがちなこのジャンルにおいて、あくまでポップさを失わない彼のバランス感覚は舌を巻くべきところだ。

彼が手がけるFrank Oceanの『blonded radio』のキュレーションからも分かる通り、Vegynにはエレクトロニックミュージックだけでなくアンダーグラウンドなラップからクラシックなロックまで、幅広いジャンルの音楽への深い造詣と、それらをフラットに捉え消化する感覚が備わっている。このような素養が一貫してドリーミーかつトリッピーな世界観と音像として表出するのは、彼の他には無い個性と言って良いだろう。

Boomkatに掲載されたレビューによれば、今作はLAに拠点を移した彼が手にした古ぼけたピアノにインスピレーションを受け制作されたのだという。そのエピソードは、どこかノスタルジックで、白昼夢のような浮遊感を醸し出す今作のテイストへの理解が深まるものだが、「古ぼけたピアノ」というモチーフが喚起するオーガニックなイメージと反して、今作にはどこかケミカルな雰囲気が漂っている。Vegyn自身が手がけたアートワークのポップなグラフィックも、ノスタルジックであると同時にドラッギーな危うさを醸し出すものだ(チャイルディッシュな世界観をサイケデリックに表現しているのは、彼が運営するレーベルPLZ Make It Ruinsから楽曲をリリースするOTTOとも共通する点である)。ノスタルジーを時にエモーショナルに表現しながら、それを酩酊感のヴェールで包み込む今作は、例えばBurialの『Untrue』を故マーク・フィッシャーが「レイヴの亡霊」と表現したことをも連想させられるようなメランコリーに満ちている。

しかし、タイトルの通り「古い友人のような」何かに思いを馳せていながらも、Vegynは過剰なセンチメントを一貫して拒否し続ける。その歪なサウンドやドラッギーな意匠によって、単なるノスタルジーへの逃避を許さないドライな距離感を保ち続けているのだ。(山本輝洋)

Yaw Tog - TIME

ガーナのラッパーYaw Tog が1st EP『Time』をリリースした。Stormzyが参加した“SORE”のリミックスを含む7曲が収録された本作は、UKマナーのサウンドを取り入れつつ、彼ららしい音色やフロウを取り入れた意欲作となっている。

UKとアフリカとの繋がりは、古くは植民地・移民の歴史に遡るが、近年ではUKとガーナ、ナイジェリア、ガンビアといった西アフリカのラッパーのコラボレーションが活発になっている。最近では、SkeptaとナイジェリアのラッパーRemaがコラボした“Dimension”が発表されたのも記憶に新しい。

またUKからアフリカのシーンへの熱視線に呼応するように、Burna BoyやWizkid等のナイジェリのシンガーがUKでも人気となっており、海を跨いだ双方向の交流が活発になっている。Yaw TogのデビューEPもその延長にあると言えるだろう。

Yaw Togの“Sore”がバイラルヒットした1番の理由は、やはり地声で「Yɛbɛ soreeee」(俺たちは勝ち上がる)と歌い上げる土臭いフックとUKドリルの新鮮な組み合わせにあるだろう。彼らの「ノリ」を切り取ったフックは、トウィ語という言語的な壁を越えてバイラルするのに十分キャッチーだ。そこにガーナにルーツがあるStormzyが、地元のラッパーKwesi Arthurとともにリミックスに参加したことで、ガーナ発のドリルシーン世界的な注目が集まった。

EPには“Sore”だけでなく、“Y33gye”というドリルチューンも収録されており、彼がドリルラップをマスターしていることがわかる。複雑なドラムパターンに対してスピード感を落とさずに乗りこなし、UK・USのラッパーに引けを取らない。また地声で歌い上げるフックはフレッシュだ。サウンド面でもUKドリルの一辺倒のコピーではなく、どこかアフロの要素があり魅力的だ。特に“Boyz”、“Fake Ex”、“Time”をプロデュースするKhendibeatz のトラックは、WizkidやRemaを彷彿とさせるようなギター・シンセ・ホーンがUKスタイルのドリルやアフロビーツの定番のドラムとうまい具合にミックスさせている。力の抜けたバランス感は、Yaw Togのラップとよくマッチしており、作品のトータルのプロデュースのスキルも垣間見れる。今後の活躍が楽しみであり、西アフリカ・UKを跨ぐインターナショナルなアーティストになるのではないかと個人的に期待している。(米澤慎太朗)

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