【R&B Monthly Vol.1】The Weeknd、Kiana Ledé、dvsn、Alina Baraz、Leven Kali & Frank Ocean

ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと言ってもそのサウンドはそれぞれのアーティストの環境やルーツなどによって全く違う音像が現れている。

そうした広がりを見せるR&Bの今を追う連載企画がスタート。まず第一回目はThe Weeknd、Kiana Ledé、dvsn、Alina Baraz、Leven Kali、そしてFrank Oceanが登場する。

文・構成 : 島岡奈央

1. The Weeknd - 『After Hours』

アルバムカバーで出血しながらニヒルな微笑みを見せるのは、『After Hours』で語られるひとりの放蕩者だ。彼の傷は失恋や幼少期のトラウマから負ったものであり、それらから逃れるように助けを求めたドラッグによる精神錯乱によりさらに深手となった。その人物は今や時代の寵児と称賛させるようになったカナダ出身のアーティスト、The WeekndことAbel Tesfayeだ。哀調を帯びた音の中で彼は、恋人の喪失、空虚な名声と富、ドラッグに溺れる日々について歌い、ひとり悲しみに明け暮れている。

ダークさを追求した初期のEP時代からスターダムを駆け上がり大衆ポップとの狭間でもがいた『Starboy』を経て、彼は今作でポップとR&Bの一致を完璧に成し遂げたと言えるだろう。ドラムンベースの音が一気に作品のピッチを上げる"Hardest to Love"からスタジアム級のバラード曲"Scared to Live"、そして"Snowchild"のイントロはしばしの間その余韻に私たちを包みこむ。同曲でTesfayeは「もし成功していなかったら、僕はきっと手首から血を流していただろう」と自虐的な行為をしていた過去を露わにしている。さらに、彼の快楽主義について語られる"Faith"では、過去に犯した間違いを恐れながらも元恋人に慈悲を求める彼の姿が映し出されている。

プロダクションにおいても今作は秀逸だ。プロデューサーのMax MartinとIllangeloに加え、Metro Boominも4曲にわたって参加。幽玄な世界に誘う間奏曲"Repeat After Me"は、贅沢にもTame ImpalaのKevin Parkerを起用している。長編映画のような壮大さと繊細さを同時に表現するその演出には脱帽だ。今作を制作する上でTesfayeがどれほど傷ついていたとしても、彼の音楽は苦しみと美しさは隣り合わせで共存するものだと教えてくれる。『After Hours』はThe Weekndの最高傑作だと断言してしまうには早すぎるだろうか?それは次作を聴くまでのお楽しみだ。

2. Kiana Ledé - 『KIKI』

現在のR&Bシーンは多くのシンガーで混雑しており、数少ない席を確保することは難しい。YouTubeにはアマチュアシンガーによるカバー動画が溢れている。アリゾナ州はフェニックス出身のKiana Ledéも、以前まではその内の1人であった。しかし、過去3枚のEPで試行錯誤をした後、今回のデビューアルバム『KIKI』で彼女は他と一線を画す存在だと見事に証明している。

17曲で構成された今作は、懐古的なR&Bの素質を保ちつつもコンテンポラリーに仕上がっており、各曲で彼女のヴォーカルの柔軟性も充分に発揮されている。アルバムの幕を開ける1曲目"Cancelled."では「やらなきゃいけない大事なことがもっとあるの/彼なんてファック、もう用無し」と、自立した現代の女子の心情を歌う。王道のピアノバラード曲"Attention."で際立つそのシルクのように滑らかな歌声に、視聴者は心を奪われずにはいられない。Lucky Dayeとのケミストリーが美しく交わる"Forteit."は珠玉の1曲だ。

 オールドスクールの楽曲をサンプリングすることで、従来のR&Bに敬意を払うこともLedé は忘れていない。80'sクラシックMtumeの"Juicy Fruit"を"Labels."で、"Mad At Me."ではOutkastの"So Fresh So Clean"を使用している。そして客演の6LACKAri LennoxArin Rayなど、同志も一斉に集まって彼女のデビュー作を祝っている。ついにLedéは天性の歌声を生かしながらも、バラエティ性にも富んだ音楽を完成することができたようだ。間違いなく『KIKI』は彼女を「カバーが上手なあの子」ではなく、誰かの記憶に残る音楽を生み出す「アーティスト」に飛躍させた堂々のデビュー作品と言えるだろう。

3. dvsn - 『A Muse In Her Feelings』

dvsnの最新作『A Muse In Her Feelings』は、現在進行形のR&Bとしては文句なしの名刺代わりになる1枚だ。Drake率いるOVOサウンドに属するカナダ人ユニットのdvsnは、シンガーのDaniel DaleyとプロデューサーのNineteen85で構成される。高評価を受けたデビュー作『SEPT. 5TH』では、誘惑的で泥酔したようなサウンドが特徴だったが、今作はよりプロダクションで多彩さを発揮している。ベースのうねりは現行トラップシーンの音を感じさせつつ、随所で90年代の素朴なR&Bの音色も聞こえ、その塩梅は絶妙だ。

特筆すべきなのは、客演陣の豊富さだ。過去の2作に客演が1人もいなかったこととは対照的に、このアルバムでは9人ものアーティストが作品のパレットに色を加えている。Ty Dolla $ign、PARTYNEXTDOOR、Snoh Aalegra、Summer Walkerの4人の協力は、dvsnのエンターテイメント性をブーストさせるには不可欠であっただろう。そんな中でも、ラッパーのFutureを迎えた"No Cryin"は、彼らの楽曲で最もラジオフレンドリーであり軽快な曲と言える。歌詞のクオリティは以前と比べると物足りなさを感じるが、同曲でDaleyは「クラブで泣くことはないさ、君はあれが愛ではなかったってわかってるだろう」と歌う。男性シンガーが女性を励ますアンセムは聞いていて新鮮だ。

アルバムのラストを飾る"...Again"では「大変なことがたくさんあった、もう君にかける言葉は尽きてしまった」と、2人の関係修復を諦める片方の心情を切なく歌っている。

今までの作品の中で最も収録時間が長いアルバムだが、16曲がそれぞれのキャラクターを持っており、無意識に視聴者は自身の体験や思いを投影したくなってしまうに違いない。真夜中のダウンタウンで感情に浸るドライブをするなら、ぜひこのアルバムを流してみてはどうだろう。

4. Alina Baraz - 『It Was Divine』

タイトル『It Was Divine』が示唆するように、Alina Barazによるフルデビューアルバムはまさに「神々しい美しさ」を極めた作品だ。現在ロサンゼルスを拠点に活動するR&B界の新顔は、EDMプロデューサーのGalimatias2016年に発表したEPUrban Flora』で全曲に参加し頭角を現した。持ち前の優美な歌声と空気のように軽いサウンドのみで今作へ挑んだ彼女は、リスナーを魅了するには小細工は必要ないと実証した。

 今作でBarazは幸せに浸る恋人同士が下降していく様子を歌っており、彼女の嫋やかな歌声はまるでバターのように歌詞と共に溶けていく。6LACKを客演に招いた"Morocco"のコーラスで2人は「あなたは私を違うタイムゾーンに連れていく/ドアを開けもせずに」と、センシュアルに幻想を歌う。白昼夢をみているかのような気分にさせる"Endlessly"は、終盤の静寂なビートチェンジも含めて極上の仕上がりだ。しかし、歌詞の中で繰り広げられる幸せな夢もそう長くは続かない。アルバム折り返し地点の"To Me"2人の関係性の変化を告げている。そして、最終曲でありながら"The Beginning"というタイトルの曲で、「最初の頃のわたしたちに戻ることはできる?」とBarazは問いかけて幕を閉じる。

前作のEPThe Colour Of You』で2曲に渡って参加しているKhalidも"Off the Grid"で登場し、"Until I Met You"ではベテランのNasが作品を豊かなものにしている。今作の唯一の欠点をあげるとするならば、基本的にどの曲もスロウテンポであり彼女の歌唱スタイルに変化も少ないので、全体的に単調に感じてしまう部分だ。同時に、Amy Winehouseを意識したような女性シンガーが多い今のシーンだからこそ、Barazの独自性は彼女を一際輝かす強みになるだろう。そして一貫したアルバム進行は、『It Was Divine』がわたしたちに与える和らぎでもあるのだ。

5. Leven Kali - 『HIGHTIDE』

茹だるように暑い夏を一度に払拭するような爽やかなアルバムが早くも到着した。サンタモニカが拠点のLeven Kaliによるアルバム『HIGHTIDE』なしに、今年の夏を過ぎ去ることはできないだろう。Kaliは2017年にDrakeやPlayboi Cartiの楽曲に参加しており、今作は彼にとって2作目となるソロフルアルバムだ。80年代のR&Bを思い出させるようなグルーヴに、ロック色が強いギターの音で捻りをきかしているサウンドが今作の特徴だ。

ソウルフルな1曲目"FIRE IN YOUR EYES"で、Kaliは新しく見つけた恋について歌うところから今作は始まる。The InternetのSydを迎えた"MADE 4 YOU"は、2人のハーモニーが上品なヴァイオリンの旋律の上で混じり合う。裕福な少女との恋を歌う"RICH GIRL"では、「俺をいつも遅刻させるんだ、ルルレモン(高級ヨガウェア)を着てストレッチをする彼女はとてもセクシーだから」とKaliは歌う。対照的に"FOREVER"では、「窓ガラス越しに太陽の光が差し込む/けど君がいないと雨のように感じるんだ」と失恋した相手に嘆く。

しかし今作は全ての楽曲がロマンスについて歌ったものではない。Kaliは"GET BY"で日々の労働や努力の大切さについてこう綴ることで、一生懸命働く人々を称えている。「ゴールドや光物が輝く1日を生み出すわけじゃない」と。客演には他にも、Ty Dolla $ign、Smino、Topaz Jonesが参加している。今年の夏は旅行に出かけることは難しいかもしれないが、『HIGHTIDE』を再生すれば南カリフォルニアでバカンスにいるような気分になること間違いなしだ。

+1. Frank Ocean - "Cayendo"

Frank Oceanはなんとも皮肉な救世主だ。世界が混沌化し人々が不安に駆られながら生きる中、これほどに胸が裂けるような美しい曲を突如発表するからである。そんな予期もなく訪れた新曲"Cayendo"は、簡潔さを極めた切ないバラードに仕上がっている。アコースティックギターの旋律に乗せて、Oceanは所々スペイン語を混えて、彼の渇望を満たしてはくれない相手への思いを歌っている。「もし自分の気持ちを我慢できるとしても、なぜまだ恋に落ちるんだ?」と自問する彼は繰り返しこう言う、「まだ君のことを、本当に、本当に、愛している、ああ本当さ」と。

余白が多いトラックだからこそ、より彼の言葉が聞く側の心に直球に刺さるのだ。その枯れたようなギターの音色は、あくまでも彼の言葉をエコーさせる助役として素晴らしく機能している。そして彼のスペイン語は抑揚をつけながらも、夏の終わりを告げるそよ風のように耳を透き通っていく。こうしてOceanはまた、ベッドルームで寂しく画面をスクロールし続ける現代人の心を癒すのだ。今作を含めてこれで去年の10月以降に発表されたシングルはこれで計4枚となる。前作のフルアルバムからはや4年。楽曲以外でOceanは視聴者に多くを語ることはない。さあ、気まぐれな彼が新しい作品を発表するまで、彼の沈黙を気長に楽しもうではないか。

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