【コラム】YBN Cordae 『The Lost Boy』|痛みと旅立ちの果てに見つけたもの
先週末、今年のXXL Freshmanにも選出されたラッパーYBN Cordaeの1stアルバム『The Lost Boy』がついにリリースされた。YBN Nahmir、YBN Almighty Jayらと共にYBNクルーの一員としてシーンに姿を現した彼だが、今や他メンバーと比べて明らかに頭一つ抜けた人気と実力を持つアーティストになりつつある。
もともとYBNクルーは人気ゲーム『Grand Theft Auto』シリーズを通してインターネット上で結成されたグループであることが知られている。ゲーム上のコレクティブだった彼らがラップの楽曲を発表したことで話題を呼び、さらにYBN Nahmirの楽曲"Rubbin Off The Paint"のバイラルヒットによってクルー全員に注目が集まることとなった。
当初はYBN Nahmir、YBN Almighty Jayの陰に隠れている印象もあったYBN Cordaeだが、J. Coleが若手ラッパーをディスした楽曲“1985”へのアンサーとして発表された“Old Niggas”によって一気に脚光を浴びる。
オーセンティックなトラックの上でスキルフルなラップをする、クルーでの楽曲とは一線を画したスタイルが特徴的な楽曲だ。オールドスクールなラップとは縁遠い他メンバーと比べ、Dr. Dreとレコーディングを行ったことが報じられるなど、90sへの深い愛がそのようなラップのスタイルに繋がったのだろう。
Cordaeはノースカロライナで生まれメリーランドで育ち、ヒップホップ好きの父にRakimやNas、Talib Kweliといったラッパーを教えられたという。『The Lost Boy』でも、家族との複雑な関係がモチーフとして頻繁に登場する。“Thanksgiving”でガールフレンドを家族に紹介した際に起きたトラブル、それが原因で彼女との関係が冷え切ってしまったエピソードがユーモラスに語られる一方、後半の“Family Matter”では父親から虐待を受ける従姉妹や売春をしながら子育てをしていた叔母、またザナックス中毒に陥った従兄弟らを横目に見て傷ついた自身の心がシリアスに歌われている。フックの「'Cause you've been sufferin', you've been sufferin' / No more sufferin' in silence」というゴスペルライクなフレーズは胸が苦しくなるような切実さに満ちており、今作を通して描かれる「過去の苦痛と、それを乗り越えた自分自身」というテーマを象徴しているようだ。
Chance The Rapperをフィーチャーした“Bad Idea”では「It might not be such a bad idea, if I never went home again」というリリックが繰り返される。同曲がシングルとしてリリースされた際のアートワークには、恐らくCordaeの実家を描いたと思われる家の外壁に「Dead End(行き止まり)」という看板が掲げられている。これだけでもCordaeが自身の家に対して抱く感情が窺える上に、“Bad Idea”のアートワークと同じタッチで描かれた『The Lost Boy』のジャケットはCordaeが家を飛び出し旅に出てしまったことを表していると推測することも出来る。
Cordaeは『The Lost Boy』というタイトルについて「俺が今までの人生で居た場所のことだ。学校にいたときとかな。それと、旅のことを意味してる。自分自身の旅や道筋を見つけられていないってことだ。俺が音楽に出会っていなかったときがそうだった。人生で何をして良いか分からなかったんだ」とインタビューで語っている。
また、Geniusによるインタビューでは「アルバムは旅をコンセプトにしていて、一曲ごとに新しい道のりを歩んでいるんだ」として、一曲ごとの詳しい解説も行なっている。
“Thanksgiving”に続く “RNP”、“Broke As Fuck”、“Thousand Words”の3曲では家を飛び出しアーティストとなった彼が直面する現実がポップに描かれており、その後の“Way Back Home”で自身のルーツとなった家について改めて考え始める。祖母のことを回想する“Grandma’s House”が続き、先ほどの“Family Matters”で過去のトラウマと対峙する。それを乗り越え、“We Gon Make It”では夢を追い続けることが高らかに歌い上げられる(Meek Millによる「俺は道端で死んでいたかもしれなかった」というフックの通り、『The Lost Boy』のアートワークには道端で行き倒れてしまった二人の男が描かれている)。
アルバムの最後を締めくくる楽曲は“Lost & Found”。Cordaeはこの曲でついに「Yeah, I was a lost boy, but now I’m found」と語る。大金を手に入れガールフレンドにも恵まれ、ドラッグやファッションに金を使う、というラッパー然としたフレックスがここでは繰り広げられるが、「But that studio time led to Louis Vuitton / That I just bought for my mom」といったリリックで、彼が家族との確執を乗り越えたことが示唆される。「Rappers is jokes, I'm a musician」という挑発的なフレーズが飛び出すと同時に、XXXTentacionへの追悼やJaden Smithへのシャウトアウトなど同世代のアーティストへのリスペクトが表明される。家族に対する葛藤から始まった旅は、アーティストとして、そして人間としての自己を確立することで一つの区切りを迎えたようだ。
『The Lost Boy』にフィーチャリングされたメンバーを改めて見返してみると、Chance the Rapperを始めAnderson .Paak、Ty Dolla $ign、Pusha T、Arin Ray、Meek Millと、若手のラッパーの1stとは思えないほど豪華な面々が招かれている。フィーチャリングでの仕事に定評のあるTy Dolla $ignなどは明らかに「勝ちに行く」意志を感じる人選である上、Anderson. Paakの色が前面に出た“RNP”で存分に魅力を発揮できるCordaeのスキルの高さにも改めて驚かされる。“RNP”のビートが“Old Niggas”でディスしたJ. Coleの手によるものであるという事実も、Cordaeの純アーティスト的な態度を窺わせるものだ。クルーのミックステープ『YBN : The Mixtape』ではNahmir、Almighty Jayの二人が大きくフィーチャーされていたが、今回は自分自身の手で作品をコントロール出来るという状況が『The Lost Boy』をここまでクオリティの高い作品たらしめたのだろうか。
『The Lost Boy』によって、Cordaeは「YBNクルーの一員」という当初の括りを超えた存在としての実力を改めてシーンに知らしめた。ソロアーティストとしてますます大きな注目を集めつつある彼が、今作を経てどのような存在に進化して行くか期待が高まるばかりだ。(山本輝洋)