【レビュー】Lil Nas X "Old Town Road" | カントリーはラップではないが、ラップはカントリーだ

Billboardシングルチャート1位を記録し、アメリカをはじめ世界を席巻しつつあるLil Nas Xの“Old Town Road”。TikTokを中心とするダンスチャレンジで流行するといういかにも現代的なヒットの仕方も注目されたが、何より議論を呼んだのは全米カントリーチャートからの削除を巡る一件である。

バンジョーをサンプリングしたトラック、カウボーイをモチーフとしたリリック、ゲーム『Red Dead Redemption2』の映像を用いたMVなどあからさまにフィクショナルなウエスタン要素が散りばめられた同曲は「カントリートラップ」として注目を浴び、カントリーチャートにもランクイン。全米チャート、全米ヒップホップ/R&Bチャート、全米カントリーチャートの3つに同時ランクインするという前代未聞の快挙を成し遂げた。しかし、Billboardによってこの曲は「十分にカントリーじゃない」と判断され、一度はカントリーチャートから除外されてしまう。この一件はヒップホップシーンを越えて広く議論を巻き起こした。白人文化であるカントリーのチャートから黒人のLil Nas Xが除外されたことを「人種差別だ」と断じる向きもあり、またカントリーの大御所Billy Ray Cyrusも“Old Town Road”をサポートしリミックスに参加。リミックスのリリースが更なる話題を呼び、遂に全米チャートで1位を記録したほか、カントリーチャートにも返り咲くこととなった。

ここで注目すべきはBillboardが一度は“Old Town Road”を「カントリーではない」と判断したことだろう。Billboardの担当者は同曲がカントリーではない理由として「“Old Town Road”をカントリーチャートに入れるメリットが無いと判断されました。ジャンルを判断するにはいくつかの要素を考慮しますが、第一かつ最も重要なものとなるのは音楽的な構成です。“Old Town Road”はカントリーやカウボーイのイメージをリファレンスしていますが、今日のカントリーミュージックとして十分な要素を含んでいません」と発言した。要するに、楽曲の構成がヒップホップ、トラップ的なものであったことを根拠に「十分にカントリーじゃない」という奇妙な判断を行ったということが分かる。しかし、結果的に“Old Town Road”はカントリーチャートに復帰した。つまり、「音楽的な構成」を根拠にジャンルを判断することをBillboardが諦めたということになる。

Rolling Stoneによると、“Old Town Road”のトラックはビートの売買を行うプラットフォーム「BEATSTARS」にて「Future Type Beat」(!)として販売されていたものだったという。そもそもバンジョーのサウンドはNine Inch Nailsの“34 Ghosts Ⅳ”からサンプリングされたものであり、カントリーとは縁遠い。

元々カントリーを意識して作られた訳ではないビートをLil Nas X、そしてBilly Ray Cyrusがカントリーとして解釈し、紆余曲折を経ながらも、Billboardにカントリーとして定義される楽曲が完成した事実は非常に興味深い物ではないだろうか?

実際のところ、「カントリー×ラップ」的な試みの歴史はそう短くない。「Yeehaw」というシャウトが特徴的なLil Tracy、Lil Uzi Vertによる“Like A Farmer”や、Young Thugの“Family Don’t Matter”などは記憶に新しい。

白人ラッパーBubba Sparxxxも、カントリー的な世界観の楽曲をいくつもリリースしている。

Wikipediaには既に「Country Rap」という項目が存在し、それによればこのジャンルで最も古い楽曲は1998年にリリースされたKid Rockの“Cowboy”だという。

Kid Rockのようなミクスチャーロックのバンドは、あくまでカントリーの系譜にあるロック、ポップスにスパイスとしてラップを散りばめている。そのようにして始まった「カントリーラップ」の歴史が、現在は「ヒップホップの構造をベースにしてカントリーを取り入れる」という図式に逆転しているように見える。

改めて“Old Town Road”の特殊な点は、完全にラップのフォーマットで作られた楽曲がBillboardによって最終的に「カントリー」であると認められたことだ。

GeniusのインタビューにおいてLil Nas Xは、同曲が生まれた経緯について「姉の家に居候してて、家賃を払っていなかったから追い出されたんだ。一人で出て行ったのが、孤独なカウボーイみたいだなって思ったんだよ」と語っている。

最初のミックステープ『NASATARI』を始め“Old Town Road”以前の彼の楽曲に今回のようなクロスオーバー感は無いが、カントリー的なアプローチを試したのは上記のような背景、そしてビートのフィーリングが理由らしい。

例えばXXXTentacion、Lil Peep、ScarlxrdなどのいわゆるSoundCloudラッパーたちは、自身の楽曲に「Alternative Rock」「Metal」など別ジャンルのタグを付けることが一般的だ。インターネットでの活動を主としてきたLil Nas Xにもその感覚があったことは想像に難くない。彼らはトラップのスタイルをもはや「ヒップホップから派生した1ジャンル」という認識ではなく、ギター、ベース、ドラムで構成されたバンド編成と同じく音楽を作る上での基本的なフォーマットとして捉えている。もしくはTravis Scottなどはロックスターと呼ばれることも多いが、もちろん彼はラッパーでありながらその強烈なキャラクターと破壊神のようなライヴパフォーマンスのスタイルで、そう呼ばれてしまっている。しかも私たちもラッパーでありながらロックスターである彼のことを自然に受け入れている。BillboardとLil Nas Xたちの間に発生していた齟齬の根本的な部分がそれだ。ビートにラップが乗っていた時点でその楽曲は通常「ヒップホップ」だと認識されるが、Lil Nas Xの世代にとって“Old Town Road”はもちろんヒップホップでありながら、同時にムードとして十分にカントリー的な部分を孕んでいるということだ。音楽的にいえばロックの要素を取り入れていないTravis Scottがロックスターと呼ばれるように、音楽的にいえばカントリー的な要素は含んでいなくても、そうと思わせる魔法のような力が同曲には秘められているのだ。それは今のラップやヒップホップという言葉の許容範囲の広さを同時に指し示すと同時に、ヒップホップという音楽自体がその源泉に様々なジャンルを持ち、キメラのように成長してきたジャンルであることも言っておきたい。

Lil Nas Xとともに現在のチャートを席巻しているBillie Eilishのアルバムは、Lana Del RayやMarilyn Mansonに代表されるゴス的なイメージを打ち出しながらトラップ以降の構造を取り入れた楽曲を、ポップスとして提示したことがエポックメイキングな作品であった。同作と“Old Town Road”に共通しているのは、USにおいてラップのフォーマットが、ポップミュージックの基本形となりつつあるという点だろう。

アメリカで最も聴かれている音楽ジャンルがヒップホップとなった現在、ラップチューンやトラップの形式を持った楽曲が当たり前のように街中に溢れかえっているサウンドとなったことは言うまでもない。ヒップホップ人気の高まりにつれてUSの音楽のメインストリームがそちらに移行していき、多くの若い世代のアーティストにとってラップのフォーマットが、どのような形の音楽を作る上での基本形として認識されるようになったことが考えられる。“Old Town Road”はラップのフォーマットで作られた楽曲が、カジュアルに別ジャンルとしてリリース出来てしまう時代になったということを象徴しているのではないだろうか。カントリーはラップにはなりえないが、ラップはカントリーになりうるという奇妙な力学が働いている。

Lil Nas X本人は今後「カントリーラップ」的な楽曲だけでなく、さらにジャンルの境目を曖昧にするような楽曲を作っていきたいと語っている。これからの彼のキャリアは未知数といったところだが、少なくとも“Old Town Road”が2019年のアメリカの音楽シーンに多大なインパクトを残したことは間違いない。この後に何が出てくるのだろうか、どんなジャンルを取り込んだものが出てきても全く不思議ではない世界を私たちは見ている。(山本輝洋・和田哲郎)

RELATED

【レビュー】Don Toliver『Life of a Don』|自立、進化、サイケデリア

Travis Scottが3rdアルバム『Astroworld』でサイケデリックラップを追求し、後の音楽業界に絶大なインパクトを残したことは言うまでもない(商業的な点においてもだ)。彼と同郷のヒューストン出身アーティスト=Don Toliverは、おそらく彼の影響を最も受け、かつ同じ音楽路線で絶大な成功を手にした弟子の1人だろう。『Astroworld』のリリース前日にミックステープ『Donny Womack』を発表しキャリアをスタートするが、Donのキャリアの成功は師匠であるScottのアシストなしでは考え難い。全米中のキッズを虜にするScottのアルバムにたったの1曲でさえ参加できれば、新人ラッパーにとってスポットライトの量は十分だ。“Can’t Say”でメインストリームに現れたDonは、Scottの音楽レーベル=Cactus Jack Recordsからの莫大なサポートを味方にシーンで頭角を表し始める。

【レビュー】Kanye West 『DONDA』|ゴスペルの完成または..

度重なるプレリリースイベントを経て、Kanye Westが8月末にリリースした新作『DONDA』。Kanyeが最も愛した実母の名前を冠したこのアルバムは、幾度となくリリース予告がされていたこともあり重要な作品と目されており、リリースと同時に大きな反響を呼び、久しぶりの商業的な成功を彼に与えることに...

【レビュー】Isaiah Rashad『The House is Burning』|地獄からの復活

Isaiah Rashadはこの5年間、姿を消していた。TDE所属のラッパーは高評価を得たアルバム『Sun’s Tirade』を2016年に発表して以降、以前から悩まされていたドラッグ中毒に溺れ、貯金を使い果たし、テネシーの実家に戻っていた。KendrickやSZA、Schoolboy Q等を輩出してきたレーベルの期待を背負いながらも、友人宅のソファで数ヶ月間寝泊まりしていたRashadは、その肩書きなしではただの大学中退者だった。しかし、彼を心配したTDEのTop Dawgのおかげもあり、平穏なオレンジカウンティで1ヶ月のリハビリを経たRashadは、今もう一度復活を果たそうと試みる。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。