グライムやラップのイベントをターゲットにしてきた人種差別的なイギリス警察の「FORM 696」について
Text by Jun Yokoyama
今でこそグライムやUKラップのアーティストは、完全に自由ではないもののライブハウスやクラブでパフォーマンスを行えるようになったが、数年前まではグライムやラップのアーティストが出演するイベントは警察によってたびたび中止させられてきた。
警察がイベントの中止の根拠としたのは「FORM 696」と呼ばれる書類。この書類は、警察がイベントのリスクをアセスメントするために、イベント主催者と会場の担当者が提出を義務付けられている。イベント開催日から14日以前に書類に必要事項を記入して警察に提出しなくてはいけない。2008年からロンドン警察によって導入されたシステムだ。
その書類には、イベントのジャンル、アーティストのステージネーム、本名、住所、電話番号などの個人情報の記入が必須となっている。そして警察は文字通りそこに出演するアーティストの個人情報からイベントの「危険性」をチェックする。そこで警察に危険(安全性が確保できない、トラブルの可能性がある…など)と見られれば、イベントの中止命令が出る。警察によってイベントが中止させられるかもわからないという状況はプロモーターと会場にさまざまなプレッシャーがかかっていた。
そしてこのFORM 696の一番の問題点は、イベントのジャンルと「どのようなエスニック(人種)をオーディエンスをターゲット」にするかということが必要事項に入っていたことだ。この2点の記入が人種差別的であるとして、音楽ジャンルとオーディエンスのエスニック・ターゲットの欄は2008〜2009年の間に削除された。
ここでなぜジャンルとオーディエンスの人種が問題になっているかというと、FORM 696は主にラップやグライムといった出演者と参加者の大半が有色人種のイベントを中止するために主に使用されてきたからだ。このFORM 696を手がかりに、警察によってラップやグライムのイベントは「喧嘩や犯罪などのトラブルが多く、近隣住民やイベント会場に迷惑がかかる」としてイベント開催前に中止させられてしまっていた。警察は「ライブイベントの犯罪や混乱を減らすことができた」と解答しているが、その取り締まりが音楽を迂回した有色人種や低所得層への差別であることはFORM 696の導入時から言われてきた。
もちろんこのFORM 696を提出すれば警察にイベントを中止させられるということが分かっているため、2000年代後半ではグライムやラップのイベントもレイブパーティのように場所をシークレットにしたり、フライヤーなどを他のジャンルのものに偽装してイベントが開催されたりもしてきた。
先日のDrakeとコラボレーションしたUKのラッパーGiggsも2010年のライブツアーを警察の「アドバイス」によってキャンセルさせられており、2016年にもGiggsは正式にイベントに出演することが困難であるということだ。Skepta、Wiley、Stormzyといったグライムスターを擁するBoy Better KnowのメンバーでありSkeptaの実弟JMEは、2014年にバービカン・センターで開催されるはずであったイベントを警察によって中止された後、Noisyの制作協力を得て、FORM 696や警察とグライムシーンがどのように戦ってきたかをドキュメンタリーを作成した。
Everybody thank the police, they saved our lives : "We have intelligence to assume a major incident was planned to take place at the event"
— Jme (@JmeBBK) 2014年2月25日
みんな警察に感謝しよう。警察はおれたちの命を救ってくれたんだから。「イベントでは(公衆の安全を脅かすような)とんでもない出来事が発生するだろうと想定するにいたった」と警察は説明したよ。
またグライムDJのローガン・サーマはドキュメンタリーの中で「これは直接的な差別であるだけでなく音楽産業自体にダメージを与える」ということを語っている。「もし巨額のお金を投資したラップやグライムの大きなイベントが警察の手によって直前で中止させられたら、他の人もこのジャンルに投資するのはやめよう思うだろう。そして多くのグライムやラップシーンにいたアーティストが他のジャンルへ移っていくのを見た。これは無意識に作用するんだ」と、経済面、人的資源の面から、FORM 696の影響を説明する。
そして今週、BBCの取材によってその削除されたはずであるジャンルとオーディエンスのエスニック・グループの欄が入った書類が、未だにイギリス国内の16警察署で使用されていることが判明した。また2009年以来FORM 696の妥当性などもチェックされていないことも判明している。
BBCの番組で、グライムMCのP MoneyはBBCに対して「このFORM 696は人種的なものだ。警察は特定のジャンルや人々に対して差別的感情を持っている。とにかくグライムを潰したいんだ」、「もしEd Sheeranのライブ会場で喧嘩が発生しても、彼は次のアリーナツアーでFORM 696を記入することはないだろう」と答えた。
Form 696: There are fears a police risk assessment form for gigs and events is being used in a "racist" way.
More: https://t.co/Rbu1U2AGc4 pic.twitter.com/9aVHmKSRQn— Victoria Derbyshire (@VictoriaLIVE) 2017年3月27日
イギリス政府の文化大臣 Matt Hancockはロンドン市長のサディク・カーンに対してFORM 696がどのように使用されているかを尋ねる公開書簡を送っている。