YGの1stアルバム『My Krazy Life』から『Red Friday』までの歩みを振り返る

by BATCHO

今年5月に東京で行われたPUBLIC LABO BLOCK PARTYでも気迫のこもったパフォーマンスを見せつけたコンプトン出身のラッパーYGが、ブラック・フライデー(アメリカの祭日「サンクスギビングデー」の翌日の金曜日)の今日、ミックステープ『Red Friday』を発表した。YGは黒人ギャングの二大派閥の一組である「ブラッズ」に所属しており、ミックステープのタイトルはブラッズのシンボル・カラーである「赤」を「ブラック・フライデー」とかけたものとなっている。

YGはDJ Mustardのバウンシーなプロダクションによる2014年の1stアルバム『My Krazy Life』で華々しいデビューを飾った。YGは”Young Gangsta (若いギャングスタ)”としての実体験をコミカルな語り口に落とし込んだラップで、西海岸ギャングスタラップのインパクトを現代に蘇らせた。しかしその後の彼の道のりは決して平坦ではなかった。

YGは2014年の終わり頃、長年の盟友DJ Mustardと金銭トラブルで決別し(現在は和解済み)、2015年5月にはロサンゼルスの音楽スタジオで何者かの銃撃を受けた。臀部3ヶ所を負傷したYGは、病院に運ばれ一命を取り留めた。病院に駆け付けたロス市警曰くYGは事情聴取に対し「非常に非協力的」だったという。

事件からおよそ1ケ月後、YGはTerrace Martinのプロデュースによる強力なGファンク・サマーチューン『Twist My Fingaz』でカムバックした。その曲中で彼は自らを「Dr. Dreのサポートなしに大成した唯一の西海岸ラッパー」だと豪語するとともに、かつて50 Centが9発の被弾から生き延びた経験をギャングスタ・ラッパーとしてのステータスに変換してしまったように、銃撃を受けたその日のうちにスタジオに戻った自らのタフさを誇示した。

2016年3月YGは、新曲”FDT (F**k Donald Trump)”を発表。当時アメリカ次期大統領候補の一人で、現在では大統領就任が決定した共和党のドナルド・トランプ氏を糾弾した。トランプ氏は選挙活動中、保護貿易主義路線の公約を打ち出し、”Make America Great Again”の合言葉で、社会から疎外されたと感じている白人有権者を中心に支持を得た。

ドナルド・トランプは「ポリティカル・コレクトネス」を仮想敵に、メキシコ人、ヒスパニック系住民、女性、難民、ムスリムなどに対しての偏見に基づく発言を繰り返し、その主張に共感する白人至上主義者やネオ・ナチをも活気づけた

カリフォルニア州オークランド出身の女性MCデュオThe Conscious Daughtersの “Somethin' to Ride To (Fonky Expedition)”をサンプルしたビートに抗議デモのシュプレヒコールを彷彿とさせるフックを乗せた“FDT”でYGは、対抗ギャングの「クリップス」に所属するNipsey Hussleとともに、メキシコ系住民も多いカリフォルニア州のラッパーならではの立場から、ストレートな歌詞でトランプ氏を批判した。

その露骨な内容と影響力ゆえか、4月に行われたロス市街での”FDT”のミュージック・ビデオ撮影が警察により中止させられたり、米大統領警備機関から同曲をアルバムに入れないようにとの要請があったりと、行政との摩擦も大きかった。

6月にYGは待望の新作『Still Brazy』をリリース。自身のこれまでのキャリアを支えたDJ Mustard不在の中、2ndアルバムでYGが新たに到達した境地は、Death Row Records、Aftermath Entertainmentの系譜を継ぐパワフルなGファンク・サウンドだった。当時ほぼ無名に等しかった若手DJ Swishがアルバム中5曲を手掛け、近年ではKendrick Lamar 『To Pimp A Butterfly』のジャジーなサウンド形成にも大きく寄与したTerrace Martin、HBK GangのP-Loらのプロデューサーもそのサウンドを支えた。

またラップに関しては、1stアルバムで見られたコミカルな要素は後退し、銃撃事件後のパラノイアの中で、自身を取り巻く環境—自身が手にした大金や名声に群がる無数の人々、警察官による黒人市民への行き過ぎた暴力、トランプ氏が選挙キャンペーンで振りまく人種的偏見、黒人ギャング間での抗争など—を見渡したシリアスなトーンが目立つようになった。また、Drake、Jeezy、TDEのKendrick LamarやSchoolboy Qなど大スター級ラッパーのゲストが目立った『My Krazy Life』に比べると、『Still Brazy』ではLil WayneとDrakeの僅かな例外を除き、ゲスト参加は同郷か、パーソナルな繋がりがあるラッパーに限られている。

2ndアルバムのリリースから数ヶ月間、YGは精力的にライブ活動を行い、ヒット曲”Why You Always Hatin?”だけでなく大統領選挙を念頭に”FDT” などをパフォームしてきた。さらにYGは9月にリリースされたDJ Mustardのアルバム『Cold Summer』に参加し、DJ Mustardとのタッグをこれからも続ける姿勢を見せている。

10月にはミックステープ『Red Friday』からのリード・トラック”One Time Comin’”のMVを公開した。Youtubeの説明欄では『警察官の暴力によって亡くなった人々に捧げる』と銘打たれている。警察に追われる2人の黒人男性(1人はYG本人、もう1人は一般人の設定)を主人公に、POV(カメラの視点と登場人物の視点を一致させる手法)やドローン視点、警察車両のドライブ・レコーダーを模した画面などが交互に切り替わるこの映像は、警察が無防備な黒人市民の命を奪う痛ましい出来事を再現するとともに、スマートフォン時代における警察の暴力に対する抵抗の一形態を示した

休みなく動き続けるYGは、大統領選投票日11月8日の朝、地元コンプトンで「ブラッズ」のシンボル・カラーである赤色で着色されたベーグルを無料で配り、人々に投票に行くよう促した。

同日に行われた開票の結果、大統領選挙で勝利したのはトランプ氏だった。“FDT”を叫び続けたYGがその結果に絶望したかは分からない。しかし少なくともその中指を折る気はまだなさそうだ。

『My Krazy Life』で西海岸ギャングスタラップの最有力若手の一人として浮上し、『Still Brazy』で新たな表現の深みに達したYG。まずは今作『Red Friday』で、彼の次の行き先のヒントを得よう。

YGのミックステープ『Red Friday』はAudimackなどでフルストリーミング可能。YGのレーベル4 Hunnid Recordsの公式サイトでは、1400組限定で同ミックステープのCDも販売中。

トラックリスト
1. Public Service Announcement
2. I'm a Thug Pt. 2
3. Get Out Yo Feelin's (Feat. RJ)
4. I Know (Feat. Mitch)
5. I Be On (Feat. 21 Savage)
6. Down B*tch
7. I Ain't Lyin
8. One Time Coming

RELATED

YGの2014年の楽曲“Meet The Flockers”が「反アジア系のリリックを含んでいる」としてアルバム『My Krazy Life』がストリーミングプラットフォームから一時削除

アメリカでは昨年から今年にかけ、アジア系の人々をターゲットとした暴力事件が多発し、大きな問題に発展している。そのような状況の中、YGの2014年のアルバム『My Krazy Life』に収録されている楽曲“Meet The Flockers”が問題視されている。

YGとNipsey Hussleの“FDT”を道路で流していたファンがトランプ支持者に殴られる事件が発生

2016年に、YGと故Nipsey Hussleがリリースし反トランプのアンセムの一つとなった“FDT”。あまりに直接的なフックのリリックがこれまで良くも悪くも様々な事態を巻き起こしてきたが、今回、この楽曲をきっかけにトラブルに巻き込まれてしまった人物が現れたようだ。

YGやLil BabyらがBLMデモの模様を取り入れたミュージックビデオを発表

先日、ミネアポリスでアフリカ系アメリカ人男性ジョージ・フロイドさんが警察によって不当な取り調べを受けた末に窒息死させられた事件を契機に全世界で大きな盛り上がりを見せている「Black Lives Matter」デモ。ヒップホップシーンにとって避けては通れない問題である人種差別に対する抗議運動には多くのラッパーも参加、もしくはサポートを表明していたが、抗議の意思やここ最近のデモの様子を楽曲やMVに盛り込むラッパーも徐々に現れてきているようだ。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。