【コラム】なぜ日本では「容疑者」の作品は自主回収されてしまうのか

ことヒップホップやクラブミュージックはドラッグの描写と切っても切り離せないカルチャーであり、薬物の所持、使用で逮捕されるアーティストは数え切れないほど存在する。FNMNLをチェックしている方なら、欧米のアーティストが薬物や暴行、殺人など様々な罪を犯して逮捕されるニュースを毎日のように目にすることだろう。では、そのような海外アーティストの作品が配信停止になった例は見られるのだろうか?

例えば昨年マリファナやコカインの所持によって二回も逮捕されたTy Dolla $ignは現在も拘留され続けており、一時は15年以上の服役を課される可能性も浮上していた。しかし彼の楽曲は現在もSpotify、Apple Musicなどのストリーミングサービスで当然のように配信が続けられている。アルバム『Beach House 3』の日本盤も発売されているが、彼の逮捕を理由に日本盤が回収されることも無かった。

2010年にコカインを使用したことで逮捕されたBruno Marsの作品も配信、販売が停止されることは無く、日本でもテレビ番組のBGMに頻繁に用いられている。

直近の例で言えばBlocBoy JBが薬物、ハンドガン、窃盗品の所持で指名手配され、警察に自首したことで逮捕された。もちろん彼の楽曲は現在もストリーミングサービスで聴くことができる。

薬物所持や使用以外の犯罪、例えば殺人ではどうだろう。友人二人を殺害した容疑で逮捕されたYNW Mellyの楽曲“Murder on My Mind”は逮捕をきっかけにアメリカのApple Musicチャートで一位を記録した。

ここに今のアメリカのヒップホップシーンを取り巻く狂気的なバズの力をを感じるが、楽曲の配信は停止されていない。

アーティストの行動、私生活によって作品の配信が停止されたケースといえば、ドキュメンタリー『Surviving R. Kelly』の公開をきっかけに性的暴行を非難する声が盛り上がったR. Kellyの例が記憶に新しい。彼を業界から追放する運動「#MuteRKelly」に伴い、所属レーベルであるRCA、および親会社のSONY MusicはレーベルカタログからR. Kellyの作品を削除し、新作のリリースも差し止めている。彼の楽曲は以前にもSpotifyによって「差別的なコンテンツ」と判断され、公式プレイリストから楽曲が削除されたことがあった。R. Kellyと同様にこの判断を下されたのはDVの疑惑があったXXXTentacionなど。つまり、他者の基本的人権の侵害を楽曲で示唆し、実際にそのような行いをしたと疑われるケースの場合は断固として非難の対象になってしまう。

Spotifyが音源の完全な削除に踏み切った例をもう一つ挙げるとすれば、シャーロッツビルのヘイトデモをきっかけに人種差別的な音楽を発表している「ヘイトバンド」の音源を削除したケースだ。ヘイトクライムも基本的人権の侵害にあたる行為であり、アメリカでの基準が何よりもそこに置かれていることが分かる。

つまり、ただ単に「法律に抵触する行為を理由に逮捕された」というだけでは音楽の回収、配信停止が行われることは欧米では無いのである。薬物の使用が法律で禁止されている理由は合理的な物からそうでない物まで様々だが、いずれにせよ薬物が基本的人権の侵害に繋がる例は少ないと言って良いだろう。

では、日本で薬物の所持、使用を理由に逮捕されたアーティストの作品が回収、配信停止という処分を受けるのは何故なのだろうか?

今週電気グルーヴのメンバーで、昨今は俳優としても活躍するピエール瀧がコカインの使用容疑により厚生省の麻薬取締部に逮捕されたのは、ご存知の通りだろう。

日本においてはアーティストが犯罪を犯した場合、それが被害者が存在しないケースの犯罪ものであっても、レーベルにより作品の自主回収や配信停止などの処置がとられることが増えている。そして今回も電気グルーヴが所属するソニー・ミュージックレーベルズはCD、映像商品の出荷停止、CD、映像商品の店頭在庫回収、音源、映像のデジタル配信停止という処置を行うと発表 した。

レーベルはあわせて「ファンの皆様、関係各所の皆様にはご迷惑とご心配をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます」というコメントを発表している。確かに関係していた企業などには迷惑をかける行為であるのは間違いないだろう。貴重なタレントが逮捕により、不在となってしまうのだから。

しかし、電気グルーヴの作品を聴くことで、誰が迷惑を被るのだろうか。「犯罪者の音源なんて聴きたくない」という世間の声があるのだろうか?確かにそういう空気はあるのかもしれないが、元々そういう人間は電気グルーヴの音楽を好き好んで聴いてきたリスナーではないだろうから、無関係であるはずだ。

それよりも電気グルーヴのファンたち、30年間その活動を見守ってきたファンたちにとっては、彼らの作品が聴けなくなることの方が、迷惑をかけることになっているのではないか。

そしてそれはピエール瀧の復帰という点から見てもそうだろう。確かにコカインの使用は日本ではれっきとした犯罪ではあるが、一度逮捕されたからといってアーティスト活動引退に追い込まれるような事態ではない。しかし不寛容さが蔓延している日本においては、一度罪を犯した人間はそのレッテルを貼り続けられることになってしまう。特に違法薬物を使用した人間に対しての報道は過剰ともいえるほどだ。

すでにblock.fmなどの記事 でも紹介されているが、そうした過剰な報道の是正を求めるガイドラインを特別非営利活動法人アスクが作成している。それによれば「依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実」を伝えるべきであり、「依存症の危険性、および回復という道を伝えるため、回復した当事者の発言を紹介すること」とある。ピエール瀧が薬物依存症であるかどうかはわからないが、彼が罪を償ったあとには復帰へのレールが敷かれているべきであり、芸能活動などを停止せざるをえなくなる以上、音源収入は貴重な収入源となるはずだ。その観点からいってもアーティストを今後もマネジメントする立場であるとしたら、レーベルの対応にはやはり疑問が残ると言わざるを得ない。自主回収を行うことはアーティストを守ることではなく、会社という組織を守る論理でしかない。

アメリカと日本のケースを比較して、わかるのは自己と世間、そして法のあり方の違いだろう。アメリカでは自己の責任において、他人の基本的人権を侵害しなければ、こうした罪を犯したとしても、今回のような判断となることは少ない。日本においては一度でも法を犯した者は、無関係の第三者からも謗られ、その所属組織までクレームを浴びることになってしまう。法律自体がはらんでいる恣意性などは判断基準にならず、その時の法律は絶対的な正義として存在してしまう。その中で一度罪を犯した人には世間からの圧倒的な不寛容が待ち受けている。このような社会では誰が得をしているのだろうか、実は世間にいると思っている側にとっても、何も得にならないのは明白だ。一度間違いを犯してしまったら、最後だからだ。日本のこの論理では集団としては守られているかもしれないが、個人としてはいつその中からはじき出されるかわからない。つまり集団の下に個人が従属しているような形になってしまうのだ。その中では、主体であるはずの自分は常に世間という存在するかもわからないぼんやりとした空気をビクビクと感じながら生きなければいけない。それは果たして自由な個人が存在している社会だろうか。(和田哲郎・山本輝洋)

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