【コラム】ラップと新しいエモーションの季節

先日衝撃的な死を遂げたXXXTentacionを筆頭に、現在アメリカのヒップホップシーンの中で大きなカテゴリーとなっている「エモラップ」。「オルタナティブヒップホップ」と呼称されることもあるこのジャンルの特長は、トラップビートとグランジやエモのようなオルタナティブロックに影響されたサウンド、そして内省的かつ鬱屈した心情を吐き出すかのようなリリックである。

元来ヒップホップシーンにおいてはマッチョな価値観が「らしさ」とされることが多く、自らの弱さを見せることをワックと見なす空気で満たされていた。しかし過酷な環境での生活を描写する内容が多いギャングスタラップにおいては、強気でサグな態度からどうしてもこぼれ落ちてしまう弱さを吐露するような内容も時々見られてきたのも事実だ。

90年代前半のイーストコーストを代表するラッパーNotorious B.I.G.がその1stアルバム『Ready to Die』の中の”Suicidal Thoughts”で自らの鬱状態、自殺願望を歌ったことは広く知られている。

サウスではヒューストンのグループGETO BOYSが”Mind Plays Tricks on Me”でストリートで生きている中で精神を蝕まれてしまった男たちを描写している。

2000年代にはEminemやDMXが鬱屈した感情や強迫観念を歌ったことで、ヒップホップにおいてメンタルヘルスについて歌うことは珍しいことではなくなった。

そして、現在のシーンに至るまでの流れを追っていく上で欠かせないのがKanye WestとKid Cudiの存在である。Kanye Westのアルバム『808s & Heartbreak』におけるオートチューンを駆使した殆ど歌に近いラップのスタイル、そして当時の婚約者との破局を内省的に歌い上げたリリックが現在のシーンに与えた影響は計り知れない。

また、Kid Cudiはデビュー当時から自身の抱えるメンタルヘルスの問題をありのままに歌ってきたことで知られ、Travis ScottやLogic、Lil Yachtyなど現在シーンの中心にいるラッパーたちがリスペクトを表明している。

Logicが「Cudiは俺に不安やメンタルについて話すことについて影響を与え、俺を勇気付けてくれた」と語る通り、Kid Cudiが今のようなメンタルについて歌うラップのパイオニアといえるだろう。

KanyeとCudiの登場によって非マッチョ的な精神性や内省的なリリック、そして歌うようなフロウがクールなものであるという価値観の逆転が起こったと言える。2人はヒップホップにおけるマチズモについていくことの出来なかった人々の前に、新たなヒップホップ観を提示してみせたのだ。

ここまでヒップホップにおけるメンタルヘルスへの言及の系譜を駆け足で追ってきたが、もう一つ、今のエモラップのフォーマットを形作ったものにインターネットの存在がある。SoundCloudやBandcampのようなインターネット上のプラットフォームが登場したことによって発展したヒップホップのサブジャンルに「クラウドラップ」があり、その代表とされるMain Attrakionzのプロデュースを手掛けたFriendzoneや、Clams Casinoのようなトラックメーカーたちは従来のヒップホップ的なサンプリングから離れ、J-Popやゲームのサウンドトラック、オルタナティブロックやアンビエントなど多様なジャンルからのサンプリングを用いた。彼らがそのジャンルレスなサウンドを作り出したことで、ナード的なビートメイキングのアプローチを一躍発展させた功績は大きい。彼らは現在のエモラップに連なるサウンドの下地を用意したのだ。

Yung LeanのSad Boysや、Lil Peepを始めとするGOTH BOI CLIQUEのメンバーたちはSoundCloud上で自分たちの音源を発表していくことによって、従来のヒップホップゲームにおけるルールにとらわれることなく自由な音楽性を追求することが出来た。この界隈のラッパーたちの中にはPanic! At The Discoや初期のFall Out Boy、そしてLinkin Parkなどに代表される10代の心の痛みや不安、失恋を歌ったゼロ年代アメリカのロックバンドからの影響を公言する者も多く、オルタナティブロックとヒップホップがクロスオーバーしたようなビートが自然に受け止められるものとなったことも興味深い。

Lil Peepが生前Spotify上で公開していた自身の作ったプレイリスト『Peep Playlist』には、Juicy JやGucci Maneのようなラッパーの曲の他、Sum 41やMy Chemical Romance、Blink 182のようなロックバンドの曲が収録されている。

また、日本のアニメのGIFをアートワークに転用しYouTubeに転載することから始まり、次第にレーベルのような役割を果たすまでに発展したデーモンastariのようなYouTubeチャンネルの役割も大きい(このようなインターネット上でのヒットの過程にはVaporwaveやローファイヒップホップのようなインターネット音楽カルチャーの影響が見られる)。このようなネット上のアンダーグラウンドシーンからXXXTentacionやJuice WRLD、Lil Skiesなど現在のシーンを代表するようなアーティストが生まれているため、このようなYouTubeチャンネルはアンダーグラウンドのラッパーにとってまさしく登竜門といえるだろう。

XXXTentacionのようなフロリダの公営団地という過酷な環境で育ち、投獄を経て音楽でその名を上げたラッパーと、Lil Peepのような裕福な家庭で育ちながらも学校からドロップアウトし、ベッドルームで一人ラップを録音していたようなナードなラッパーが同一ジャンルに属し、同じくオルタナティブロックに強く影響された音楽を作っていたということからも、出自の差など関係なく普遍的な心の痛みを抱えている者たちがインターネット上の同じプラットフォームを用いて表現を行える時代になったという事実がこのジャンルの発展に大きく帰依していることは間違いない。
ヒップホップゲームの場がインターネットに以降したことによってラッパーのヒットの条件がその音楽のクオリティから「バズ」に変化し、SoundCloudラッパーたちはみな一様に顔にタトゥーを入れ、リーンやザナックスといったドラッグを使用する様をネットを通じて全世界に見せびらかすようになった。新進気鋭のラッパーであるYBN NahmirがSoundCloudラッパーたちを「ジャンキーの奇人」と批判したことも話題となったが、エモラップの隆盛をそのようなシーンの発展と切り離して語ることは出来ない。

リーンやザナックスはリリックのモチーフとして頻繁に登場し、今までのポップミュージックの歴史の中で幾度も繰り返されてきた通り、それらをファッション感覚で消費する行為は現在アメリカ中で蔓延している。
しかしそのような現状を単なる「若者の奇行」や「倫理観の崩壊」と切り捨てることはいささか安易である。その背景にはドラッグの使用でしか紛らわせない精神的な苦痛が多くの若者の心を蝕んでいるという事実があり、現在の10代から20代を指すジェネレーションZを対象とした調査では、彼らの70%以上が自らの将来や社会情勢に対して不安を抱え、悲観的であるという結果が出ている。

エモラップはリーンやザナックスのようなドラッグと共に、あるいはそれらの代わりに、人々の不安や鬱状態を緩和するサウンドトラックとしての機能を果たしているとも言える。
学校に居場所が無く、いつもたった一人でランチを食べている者。心から信頼していた恋人に裏切られ、捨てられた者。育ってきた街や家庭環境によって道を踏み外してしまった者。彼らの不安や苦痛の叫びに、ハイハットとサブベースは平等な居場所を与えてくれる。エモラップと呼ばれるようになったその音楽は、今日も誰かの耳元で鳴り響いているのだ。(山本輝洋)

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