【インタビュー】Yin and Yang | 俺たちに味があるのは“いなか”にいるから

1970年代のニューヨークで「都市の音楽」として誕生したヒップホップカルチャーは、いまや世界各地でローカルを盛り上げる手段へと変貌を遂げている。

Yin and Yang(イン・アンド・ヤン)は、栃木県を拠点に活動する3MCのヒップホップグループだ。2021年にシングル"Take Off"のMVでタイトなラップを見せつけてヒップホップゲームにエントリーしたあと、翌2022年には独特のフロウと多彩なトラックを詰め込んだ1stアルバム『いなかもん』をリリースして注目を集めている。

とはいえデビューとコロナ禍が重なったことなども手伝って、その実力に対して評価が追いついていないのが実状だ。いま彼らは何を思っているのだろうか。そんなことを考えながらインタビューを依頼すると、しばらくして「地元で話したい」との返信があった。

地元である栃木県真岡市は、およそ人口7万7000人。栃木県の南東部、関東平野の北のはずれに位置し、新宿からは電車で2時間半の道のりだ。宇都宮や水戸といった近隣都市への公共交通機関によるアクセスも「便利」とは言い難い。ロードサイドに商業施設はまばらで、取材時にコンビニを発見するまでにひと苦労したことが印象に残っている。オンラインではなく対面でのインタビューを提案した彼らは、この風景を我々に見せたかったのかもしれない。

Yin and Yangは、なぜ地元にとどまって活動しているのだろう。また地元で暮らすことは、彼らの音楽にどの様な影響を与えているのだろうか。四方を田園風景に囲まれ、燦々と日差しが差し込む彼らのスタジオに足を運び、詳しく話を聞いた。

取材・構成 : 吉田大

撮影 : 雨宮透貴

- 自己紹介をお願いします。

NAZAL(以下「N」)- NAZAL(ナザール)です。 栃木県の真岡市出身で在住です。今年26歳です。 Yin And Yangは、自分とLil Meshi91とPOOLの3人でやってるグループです。

Lil  Meshi91 - Lil  Meshi91(リル・メシクイ)です。自分も26歳で、 生まれも育ちも真岡市です。

POOL - POOL(プール)です。真岡出身で、歳も一緒すね。

9288 - 9288(クニハハ)です。自分はYin And Yangの元メンバーで、今はソロ・アーティストとして動いてます。

Nazal

Lil  Meshi91
Pool
9288

- ヒップホップとの出会いを教えてください。

 P - 自分は歳の離れた姉の影響でヒップホップとは知らずにOZROSAURUSを聴いたのが最初かな。

N - 自分は『8マイル』を観て、そこから日本のラッパーも聴くようになりました。 そのあと高校生ラップ選手権を見てどっぷりハマっていった感じです。

L - 高校生の時に周りからの影響で耳に入ってきた感じでした。先輩が AK-69とかANARCHYを聴いてたりし たので。がっつりハマって「自分でもやりたい」と思ったのは 20 歳を超えてからです。ANARCHYの曲を聞いた時は鳥肌が立ちましたね。「ヒップホップ すげえ!俺もやりてえ!」って思いました。

9 - 俺はいろんなヒップホップを聴く中で「これは自分の弱さや痛みを出せる音楽だな」って思ったんです。 しかも、それをかっこよく見せられるよなって。

- クルー結成の経緯を教えてください。

N - 自分たちはみんな真岡出身なんですけど、Lil Meshi91とPoolと9288は幼馴染。三人は真岡の南方面の (旧二宮町) 生まれで俺は宇都宮寄りの生まれ。仲良くなったのも20歳過ぎてからです。

L - 逆に、 俺とPoolは保育園から高校まで同じ。一緒にいすぎて、もう喋ることが何もないくらい(笑)

P - Yin And Yangのメンバーは、俺たちが「Dust Box」って呼んでる溜まり場で知り合ったんです。『いなかもん』のジャケットに写ってるコンテナで、今はもうないんですけどね。

N - とにかく色んなガラクタが散らばってて「ゴミ箱みてえだな」って話してたんです。それが「Dust Box」って名前の由来。真岡のあちこちから、音楽をやってるヤツ、写真や洋服をやってる連中が集まって遊 んでました。

- 地元のイケてるヤツらのサロンみたいな感じですね。

N - その中から「ラップをやろう」ってなったのが自分たち4人。あの場所がなかったら、いま真岡で仲良くしてる皆が集まることはなかったし、俺たちもラップを始めてなかった。だから本当にルーツですよね。

P - 音楽を始めたのも、知り合った直後だったね。2018年くらいだから21歳くらい。最初は遊びでフリースタイルをやっていて、 その延長線で曲を作るようになった。

N - 最初はLil Meshi91がiPhoneのボイスメモに録音したラップを聞かせてくれて。その時に思ったんですよ。「コイツですら出来るなら俺だって」って(笑)

一同 - ダハハハハハハ(笑)

N - Meshi91は、そう思われてもしょうがない。私生活がヤバい奴なんです。 まず忘れ物とか落とし物が異常に多い。

L - めちゃくちゃ飲んで、気分良く酔っ払って。そうすると次の日に財布が消えてることが多いす。 最近も2週連続で落としたところです(得意気に)

P - 今もカードとか全部止めてる状態なのに、この笑顔...。あと異常に食い意地が張ってて「一口頂戴」が口癖なんです。そして絶対に一口では終わらない。 袋のグミを渡すと全部食ったりしますからね。

N - 酒癖も超悪くて、 仲間に対してイキるし、ゲロはぶっかけてくるし、それを 注意するとふてくされるし、私生活でムカつかされる出来事は多々あります。(Lil Meshi91に向かって)お前にラップがなかったら、とっくに見放してるよ!

L - それはちょっと嬉しい言葉でもある(笑)

- 地元栃木県真岡市について教えてください

S - 間違いなく「いなか」なんですけど、本当に何もない山奥って感じではないんですよね。

P - 最初に言っとくと、真岡って、栃木県内で印象が良くない町とされてるんですよ (笑)。 昔っぽい空気が漂ってて「学校出たらサラリーマンになるのが普通でしょ」みたいな考え方に疑問を持たない人が多い。俺たちはタトゥーを入れてたりするけど、絶対良く思われてないでしょうね。まあ周りの目なんて気にしてないですけど。

N - これは俺のイメージですけど、上の世代に「田舎のヤンキー」みたいな感じの人がめちゃくちゃ多い。 あと町の中心部にはお店があったりもするんだけど、正直言って活気がある街とは言えない。 俺の知る限り、クラブとかミュージック・バーの類があったことは一度もないです。一軒だけエンジニアさんがいるスタジオがあって、そこでレコーディングはできるんですけどね。

P - 少なくとも音楽とかカルチャーをやる上で「環境がいい」とは言えないよね。どこにも遊ぶ場所がない。だから21ぐらいの時からDust Boxにたまり始めたんです。今は"Roll Up"のMVにも出てくる「COOP(コーポ)」って店にいることが多いかな。Dust Boxにいた奴がやってる、古民家を改装した洋服屋なんですよ。 

- 「DUST BOX」のヴァイブを受け継ぐ、良いスポットになっているようですね

COOPの店舗前

N - 真岡には、まだまだカルチャーが根付いてないし、ヒップホップを聴く人も少ない。 自分たちより前にヒップホップをやってた人も多分いない。だから地元の誰かに影響されるって事が全然なかったですね。 なんでも自分たちで作って、自分たちでイケてるって判断して。ただそれだけでやってきた。 この何もない町に最初にカルチャーを根付かせるのは自分たちだって思ってます。

L - 何もない場所だけど、だからこそ自分たちのスタイルを自由に作れる、とも言える。

- リリックの書き方について聞きたいです。個人で書いて見せあっている?

N - 基本的に気に入ったタイプビートを見つけたら買って、共有して、書ける人から書いていく形ですね。

P - そろそろ感覚の合う、良いプロデューサーと出会いたいって気持ちもあるんですけどね。

- リリックの内容に注文を付けあったりはしてますか?

N - やっぱり自分では気付けないことってありますから、 お互いに遠慮なく言い合ってますね。「フックの前の小節はケツを変えた方がいい」とか。あとは声の出し方とかフローについても、皆でレコーディングしたものを聞き比べて、何がベストかを判断してます。

P - 今日もそうだけど、常に言いたいことは言い合ってる。

N - 曲を作ってる時も「かっこよくない」と感じたらハッキリ言うし、 提案もガンガンしてます。言い過ぎて、雰囲気が悪くなることも多々ありますけどね(笑)

L - そして、主に俺がふてくされてる(笑)。 でも最終的には納得するんですけどね。皆のことは信用してるし、そもそも僕たちは良い作品を作りたくてヒップホップをやってるわけですから。

- 2021年リリースの1stシングル"FALL OUT"は哀愁もありつつクールな感じで良かったけど、"Roll Up"では「いつもより綺麗に見えた田舎町に愛」(Lil Meshi)と地元への愛が滲み始めています。

P - "FALL OUT"は、まだ本格的に音楽的な動きをしていなかった頃、本当に初期にできた曲なんですよ。

N - その時にあった最高のバースを組み合わせて作った曲ですね。出すまでは、自分たちの曲が世の中にどう受け止められるか不安に感じていた部分もあった。でも出してみたら「カッコイイ」って感想をもらうことができたんです。そこは素直に嬉しかったですね。ただ、あの曲は「こういう風に“なりたい”」って気持ち先行で作っていたところがある。要するに自分たちのスタイルを確立できてなかったんですね。 真岡って町は、決して"Fall Out"みたいにギラギラした町ではなく、もっと「モヤッ」としている。 この町でヒップホップをやるからには、この町にある独特の空気を出さなきゃいけないと思ってます。

- その「モヤッ」とした感じが明確に出てきたのがアルバムのリード曲"いなかもん"ですよね。リリックはもちろん、フロウやビートも含めて、自分たちがいる環境をありのままに受け入れてる感じがしました。

N - 俺が一時的に水戸に引っ越すタイミングがあって、その時に作った曲なんです。これから真岡を離れるけど、ずっと変わらないでいようって思いを込めてます。地元で生まれ育って染み付いたものを大事にして 行こうっていう感覚ですね。

L - ビートにしろフロウにしろ「和な感じがある」って言われるんですけど、考えてやってるわけではない。 多分、真岡で生まれ育った僕らに刷り込まれているものなんですよね。 

- これからも真岡で音楽を続けますか?

N - やっぱり真岡を盛り上げたいという気持ちはありますからね。まずはヒップホップ好きな人たちが遊びに来てくれる街にしたい。今はまだ全然達成できてないですけどね。

L - 達成度は0.01%とかだよね

- とはいえDUSTBOXからは、Yin And YangとCOOPが生まれています。

N - ですね。地元でも"いなかもん"を聞いて「かっこいい」って言ってくれる人も増えてきている。少しずつ人に知られるようにはなってきてるんで「栃木県の中では真岡が熱い」ってところを見せていきたいです。

P - まずはYin And Yangってヒップホップアーティストがいる町って印象をつけたいですね。

- 今は明らかに評価が追いついてない状況だと思うのですが、どう受け止めていますか?

N - 今は リリースやライブをたくさんしているわけではないんで、評価されてなくて当然です。 でも出してる曲を聴いてさえもらえれば、クオリティが高いことはわかってもらえると思う。ライブだって、他のアーティストには絶対に負けないっていう気持ちでやってます。自分たちはヤバい奴らだって自負はあります。それは常に。

9 - 今もみんな1日中リリックを考えてる。ほぼ毎日スタジオに集まって、誰かしらレコーディングをしてますね。

N - やっぱり他のメンバーがかっこいいラップを作ってくると「俺もヤバいのを作らなきゃ」ってなる。 その繰り返しですね。ラップを始めるきっかけからして、そこなんですよ。 多分みんなそう。 仲間だけど、同時にライバルでもある。 

P - 自分が気持ちが落ちてた場面を振り返ってみると、曲が作れてない時なんです。 だから最近はとにかく曲を少しでも作ることを心がけてます。曲を作ること自体が、曲作りのモチベーションに繋がってるところがある。

L - 俺は、よく飯を食って、ちゃんと筋トレをすることかな(笑)。自分の状態をちゃんと安定させておかないとモチベーションもクソもないですから。 寝不足でジャンクフードばっか食って運動もしてなかったら、ネガティブになる一方じゃないですか?

- 楽曲作りで大切にしていることを教えてください。

N - リリックに関しては、さっきも言ったけど、誰も言えないことを書くこと。そこは言い回しも含めて。あと自分は俺以外の3人は普通に歌が得意で、カラオケとかも上手い。でも自分は音痴だから歌えない。だからこそ妥協せずに突き詰めて書いていきたいなって思ってます。

L - 俺は昔から「言葉」が苦手で、国語の成績も良くなかったんです。だから言葉の引き出しもめちゃくちゃ少なくて、よく周りに「何が言いたいか分からん」って言われてます。最初にラップを書いた時も、自分では「キマったわ〜」って思ってたんですけど、いざ周りに聴かせてみると「どういう意味?」って(笑)。そういうキャラも含めて自分らしさだとは思ってるんですけど、その上で相手にも伝わりやすくするように書いてます。自分の世界は守りつつ、周りの意見も聞いて。

9 - メロディを重視してますね。僕の音楽のルーツって中高時代に聞いていたポップスなんですよ。例えばEXILEとか清水翔太だった。自分の中で、平成っぽいと言うか、親しみやすさ、懐かしさがあるメロディを大切にしてますね。

P - とにかく自分の気持ちに正直に。その時々の気持ちをリリックにこめていく感覚ですね。あと当たり前ですけど、自分たちの周りで起きた出来事について書いてます。自分のソロEP に入っている"トラブル"って曲はLil Meshi91がパクられそうになった時の話だったりします

N - 身内のニュースとか自分たちにとってタイムリーなことを書いてる。それがオリジナリティに繋がってるんだと思ってます。

L - そうやって曲を書いてれば、誰かに似てしまうこともない。俺たちの場合、真岡にいることがオリジナリティに繋がってるんだと思います。 僕たちは「いなか」でラップしてるからこそ、今の味を出せてる。 もし都会に出たら、都会のラッパーと似たり寄ったりのラップをするようになってしまうかもしれないですよね。 だから真岡に住み続けるのは、ある意味で自分たちのスタイルを守るためなのかもしれないですよね。

N - 実際、俺が水戸に引っ越してた時期は(グループが)噛み合わなくなっちゃったもんな。

L - 確かに。普通に寂しかったってのもあった。あと真岡に住み続けるのは...大好きな家族や仲間がいる町だからですかね(笑)

- "いなかもん"のフックに出てくる「ママの煮卵」も食べられる。

N - あれはうちの母ちゃんが作った煮卵なんです。昨日も食ったところです(笑)

- 最後に今後の展望を教えてください

N - 1月に、NAZALとPoolで共作のEPを出します。MESHI91も曲をストックしてます。9288はアルバムがもう少しで完成します。 今年はたくさん曲をリリースしていろんな街でライブをしたいと思います。 とにかくたくさんの人に知ってもらいたいんで。 今は各々がソロでライブをやってるんですけど、だいたい月2ぐらいなんですよ。自分たちでライブを企画して、毎週ぐらいのペースでやっていきたいですよね。

L - そろそろ腹減ったし 終わりにしていくべー。

Info

NAZAL & Pool - Set up

https://linkco.re/MCcdE6r3

RELATED

【インタビュー】5lack 『report』| やるべき事は自分で決める

5lackが今月6曲入りの新作『report』をリリースした。

【インタビュー】BES 『WILL OF STEEL』| 初期衝動を忘れずに

SCARSやSWANKY SWIPEのメンバーとしても知られ、常にアクティヴにヒップホップと向き合い、コンスタントに作品をリリースしてきたレジェンドラッパー、BES。

【インタビュー】CreativeDrugStore 『Wisteria』| 11年目の前哨戦

BIM、in-d、VaVa、JUBEEのMC4名、そしてDJ/プロデューサーのdoooo、ビデオディレクターのHeiyuuからなるクルー、CreativeDrugStore(以下、CDS)による、結成11周年にして初となる1stアルバム『Wisteria』がついに発表された。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。