【インタビュー】Jnr Choi | 音楽は進化しなくちゃいけない

まず、昨年の(ここではUKラップ、グライム、UKドリルなど包括的な意味合いでの)UKラップシーンを少しばかり振り返ってみよう。長年シーンを牽引してきたStormzyはオセア島に自身を半ば隔離し、歌心と信仰に満ちた3rd『This Is What I Mean』を作り上げ、前作『Sometimes I Might Be Introvert』でその評価を確かなものにしたLittle Simzは鋭い怒りのこもった新作『No Thank You』を年末に発表し様々なメディアの年間ベストアルバムのリストに滑り込んだ。さらに若手筆頭とも言えるAitchがAshanti“Rock Wit U (Awww Baby)”をサンプリングした“Baby”やStone Roses“Fools Gold”をサンプリングした“1989”などを含む待望のデビューアルバム『Close To Home』をリリース。他にもNovelistによるGファンクなEP『4 THA HOMIEZ』、Knucksのストーリーテリングが光るアルバム『ALPHA PLACE』、Snap Capone『Black Summer』やRimzee『Cold Feet』といった哀愁を帯びたリアリティラップのミックステープなど、2022年も豊作と呼べる一年であった。

また、普段からGRM DailyやMixtape Madnessなどのメディアをチェックしている方については既知のことと思うがアンダーグラウンド、とりわけドリルシーンは依然として活況を呈しており、幾人かのスターを輩出。例えば、リヴァプール出身のHAZEYはTikTokを経由して独特の訛りと中性的な声質をパーカッシブなビートに乗せ、シーンが膨れ上がるにつれて失っていたように見えるサウンド面での緊張感を劇的に取り戻した存在と言えるだろう。ちなみに彼のヒット曲“Packs and Potions"などを手がけているSphero BeatzはC.O.S.A.“POP KILLERS feat. ralph”にもビートを提供している。

なお、このあと紹介するアーティストに「UKドリルのシーンでは毎週のように新人が現れますけど......」と言うと「そうだね! いや、毎日だよ(笑)」と訂正されてしまうくらいシーンは盛り上がっているので、ここまでに書いた作品やアーティストについてはあくまでそのほんの一部だと受け取っていただけると幸いだ。

さて、前置きが長くなったが本稿の主役はそんな星々の輝くシーンでも一際きらめく新星である。月へと向かうその星の名はJnr Choi。BurberryやGivenchyといった著名ブランドとも仕事をしてきたモデルであり、ラッパーでありシンガー。例に漏れずTikTokを経由してヴァイラルとなった“TO THE MOON”はBruno Mars“Talking To The Moon”をブライトンのシンガーであるSam Tompkinsがカヴァーしたものをサンプリングしており、クリアランスの関係で一時的に配信は停止されていたものの、Spotifyではすでに2億回以上の再生数を記録。リリースは2021年だったが、昨年Pop Smoke亡き後ブルックリンドリルのキングとなったFivio Foreign、アトランタのGunnaなどによるリミックス・ヴァージョンもリリース。アメリカの巨大なマーケットに大きな回路を開いたという意味でも彼にとって2022年はビッグイヤーであっただろう。ルーツにガンビアがあり、モデルとミュージシャンという二足の草鞋を履いて、TikTokを通じてブレイクしビッグネームと共作するという経歴。あるいは暴力や犯罪と切っても切れない関係にあるドリルシーンのすぐそばにいながら慎重に距離を取る姿勢などをとってみてもJnr Choiは独自の存在感を放っている。

今回はSAINt JHNと共にツアーを回り、脂の乗ったタイミングで来日ツアーへとやってきたJnr Choiのインタビューをお届けする。ヒット以降、極めて多忙な日々を送る彼はカウチでくつろぎながらも、至って冷静に、言葉を選びながら取材に応じてくれた。

取材・構成 : 高久大輝

撮影 : 横山純

 - ヒップホップやレゲエ、R&Bなどさまざまな要素が混じったあなたの音楽は非常に独創的だと思います。まずはそれをどのように生み出しているのか教えてください。

Jnr Choi - 自分の曲作りのやり方は他の人と全く違うからユニークなものを作れていると思う。歌詞を書き始める前にまずメロディを考えて、メロディからどういう気持ちになるか、そこからエネルギーをもらう。それからビートを聴き、その段階で自分の内側から曲の原型のようなものが発信されていくんだよね。自分の内側から出てくるものだからこそ計画的にやっているものじゃない。それが他の人と違っていると思う。そういう意味で曲作りは自分にとってすごくスピリチュアルなこと。でも自分の内側を模索していく作業は決して簡単なわけじゃなくて。

ラッパーの中ではある程度「こういうときはこういうパターン」というルーティーンが出来上がってしまっているところがあると思うんだけど、内面から作っているとそういうパターンに頼れない。そこからユニークさは生まれているんじゃないかな。たとえば1曲作っている間にも3つくらいの全く違ったジャンルに入っていったりしていて、まず最初にトラップから始めるとそのバイヴからもっと違ったものに入っていこうかとなったりする。違ったジャンルに入っていくことで、ダイナミクスが生まれたり、気分が変わっていったりする。あとジャンルに合わせて歌詞の内容が変わっていく部分もあって、それがある意味自分にとって台本のようなものになっているのかもしれないね。アフロビートを聴いているとどちらかといえば恋愛関係、クラブで出会った女性のことやドレスを着た女性のイメージが湧いて、トラップからはどちらかというとエネルギーを感じるというか、「ほら、俺の今日のファッションどうだ?」「やっちゃうぞ!」みたいな気分になったりね(笑)。

 - あなたの音楽にはあなたのルーツであるガンビアからの影響があると思います。あなたはどのような音楽から影響を受けてきたのでしょうか?(※いくつかの海外の記事ではガンビア出身とあるが彼はガンビアで生まれたわけではないとのこと)

Jnr Choi - 特定のアーティストというよりガンビアに行ったときの経験そのものが自分の音楽に影響を与えているんだ。ガンビアは自分が今まで行った国の中で最も気持ちが落ち着く平和な場所で、行くたびに気持ちが落ち着くというか、多忙な日々を送っていると一瞬一瞬がすぐに過ぎ去ってしまって、あまり考える時間がないんだけど、ガンビアに行くとそれまでの日々をゆっくりと振り返る時間が生まれる。要は今までの経験を曲に綴ることができるんです。あとはガンビアの音楽は特に西洋の国では使われない楽器や、ヴォーカルスタイルがあって、それがあまりにもオリジナルで、他の要素が付け入る隙がない。普通はどこの国に行ってもヒップホップの要素やポップスの要素はその国の音楽に入ってくるんだけどね。ガンビアの音楽っていうのは、歌い方でも鳥のさえずりのような歌い方をしたり、テンポも独特で、コラという楽器もその地域オリジナルなものだし、歌うことに対してもすごく情熱を持っているからものすごくインスピレーションを刺激してくれるんだよ。アーティストについては自分でもリサーチしていて、最近Attackを知ることができた。彼は西洋の音楽と母国のサウンドの美しいハイブリッドを生み出している。基本は母国語で歌う中で、時々英語が混じるんだけど、使っている言葉がガンビア独特のもので、その地域で生まれ育っていないと理解できない喩えや言葉だったりするんです。ドリルドラムだったりコラやアフリカのドラムが入ってきたり、ミックスの仕方も含めてあまりにもクール。そういうところからもすごく影響を受ける。(Attack "Bomb”のMVを見せてくれながら)ヒップホップの要素とアフリカの要素が感じられるよね。今年の夏用の音楽はもう出来上がっているから、来年ガンビアから受けた影響がこれまで以上に入ってくるかな。

 - Fivio ForeignやGunnaとのコラボレーションも含め、2022年はあなたのキャリアの中で大きな転換期を迎えた一年だったのではないでしょうか。ポジティブな意味で昨年もっとも印象に残っている出来事は何ですか?

Jnr Choi - やっぱり成功がどういうことをもたらすのかというのを実際にみることができたのが大きかった。仕事をして、仕事をし続けて、それがどういうことに発展するのかというのは誰でも見えるんですけど、それを実際に得ることができた。どれだけの影響を与えているのかを肌で感じられるのが大きくて、どこにいても写真を撮られたり、名前を知ってくれていたり、日本でもみんなが声をかけてくれたり、そういうことは自分にとってすごくクレイジー。それが今までで一番大きな出来事かな。あと家族の面倒が見られるというのも自分にとっては大きなこと。

 - ヴァイラルとなった"TO THE MOON"がアフロドリルと呼ばれたりしていますが、あなたはドリルミュージックのカルチャー、つまりストリートやギャングスタ、暴力、犯罪といった要素からは距離を置いています。実際にあなたが育った場所ではそういったカルチャーが近くにあったと思うのですが、あなたがその影響を受けなかった理由は何でしょうか?

Jnr Choi - 子どものころ引越しが多かったというのもあるかもしれない。もちろんそういった影響源から遠くはないところに住んでいたけどね。ロンドンに住んでいてそういった影響が近づいてくるタイミングでエセックスに引っ越して、エセックスに住んでいたときもそういった影響が近づいてくるタイミングで、自分はモデル業を始めていました。周りの人がそういった生活に入り込んでいっている間に自分はパリにいることができたり、そういう意味ではラッキーだったかな。モデル業も音楽に影響を与えてくれて、その仕事を始めることで美しいものや高級な品を目にすることが多くなったり、美しい国に行ったり、美しい女性を見たりすることで、地元の人たちと全く違った視点が生まれたんだ。

 - 運もあったかもしれませんが、あなた自身が意識的にも無意識的にも遠のこうとしたことはありませんか?

Jnr Choi - 大勢でつるんでいるのが好きじゃないんです、自分自身の世界があるので。ときどきなんで自分はこんなに他の人と違うんだろうと思って鏡を見たりするけど、今になってその理由がわかった気がする。やっぱり神様がちょっと違う道を与えてくれたんだなって。

 - UKドリルシーンの近年の盛り上がりは日本にも届いています。ドリルのシーンに近く、なおかつ俯瞰しているあなたの視点からその盛り上がりはどのように見えていますか?

Jnr Choi - 良くも悪くもあると思っていて。音楽を作ることで自分の表現をすることもできるし、さまざまな悪事から身を引くこともできるというところはすごく良いと思う。でも暴力や犯罪に溢れた状況から抜け出したにも関わらず、そういった生活や環境について曲を作り、そのクソみたいな状況を広げ続けているところもあるよね。せっかく抜け出したにも関わらず、結局そういう状況に身を置いている。抜け出したのなら周りの人に虚勢を張る必要はないはずなのに、キッズに向けて良くない状況を広めていたり。本当なら良い意味でみんなの人生を変えられるかもしれないのに別の意味で人生を変えてしまっている。結局ビジネスなんだよね。でもミュージシャンとしてのビジネスだったら自分に良い方向に投資すべきなのに、人によっては間違ったアプローチをとってしまっているんじゃないかなと思っていて。本来ならば表現することで得られるインスピレーションによって成長できるのに、その機会を自ら手放しているように見えてしまう。良い答えかわからないけど、本当にそう思ってる。

 - 歌詞の内容はまちまちですが、日本でもドリルビートを用いたラップソングが最近とても多くなっています。日本人がドリルミュージックを作ることについてどう思いますか?

Jnr Choi - それはすごく良いことだと思う。音楽ってジャンルごとに決まっていて、そのオリジナルの人たちしかやっちゃいけないという考え方があるけど、そんなことはないと思う。音楽っていうのは進化しなくちゃいけない。進化し続けることは良いことですから。

 - あなたの音楽が世界中で聴かれるきっかけのひとつにTikTokでのヴァイラルヒットがあったように、TikTokは多くのインディペンデントで活動するアーティストに成功のきっかけを与えているプラットフォームですが、TikTokをはじめとするSNSがアーティストに与える影響が決して良いものばかりでないことはご存知だと思います。あなたの思うSNSの良い面と悪い面について教えてください。また、あなたがSNSを利用する上で気をつけているポイントなどあれば知りたいです。

Jnr Choi - 良い面は多くの人に認識してもらえるきっかけになるので、コミュニケーションツールとしては素晴らしいんじゃないかな。最近InstagramはDMでしか使っていないけど、SNSはインスピレーションをもらえる場所でもあると思っていて。はじめはTumblrから使い始めたんだけどTumblrを見ることで世界への目が開かれた部分もあります。悪い面は情報過多になってしまうことで、それによって麻痺しているような感覚になる。例えば自然災害や誰かが亡くなったりするニュースがあって、そういう投稿がSNSにあったとしても「ふーん」と思ってそのままスクロールしたり、無関心になっているなと。あとは誰もがスターになりたがっているということ。それ自体は悪いことじゃないけどスターになるための過程が若干おかしくなっているというか、1対1の人間同士としての交流ではなく、フォロワーが何万人いるかとか、そういうことばかり気にする世界になってしまっているのは変だと思う。

自分がSNSを使うときに気をつけているのは、例えばInstagramであればその一瞬一瞬を投稿していこうと思っていて。「いま日本にいるよ」とか「シドニーにいるよ」とか、自分のInstagramを見てもらうと思い出のフォトブックような感じで、それを見てもらうことでこういう生活をしているんだというのがわかるようにしていて。TikTokも今は割と心地よく使っているけど最初は「やった方が良い」と言われていても「え、踊らなきゃいけないの?」という感じで、見てもらうためにみんなを追うような感覚があまり心地良くなかったかな。最近は内容が変わってきて面白いなと思って見ているけど、それも良し悪しで、時間だけが過ぎていってしまうこともあるからね。インスピレーションを得るために使っているところもあって、ライフスタイルやラグジュアリー的なヴァイブスをね......あまりこういうことは良くないっていう人もいるかもしれないけど、自慢している感じでなければいいんじゃないかなと。あと良いことはキッズの編集スキルがものすごく上達したこと。自分も15歳くらいのときに自分のYouTubeチャンネルのページをデザインしたりするためにグラフィックアートやビデオの編集というのを勉強して自分でちゃちゃっとやっていたりしたんですけど、今のキッズはTikTokの本当に短い瞬間を作るために、物凄い編集スキルを身につけていて、しかもその自覚なしで自然とそのスキルが身についているところがすごく良いなって。

 - なるほど。最後にあなたが長期的に目指しているアーティスト像について教えてください。頂いた時間も迫っているのでできるだけ簡潔だと助かります(笑)。

Jnr Choi - スタイルはA$AP Rocky、アーティストのブランド力的にはTravis Scott、ビジネス的にはKanye Westで、帝国を築いたって意味ではJay Z(笑)。

Info

2022年アメリカTikTokトラック・ランキング1位!

Jnr Choi

「To The Moon feat. Sam Tompkins」

配信中

https://lnk.to/JCToTheMoonFN

公式HP:https://www.sonymusic.co.jp/artist/jnrchoi/

Instagram:https://www.instagram.com/jnrchoi/

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