月間ベストアルバム:2021年2月編
毎月リリースされるアルバム、EPの中から重要作をピックアップする連載企画『月間ベストアルバム』。
前月の最終週からその月の第3金曜日にまでにリリースされた作品を対象に、ライター陣が選出した重要作のレビューをお届けする。参加するライターはDouble Clapperzのメンバーでもあり、UKのラップやダンスミュージックに精通する米澤慎太朗、FNMNLにて先月まで連載『R&B Monthly』を担当していた島岡奈央、ロックからラップまで現行のポップミュージックを幅広くキャッチする吉田ボブ、FNMNL編集部の山本輝洋。
2月編となる今回は、Fredo、Ghetts、JPEGMAFIA、Nicola Cruz、崎山蒼志、Puma Blue、slowthaiのアルバムをピックアップ。なお掲載順序はアーティスト名のA〜Z順に従っている。
Fredo - Money Can’t Buy Happiness
ロンドンのギャングスタ・ラップシーンでは、ロンドンの「どこ」出身であるかが非常に重要である。その理由は、「郵便番号抗争」(Postcode War) と呼ばれるように、ロンドンのエリアをめぐるギャング同士の争いがあるからだ。抗争はギャング同士の暴力沙汰が多く、犯罪の温床と看做されることもある。地元警察はその対策として、UKラップのMVをYouTubeから消すように命令することさえある。その一方で抗争=競争がラッパーのクリエイティビティを開花させることもあるのだ。
北ロンドン、クイーンズパークを拠点とするギャング「Harrow Road Boyz」のメンバーであるFredoは、敵ギャングのラップを聞いて、「あいつらのラップは本物じゃない」と感じて自分自身もラップを始めるようになったという。これまでミックステープ2枚、スタジオアルバム1枚をリリース、Daveとのシングル“Funky Friday”のMVは現時点で7,000万回近く再生されるなど、確かなスキルで着実にヒットを重ねている。本作は2枚目のスタジオアルバムである。
Fredoは淡々と言葉を置くようなフロー、ギャングスタ固有のスラング、ギミックに富んだリリックが持ち味だ。Daveをフィーチャーした“Money Talks”はヒット曲“Funky Friday”のパート2的な内容で、「お金がものをいう」という言葉のレトリックを手がかりに、ヘイターに対する皮肉を込めながら交互に意味をつなぎ合わせていく。特にこのFredoのバースはダブルミーニングやギミックが張り巡らされており、歌詞解説サイト「Genius」には全てのラインに対して解説が付いている。“I Miss”では、Missという言葉の2つの意味、「懐かしい」と「逃す」をテーマに組み立ていく。このように比喩や言葉遊びを使いながら繋げていく巧みさには毎回唸らされる。リリックの巧みさにおいて、FredoはGiggsやDig DatといったアーティストとともにUKラップシーンのトップを走っている。
フィーチャリング曲では新鮮な化学反応を起こしている。“Burner on Deck”はYoung Adz、故Pop Smokeを迎え、三者三様のスタイルで同じラインを歌いあげることで、それぞれのユニークさも際立つ。Summer Walkerを迎えた“Ready”は男女のポジションを反映したポップなデュエット曲で、楽曲のキャラクターの幅を広げている。
ラストソング“What Can I Say”ではギャングスタ・ライフの中で失った2人のメンバーBilly da Kid、Muscle Gottiに追悼を捧げながら、決してギャングスタの生き方は否定しない。流行のドリルではなく、ギャングスタラップのクラシックなビートスタイルに、彼のトラップ・ライフの生き様と哲学を反映した快作だ。(米澤慎太朗)
金、ドラッグ、女。ギャング出身のラッパーがしばしばリリックの題材に使う3つのテーマだ。だが、かつてドラッグディーラーだったラッパーのFredoはどれも空虚で表面的だと知っている。彼のソフォモアアルバム『Money Can’t Buy Happiness』は、ウェストロンドン出身の27歳がストリートで培った哲学と巧みなリリシズムが詰まった作品だ。一見冷酷に見える成功者は、より内省的な思いを包み隠さず言葉にしている。
2017年にデビューミックステープ『Get Rich Or Get Recalled』をリリースして以来、コンスタントに毎年アルバムを出し続けたFredoは、今UKシーンで最もプロップスを得たラッパーの内の1人である。以前から彼と共作してきたマーキュリー受賞者のDaveがプロダクションを担い、作品の高精度から見てデュオの相性は抜群だ。サウンドはUSヒップホップに強く影響を受けたようで、彼の多芸性と柔軟性を作品は写し出す。
幸せと金についてアウトロが語る“Biggest Mistake”で彼は幼少期のストラグルを吐き出し、“Back to Basics”ではハスリングで生活をしていた日々を回想する(Fredoは刑務所でDaveの兄弟に出会ったとも話している)。「俺を軽視してみろ、ハンドガンで襲うぞ/Amazon Primeみたいに早く襲撃する」とプレイフルにライムするのは“Money Talks”だ。ブルックリンドリルを背負った亡きレジェンド=Pop Smokeが登場する“Burner on Deck”は、キャッチーながらヘヴィなベースラインが作品の音像をよりダークにしている。これらの全ての楽曲のリリックはとても冴えていて、キャリアのフレッシュさを微塵も感じさせないところが流石だ。
彼の冷血な人間性を表現する序盤の冷たいビートとは反対に、後半は哀愁深いトラックが彼の繊細な側面を助長する。Fugeesの“Ready or Not”をサンプルし、R&BシンガーのSummer Walkerをフィーチャーした“Ready”に続き、公営団地で育った幼少期とその過酷な家庭環境についてFredoは“Blood in My Eyes”で綴る。同曲で歌われる「金の力を使ってやっとこの世で最も素晴らしいものは無償だと気付いた」というラインこそ、今作のタイトルで表明される結論に至った根拠だろう。そして簡素な楽器の音がムードを静める“What Can I Say”を彼は親しき亡き友人たちに捧げて、作品の幕は閉じる。
無駄な曲がないシンプルな構成は、1人のラッパーが告白する心の内を真っ直ぐにリスナーに届けている。そしてどんな物質的な富でも与えられないカタルシス(精神の浄化)を、ラップにFredoは見出したのだろう。作品のストーリーはFredoの言葉で語られるからこそ説得力が生まれていて、そのタレントはラップゲームの中でも強く輝いていくに違いない。(島岡奈央)
Ghetts - Conflict of Interest
ラッパーのGhettsが2003年に発表した初のミックステープ『2000 & Life』から18年、UKラップシーンの成長と共に絶えず音楽活動をしてきた彼は、今年遂にメジャーレーベル(Warner)契約を果たした。そして現在36歳のUKグライム屈指のリリシストは『Conflict of Interest』でキャリアの頂点に立っている。持ち前のライミングスキルに加えてメロディックなフロウが目新しく、作品はUKラップが誇る玄人のペンゲームにスポットライトを当てている。
19歳で刑務所を出所したイーストロンドン出身のJustin ClarkeことGhettsは、過去作『Freedom of Speech』や『Ghetto Gospel』でロンドンのゲットーライフについて多くラップしてきた。しかし父となった現在の彼は“Proud Family”で家族について語る。「最も強情な男が父親像の環境で俺は育った/ギャングスター、泥棒、冷酷な殺人犯/俺には俺を頼る子供がいる/銃を持ち歩いてはいられない」。
作品はハードでダークなサウンドと彼の豊かなストーリーテリングが合致して、短編映画のようなスケールだ。Skeptaが参加する“IC3(英国の警察用語で黒人容疑者の意味)”で2人のMCは鋭いヴァースを放ち、自身のPTSDに基づいてラップしている“Fire and Brimstoneは不気味なムードを漂わす。奇妙なアドリブが面白い“No Mercy feat. Backroad Gee & Pa Salieu”を聞くと、Ghettsのフロウの多彩さにも驚かされる。
最も変化が見受けられるのはサウンド面だ。ストリングスとピアノが主役の“Sonya”やサックスの音が儚い“Sonya”には情緒が感じられ、ハードで冷たいグライム特有のテクスチャーに柔さを与えている。ミッドテンポな楽曲が増えたことはもちろん良い変化だ。しかしGhettsが旧友のStormzyやGiggsとスピットする硬派なトラック(“Skengman”, “Crud”)を聞けば、なぜ彼がUKシーンの最高峰で活躍し続けるかがわかるだろう。
16曲それぞれがバラバラのピースのような個性を持っているが、全体を通して聞くと完全なパズルとして完成されている。彼の仲間が北米のラッパーと積極的にリンクアップしてグライムシーンを大衆音楽に持ち上げていた時も、Ghettsは自身のスタイルを崩さずに独自の道を貫くMCだった。そして今日の彼もその決断を後悔はしていないだろう。『Conflict of Interest』はUKラップヒストリーに深く刻まれるラップアルバムだ。(島岡奈央)
JPEGMAFIA – EP2!
JPEGMAFIAの待望の新作『EP2!』は、一切ひねりの無い直球のタイトルに反し実験精神に満ちていた前作『EP!』と打って変わって、これまでの彼のプロジェクトの中でも最もキャッチーかつメロウな内容に仕上がっている。
2019年リリースの傑作アルバム『All My Heroes Are Cornballs』でも随所でそのポップセンスを見え隠れさせていたJPEGMAFIAが、今回の『EP2!!』においてここまでキャッチーな部分を全面に出すに至った経緯は分からない。Purple Sneakersにて公開されているインタビューには「挑戦してみたんだ。(中略)部屋に閉じこもって、その場にあるものを使って作ったんだよ」との言葉があるため、彼自身にとっても今作は異色作であり、挑戦作であったのだろう。
オープニングを飾る一曲目に“LAST DANCE!”と名付けるアイロニックなセンス、続く2曲目のインタールード的な“INTRO!”からシームレスに“FIX URSELF!”へと繋がる構成は相変わらず目を見張るものがあるが、いずれも「JPEGMAFIA」というアーティストからイメージされるような前衛性は鳴りを潜め、ともすればメインストリームのラップアルバムと同様に受容されることすら可能なキャッチーさが貫かれている。
硬質なドラムとラガMCのサンプルで流れを切断する5曲目“THIS ONES FOR US!”も、冒頭こそ意表をつかれるものの、それも束の間、今作の中でも特にキャッチーな、夢のように美しくエモーショナルなフレーズが展開されてゆく。しかし、そのビートに乗せられたリリックはいかにもJPEGMAFIA的などぎつさを持っており、特に「White writers wanna paint me as edgy」とのフレーズは相変わらず安易な理解を拒み、分かったような口を叩くリスナーやライターの幻想を叩き潰さんとする意志が強く感じられる。
今作の白眉はやはり、ほぼ全曲がセルフプロデュースの今作の中で唯一共同プロデューサーとしてJames Blakeを迎えた“PANIC ROOM!”だろう。トラップビートを歪に解釈したようなリズムパターンと浮遊感に満ちた上モノが奇妙なバランスで同居したトラックは、いかにもJames Blakeらしい先鋭的なアプローチだ。しかし、ここでもJPEGMAFIAは不穏なタイトルとは裏腹に、ラッパーとして極めて真っ当な、スキルフルかつメロディアスなボーカルを披露している。
彼がここまで述べたような形で、敢えてポップな方面に特化した作品をリリースすることに意外性は無い。実際のところ、そのポップセンスは以前リリースされた諸作品にも現れていた上、「アヴァンギャルド」で「エッジー」なアーティストとしての理解を拒否し、皮肉ってきた彼が、いかにも取っ付きやすい今作のようなEPをリリースすることは想像に難くなかった。『EP2!』は彼のソングライターとしての資質を存分に堪能出来る作品に仕上がっており、個々の楽曲の完成度も非常に高い。しかし、美しく陶酔感のあるこれらの楽曲に耳を傾けていると、甘い糖衣に包まれた毒薬のように、強烈な違和感が徐々に浮かび上がってくるのだ。(山本輝洋)
Nicola Cruz - Subtropique
テクノ、ベースミュージックシーンの最先端を行くDJ/プロデューサーNicola Cruz。彼の音楽性にはフランスで生まれエクアドルで育ったバックグラウンドが反映されており、レフトフィールドなダンスミュージックにクンビアやフォルクローレといった、南米の伝統的な音楽の要素を取り入れた独自のスタイルで強い支持を集めてきた。
彼がいわゆる「トライバル」と呼ばれるダンスミュージックの形式をここまで一般的なものに押し上げ、世界のアンダーグラウンドなフロアに定着させることに大きな役割を果たしたことは間違い無い。Boiler Roomで見せたモジュラーシンセを用いたライブセットの動画が1000万回再生以上と異例のヒットを見せていることからも、その人気と影響力が窺える。
Nicola Cruzのシグネチャーは、生楽器のサンプルを多分に用いたディープかつパーカッシブな楽曲たちだ。『Prender el Alma』や『El Origen』、『Siku』では南米のミュージシャンたちをフィーチャーし、UKを中心とする最先端のダンスミュージックの要素を、トラディショナルかつ土着的な音楽に折り込む彼のバランス感覚を堪能することが出来る。その一方で、カナダのレーベルMulti Cultiからリリースされた『Hybridism』をはじめ、シングルやEP群ではよりダンスミュージックとしての機能性を追求した作品をリリースし、世界中のDJから信頼を寄せられている。
今やロンドンのクラブミュージックシーンを牽引するレーベルの一つとなったRhythm Section Internationalからリリースされた新作『Subtropique』は、彼のキャリアの中でも特に硬質な仕上がりの作品だ。トラック1“Individuality Riddim”は躍動するパーカッションをミニマルなブレイクビーツと融合させたスタイルで、続くタイトルトラック“Subtropique”もトライバルなテクスチャーとアシッドハウスを、彼独自のバランス感覚で接合させたトラックとなっている。中盤の攻撃的なアシッドベースの奔流は、これまでのNicola Cruzの楽曲群には見られなかったものであろう。ダブを取り入れたヒプノティックなハウスチューン“What Now”も同様に、これまでの彼のDJプレイで見られたエッセンスが、いよいよ自身の作品に還元されたことを知らしめる。
いずれもハードかつDJユースなトラックが集められた『Subtropique』だが、Nicola Cruzの持ち味であるオーガニックなテクスチャーは依然として随所に現れている。ジャズやラテン音楽に多大な功績を残したパーカッショニストRay Barrettoにオマージュを捧げた“Barretto”は、ロウな音色のパーカッションが暴力的に乱舞する中でどこか自然なトリップ感を喚起する仕上がりであり、またラストを飾る“Zularic Permutations”のアブストラクトなリズムパターンも、ハードな触感で南米のリズムパターンを再解釈したような楽曲だ。これまでのナチュラルな世界観から、よりモダンかつダンサブルな側面にシフトすることで新規軸が切り拓かれているものの、そのルーツや持ち味を殺すことなく、サイケデリックな色彩とフロアでの凶悪な鳴りを併せ持つ極上のダンスミュージックが構築されている。
クラブに足を運べば、今作の収録曲が爆音で鳴り響いている場面に、必ずや遭遇することだろう。(山本輝洋)
Puma Blue - In Praise Of Shadows
サウス・ロンドン出身のシンガーソングライター、Puma Blueことジェイコブ・アレンのファースト・アルバム。10代の頃から自宅で音源制作を始め、Amy Winehouse、Adele、Rex Orange County、Loyle Carnerを輩出したブリット・スクールで学び、サウスロンドンを拠点に活動していた。ただ、Puma Blueはこうしたシーンや様々なジャンルのミュージシャンと接近しつつも、そのどれにも属さない。実際、彼は自らの音楽を「ムーディー・ヒューマン・ミュージック」名付けた。Red Hot Chilli Peppersで音楽に目覚めたと語り、Jeff BuckleyやD'Angeloを一番のフェイバリットとして挙げ、現行のジャズ、ソウルシーンのリスナーでもある彼にとって、ジャンルとは自ら生み出すものだ。Puma Blueという名前も、もともとフォーク系のシンガー・ソングライターかのように扱われていたジェイコブが、「ソウルミュージックにインフルエンスされたオルタナティヴ・ロックバンド」というコンセプトを体現するためにつけられたものである。
そんな、優れたコンセプト・メイカーでもある彼が初めてのフル・アルバムを作るために参照したのは谷崎潤一郎の『陰影礼賛』。そのままアルバムタイトルにも用いられているが、谷崎が見出した空白と暗闇への眼差しをジェイコブはサウンド・メイキングとソングライティングに置き換えて再解釈をした。
そうしたコンセプトを前提に作品に耳を傾けると、アルバム全体を通しシルキーで浮遊感のある歌声とクラッピーなスネアを基調にしながら、その隙間や背後に配置された音には繊細な意匠が宿っていることがわかる。“Cherish(furs)”で聴くことができる奥で鳴り響く何重にも重ねられたギターアルペジオ。“Velvet Leaves”において、テイストの異なる演奏を繋ぎあわせるために配置された、地を這うようなベースライン。そして“Already Falling”のメロウなギターフレーズや、コーラスとストリングスのなかで蠢めくように鳴るサンプリングノイズ。いずれもトラックのなかでの存在感は小さいものの、楽曲にわずかな陰影を与える役割を果たす。また、ローファイなビートの背後に揺らめくようなボーカルとギターフレーズが隠された“Sunflower”や、ギターのアルペジオと流麗なストリングスとともに多重録音のボーカルが響く“Sheets”などのサウンド・ディレクションからは、音のレイヤーに対するこだわりを感じ取ることができよう。
そうした前半の楽曲を経てからの、サウンドのカットアップやコラージュによって作り上げられた“Olive/Letter To ATL”、そしてシームレスに始まる“Oil Slick”がこの作品の大きなハイライトだ。冒頭から繰り返される甲高いスネアが鳴り響くアッパーなドラムビートに象徴されるように、今作の収録曲のなかでボーカル、サウンドとともに熱量がもっとも高い。特に後半にかけて、音数が過剰なまで増えては、減り幾度となく繰り返していく。そのなかで歌われるのは、大切な他者が失われたことへの喪失感をグロテスクなまでに表現したリリックである。今作の「空白」と「暗闇」という作品コンセプトを体現した、この楽曲を起点とし、喪失感や悲しみ、そしてドラッグで自分自身を失っていく感覚をシンプルなサウンドで叙情的に歌っていく。ラストトラックの“Super Soft”で彼は歌う。“True to myself/true to you”。このアルバムでたどり着いたのは、「正直でいる」という答えであった。実にありふれた言葉ではあるが、特定のサウンドやジャンルに拠らないPuma Blueだからこそ誠実に響くのである。(吉田ボブ)
崎山蒼志 - find fuse in youth
2018年、AbemaTV『バラエティ開拓バラエティ 日村がゆく』内の「中学生フォークソングGP」で、崎山蒼志は第3回グランプリを獲得した。第1回と第2回のグランプリが誰かもわからないし、それ以降この企画があったのかも記憶が定かではないが、SNS上で拡散された番組動画を観たときの衝撃は忘れられない。学生服を着てひょうひょうと弾き語る姿と、「凄すぎて笑ってしまう」といったような表情を浮かべる澤部渡とサイトウジュン、そして日村勇紀。なにより、メランコリックに揺らめく声とギターストロークの独特の速さ、そして狂気的な美しさをはらんだメロディとリリックが、ネットバラエティ番組の「軽さ」にフィットしていたことが印象的だ。このポップなアンダーグラウンドさを保ったまま、崎山蒼志はリスナーを増やしていき、2021年1月リリースのファースト・アルバム『find fuse in youth』でメジャーデビューを果たした。
3年前に番組内で演奏した“五月雨”は、“Samidare”とタイトルを変え、宗本康平の手によって、軽やかで疾走感のあるバンドアレンジのポップスへと生まれ変わった。同じく、中学時代に制作された“Undulation”と“Heaven”もメインストリームJ-POPのアレンジャーを務めたミュージシャンたちの手によって生まれ変わっている。しかしながら、それは彼の楽曲がありふれたものになったことを意味するわけではない。むしろ、声の持つ揺らぎや、メロディのなかにあるメランコリックさは、マーティ・ホロベック(Ba)と石若駿(Dr)が鳴らす端正で洗練されたリズムによって、より異質さが際立っている。とくに浮遊感のあるシンセサイザーのイントロから始まる“Heaven”の後半におけるプログレッシヴな展開は、弾き語りでは表現できなかった楽曲のエモーショナルさをより増大させている。
ただ一番の聴きどころは、収録曲の半分以上を占める崎山自身がアレンジした楽曲たちだろう。今までアコースティック・ギターの弾き語りを中心に楽曲を作ってきた彼は、今作で初めてGrage Bandを用いてデモ・トラックを制作した。その結実として生まれた“waterfall in me”はトラップビートを基調に、自らの声とギターを歪ませカットアップした音やサウンド・コラージュが挟み込まれる。この曲から間髪入れずに始まる「目を閉じて、失せるから。」も、チープでアッパーなシンセサイザーと悲鳴のようなサウンドに惹きつけられる。これらのソングライティングに念頭に置かれたのはJPEGEMAFIAの『All My HeroesAre Cornballs』やCharli XCXの『how i’m feeling』をはじめとした現行のヒップホップやハイパーポップの作品群だという。そうしたサウンド面での実験と、彼のリリシストとしての側面が合致したのが11曲目に収録された“Repeat”だ。幽霊のように立ち現れるシンセサイザーのフレーズとローファイなビートが何度もスイッチしながら「また始まる/何万目かの地球で」というフレーズが繊細なメロディで歌われる。彼のアンダーグラウンドなポップさが新たな形で立ち現れた1曲である。
このアルバムで注目すべきは、J-POP的に洗練された既存の楽曲と、崎山自身が実験をしながら生み出した楽曲が明確に分けられず混在しているということだ。あたかも真逆かのようにある2つの試みをひとつの作品に同居させてしまう崎山蒼志は、断絶しつつある日本のメインストリームのポップスとアンダーグラウンドな音楽表現を繋ぎあわせるアーティストになりうるだろう。(吉田ボブ)
slowthai - TYRON
slowthaiが2019年にリリースしたデビューアルバム『Nothing Great About Britain”は彼のパンクさを反映した素晴らしい作品であったが、その後に起きた出来事は悪い意味で彼のキャリアに影響を与えた。NME Awardの壇上で、司会のKatherine Ryanに対して、ジョークを超えた性差別的な発言をしたのだ。それを受けてオーディエンスから「ミソジニスト」(女性嫌悪) と呼ばれたことに対して、ドリンクを投げて殴りかかろうとしたことがさらに悪かった。一連の事態は、slowthai自身が翌日にTwitterで謝罪したことで収束した。この事件は彼の表現の中核にある露悪性や皮肉的なパフォーマンスがエスカレートし暴力に転化してしまう危険性を示唆していると思う。slowthaiの行動は言い訳無用の酷さであったが、彼自身のアップダウンの激しい性格や脆さが曝け出されていて、見ているこちらが彼のメンタルを心配になる騒動でもあった。
そんな騒動から1年が経ち、リリースされたセカンドアルバム『TYRON』は彼の2面性、つまり虚勢と日常、成功と苦しみの中でもがく様をAサイド、Bサイドの2面に分けて描いた。
Aサイドは楽曲名が全て大文字で表記され、語気を強めて主張しているようである。全編に渡りメンフィス・ラップに影響を受けたと思われる終末的な世界観が支配する。Skeptaを迎えた“CANCELLED”では、あの騒動を受けてslowthaiを公の場から排除=「キャンセル」したい人々に対してカムバックを宣言し、“DEAD”では「俺は神だ、肉体が取り上げられようとマインドは永遠に存在する」とラップする。“VEX”では葉巻に入れるウィードの量が少ないとブチ切れ、「お前のCDのケースを灰皿にしてやる」とユーモアを重ねる。虚勢は言葉を強めれば強めるほどファニーになっていき、「俺にとっての金は、ハエにとっての糞だ、だから金を稼げるのなら、世界は俺のモノだ」(45 SMOKE)というパンチラインはその最たるものだ。それは持たざるもの目線でのユーモアであり、厳しい現実に対峙する武器でもある。
翻ってBサイドは楽曲名が全て小文字で表記される。Mount Kimbieが制作に参加し、アコースティックギターが耳を惹くトラックの上で、虚勢とは真逆の”素”の面が垣間見える。「約束が空手形になること」への不安、周囲の期待を無視すること、自分の心を平静に保つこと、自分に自信を持つようにすること。そういった彼の個人的、かつ普遍的な問題をラップしている。“terms”ではSNSの言葉が誤解を受けてしまうことを歌い、ラップの内容は行ったりきたりしながら、言葉遊びと独り言の間のようにラップする。UKの健康保険制度をタイトルに冠した”nhs”はヘルスケアに携わる人へ捧げられ、反復的な問いかけで静かにメッセージを投げかける。Mariah Careyをサンプリングした“feel away”では、付き合っている女性の立場に立つことが歌われる。
本作のハイライトは、図らずもA面のラストソング“PLAY WITH FIRE”のアウトロにあると思う。そこではslowthaiが自分の過去のツイートをランダムに読み上げている。ふとした瞬間に書き溜められ、まぜこぜになった感情が整理されないままに吐露されている。彼はTwitterをふとリリックを思いついた時のメモ代わりにしているからだという。フレーズは未完成で、さまざまな言葉が同時に聞こえる。それはA面、B面というコンセプトで整理される前の、日々の中で去来する感情の寄せ集めである。Slowthaiの経験した日々のメンタルのアップダウンを生々しく感じるし、それは彼が前作より内省的な作品を作り上げた理由でもある。そんなslowthaiの生々しさが垣間見えるところがこの作品を普遍的でパーソナルなアートたらしめている。(米澤慎太朗)