【R&B Monthly Vol.2】Kehlani、Chloe x Halle、The-Dream、Destiny Rogers、Chris Brown & Young Thug、Lucky Daye

ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと言ってもそのサウンドはそれぞれのアーティストの環境やルーツなどによって全く違う音像が現れている。

広がりを見せるR&Bの今を追う連載企画の第二回目は、5月にリリースされた作品をピックアップ。Kehlani、Chloe x Halle、The-Dream、Destiny Rogers、Chris Brown & Young Thug、Lucky Dayeを取り上げる。

文・構成 : 島岡奈央

1. Kehlani - 『It Was Good Until It Wasn’t』

オークランド出身のシンガー・Kehlaniの新譜『It Was Good Until It Wasn’t』が、これほどまでに重厚感と倦怠感が漂うものになるとは、誰も予期していなかっただろう。かつてのKehlaniは、きらめくように明るいサウンドが持ち前で、常にどんなストーリーも強気な態度でポジティブな音楽に浄化していた。そのキャッチーさから離れて、今作のKehlaniは憂鬱の渦に飲み込まれているのだ。

しかし、フルアルバム2作目となる今作がそれとは正反対のものになった背景には、彼女が経験した私生活の変化が大きいようだ。それらは、婚約を望んでいたという恋人との別れ、アーティスト仲間であった親友のLexii Alijaiの死、そしてそれらとは別に1児の母になったことが関連しているのだろう。

作品のトーンを一気に落とし、どんな展開が待っているのかを提示する1曲目"Toxic"は、有害な恋愛関係に身を置きつつもそれに嘆く自身を歌っている。「ドン・フリオ(テキーラ)が私にばかなまねをさせた」とKehlaniは過去を振り返る。James Blakeが客演する"Grieving"では、「私は汗と涙のために心を痛めたようなもの、あなたが私を失うなんて誰も予想してなかった」と、少し振り切れた様子で彼女の感情を蝕んだ相手に投げかけている。そして哀愁漂う"Hate the Club"でのMasegoのサックスの音は、そんなKehlaniをなだめているようだ。

全体的に曖昧なトラック進行と多少コーニーな表現の歌詞が続くが、それがこの作品のユニークさとも捉えられる。その中でも"F&MU"と"Open (Passionate)"の2曲は、従来の彼女の音とダークなR&Bが上手く調和されている。どの楽曲も今までのものより成熟さと複雑さが増しているのは良いことだし、彼女ほど失恋ソングを妖艶に歌える人はいないだろう。Kehlaniにとって今は太陽の日差しを浴びるよりも、日陰で感情に浸っていたい時なのかもしれない。

2. Chloe x Halle - 『Ungodly Hour』

姉妹で活動するChloe x Halleによる2ndアルバム『Ungodly Hour』は、クラッシーなR&Bを貫きながらも冒険的な1枚に仕上がっている。アトランタが故郷のChloeとHalle Baileyは俳優業からキャリアを始め、後にBeyoncéの"Pretty Hurts"のカバーが本人の目に留まり、彼女のレーベル・Parkwood Entertainmentに加入するまでに至った。以来、2人のプリンセスに対する業界のクイーンからのサポートは手厚いものだ。2人は『Formation tour』にも前座として参加した。

グラミーで2部門にノミネートされたデビューアルバム『The Kids Are Alright』を発表した当初、ChloeとHalleはまだ10代だった。2人の天使のようなケミストリーも健在だが、『Ungodly Hour』が投影する2人は、今まで以上に強気で恐れを知らないBailey姉妹だ。"Do It"で「私が追い求めているのは稼いで成功することだけ/恋人を探してなんかいない」と歌う2人は、すっかり自立した女性以外の何でもない。「私にもっとよくして/天気みたいに変わる他の男たちより上手に/あなたは私の心の琴線をかき鳴らしてる、馬鹿な真似はやめて」と"Tipsy"でBaileysは続ける。

Disclosureがプロデュースしたアルバムタイトル曲の"Ungodly Hour"は、浮遊感の強いハウスのサウンドが巧みに2人のハーモニーを生かしている。"Catch Up"にSwae LeeとMike WiLL Made-Itを客演することで、リスナーを楽しませることも忘れていない。そして"Baby Girl"をはじめとする今作のほとんどの楽曲には姉のChloeが制作に関わっている。ぜひその点にも注目しながら、Chloe x Halleの品を兼ね備えた情熱的な音楽を堪能してほしい。

3. The-Dream - 『SXTP4』

ベッドルームはThe-Dreamのずっと変わることのないリリックの舞台だ。彼は一貫してセックスというトピックについて歌っており、それが彼のペンを走らせる原動力なのだろう。『SXTP4』は、2時間半を超える前作『Ménage à Trois: Sextape Vol. 1, 2, 3』の続編だ。今作も寝る暇もなくストックした曲を繋ぎ合わせたような構成だ。

Jhené Aikoを客演に迎えた"Wee Hours"では、「僕が必要な時はいつでも君がそこにいて欲しい、僕の911(=アメリカの緊急用電話番号)になって」と伸びやかなヴォーカルで歌い上げる。甘美な歌声で「私に髪留めとシュシュを付けたままにさせる」とAikoも続く。シンセサイザーが激しく打つ"Fuck My Brains Out"では、彼がした浮気について触れながらも「君は僕が乙女座だって知ってるだろう、喜ばせることは出来ない」と白を切る。しかし、前半でダウンテンポが続きがゆえに、"Ecstacy"以降の曲調の急なピッチの変化は少しぎこちない。

The-Dreamのデビューアルバム発表からおよそ13年が経つ。様々なジャンルを取り入れることが暗黙の了解のようになった現在のR&Bシーンだが、彼は決して揺らぐことがない。2000年代初期の8パネルキャップを斜めに被り、ボタンを外したシャツの上にスーツジャケットという当時のスタイルがなければ、今のR&Bは存在しないのだから。

4. Destiny Rogers - 『Great Escape』

幼い頃プロのスケーターになる夢を諦めた後に、Justin Bieberのビデオを見てギターを練習し、音楽プロダクションチーム・The Stereotypesに参加していた経験もある。その人物・Destiny Rogersは、今後の活躍が期待されるライジングスターだ。彼女のアルバム『Great Escape』には、疾走感溢れるサウンドと彼女の初々しいスワッグが詰まっている。

ラッパーのP-LoとGuapdad 4000が参加している"Lo Lo"を筆頭に、全ての楽曲はスキップせずに聞きたくなってしまうような高揚感を持っている。"On 11"では、「ソースのためにレシピを作る/トムボーイが幕を開けた/頂点を掴むまで止まらない」なんてクールなラインも。その一方「心を開くのが苦手、この感情は私の息を詰まらせる」と、"Euphoria"では多感な年頃の気持ちを歌う。

インディR&Bのみならず、今作はヒップホップからオルタナティブなミッドテンポの楽曲まで、彼女の遊び心が存分に感じられる。作品が醸し出すその高揚感は、夏休みに冒険の旅に出るティーンエイジャーの群像劇のようでもある。バギーなジーンズでスケートをしながら歌を口ずさむRogersの躍進はまだこれから始まる。

5. Chris Brown, Young Thug - 『Slime & B』

ヒップホップとR&Bの両方をある程度まで器用に扱える人物といえば、Chris Brownはもちろん候補にあがるだろう。Tygaと共作した2枚のミックステープしかり、Brownはいつでもラッパーとの共作に意欲的だ。今作『Slime & B』は同じようにジョイント作品には馴染み深いYoung Thugとの「ミックステープ」だ。

The Showboysの"Drag Rap"をサンプリングした"Go Crazy"は、中毒性の強いビートに加えて、BrownとThugの掛け合いが作品の中で最もスムーズに運ばれている。思わず何度も再生して聞きたくなるようなトラックだ。Gunnaが参加している"She Bumped Her Head"でThugは、「今じゃYSLは日本みたいにビッグ」と、日本の人口の多さと自身のレーベル・YSLを比較してフレックスしている。Brownのヴォーカルの良さが発揮されている曲は、"I Ain’t Tryin"か"Animal"だろう。

Future、E-40、Gunnaなどの客演がいながらも、残りの楽曲たちがリスナーの興味を終始掴めるかと言えば、疑わしい。最新作『So Much Fun』がThugの最も優れた作品と言われるだけに、ここでは彼のラップの存在感が全体的に薄いのが残念でもある。最近のBrownのヒット曲があるとしてもそれは客演参加のものだったり、彼は今作でも挽回するチャンスを逃してしまったようだ。

6. Lucky Daye - 『Painted (Deluxe Edition)』

純粋なR&Bを追い求めるニューオリンズ出身のLucky Dayeは、もはや今のシーンでは異色な存在なのかもしれない。去年発表したデビューアルバム『Painted』は、Dayeの繊細な音楽を多彩に表現している。ファンクの要素が落とし込まれた彼の正統派なR&Bは、焦ることなく優雅に進行していく。

爽やかなギターのリフがイントロを飾る1曲目"Roll Some Mo"は、カオスな時代に生きるリスナーの心に安らぎを吹き込む。Dayeは"Concentrate"で、「君の感情が沈む海のなかで僕は溺れるんだ」と溢れ出す思いを露わにする。Dayeの歌詞は心をむしばむようなものではなく、ただ素直に湧き出てくる彼の思いなのだ。約8分にも及ぶバラード曲"Love You Too Much"では、抱えすぎた愛が返って彼を傷つける刹那を綴っている。「僕と君はもうどうにもならない、ずっと探し続けているのに、なにも見つからない」とDayeは歌う。

そして、今年の5月末にデラックスバージョンが発表された今作は、Victoria MonétやR&Bのキングとも称されるBabyfaceが参加した楽曲などが追加されている。あくまでも新人の作品にBabyfaceが客演するとは、Dayeの音楽はそれだけ人の心を惹きつける力があるのだろう。終始Dayeの肩の力は抜けていて、楽々と全ての曲をデリバーしている。これほどに透明な彼の音楽は、どの色に染まることもないだろう。

Info

Vol.1 The Weeknd、Kiana Ledé、dvsn、Alina Baraz、Leven Kali & Frank Ocean

https://fnmnl.tv/2020/05/26/98248

related

【R&B Monthly Vol.3】H.E.R.、Kiana Ledé、Usher、Beyoncé、Anderson .Paak、6LACK、Summer Walker、Teyana Taylor

アメリカで合法的に黒人が奴隷として扱われていた時代、農場で過酷な労働を虐げられていた彼らは、その痛みや苦しみを労働歌にすることで耐え忍んでいた。1865年にアメリカ憲法修正第13条が奴隷制の禁止を継続することを誓って以降も、皮肉にも”Land of the Free(自由の地)”と呼ばれる国では、変化をもたらすために多くの活動家や市民が制度的差別と闘ってきた。

【R&B Monthly Vol.1】The Weeknd、Kiana Ledé、dvsn、Alina Baraz、Leven Kali & Frank Ocean

ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと...

most popular

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。