【メールインタビュー】Moment Joon『Passport & Garcon』|僕こそが真ん中
韓国で生まれ育ち、現在は大阪を拠点に活動している移民ラッパーのMoment Joonが、3月に1stアルバム『Passport & Garcon』をリリースした。外から見られるラッパー・外国人としての自分(
1人のアーティストの様々な顔を見せてくれる本作について、著書『ミックステープ文化論』などで知られる、当代一のヒップホップ批評家・小林雅明がMoment Joonにメールインタビューを敢行した。
質問・構成:小林雅明
写真 : 小原泰広
- ご自身以外のヒップホップ作品で、最近興味深く思われたものを教えてください。
Moment Joon - モーメント・ジューンというアーティスト知ってますか?最近アルバムを出したっぽいですけど、ものすごい衝撃的で…これは日本のヒップホップを変える作品になるんじゃないでしょうか(笑)
冗談抜きで最近はEric.B.jrやAwichさんの曲が好きです。あとFuji Taitoの曲も。きっと日本を変えちゃうと思います。
- (特にストリーミングサービスで)音楽を聴くときには、プレイリスト(的なもの)と、アルバムを1曲目から順にストリーミングするのだと、どちらが多いですか?
Moment Joon - ストリーミングサービスを使っていなくて、主にYouTubeで音楽を聴いてますが、関連動画でランダムに飛ばされる流れで音楽を聴くことが多いですね。自分の動画視聴パターンによってアルゴリズムが導いてくれる旅、というか。
- 『Passport & Garcon』は、基本的にリリックの面では収録順に曲をおって次々につながってゆく、あるいは収録順では離れている曲が相互につながりあうパターンを見せながら展開し、また、ラップに限らず歌という表現も飛び出します。こういった構成を選んだきっかけ、「シバさん」もそこに入るのかもしれませんが、プロデューサーとともにこの構成に落ち着いてゆくまでの経緯を教えてください。
Moment jooon - 「Passport」と「Garcon」で表現される、僕の人生の違う側面を立体的に見せようとする中で自然にそのような構成になったと思います。アルバムのテーマが分かった人には、このような構成や、多様な表現の方法を使わなければ成立できないアルバムということが分かるはずです。
- サウンドプロダクションについてもう少しお話を聞かせてください。あなたは、トラック作りにはどの程度関わっているのですか? 例えば、Gil Scott-Heronのサンプルの使い方など、サンプルされた部分に加え、サンプル源となった曲全体の内容を思い起こすことで、あなたの曲が厚みを増すと思います。そういった選択やどのタイミングでどう使うのか、などについても、別に立てたプロデューサーとのセッションで決まっていったものなのですか? それとも、基本的にあなたひとりでトラックも作ってしまうのか、そのあたりについて教えてください。
Moment Joon - サウンドに関してはアルバムを作る前に、ストーリーやテーマはもちろん、スキットのセリフ、歌詞に使いたい単語やサウンドエフェクトまで入れた脚本・企画書を書来ました。基本的にはプロデューサーがその脚本を参考にして、そのビジョンを彼なりに解釈したものを作っていく感じて進めました。僕はソフトが全く使えないので一人で作ったものはありません。
僕が関わった程度は曲によって違います。全ての曲のアイデアやテーマ、方向性は僕から提案しましたけど、“Seoul Doens't Know You”はプロデューサーのNOAHさんが一人で仕掛けたのをまったもので、“TENO HIRA”は彼のストックの中でテーマに合いそうなものを探してビルド・アップさせたものでした。 “DOUKUTSU”は「今日はスタジオ行って一緒に作る」と決めてサンプルやドラムなどの基礎から一緒に素材を探して作った曲です。
でも始まりはどんな形であれ、最終的には全てに僕のインプットが色濃くなっています。特にサウンドエフェクトや引用などはタイマーズのクリップを除いては、ほとんどが僕がアイディアです。ただ、それをどのように使うかの細部的な部分では、やはりNOAHさんのインプットが絶対的で、タイミングや聴かせ方など、僕には想像できなかったものをセッションで一緒に作っていくプロセスでした。
- "Kimuchi de binta"では、巷に氾濫しているゆえもっとも耳になじみやすくまた同時に流されて聞かれがちなトラップビートやオートチューンを敢えて使うことで、しっかり耳を傾けたら、なにこれ!!!!という攻めのリリックに徹しているのが痛快すぎますが、これは、最初からこのビートでいこうと考えて書かれたリリックなのですか?
Moment Joon - はい、そうです。途中の「弱い僕」が歌うパートは作るまで、かなり時間がかかりましたけど、トラップビートの方は最初からです。
- "Losing My Love"でHungerとまた組んでいますが、どんなきっかけでいっしょに演ったのでしょうか。また、彼のヴァースはあなたの「うるさいよ」の一言で遮られますが、この曲はHungerと、どんなふうに作られていったのでしょうか?
Moment Joon - Hungerさんは、SKY-HIの曲"Name Tag"での共演がきっかけで知り合いましたが、その曲のHungerさんのバースを聴いて、ラップゲーム以上の次元の芸術を理解している方であるとずっと思っていました。"Losing My Love"という曲は、傷ついた自分に対して、同じことを経験した大人が心からのアドバイスをする。その心からのアドバイスさえ拒否して逃げようとする、子供っぽい自分を描くために、僕に「No」と言われる役が演じられるラッパーが必要でした。その時に、Hungerさんならきっと楽曲全体のテーマやアルバム全体のテーマに合わせたパフォーマンスが出来ると信じてお願いしました。わざわざ関西に来ていただいて、一緒にスタジオで録音してくださいました。結果は大成功だったと思います。
- 一方、“Seoul don't love you”では、韓国のラッパー、Justhisと一緒に演ってます。韓国語がわからなくても、彼が高度なスキルの持ち主であることは、この曲だけを聞いてもわかります。彼のリリックの内容がわからないので、関係しているかどうかわからないのですが、この曲では、ヒップホップ的にどうなのかという尺度で見た場合、ソウルにも優れた、一緒に演りたいラッパーがいる、という面からも、韓国人であるからといって、単純にひとまとめにしてもらいたくない、というのを"Kimuchi de binta"とはまた違う角度からとらえているというふうにも聞きました。Justhisとは、どういった点で強いつながりを感じますか? また、彼はあなたの日本での活動についてどう言っていますか?
Moment Joon - その曲は、日本にも居場所がないと思う僕が、ソウルでも居場所がないことを確認することを伝えるために作った曲です。Justhisが高度なスキルでアグレッシブに歌うのに対して、僕は力弱く、迷ってる口調で歌うことによって、韓国語が分からない人にも、ソウルの怖さ、そしてその怖さに馴染めずに日韓のどこでも居場所を見つけられない自分を伝えようとしました。2人とも91年、生まれ育ちも同じ芦原区(ノウォン区)で、もし日本に来ないでずっとソウルに居たら、僕も彼みたいになったんじゃないかと思う、好きだけど怖い存在がJusthisです。個人的にはお互いの活動をすごい応援していますが、ただ一緒に演りたいから呼んだのではなく、ストーリーのための客演です。
- 「俺なら勝ち取る バカなラッパーたちの沈黙」や 「だって今は皆が夢見てた令和 安倍さん ありがとう! おかげで時代のライムは“平和” 見えない、聞こえない、から言わない 傷ついたことも 悲しいことも」が効果的なのは、これを聴いた日本在住のラッパーが、直接的なレスポンスではなくとも、何かしらの変化や反応がないかぎり、ヒップホップはcompetitive(=競争的)であるということや、同じ日本に住んでいるという、当然のように共有されているはずの認識すら危うい現状をあぶり出すことにもなるからですが、無反応ならまずいだろうということで、"IGUCHIDOU"でしているように、個人情報までさらけ出すラッパーはそうはいません。もちろん、これはラッパー以外の相手にも向けられているわけですが、ヒップホップの伝統の継承と更新が、切実な社会問題への直接的な対処と同時に見事に行われていることに驚きを隠せません。どんな気持ちで、住所込みのリリックに踏み切ったのですか?
Moment Joon - 本当に来て欲しい、という気持ちでした
- これまで、ラッパーのなかには、パブリシティスタントとして、電話番号を曲中で唱えるようなラッパーはいました。それが "IGUCHIDOU"では、住所まで公開してしまうのですから、あなたがどれだけ、本気であるのがわかります。もちろん、これはラッパー以外の相手にも向けられているわけですが、実際に、あなたと話をしに、井口堂まで来た人はいないのですか?
Moment Joon - もちろんいました。ファンの人も、そうではない人も、敵対的な人も居ました。何より重要なのは、対話をすることだと思います。そこで同意して仲間になるとかのチャラいことが欲しい訳ではなく、違う意見を持っていてもそれを自由にぶつけ合って、最終的にお互いの立場と存在自体を認めることが、今の日本には何より重要だと思います。
力弱い人々にとって何よりも辛いのは、叩かれるとか嫌われるよりも、その存在自体を無視されることだと思います。僕は、本来なら弱い立場のはずの外国人・留学生ですが、音楽のおかげで似たような立場の人々にはない発言力を持っています。それを使って、僕や僕みたいな人々の存在を、ここ日本に生きていると、皆の頭に刻ませています。たとえ僕と考えが違う人でも、グリーンハウスに来て僕に会えば、せめて僕が存在してることは認めることになるでしょう。
なのでもっと来てください!大阪池田井口堂 グリーンハウス25号です。75%の確率で飯もおごります(笑)
- 今の新型コロナウイルス危機のタイミングで、安倍首相率いる自民党の議員が、マイナンバーに基づいて給付すると、日本に住む外国人も対象になるから問題、とツイートすることで、従来からの差別最優先の考え方を補強してしまうことで"Hunting Season"や"Home/CHON"がますます切実さを持ってしまう、という嫌な事態になっています。例えば、Childish Gambinoは、かつてこう言っていました。「自分がやりたくないのは、既にわかってる相手にむけて相手がわかっていることを言うこと。それは、コンシャスラッパーの多くがやっているようなこと。彼らは新たなファンを獲得しているのではなく、ファンに同意しているんだ」。あなたをコンシャスラッパーの枠で括るつもりはまったくありませんが、こういう発言を聞いて、どう思いますか。
Moment Joon - その通りだと思います。あなたのように、僕の意図とは全く違う方向で曲の解釈(Seoul Doesn't Know You)をする人が居ることは、ものすごい良い現象だと僕は捉えています。それこそ「届くだろう」と思われる所だけではなく、もっと広い所にまで僕の音楽が届いている証拠なので。
そのためにも、僕は色んな角度から物事を見て、色んなレイヤーの自分を見せることが、何より重要だと思います。正しい自分・間違っている自分・強い自分・弱い自分・戦う自分・落ち込む自分。一人の人間の中に存在する色んな側面を見せたからこそ、一つだけを望んでいる人々の層を超えて、色んな人に届くのではないでしょうか。
- 今、“TENO HIRA”を聴くと、反語的な意味で、もう手のひらをみせているだけではダメだ、ということになってきていると思います。この曲は、てのひらが、結ばれてこぶしになり、それが再び、てのひらにもどることなどまで想像して作られたのですか?
Moment Joon - そこをキャッチしてくれた人が今まで居なかったのでとても嬉しいです。そうです。お互いの痛みを見せ合う手のひらは、やがって拳になってその痛みの原因と闘わなければならないと思います。しかし、その戦いを続ける間に、本来我らを強くしてくれるものを忘れることも多いと思います。だから最後にもう一回拳は手のひらになって欲しいです。憎しみではなくて、理解と愛が、日本の人々を動かせる原動力であることを信じています。
- あなたと同じように、日本語を使うことを意識した韓国人の表現者として、金時鐘を思い浮かべました。『文藝別冊ケンドリックラマー』掲載のインタビューは、この質問を作ったあとに読みました。金氏は、かつて(1990年代初頭の)インタビューで「日本の詩には、今日的な時代性とか社会性にかかわる詩があまりにも少なすぎる。みんな私小説を書いたり、コピーライターになって、消費社会の表層で生きているような気がする。詩こそ人間を描くものだし、人間性をきわだたせるものですよ」と語っていました。この発言の「詩」の部分を「ラップのリリック」に置き換えてみると、まるで、このあとに『Passport & Garcon』を称揚する発言が待ち構えていそうです。金氏の人生には、あなたが言葉で表現されているのとはまた違った艱難辛苦があったわけですが、表現者としてのご自身の今後をどう思い描いていますか?
Moment Joon - 全く何も思い描けないです(笑)心がブレることだってありえるでしょうし、僕もそのコピーライターみたいな人間になるかも知れません。ただし、僕をそうさせない人々が、周りに、そしてファンの皆さんの中に大勢居るので、僕の本質は、これからもそんなに変わらないかなと思います。
ただ一つ確信するのは、僕こそが真ん中、ポップになると思います。時代の流れを見ると、僕が音楽で描いていることを皆が見ないふりできる時代は、そろそろ終わっていると感じているので。
- アルバム タイトルにあるのが、 「ジェントルマン」や「マン」ではなく、「ギャルソン」なのはなぜなのですか? “Garcon In The Mirror”は、自尊心を鼓舞して「boys to men」と受け止めましたし、ギャルソンは使う場面や場所によって意味が異なってくる言葉ではありますが。
Moment Joon - 元々はフランス語ですが、英語圏でも例えばレストランでウェイターのことを軽く「Garcon」と呼んだりするんですよね。その軽く扱われる「少年」の語感が、成長せずに逃げまくっている自分の果て無く軽い子供っぽさに似てると思って選びました。
- 『Passport & Garcon』のデラックス版が非常に気になっていますが、これは当初から計画されていたものなのですか? それとも、アルバムを作り終わった時から、世の中があまりにも激変してしまっているため、その瞬間(モーメント)をとらえる必要が生じたと感じたからなのですか?デラックス版制作のきっかけ、また、リリースの時期について教えてください。
Moment Joon - Hungerさんのバースの最後のラインを切ることを考えた時点から、もしデラックス版を作って最後のラインまで入れれば、アルバムの意味も強くなって面白いんじゃないかと思いました。また既存の曲を全く違う解釈をして変えるとか、出来なかった音楽的挑戦をしてみようとプロデューサーともよく話していて、デラックス版自体は制作段階から構想していました。
ただ、前から考えていた構想以外にも、やはり今の現状というのを反映して表現したい感覚もあります。新型コロナウイルスによって僕の生活も直撃でやられて、とても辛いですけど、僕がアルバムで描いていた世界はウイルスによって無くなるのではなくむしろ強くなっています。なので今感じていることを表現することで、アルバムのテーマが一層強くなるのではないかと思っています。またアルバムを聴いてくれた方々からの反応からも凄く影響を受けています。なのでデラックス版では制作段階から持っていた野望、そして更新された自分の生活や感覚をこのアルバムのテーマを強める方向で使いたいです。
リリースの時期は確実には分からないですけど年内には必ず出したいです。2020年の日本のヒップホップを論じる時にこのアルバムがスルーされることは絶対に許さないので、絶対に年内に!
- デラックス版は、商品として販売されるのですよね? と、最後の最後に確認させてください。
Moment Joon - 商品で売ります!ただお金を払って買ってくれる人々に恥ずかしくない音楽と動きを見せることが前提ですね。
Info
Moment Joon -「Passport & Garcon」
1. KIX/Limo
2. KACHITORU
3. IGUCHIDOU
4. KIMUCHI DE BINTA
5. Home/CHON
6. Losing My Love feat. Hunger from GAGLE
7. MIZARU KIKAZARU IWAZARU
8. Seoul Doesn't Know You feat. Justhis
9. DOUKUTSU
10. Hunting Season
11. Garcon In The Mirror
12. TENO HIRA feat. Japan