【レビュー】Rex Orange County 『PONY』|21歳のリアルなアンビバレンス

昨年10月にリリースされたRex Orange Countyの3rdアルバム『PONY』。これまでの彼の作品と比べてもポップさを大幅に増しながら、同時にどこか苦しそうな彼の姿や、深い内省のようなものが影を落としていた。ここでは貴重なオフィシャルインタビューを引用しながら、彼のキャリアの中でも重要な転換点となったであろう『PONY』を紐解いて行きたい。

レコーディング当時の状況について、Rex Orange CountyことAlex O'Connorはこう語る。

「アルバムを作っている間はすごくフラストレーションを感じていて、今まで人と問題があったことなんて殆どなかったんだけど、今回初めてそれを経験したんだ。ビジネスが関わってくると、これまでには考えなくてよかった問題が出て来たりするだろ?それが自分にとって大きなインスピレーションになったんだ。もちろんアルバムを作っている時に良いことも沢山起こっていた。愛する人たちが周りにいたし、素晴らしい経験も積んでいたけど、それについてのラブソングだけど書くのではなく、その時同時に経験していたもう一つのサイドのことを書きたくなったんだよね。良いこと以外の、これまでは必要なかったけど今この状態にいる自分が対処しなければならなくなったその他の物事。葛藤のある毎日というのは、自分にとって本当に大きなインスピレーションだったね。」

アルバムの冒頭を飾る“10/10”は「昔の友達のことを考えていた/もうみんなと出歩いてないなって」と、かつて深い関係を持った人々と自身との間に空いてしまった距離を歌い上げることから始まる。続けて「この1年間 まるで追い詰められた気分だった/言ってみれば5点って感じ/嘘はつけない」と、アーティストとしてのキャリアが前進する反面焦燥感に駆られる自身の内面を吐露する。一方で「でも今回は自制して / 状況を好転させられた / 嫌なヤツとは縁を切るべきときもある / 生き返った気分だ / そうだ 僕は生き返った / 今は安心して 自分の居場所にいる」と、彼が現状を打開するために努力を重ねてきたことが示される。

底抜けに明るいサウンドと裏腹に、ギリギリまで追い詰められた苦しみを切々と歌い上げる“10/10”に続くのは“Always”。徐々にフェードインする叫び声が印象的なイントロに続いて奏でられるスロウジャムの上で、Rexは「いつだって心の片隅には/しがみついてまだ信じている自分がいる/何もかも順調で/僕は普通の人生を生きてるんだと」と、思うように物事が運ばない日々の哀切をこぼしている。

続く“Laser Lights”、“Face to Face”でもガールフレンドとの関係や日々の仕事で溜まってゆく疲れ、といった苦しみが歌われている。メロウでポップなサウンド と裏腹にネガティブなトピックを歌う感覚は彼の前作『Aplicott Princess』では見られなかったものだが、どうして『PONY』はこのようなテイストの作品に仕上がったのだろうか?

そもそも『PONY』制作時にRexはとある人物との関係に問題を抱えていたことを明かしている。その人物については“10/10”の「嫌なヤツとは縁を切るべきときもある」や5曲目“Stressed Out”の「あの人たちは僕のものを奪いたいんだ / あの人たちは僕の名前を使って外食したいんだ / なら好きにさせてやるよ / 僕をバカにしていればいい / ほんとうに残念だ」といったリリックにて示唆されており、何らかのビジネス面で関わった人物であることが想像出来る。しかしその人物や具体的な出来事についての明確な言及はされておらず、その理由について彼は

「明確にしなかったのは、トピックが繊細だったから。さっき話した対人関係のフラストレーションも、明確にするにはそれが誰かを明かさなければならなくなる。それはしたくなかったんだよね。本人にわざわざわからせようとも思わないし、曲にすれば、アルバムが自然にそれを自分の方法で伝えてくれる。大ごとになっても嫌だし、一年以上前のことを蒸し返したくはないし。曲を書いてる時、素晴らしいショーとか、フェスとか、僕の周りでは良い事も沢山起きていた。その一方でそのフラストレーションが存在していたけど、それを乗り越えたから、そしてその経験が自分にとって大きなインスピレーションだったから、単純にそのフィーリングを曲にしたかったんだ。ツイッターやインタビューでその詳細を語るよりも、僕はそれを曲にして、皆に自由に解釈してもらいたいんだよね」

と語る。明るい面や暗い面のどちらか一方のみにフォーカスするのではなく、それらが入り混じった表現を行うことによって、よりリアルな心象風景を描写することに成功しているのではないだろうか。

1曲目“10/10”とリンクするかのようにちょうど10曲で構成されている『PONY』は、5曲目“Stressed Out”で一旦の区切りを迎える。続く6曲目“Never Had The Balls”ではそれまでの自身の思考を振り返り、吹っ切れたかのように前を向くような内容が歌われている。「虚ろで何も感じなくなっていたけれど やっと元気が出てきた / 出しゃばるつもりはないから / 今はいちいち反応しないよ もう終わったことだ」というリリックから、彼を深く悩ませていた人間関係のトラブルもある程度の解決を迎えたことが分かる。“Never Had The Balls”や先述の“10/10”は、これまでのRexの作品には無かったパワーポップ的なバンドアレンジが印象的な楽曲となっている。

「アルバムを作っている時は、結構バンド・ミュージックを聴いてたんだ。特にレディオヘッドは沢山聴いていたな。多分それが自然と音に影響したんだと思う。音のディテールのプロダクションを考えている時なんかに出て来たんじゃないかな。僕はブリンク182とかウィーザー、グリーンデイを聴いて育っているから、ああいうストレートなロックサウンドが大好きなんだよね。そういった音楽は常に僕のインスピレーションだし、僕の中から消えることはない。ああいう音楽のソングライティング、歌詞、コード、曲構成は未だに僕のお気に入りなんだ。」

と明かされていることからも、3rdアルバムを制作するにあたって彼が一旦自身のルーツに立ち返るプロセスを経ていたことが分かる。

今回のアルバム全体に一貫するのは、歌詞の内容と密接にリンクするサウンドアレンジである。例えば2曲目“Always”や3曲目“Laser Lights”において苦悩を歌い上げるRexのボーカルには、ジャジーなブラスのサウンドが寄り添うことでブルージーな雰囲気を醸し出している。一方で “Pluto Projector”や“It Gets Better”など、マインドの変化が描かれる後半の楽曲では一転してクラシカルなストリングスが彼の心の中に射し込む光を代弁する。

バンドの細かなアレンジはアルバムのプロデューサー、エンジニアのBen Baptieによるところが大きい。

「アレンジやプロダクションに関して、ベンの助けは大きいんだ。僕がメロディやコーラスのアイディアを持っていくと、そのアレンジをベンが助けてくれた。その間のブリッジを考えたり、曲の方向性を一緒に決めてくれたりして。彼がいなかったら思いつかなかったアイディアも沢山あったと思う。僕がアイディアをもっていても、それが正しいのか、どうしたらいいかわからないことがよくあるんだ。そこで彼がセカンド・オピニオンをくれて、そのアイディアが正しいか、変える必要があるか判断することができる。それがすごく楽なんだよね。」

ブラスとストリングスという二つの楽器に彼の感情を代弁させる、というアイデアが今作の肝となったことは間違いない。

苦悩や悲しみを歌うRexに絡みつくようなブラス、そして前を向いた彼の声にそっと寄り添うようなストリングス。アルバムの最後を飾る10曲目“It’s Not The Same Anymore”で、その構造はついに逆転を見せる。6分間に及ぶこの長い楽曲は、「もう今までとは違う / 僕の顔から喜びは消えた / 以前は単純な毎日だったから / もちろん幸せに思うべきだろう / でも何もかも上手くいかなくなって / 放っておけない事態だ / もう今までとは違う」と歌い上げる前半にストリングスがフィーチャーされ、「もう今までとは違う / でもこれでいいんだ / だって僕は過去から多くのことを学んだ / 助言できるかわからないけど / 言い訳は一つもない / 怒ったって仕方がないし / 自分の居場所を確保しようとも思わないよ / まっすぐ立つだけだ / 背の高さを誇示するように / 自分次第 他の誰でもない 自分のためにやっているんだから」と成長を見せる後半にブラスのバッキングが寄り添う。“It’s Not The Same Before(もう今までとは違う)”という言葉も、ネガティブなものとして捉えられていた前半から「もう今までとは違う ずっと良くなった / マシになった / もう今までとは違う / ずっと良くなった」と、トラックの最後でポジティブな意味の言葉として転換される。ネガティブとポジティブ、希望と絶望がアンビバレントに入り混じる自身の内面を歌詞とアレンジの両面で表現しきることで、アルバムを通して聴くリスナーに向けても内面に起こった変化や成長を伝えているのだ。

『PONY』のアートワークは白い背景をバックに微笑んで上を向くRexの表情が印象的なものだ。このジャケットに込められた意味について、彼はこう語る。

「アルバムジャケットは新鮮さ、爽やかさを表しているんだ。ライトを見ているのはポジティブだし、あのアルバムがハッピーアルバムであることを意味しているんだよ。若い男である僕が明るい何かを見ている。それがコンセプトだよ。」

21歳という年齢のAlex O'ConnorがRex Orange Countyとして活動する上で、生活やマインドに様々な変化が起こったはずだ。そこには喜びと同時に痛みや悲しみを伴うが、それらの感情全てを克明に記録しポジティブに昇華した『PONY』を経て、彼はまた一つ大きな成長を遂げたのではないだろうか。大きな壁を乗り越え前を向いたRex Orange Countyが、今後どのような作品を作り上げるのか楽しみでならない。(山本輝洋)

Info

なお、このアルバム『10/10』のストーリーに合わせて「東京メトロマナーポスター」でお馴染みの人気イラストレーターJun Osonによる楽曲イラストが隔週で公開中!

https://www.sonymusic.co.jp/artist/rexorangecounty/info/515834

|リリース情報|

Rex Orange County

ニュー・アルバム『PONY』

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https://lnk.to/ROCPONYA

<国内盤>
全11曲 2形態同時発売
●完全生産限定<オリジナル・サコッシュ付き>/ 3500円+税 / SICP-6304 / SICP-6305
●通常盤 2200円+税 / SICP-6306
※以下2形態共通 歌詞・対訳・解説付き ボーナス・トラック1曲収録

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