【レビュー】Rex Orange County 『PONY』|ノスタルジックであり新鮮な明るさ

Rex Orange Countyの3rdアルバム『PONY』がいよいよリリースされた。シンガーソングライターAlexander O'Connorによるソロ・プロジェクトであるRex Orange Countyは、ロンドンの次世代(ここではKing Krule以降と言い切ってしまおう)を代表するアーティストとして期待を集め、昨年はSUMMER SONICにも出演するなど日本でも注目を集めてきた。FNMNLでも初来日に先駆けてインタビューを掲載するなどフォローしてきたが、今回は改めてそのキャリアを振り返り、期待の高まる新作『PONY』をレビューする。

文 : GIKYO NAKAMURA

のっけから話が外れてしまっているが、Rex Orange CountyをフックアップしたTyler, the Creatorの慧眼をもう一度だけ讃美し、経緯を復習しておこう。Rex本人はTylerを引き合いに紹介され続けることに辟易しているかもしれないが、とくに2019年はClairoやCucoなどOFWGKTAに大きな影響を受けてキャリアをスタートしたZ世代のシンガーソングライターたちが躍動しており、本作『PONY』を含めて新しい波がきていると捉えることもできそうだ。

SoundCloudをメイン・プラットフォームに作品を発表していたRexの最初のアルバム作品『bcos u will never b free』(2016)は、昨今ベッドルーム・ポップの呼称で定着したローファイな宅録ポップスで、原石の輝きは随所に感じられるが、当時はまだ数多いるMac DeMarcoフォロワーの一人として見過ごされてしまいそうな存在だった。この頃の彼(当時18~19歳)をいち早く見つけ出し、自身のアルバムに参加させたのが件のTyler, the Creatorなのだ。

2017年4月には、セカンド・アルバム『Apricot Princess』をリリース。同作はビルボードのトップ・ヒートシーカーズで2位まで上昇するなど、イギリス以上にアメリカで好意的に迎えられた。しかし決定的に多くの人々がRexの存在を気にかけるようになったのは、『Apricot Princess』から数ヶ月後、Tyler, the Creatorのアルバム『Flower Boy』の象徴的名曲”Boredom”に彼の名がクレジットされたタイミングだろう。かく言う僕もTylerを経由してRexを知った一人で、それまでのリリースを一気に遡って聴き漁ったことを覚えている。

Tylerはここ最近、Beats 1の『IGOR』に関するインタビューやNardwuar the Human Servietteによるインタビュー内で、The Style CouncilやEverything But The Girl、Sadeといった80年代イギリスのブルーアイドソウル〜ホワイトソウル・バンドをお気に入りとして挙げているが、R&B、ソウル、ジャズ、ヒップホップなどの黒人音楽をハイブリットした白人によるモダン・ポップという意味では、Rex Orange Countyとは時代を超えた共通項があるように思う。個人的にはRex Orange Countyの“Sunflower”のMVから「モッズの系譜を感じる!」なんてインスピレーションも得ていたので、こうして後からスタカンなんて名前が出てきてしまうと、ちょっと余計なバイアスかかって熱くなってしまうが…。しかしSadeはともかく、The Style CouncilをUSラッパーが好意的に語るなんて時代が到来しようとは。一例ではありますが、今後のポップス史はヒップホップ側の視点から語られていくのかなと、改めて感じた次第。

2017年は当たり年で、10月にはKing Krule『The Ooz』というエポックな傑作がリリースされたことで、ジャズと接近したサウス・ロンドンのインディ・ミュージック・シーン全体への注目も高まっており、こうした状況もRexにとって追い風になったように思える。

以降、敬愛するオランダのポップ職人Benny Singsとのコラボ曲にして代表曲となった“Loving Is Easy”や、御大Randy Newmanとデュエットしたカバー曲「君はともだち」(“You've Got a Friend in Me”)など、コンスタントにシングルを発表。単独ツアーは軒並みソールドアウトさせ、主要なフェスに次々と出演(前述の通り、日本には2018年のSUMMER SONICで初来日)を果たすなど、着実にステップアップを果たしてきました。

さて、今回のサード・アルバム『PONY』について。今のところ詳細なクレジットは公開されていないが、レーベルからのインフォメーションによると、共同プロデューサー/エンジニアとして前作にもクレジットされたBen Baptieが携わっている意外は、作詞作曲はもちろん、ほとんどの演奏や録音もアーティスト自身で手掛けているということだ。

先行シングルとなった“10/10”を聴いた時点でも、ポピュラリティの高いサウンドプロダクションに舵をきったことは明らかだったが、アルバムを通してみると、それ以上にソングライティングの成熟に驚かされる。一聴した印象としては、前作『Apricot Princess』で大きなウェイトを占めていたジャズのエッセンスは控え目に、ゴスペルやカントリーといったアメリカン・ルーツ・ミュージック色が濃くなっている。とは言っても、それがアメリカーナ的ルーツ至上主義に依らないことは明らかで、まるでミュージカル映画のようにロマンチックかつハートウォーミングな世界観と、ポスト・ジャンルとも評されるモダンなポップ・ミュージックとしての着地を見事にきめている。どこかで聴いたようなメロディが頻出するが、これもVampire Weekendの“Steps”やHaimの“Summer Girl”と同列の趣味のよい引用といった感じで、ポップ・マエストロ(ここ10年のUKポップ史において空席だったポジション)の称号さえ冠したい完成度だ。

では足早になりますが、各曲についてもレビューしておこう。

01. 10/10
先行シングルとなった、まさにタイトル通り10点満点のパーフェクト・ポップ・チューン。“Sunflower”や“Best Friend”路線のハッピーでグルービーなブルーアイドソウルと“Loving Is Easy”再びの甘口メロディという最強コンボ。フォルセットなコーラス・ワークが入ってくる中盤以降の多幸感たるやの大名曲。

02. Always
ピアノを基調にゆったりと聴かせるアーシーなカントリー・ナンバーで、後半にかけて色彩を増していく展開が秀逸。

03. Laser Lights
洒脱でエレガントなジャジー・ラップ・チューン。ピアノやフルートを主体にしたトラックに、シンギング・ラップ・スタイルのボーカルがはまっている。

04. Face to Face
ゴスペル調のイントロから爽やかに展開する、どこかPoliceの“Every Breath You Take”風というか“I'll Be Missing You”みたいな、甘口ブルーアイドソウル・ナンバーでアルバムからのシングル第3弾。

05. Stressed Out
欠伸と共に始まる穏やかなゴスペル・ソウルの曲調ながら、バックに加わるコーラス隊はチップマンクス的虫声コーラスというセンス抜群な小曲。

06. Never Had the Balls
爽やかな朝のムードを引き継ぐイントロから一転、ドライヴ感たっぷりの8ビートで駆け抜ける80年代のPrinceのようなシンセ・ポップ・チューン。

07. Pluto Projector
アコースティックな弾き語りから始まり、ピアノと荘厳なコーラスを加えて盛り上がるバラッドの前半から、ストリングスと共に展開する長いアウトロを経て最後はスクリューにスウィッチしてしまう曲。この途中でほとんど別曲になるという仕掛け、ベッドルームポップ・ジャンルの中で密かに流行っているようだ。セカンド・シングルとして先行リリース。

08. Every Way
続くこちらもピアノ弾き語りで歌いあげる、コンパクトなカントリー・ゴスペル曲。

09. It Gets Better
ストリングスと共にドラマチックかつパワフルな4つ打ちに展開するキャッチーなソウル・ナンバー。複雑な構成をもった楽曲で、どこがフック⁈ここはCメロ?みたいな感じになりますが、間奏部分からの壮大な盛り上がりは圧巻。アルバム後半のハイライトかと。

10. It’s Not the Same Anymore
アコースティック・ギター1本の弾き語りからスタートして、ドラム、ストリングス、ブラス・セクション、ピアノと徐々に編成を加えて展開していく、長尺6分半、大団円の感動的ソウル・ナンバーでエンディング。

今日のUK新世代を象徴するシンガーソングライターとして、King Kruleの存在感は圧倒的。RexとKing Kruleには、ローファイな宅録を起源にしている点や、R&B、ソウル、ジャズ、ヒップホップなどを通過した音楽性、OFWGKTAとリンクしてきたこと、同じロンドンの名門BRIT School出身である点など、多くの共通項が挙げられる。その一方で、アウトプットされた音楽から受ける印象はまるで陰陽(もちろんRex Orange Countyが陽)。ダブステップ以降ここ10年のUKユース・ミュージックに置いては、King Kruleのダークで憂鬱なトーンこそが主流派だったと言えるが、それ故にRexのエバーグリーンで屈託のない「普通」のポップソングが、ノスタルジックであると同時に新鮮に響く側面もある。

そしてRex Orange Countyの後には、Alfie Templemanやbeabadoobee、Oscar Lang(全員10代!)などなど、ダークでもない、EDMやトラップにも依らない次世代シンガーソングライターの台頭が加速している。オーセンティックなポップ・ミュージックの巻き返しが始まっている予感は確かにあり、もしかすると『PONY』はシーンの潮目を変える重要な作品となるかも知れない。

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