【レビュー】dodo『importance』| 困難な生の受容と肯定をめぐる、音楽の実践
川崎でひとり活動するラッパー、dodoが『importance』をリリースした。待望のアルバムだ。2019年の冒頭を飾る重要作品と言っていいだろう。7曲入りの小品と言っていいスケールだが、彼が自負を込めて送り出した本作の濃密さは聴く者を圧倒する。まずは再生してみることを勧めたい――本人のアップロードした歌詞を開きながら。
とはいえ、レヴューである以上はそんなぬるいことも言ってはいられないので、本作へ至るここ数年のdodoの歩みを追いながら、『importance』から透かし見える彼のラッパーとしてのアティチュードを紐解いていきたい。
1995年生まれのdodoが最初に注目を集めたのは、2013年。第3回BAZOOKA!!!高校生ラップ選手権への出場がきっかけだった。翌年には突如サイプレス上野に仕掛けたビーフで話題を呼ぶが、しばらく沈黙期間に入ってしまう。2016年に粗悪ビーツのEP『FAKE』に全面的にフィーチャーされ(実質、コラボEPと言える)、ふたたび活動を本格化。2017年からYouTubeへの楽曲アップロードやEPの発表をコンスタントに行うようになる。
彼は現在、ビートもレコーディングも川崎市の自宅につくられた拠点「10GOQSTUDIO」で完結させている。完全DIYのスタイルだ。けして風通しが良いとは言えない、息の詰まるような閉塞感と倦怠を湛えた彼のラップは、リリースのたびごとに目の覚めるような鋭いパンチラインを繰り出してリスナーを驚かせてきた。
活動再開の第一歩となった粗悪ビーツのEPでは、彼はまだ露悪的で無差別な攻撃性をあらわにしていた。日本語ラップをとりまく状況に対して、トリックスターのように介入を試みているかのようにも思える。シンプルな解釈を拒むかのような細切れの韻とむき出しのナンセンスは彼が持つ強力な武器であり、それは本作でも存分に発揮されている。とはいえ、その後の活動の切れ味からかえりみれば、ラッパーとしてのアイデンティティを確立しようと格闘している過程だったのかもしれない。
続いてYouTubeに奇妙な字幕とともにアップロードされた"swagin like that"(2017)は、dodoの表現が向かうべき方向性を表明した一曲だ。ライン同士の意味の連鎖がより散漫になり、詞の難解さが増すと同時に、あからさまな露悪性は退いた。「ビーフ」のようなヒップホップをめぐるゲームへ飲み込まれることを避け、「個」として立ち続けることの表明がこの曲には凝縮されている。そしてなにより、ラップこそが彼を「個」たらしめる重要な活動だ、と表明するのだ。「おれは未だに神だって信じるためにやるswagin' like that」と繰り返すフックには、ラップを通じた表現こそが日々の生活のなかですり減らされる自己を護る術である、そうした切実さがある。
あるいは続いてアップロードされた"kill more it"(2017)。ここで、弱さ、脆さを抱えながら、それを表現に昇華することで「個」として立つというdodoのアティチュードはより鮮明になる。「俺キモい?」と執拗に問い続けるフックは自意識に囚われた袋小路を思わせるが、それとは相反するようにヴァースは軽みとユーモアを帯びている。
俺は俺を理解すればいい
好きとか嫌いとかどうでもいい
あいつのこういうとこが嫌いとかで縮めない未来
ラヴとヘイトは姉妹
どうでもいいおしまい
さりげなく放たれるこの言葉は、自らの表現が向かうべき場所を見出し始めた強さも感じられる。以降、そのまま旺盛な活動を続け、2018年には『default』や『pregnant』など数枚のEPやシングルをリリースしたのち、いよいよ『importance』へと至る。
ヒップホップの上昇志向やゲーム性から距離を置き、孤独のなかで磨かれたdodoの言葉は、よりいびつな方向へと傾斜していったように聴こえる。ライミングというのはたいてい、遠く離れた意味やイメージ同士を音韻的な類似によってスムースにつなぎあわせ、ひとつの物語を紡ぐ役割を担う。それに対して彼のライミングは、ラインごとのつながりを寸断し、解体してしまう。文章の論理的な関係が置き去りになり、ただ響きによってかろうじてつながりあう言葉たちが、おぼろげに彼の思考や感情を浮かび上がらせるのだ。容易には咀嚼できないごつごつとした言葉の流れが、彼の声を聴き流してしまうのを妨げ、否が応でも耳を傾けさせられる。
そして、このいびつさにひとたび身を浸してみると、表現を通じて平衡を保ち、生きながらえるdodoの姿がそのまま凝縮されていることがわかってくる。彼は端々に深い内省を滲ませながらも、単にいわゆるsad boy的なメランコリーを表現するのではなく、他ならぬこのラップという表現こそが自分を保っているのだということを繰り返し表明し続ける。まるでよく噛んで含んで自分に言い聞かせるように。
メランコリックなマイナー調のリフを中心に組み立てられたビートは、dodoのメッセージをより鬼気迫るものにしている。彼自身のラップは耳に残るメロディを紡ぎはしても、決してエモーショナルに高揚することはない。それに対して、たとえばM2"Curtains"やM3"missu"を彩るけばけばしいシンセリフは、淡々とした言葉をドラマティックなモノローグに変容させる。それでも彼が悲劇のなかに埋没してしまわないのは、先述したような言葉のいびつな手触りによる。ビートとラップのこうしたバランス感覚は、制作のプロセスを自らの手で完結させる彼のスタイルの反映だろう。
日々の生活にしのびよる陰りに正面から向き合うための切実な言葉としてdodoの楽曲は、表現はある。さらに「importance』で彼は、この世界を生きる同志としてリスナーに言葉を投げかけている。あまりにもヘヴィで、まるで殉教者のように他人の生きづらさまでを飲み込もうとする彼の言葉は危うさを増しているが、それゆえにこのアルバムは異様な気迫を持っている。 M6"important"でdodoは「哀れな同志達」のために歌うことを宣言し、フックでは「これが俺が生きる意味」だと執拗に繰り返す。そしてこう断言する。
これのために泣いた日々
これに悩まされた日々
これのためならばいい
これのためならばいい
ブランクを経てふたたび着手したラップという仕事にしがみつくことでdodoは生きる。のみならず、ここに至るまでに味わった苦悩をまるごと肯定さえしてみせる。あるいは、M5"true believer"にはこんな一節がある。
俺らそれを思い
自分につけてきた重り
俺らこれとともに
沈んできたよ底に
見えなかった望みの光
朽ちてく誇り
重すぎて飛べない俺ら不コウノトリ
だけどこの重りは
俺をしてくれた子守
そしてこの重り
こそ俺らの鎧
今もなおある横に
自らを縛り付けてきた「重り」こそが自分をここまで生きながらえさせてくれた「子守」であり「鎧」である。抱えてきた生きづらさと決別するでもなく、あるいは「逆境をバネにする」でもなく、ただその生きづらさと向き合い、付き合い続けることを選択する、そうした受容と肯定のプロセスがここにある。言ってみれば、このアルバム全体を貫く主題はこの自らの生き辛さの受容と肯定にあるのではないか。
さらにその肯定は自然に未来へと接続される。たとえばラストを飾るM7"out of ma biz"のフックでは、誰をも否定せず、ただ自分のやるべき仕事に向き合うことを宣言。ヴァースでは、ナンセンスの合間に自らの素直な心情を吐露しつつこうラップする。
皆している努力
皆ぶつかる孤独
人生不可抗力
皆しちゃうんだ粗相
dodoはした改心
少しでも母国
アジア 地球宇宙 皆が喜ぶ
曲を書くよ
まるで核の
平和活用
聴く者に一抹の不安を与えるほどの、このナイーヴなまでの使命感。しかしdodoは決して誇大妄想にとりつかれているのでもないし、虚勢を張っているのでもない。それは、ヴァースのそこかしこから伝わってくる、じりじりと変化なく続いていく日常に足をすくわれながら、生き延び、挑み続けようとする彼のもがきを心に留めればわかるだろう。いちリスナーとして私は、彼が積み重ねてきた歩みを空虚な英雄譚や殉教の逸話に変えてしまわぬよう、彼の声に耳を傾け、この地上に足をとどめつづけようと思う。
imdkm
ブロガー。1989年生まれ。いち音楽ファンとして、山形の片隅で音楽について調べたり、考えたりすることで生きている。
ブログ「ただの風邪。」 http://caughtacold.hatenablog.com/
Info
dodo - 『Importance』
2019/02/01 Release
¥1,500
Track List
01still
02curtins
03missu
04things i think
05true beliver
06important
07out of ma biz
Instagram https://www.instagram.com/pokimonisforever/
YouTube https://www.youtube.com/channel/UC-vhmOBhiAljrracYmt6YAQ?