【インタビュー】KERENMI | 国内で椅子取りゲームするより、新しい席を作りたい

日本を代表するプロデューサー・蔦谷好位置が、新たにKERENMIというプロジェクトをスタートさせた。11月23日にリリースした「ROOFTOPS」を皮切りに、今後SALUをはじめとするさまざまなアーティストとの共演曲を発表していくという。J-POPですでに圧倒的なポジションを確立している蔦谷は、なぜ変名プロジェクトをやろうと思ったのか? その思いを聞いた。

取材・構成 : 宮崎敬太

世界でトレンドの音楽を、日本でリアルタイムでやりたい

- なぜKERENMIとして活動しようと思ったんですか?

KERENMI - 僕には世界でトレンドになってる音楽を、日本でリアルタイムでやりたいという思いがあったんですよ。僕は昔からとにかく新しいもの好きでして。いつもいろいろ聴いてるんです。それで「面白いな」と思ったサウンドをプロデューサーとしてクライアントに提案するんですが、多くの場合は「少しマニアックすぎる」「ちょっと格好良すぎです」みたいに言われることがあり首を縦に振ってもらえない。

- ちなみに最近聴いて面白かったのはどんなアーティストですか?

KERENMI - Dwilly。読み方がわからないんですけど(笑)。LAの人で2ステップっぽい音を作ってるんだけど、メロディが良くて、音色のチョイスもセンスが良い。洗練された音だと思う。

- 確かに蔦谷好位置さんにプロデュースをお願いするレコード会社の人は、このサウンドを求めてないでしょうね。

KERENMI - そうそう(笑)。僕はお題をもらって音楽を作ることも大好きなんですよ。そこで一番を競うのも楽しいし。これまで十数年いろんな人の作品をプロデュースしてきて、それらすべては自分に嘘のない音楽なんです。けど、もっと新しいアイデアを入れられるのになって思うことも何度かあった。なので、蔦谷好位置名義ではやらないようなことをKERENMIとして自分から発信したいと思ったんです。

- ちなみにKERENMIという名前にはどんな意味があるんですか?

KERENMI - 特に理由はないですが意味と語感が好きだったので。音としてひっかかりがあるというのとローマ字表記したときかっこいいのと、ちょっとHONNEとかMura Masaみたいな感じもするじゃないですか(笑)。KERENMIでは海外の人ともやってみたいから、こういう日本っぽい名前がいいかなと思って。

- KERENMIでは世界を目指してるんですね。

KERENMI - 目指してるというか、海外に挑戦したいという想いが以前からがあって。何年か前にグラミー賞を2回観に行ったんですよ。そしたらKendrick LamarとかBruno Marsとかのパフォーマンスがもう圧倒的だったんです。当たり前のことではあるんですけど(笑)。だけど実際観たら想像以上にすごかった。Ariana Grandeみたいなアイドルの子でも、とにかく歌がめちゃくちゃうまい。だから一緒にやるトラックメイカーも自ずと切磋琢磨せざるを得ない環境なんですよ。そういうのに憧れがあって。しかもそこからChance The Rapperのようなインディペンデントな人が出てきて、成功しちゃうのってすごく面白い。

- 確かに日本の音楽業界でChance The Rapperのようなスタンスで成功するのはなかなか難しそうですね。

KERENMI - 日本は世界でも2番目くらいに音楽市場が大きいから、国内のマーケティングに基づいた音楽だけ作ってれば産業としては成立しちゃうんですよ。だけど、世界には素晴らしい音楽がいっぱいある。それはインターネットを覗けば、誰でもすぐにわかる。それって単純にもったいない。だから普段のプロデュースではできない音楽をKERENMIでやろうと思ったんですよ。

- 韓国は音楽市場が小さいが故に世界を意識した結果、防弾少年団(BTS)がアメリカのビルボードチャートで2回も1位を獲ったわけですしね。

KERENMI - はい。一方、いまの日本は業界内で椅子取りゲームをしてるような感じ。だから新しい席を作りたいなって。けど僕はただの音楽バカで、海外のマーケットを開拓する政治力とかはない。だから音楽を作ることで、味方を増やしいこうと考えたわけです。

- ちなみに音楽的に自由なK-POPの躍進が、KERENMIをはじめるきっかけになった部分はありますか?

KERENMI - ゼロではないです。僕は基本的にいつもこのスタジオにいるから、夜とかにいろんな人が遊びに来るんですよ。そこで実際に韓国のトラックメイカーやラッパーと仕事をしている人の話を日常的に聞いてると、僕自身も自ずといろいろ考えるようになる。韓国はとにかくスピード感がすごいですよね。僕はDEANがすごい好き。ラップも歌もめちゃくちゃカッコいい。一緒にやってみたいなって思うけど、色々とハードルは高いみたい。KERENMIは格安だから、みんなどんどん声かけてくださいね(笑)。

アーティスト個人の人間性に寄らない純粋な音楽空間を作りたい

- 蔦谷好位置のままではダメだったんですか?

KERENMI - 蔦谷好位置はあくまでプロデューサーなんですよ。プロデューサーが自分の趣味をアーティストに押し付けるのはちょっと違うなという思いがあって。KERENMIは僕が自分から発信する音楽です。

- とはいえ、蔦谷さんはかなりお忙しいですよね? KERENMIで活動する時間はあるんですか?

KERENMI - 僕はトラック作りが趣味なんですよ。だから仕事で疲れたなと思ったら、いつも気晴らしで音楽を作るんです。小学4年生にMSXというパソコンで打ち込みを始めてから、今までずっとそんな感じ。僕は音楽でできる表現を全部実現したいと考えてるんです。蔦谷好位置として作るようなJ-POPはもちろん、ヒップホップもクラシックも全部好きなんです。

- なるほど、プロデューサー・蔦谷好位置ではなく、アーティスト・KERENMIとして最先端の音楽を発信していこうということですね。

KERENMI - 僕から発信することは間違いないんだけど「自分がアーティストになる」という意識もそんなないんだよな。レコード会社とかいろんな事情で「KERENMI=蔦谷好位置」としてやることになったけど、そもそも最初は匿名プロジェクトにするつもりだったし。僕は音楽が大好きだけど、アーティスト個人を全肯定するような聴き方ができないんですよ。音にしか興味がない。だから、どのアーティストにも必ず良くないと思う曲や、つまらないと思う曲がある。それが普通の人より極端なんです。KERENMIでは、個人に寄らない音楽空間を作りたいと思ってるんですよ。純粋に音楽だけ楽しめる場所みたいな感じ。

- それはかなり独特な視点ですね。

KERENMI - かなりズレてると思う。僕は音楽の感じ方が普通の人と違うみたいなんです。最初に気づいたのは小学校2年生の時。音楽の授業で合唱をしていたんだけど、先生のピアノは間違ってるし、歌ってるみんなもメロディや符割がおかしかった。それがすごく気持ち悪くて、「みんな間違ってるよ!」と合唱を止めたことがあるんです。そしたらクラスがすごい変な空気になっちゃって。先生もめちゃくちゃ白い目で見てくるし。でも僕からしたら、この気持ち悪さがわからないみんなが不思議だった。あの頃はまだ子供だったし語彙力もなかったから、何が間違ってるのかうまく説明できなかったけど、僕には自分の中で鳴ってる美しい音楽を正確に伝えたいという強烈な欲求があるんです。

- 音原理主義的な。

KERENMI - そう。究極的には音さえあれば良いと思ってる。フェスとかもそうですし芸能全般に言えるけど「人間力の見世物小屋」ですよね。多くの人は作品ではなく人を見ている。作品そのものではなくブランドで判断している。なんだけど、同時に自分はそこで戦ってないというコンプレックスもあるし、人が音楽を作るし、人に突き動かされることもたくさんある。それはきっとずっと解消されない強烈な自己矛盾なんです。

- 蔦谷さんってかなりめんどくさい人なんですね(笑)。

KERENMI - そうなんですよ。さっき好きなアーティストの質問をされたけど、あれも曲単体で好きってだけの話で。僕は性格に相当難があると思います(笑)。

毎週リリースできるくらい曲はすでに完成してる

- 実はKERENMIとして、今年の4月に発売されたSKY-HIさんのアルバム「ベストカタリスト -Collaboration Best Album-」にひっそりと楽曲提供していたんですね。

KERENMI - そうそう。当初は匿名プロジェクトの予定だったからね。一番最初はMrs. GREEN APPLEの"WanteD! WanteD!"のリミックスで他にも15歳のシンガーRUANNのプロデュースは全てKERENMI名義でやっています。

- KERENMIとしては第一弾リリースとなる"ROOFTOPS#はどんなテーマで制作されたんですか?

KERENMI - 「一つになれないものを、ひとつにしたい」というのが、KERENMIというプロジェクトの大きなテーマでもあるんですよ。なんだか最近世の中を見ていると違う価値観に対しての不寛容さを感じることが多い。僕はせめて音楽を聴いてる時くらいひとつになれたらいいなって思ってたんです。そんな話をOfficial髭男dismの藤原聡くんにしたら、この歌詞を書いてきてくれて。

- 藤原さんにオファーしたのはなぜですか?

KERENMI - 彼は絶対音感を持ったミュージシャンで、実はギターも、ベースも、ドラムもなんでもものすごく上手く弾けちゃう人なんです。で、そういう人が音楽を作ると頭でっかちで難しいものになりがちだけど、客観的にポップな音楽を作ることができる。しかも努力家で、ここ何年かは作詞の勉強をしてた。そういうバックグラウンドを知ってたから、最初に"ROOFTOPS"の歌詞を読んだ時は本当に感動しましたね。二人のライバルが切磋琢磨するというテーマで書かれてるけど、ちゃんとKERENMIのテーマも踏まえられてる。藤原くんの歌詞は最近どんどんよくなっています。

- 先ほどK-POPのスピード感の話が出ましたが、世界を意識するKERENMIとしては早いスパンで作品をリリースする予定なんですか?

KERENMI - はい。毎週リリースできるくらい曲はすでにある。僕、いくらでも曲を作れるんです。でも、参加してもらうアーティストの権利許諾とかいろいろクリアしなきゃいけないこともあって。そういうことも踏まえて、いいスピード感でやりたいですね。世界の音楽シーンはものすごい勢いで動いてますから。そこに僕なりにちょっと意表を突いたメロディを乗せたり、いろんな提案をしていきたいんです。

- J-POPでの厳しい制作経験を持った人が、ヒップホップやクラブミュージックのような日本ではマイナーな音楽の場にやってくるのは面白いですよね。

KERENMI - そういえば"ROOFTOPS"はBach Logicさんにミックスしてもらったんですよ。上がってきた音を聴いて本当にびっくりしました。フロアの鳴りをちゃんと知ってる人が処理した低音というか。キックの存在感はすごいし、音の輪郭や分離の仕方まで何もかもが全然違った。あと歌の置き方がポップスを作ってた僕とは違うので、そこが新鮮だったり。これからももっと深くBLさんとはいろいろやりたい。

- 蔦谷好位置としてのブランドは確立されてますが、KERENMIとしては本当にスタートラインに立ってるような感覚なんですね。

KERENMI - 新人ですからね(笑)。

KERENMIがいろんな人たちの窓口になれたら

- ちなみに次はどんな曲なんですか?

KERENMI - SALUくんと作った曲です。1年くらい前に録ったので、出すタイミングに合わせて若干の手直しが必要ですけど。最初SALUくんにビートを聴かせてラップを録ったら、ゴリゴリのトラップっぽい三連フロウだったんです。そこをちょっと相談して、もうちょっと歌メロっぽい感じでラップしてもらいました。

- KERENMIでもメロディは重視していくんですか?

KERENMI - 一概にそうとは言えないけど、僕は音楽においてメロディがすごく大事だと考えてるんですよ。特に最近はサブスクで音楽を聴く人が多いから、掴みをなるべく早い段階で作るってことは意識します。ラップに関してはリズムを重視した歌唱法だから相談しながら作りますけど、それでもメロディは大事にしたいですね。歌えという意味ではなく。メロディがなくても気持ちのいいフロウはあるから。

- いま日本で注目しているラッパーを教えてください。

KERENMI - GOODMOODGOKU、MIYACHI、Ryofu、唾奇はすごい好きですね。他にも気になった人はいっぱいいますけど、さっきも言った通り僕は音しか興味がないからアーティスト名が全然覚えられないんですよ(笑)。良いラッパーはすごく多いので、みんなもっと大きなステージに立つことを意識してほしい。

- そういう意味ではBAD HOPが武道館でワンマンライブをしたのはエポックメイキングな出来事でしたね。

KERENMI - うん、ああいうのは本当に素晴らしいと思う。BAD HOPみたいな若いアーティストが好き勝手にやって、どんどんのし上がっていくをみると昔のNWAを思い出しますよ(笑)。BAD HOPにはどんどん先に進んで行って欲しい。武道館みたいな大きいステージに立つことって本当に大事なんですよ。あれは経験しないと絶対にわからない。この前、KREVAとレコーディングした時も感じました。彼は踏んできた場数が違うから、声の出し方一つとっても若い子たちとは全然違うんです。だから、自分が目標としてる場所のさらに先を観て活動してもらいたい。

- 例えば、今後KERENMIがTOKYO YOUNG VISIONやMaisonDeのような若いラッパーたちと共演することもあるのでしょうか?

KERENMI - いろんな人たちとやりたいですね。その2組はものすごくセンスが良いですよね。時代の匂いを感じ取る能力は、僕なんかより絶対的に優れてると思う。だけど彼らだけじゃなく全般的に言えるのは、トラックや雰囲気はいいんだけどその分メロディの作り方が甘かったりもする。それに若いトラップ系の子たちはライヴも弱い。歌ありのトラックでライヴをやるなら、KOHHくらい突き抜けたバイブスがないと厳しいよなって思ったり。

- KERENMIが関わることで、日本のヒップホップがさらに先のステージに進めたら面白いですね。

KERENMI - ヒップホップに限らず、自分がいろんな人たちの窓口になれたら良いとは思います。若い子たちは同じジャンルの人たちだけで固まりがちだから。それに音楽的に良いものを持ってても、細かい部分のクオリティコントロールができてないこともある。そういうところは改善してあげたいな。ちょっと偉そうですけど(笑)。

- では、最後に最近刺激を受けた曲を教えてください。

KERENMI - sakehands "GOOD BYE FOREVER"、The Charm Parkの"フォー・ユー"、Anderson .Paakの"'Til It's Over"、宇多田ヒカル "Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)"、JNTHN STEINの"Headroom feat.Brasstracks"の5曲ですね。

Info

KERENMI 『ROOFTOPS』feat.Satoshi Fujihara [from Official髭男dism]
iTunes Store :https://itunes.apple.com/jp/album/1444027904?l=ja&ls=1&app=itunes
Apple Music :https://itunes.apple.com/jp/artist/1348233244

RELATED

【インタビュー】5lack 『report』| やるべき事は自分で決める

5lackが今月6曲入りの新作『report』をリリースした。

【インタビュー】BES 『WILL OF STEEL』| 初期衝動を忘れずに

SCARSやSWANKY SWIPEのメンバーとしても知られ、常にアクティヴにヒップホップと向き合い、コンスタントに作品をリリースしてきたレジェンドラッパー、BES。

【インタビュー】CreativeDrugStore 『Wisteria』| 11年目の前哨戦

BIM、in-d、VaVa、JUBEEのMC4名、そしてDJ/プロデューサーのdoooo、ビデオディレクターのHeiyuuからなるクルー、CreativeDrugStore(以下、CDS)による、結成11周年にして初となる1stアルバム『Wisteria』がついに発表された。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。