【特集】トラップミュージックの歴史における重要人物とは誰か?

T.I.とGucci Maneの間で勃発した「トラップミュージックを発明したのは誰か」という論争。お互いがトラップミュージックの発明者だと譲らない両者の主張は平行線をたどっている。

もちろんT.I.とGucci Maneの両者共に「トラップ」というジャンルを語る上で外すことのできない存在であるが、どちらか一方を「トラップの発明者」とすることには疑問が残る。というのもトラップという言葉自体が複数の定義を持つものであり、音楽的にみてもトラップを定義しようにも、何を持ってトラップかというのは曖昧なままなのだ。

「トラップ」という言葉をアルバム『Trap Muzik』(2003)において初めてアルバムタイトルに使用した、ということで自身の先進性を根拠にトラップの発明者であると主張するT.I.は同アルバムのタイトルトラックにおいて“This a trap/This ain’t no album/This ain’t no game/This a trap"とラップしており、このことからは彼がトラップをいち音楽ジャンルではなく生き方そのものとして定義していることが伺える。

T.I.のこのアルバムでトラップという言葉自体が、人口に膾炙したのは間違いないといえるが、サウスにおけるドラッグディールやハスリングをテーマにしたラップは彼に始まるものでもなく、トラップという言葉はGoodie Mobの1995年のトラック“Thought Process”や、1998年にリリースされたOutKastの“SpottieOttieDopaliscious”においてリリックに盛り込まれているため、古くからサウスのヒップホップにおいては使用されてきた言葉であるのは判明している。

だからといってGoodie MobやOutKastがトラップミュージックの創始者だとは言えない。彼らの音楽スタイルは現在のトラップミュージックの歴史とは接続されないサウンドだからだ。

2000年代後半から日本ではいち早くblogやTwitterなどでトラップミュージックについて発信してきたLil Pri氏は、アトランタから発生したトラップミュージックの重要人物としてCool Breezeをあげる。「Dungeon Family構成員の中でとりわけドラッグ・ディーラー的なパーソナリティーを強く押し出していて、Goodie Mobの"Dirty South"の冒頭から「もしBill Clintonから薬を売るよう迫られたら…」という濃厚なトラップ的ラップをしていた」というCool Breezeは、T.I.に多大な影響を与えたとLil Priは指摘しており「実際にフロウ等かなり似てる部分があるので、1999年発表のアルバム『East Point's Greatest Hit』を注意して聴いてみてほしい」と勧める。

音楽としてのトラップの特徴となるハイハットやTR808の重いキックやベースといったサウンドの起源は、Complexによれば2000年代初期にラッパーのDramaやYoung Jeezy、Gucci Maneと共にプロデューサーとして活動したShawty Reddにあると断言されている。ただその源流には2 Live Crew周辺のプロデューサーで初期のT.I.のトラックを手がけたDJ Toompや、Three 6 Mafiaなどアトランタではなくメンフィスのサウンドからの影響も指摘することができ、「このラッパーやプロデューサーが発明した」と一概に言い切ることは出来ないように思われる。しかしShawty Reddの存在感の大きさについてはLil Priは、「UGKやGhetto Mafiaのようなカントリー・ラップからオーガニック成分を排除し、後のシカゴ・ドリルにも繋がる無機的なエレクトロニック・サウンドを築き上げたという意味で、やはりShawty Reddが最重要プロデューサーで間違いない」と述べ、「2000年代中盤、Jeezyをはじめとするトラップ・ラッパーたちの背後で威光を放っていた麻薬組織、Black Mafia Familyの全身を黒と金で固めた服装のイメージとも同期し、本職トラッパーたちのギラつき/オラつきを音で表現する危険なベース・ミュージックのジャンルを確立した」と付け加えている。

さらに、日本においてトラップミュージックをいち早く自身のサウンドに取り入れたラッパーでありプロデューサーのCherry Brown aka Lil’Yukichiは、個人的な解釈として前置きしつつ「T.I.、Gucci Mane、Jeezy、Shawty ReddやDJ Toompなどは間違いなく重要」と言いさらに「他にはプロデューサーのDrumma BoyやZaytovenなども重要なアーティスト」だと指摘する。さらに「2000年代に活躍した前述のラッパーたちを聴いて、現在のトラップサウンドに音を進化させネクストレベルに持っていった二人といえばラッパーのWaka Flocka FlameとプロデューサーのLex Luger」と2010年代以降のトラップの重要人物としてアルバム『Flockaveli』でタッグを組んだ2人をあげている。

さらにCherry Brownはトラップの歴史における重要な楽曲を紹介してくれた。

T.I. - "24's" [Prod. DJ Toomp]

Gucci Mane - "Trap House" [Prod.Shawty Redd]

Young Jeezy - "Over Here feat. Bun B" [Prod.Shawty Redd]

Boyz N Da Hood - "Trap Niggaz" [Prod. Drumma Boy]

OJ Da Juiceman - "Hummer & A Jacob" [Prod. Zaytoven]

Waka Flocka Flame - "Bang feat.YG Hootie & Slim Dunkin" [Prod. Lex Luger]

トラップという言葉は、音楽ジャンルとしてもライフスタイルとしても解釈ができるうえ、音楽としては時代ごとに様々なプロデューサーがそのサウンドをアップデートしつつ進化させてきたものであるといえる。Cherry Brownは、現在のトラップミュージックのサウンドを形成したプロデューサーとして808 MafiaのSouthsideやMetro Boomin、Mike Will Made Itなどの名前をあげてくれた。

Lil Pri氏は「トラップまで繋がるスロウ・テンポなエレクトロ/ベースの大元を作ったのは、90年代初頭にThe Showboysの"Drag Rap (Triggaman)"をDJとして世に広めた人物でもあるメンフィス出身のDJ Spanish Fly。 そして、そこに独特のハイハット等を絡めつつ、メンフィスのサウンドを完成させたのがDJ Squeekyという認識で良いと思う」とその起源を示す。

「Squeekyが1993年にリリースしたテープに収録されている"Lookin' For Da Chewin' feat. Skinny Pimp, 8Ball & MJG, DJ Zirk & Kilo G"は、DJ Paulにパクられ、その他大勢のDJにパクられ、更に25年経ってもG-Eazyの"No Limit"でパクられるという、トラップ・ビートの雛形となる超重要な作品。 DJ Paul & Juicy Jの富と名声の裏に隠れたオリジネイターの功績もリスペクトしよう」と90年代前半のO.Gまで遡ることで、より多層的なトラップの世界を理解できると話している。

勿論T.I.やGucci Maneはトラップをヒップホップシーン全体に広めたという点では、オリジネイターと呼ぶことが出来るが、その影には過去30年に渡るサウスを中心とした音楽の豊かな流れがあることがわかる。そして現在のトラップミュージックも、また後進のラッパーやプロデューサーによって違う形で継承していくのは間違いないだろう。その時に、歴史に名が残っているのは一体どんなラッパーなのだろうか。

RELATED

Gucci ManeやLil Pumpらがマイアミでマスク無しのパーティに参加していたことが報じられる

新型コロナウイルスのパンデミック以来、マスクは我々の生活にとって欠かせないものとなっている。マスクを着用しないまま人の密集する場所やパーティに足を運ぶことは自分自身や周囲を危険に晒してしまうこととなるが、今回、多くのセレブがマスクを着用せず集まるパーティが開催されてしまったことが報じられている。

インディラップの名盤500枚を紹介する書籍『インディラップ・アーカイヴ もうひとつのヒップホップ史:1991-2020』が刊行

DU BOOKSから1991年から2020年までインディレーベルからリリースされたヒップホップ作品500枚を紹介する書籍『インディラップ・アーカイヴ もうひとつのヒップホップ史:1991-2020』が刊行される。

Gucci Maneが「Gucciの内部に自分のブランドを持った」と語る|7月にリリースの新作のプロモーションか

昨年にはついにGucciとのコラボレーションを公式に実現し、LOOKへの登場を果たしたGucci Mane。そんな彼が、モデルを務めるに留まらずGucciの内部に自身のブランドをオープンさせることを計画しているようだ。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。