【レビュー】Tyler, the Creator - 『Flower Boy』| 車の中で1人

FEATURED  2017.10.10  FNMNL編集部

2017年8月12日付けの米ビルボード・アルバム・チャートは、7月21日にそれぞれ最新アルバムを発表したTyler, the Creator、Lana Del Rey、Meek Millが首位の座をめぐる、三つ巴の熾烈な争いとなった。事前の予測では、Meek Millの『Wins and Losses』が発売初週売上9〜9.5万枚、Tylerの『Flower Boy』が8.5〜9.5万枚、Lana Del Reyの『Lust for Life』が8.5〜9万枚と報じられ、この時点ではだれが1位の座を射止めてもおかしくない、大接戦に。

このデッドヒートを最終的に制したのは、10.7万枚の売上を記録したLana Del Rey、次いで2位の座を獲得したのはTylerで、その差は惜しくもわずか1千枚。もっともTylerの『Flower Boy』は、発売日の約2週間前にネットにリークされるという不運に見舞われることがなければ、悲願の全米チャート初登場1位のタイトルを獲得できていたかもしれない。

Lana Del Reyは「Pitchfork」が行ったインタビューのなかで、「最近はどのラジオでも、失望についての歌ばかり耳にすると思いませんか? Lil Uzi Vertの歌詞—— “ともだちはみんな死んだ”[注:"XO Tour Lif3"より]——は、まるであなたの歌のようです」という問いかけに対して、「そうね、それには私も大きく関係してると思う。昔の私が歌っていたような曲をよく聴くようになった」と答えている。さらにLana Del Reyは過去を振り返って、彼女がデビューする以前は、暗く悲しい曲調の歌を披露してもレコード会社はまったく相手にしてくれなかったが、自分の影響もあり、近年はそうした失望の歌がトレンドになっていると話している。たしかに、なにやら堅気でない風のわるい男との退廃的なロマンスを、ドラッグや暴力描写なども交えて歌うLana Del Reyの歌は物悲しい。しかし、『Lust for Life』はそんなLana Del Rey的イメージからの変化が見てとれる。彼女の心境の変化は、デビューアルバムのタイトル『Born to Die』と、本作のタイトル『Lust for Life』を比べてみるだけでも読み取れるし、これまでは仏頂面がお決まりだったのに、本作では満面の笑みを湛えるアルバムのジャケット写真からも一目瞭然である。

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Lana Del Rey - 『Lust for Life』

Lana Del Reyの影響であるかはさておき、いまの音楽シーンのトレンドが「鬱」であることは間違いない。

Tyler, the Creatorの4thアルバム『Flower Boy』にも、鬱々としたムードが漂っている。アルバムの幕を開けるTylerの第一声はこんな自問自答から始まる。

俺のドライブ(意欲)が底をつくまでに、何台の車が買えるだろう

俺が道を走りきるまでに、どれだけのドライブ(意欲)を持てるだろう

俺が陸地を走り終えるまでに、どれだけの道を切り開けるだろう

俺が海に駆け込むまでに、どれだけの陸があるだろう

Tylerが前作『Cherry Bomb』で提示したメッセージを考えてみると、それとは180度ベクトルの異なる、この意気消沈した歌い出しには、ひどく驚かされる。というのも、『Cherry Bomb』は「Find Your Wings(翼をみつける)」をアルバムのテーマに掲げ、若者の自己実現を鼓舞する、Tylerの明るく前向きな部分が全面に表れた作品であった。対して、『Flower Boy』の1曲目"Foreword"は上述の歌い出しに限らず、徹頭徹尾暗く、後ろ向きである。極めつけは、「俺はあの世行き、お終いさ/友達にもしばらく会ってない/一生続くものなどないんだろうな」と歌う、客演参加のシンガーソングライター、Rex Orange Countyのパートだ。曲のアウトロでRex Orange Countyは、溺死や衝突事故死に思いをめぐらせる。

オープニング曲"Foreword"がドライブ(運転)についての歌い出しから始まるのは、決して偶然ではない。Tylerが車社会のロサンゼルスに生まれ育ったことや、車が趣味であることも無関係ではないだろうが、それ以外にも理由がありそうだ。

『Flower Boy』はアルバムの随所でエンジン音や、ドアの開閉音が聴こえるように、1曲目の"Foreword"で発進し、最終曲の"Enjoy Right Now, Today"で車を降りるまで、Tylerがドライブするのにあわせるようにして曲が進む構成になっている。そしてこの構成は、曲間をシームレスにつなぎ、始まりから終わりまで流れるように直線的に展開するアルバムの構造と対応しているように思われる("Foreword"の、ピピピ、ピ、ピ…という打ち込みの音は、停めた車を発進させる際のウィンカー音を模倣している?)。

音楽のほかにも、ミュージックビデオの監督、自身の手がけるアパレルブランド「Golf」に加え、コンバースとのコラボ・スニーカー・ライン「Golf Le Fleur」をローンチ、クラゲの一家のドタバタ騒動を描いたカトゥーンアニメーション『The Jellies!』やモノづくりの舞台裏に迫ったドキュメンタリー『Nuts+Bolts』などの番組制作、さらには音楽フェスティバル「Camp Flog Gnaw Carnival」を主催するなど、多彩な才能を発揮し、まさに“Creator”の名に相応しい活躍を見せるTylerの人生は順風満帆そのものに見える。しかし、"Foreword"で聴けるように、Tylerは漠然と不安に駆られ、その心は鬱々としている。

曲が進むにつれて、Tylerの運転する車はぐんぐん加速していく。それと同時にTylerの鬱の度合いも増していく。車の速度計ならぬ、Tylerの“鬱度計”の針は"911 / Mr. Lonely"という曲でついに振り切れる。ここにきて、Tylerが意気消沈しているわけもはっきりする。この曲で“Mr.ロンリー”を自称しているように、Tylerは孤独に苛まれている。

 

車5台分の車庫

ガスは満タン

でもそんなの全く意味がない、意味がない

意味がない、意味がないんだ、助手席に君がいなければ

俺はこの世で一番孤独な男

成功をおさめ、手にしたカネで買い揃えたせっかくの高級車も、助手席に誰も座る人がいないのでは形無しである、とTylerは歌っている。911(緊急番号)に電話をかけて助けを求めたくなるほどに、孤独による寂しさは切迫している。Tylerの嘆く、無人の助手席というのは、Tylerの心にぽっかり空いた穴(孤独)の象徴である。

一方、アルバムからの先行シングル曲"Who Dat Boy"のミュージックビデオでは、Tylerの運転する車の助手席に謎の美青年が座っている。曲中のTylerの言葉を借りるならば、彼は「1995年のレオナルド・ディカプリオ」ということになる。事実、彼の顔立ちや衣装といった容姿は、1996年の映画『ロミオ+ジュリエット』に主演した当時のディカプリオに瓜二つである。彼はいったい何者なのだろうか?(Who dat boy?)

『Flower Boy』は、一部の歌詞でTylerがセクシュアリティについてカミングアウトしているのではないかと話題になった(“次のラインはみんなをあっと驚かせるぜ/俺は2004年から白人ボーイたちとキスしてるのさ”)。もしかしたらディカプリオ似の彼は、孤独なTylerが恋い焦がれる男性を投影した、欲望の具現なのかもしれない。または、"See You Again"で歌われる、夢の中でだけ会えるという空想上の恋人なのかもしれない。いずれにせよ、空想にふけることで、Tylerは心の穴を埋めようともがいている。いまのTylerが孤独で意気消沈した精神状態にあることは、作品外からも推し測ることができそうだ。

Tylerが主催する音楽フェス「Camp Flog Gnaw Carnival」は、音楽オタクのTylerがいちリスナーとして“見たいアーティスト”を招聘する、音楽好きなら誰もが憧れる夢のフェスである。今年で6回目の開催を迎え、昨年からは規模を拡大して2日間開催されている。ここで注目すべきはそのヘッドライナー。正式発表はまだながら、すでに発表済みの出演ラインナップから考えて、今年のヘッドライナーはLana Del ReyとKid Cudiになる可能性が濃厚と見られる。前述のように、Lana Del Reyは沈鬱で物悲しい作風で知られている。Tylerが『Flower Boy』のような作品を発表したその年に、Lana Del Reyのようなシンガーを、パフォーマンスを見てみたいと思うフェスのヘッドライナーに選んだのには、単に彼女が今年新作アルバムを出して、それをTylerが気に入ったからという以上の理由があるように思えてならない。つまり、いまのTylerは、“そういう気分”なのである。

もう一人のヘッドライナーにKid Cudiを選んだのも、おそらく同じ理由からだと推測される。Kid Cudiのデビューアルバム『Man On the Moon』は、彼の抱える孤独や悲しみについて歌った内省的な作品だった。アルバムのタイトルにある「月」は孤独のメタファーだ。Kid Cudiは一人寂しく部屋のなかで過ごす自分を、無人の月に佇む孤独な人物に喩えている。Tylerが『Flower Boy』でMr.ロンリーと自称しているように、Kid Cudiも作中で自身のことを“Mr.独りぼっち”(Mr. Solo Dolo)、“孤独なストーナー”(Lonely Stoner)などと呼んでいる。それから、『Man On the Moon』は作品全体がKid Cudiの夢のなかの物語であるという設定も、空想によって孤独から逃避するTylerの姿と重なる(Kid Cudiの場合は、孤独からの逃避というより、ハッパの吸いすぎで、お月様までぶっ飛んだ幻想を見ているだけという言い方もできるのだが)。前述の"Foreword"や、"November"といった曲で聴けるように、人生の転落を心配して意気消沈しているTylerの気分にあわせたサウンドトラックとして、いまの成功がいつまでもつづかないと知りつつも、刹那的な快楽に祝杯をあげるKid Cudiの"Pursuit of Happiness"ほど、ほかに相応しい曲もないだろう。

Kid Cudiが“マン・オン・ザ・ムーン”であるなら、『Flower Boy』のTylerは “マン・イン・ザ・カー”ということになるだろうか。

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Tyler, the Creator -『Flower Boy』

『Flower Boy』のアートワークのデザインを手がけたEric Whiteに「XXL」誌が行なったインタビューによれば、初期構想段階では、アートワークは車のなかの人物からの視点を描いたデザインになる予定だったという。この逸話からも、いかに車が本作において重要な位置付けにあるかがうかがい知れる。

"911 / Mr. Lonely"で歌われるように、『Flower Boy』における車は、物質主義による虚無や孤独のメタファーだ(車を何台所有したところで、助手席に誰も座るひとがいないのなら、意味がない!)。『Man On the Moon』で、孤独なKid Cudiが無人の月に囚われていたように、Tylerは無人の車(孤独)のなかに幽閉されている。

アルバムの終盤、"November"と"Glitter"の2曲で、Tylerは想いびとへの恋心を歌詞にしたためて、それを留守番電話に吹き込み告白する(“君の歌を書いたんだ、意見を聞かせてくれよ”、“君こそが僕の人生に必要だった人”)。だが、電波環境が悪く、結局その想いは相手に届かない(“あなたが話されていないか、または接続不良のため、あなたのメッセージを受け取ることができませんでした/ちきしょう”)。

アルバムの幕となる最終曲"Enjoy Right Now, Today"の最後は、車を停め、エンジンを切り、車から降りたTylerがどこかへと歩み出すところで終わる。この曲がアルバム全体のダウナーなトーンと比べて、不釣り合いなほど明るい曲調なのは、最後にTylerが車から降りた、すなわち孤独の檻から抜け出した(?)ことと関係があるのかもしれない。車から降り立ったTylerがどこへ向かうのかは明示されないが、ドライブの末に孤独を振り払うことができたのであれば、その向かう先にはきっと、さきほど電話での告白に失敗した想いびとが待っているにちがいない。

小澤俊亮
ライター
Twitter: @sh333zy

 

Info

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Tyler, the Creator - 『Flower Boy』

○¥2200円+税 ○解説:大野俊也(FLJ)、対訳:塚田桂子

トラック・リスト
1. フォワード feat. レックス・オレンジ・カウンティ
2. ホウェア・ディス・フラワー・ブルームス feat. フランク・オーシャン
3. サムタイムズ...
4. シー・ユー・アゲイン feat. カリ・ウチス
5. フー・ダット・ボーイ feat. エイサップ・ロッキー
6. ポットホール feat. ジェイデン・スミス
7. ガーデン・ジェット feat. エステル
8. ボアダム feat. レックス・オレンジ・カウンティ & アンナ・オブ・ザ・ノース 9. アイ・エイント・ガット・タイム!
10.911 feat. フランク・オーシャン & スティーヴ・レイシー/Mr.ロンリー 11.ドロッピン・シーズ feat. リル・ウェイン
12.ノベンバー
13.グリッター
14.エンジョイ・ライト・ナウ、トゥデイ

http://www.sonymusic.co.jp/artist/tylerthecreator/

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Tyler, The Creator

2017/10/20 (Fri) 恵比寿 LIQUIDROOM
東京都渋谷区東3-16-6
» 会場HP / ロケーション

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