【インタビュー】soakubeats 『ひとり分の力』| それでも自分の人生を引き受ける

フォロワー数、再生数、インプレッション──音を聴くよりも先に、その音楽のマーケットにおける序列が数値として提示される時代は、すでに長く続いている。 おそらくこの状況は今後も続くだろうし、若いミュージシャンたちは、ますますその価値観を内面化、前提として音楽を作り始めるだろう。
だが、それについて(多少の文句をつけることはあっても)悲観することはないだろう。コングロマリットの一部門としてのレコード会社、投資対象としての音楽ビジネスがどのように動こうとも「音楽を作り、それを聴いてもらう」ことでしか満たされない喜びは、普遍的なものだからだ。それが良くも悪くも、簡単に人の人生を変えてしまうほどの魅力を持っているということを、私は知っている。「飲食店の10年生存率は◯パーセント以下」とどれだけ喧伝されようとも、店を開きたがる料理人は後を絶たない。音楽も同じだろう。
三重出身のビートメイカーsoakubeatsが、2024年にCDでリリースした3枚目のアルバム『ひとり分の力』が、今春、アナログでリリースされる。soakubeatsは完全にインディペンデントで活動し、日本のヒップホップ・シーンにおいて、まさに自主独立した稀有な存在だ。
FULLAMATIC XX、tofubeats、valknee、OGGYWEST、小林勝行(アナログ版のエクスクルーシヴとして参加)といった客演ラッパー。画家・佐藤允による作品を使用した坂脇慶のディレクションによるジャケット。ミックス&マスタリングにイリシット・ツボイ、そしてアルバム・タイトルの引用元となったECD……『ひとり分の力』というタイトルだが、関わった人物は賑やかで、かつ、いずれも独自の道を行く人物ばかりだ。パトワ語における「I & I(我々)」という言葉のように、たくさんの「ひとり」が、soakubeatsのもとに集っている。
これまでのFNMNLの記事でも断片的に語られていた彼の来歴、音楽観といったものを、改めて語ってもらった。この手の記事としては、かなりのボリュームになる超・ロング・インタビュー。soakubeats本人と一対一で座して相対するつもりで、じっくり読んでいただければ嬉しい。
取材・構成 : Kotetsu Shoichiro
撮影 : Jun Yokoyama
- 今回は『ひとり分の力』のレコード化に合わせて粗悪さんをもっと知ってもらうためのインタビューですよね。
粗悪 - はい!今年で30代最後、皆さんにもっと自分のことを知っていただきたいです!
- そもそもご出身はどちらでしょうか?
粗悪 - 三重県の津市というところです。1987年に生まれました。父親は四日市っていうところの石油系の会社でサラリーマンをしていたんですが、お酒や煙草が好きだったせいか、僕が4歳の時に亡くなりました。それから母子家庭で育ったんですが、母の実家が薬屋をやってて、商売が身近にある生活でした。
- どういう子どもだったんですか?
粗悪 - お笑い番組が大好きでしたね。漫才師になりたかったけど、人前に出るのは苦手だったので、漫才のネタを書く人になることが夢でした。
- ヒップホップとの出会いは?
粗悪 - それまで音楽は全く興味がなかったんですけど、中学2年の時に、校内放送でZEEBRAの『BASED ON A TRUE STORY』が流れていて「これ何?カッコ良すぎる……」と雷が落ちたような衝撃を受けました。一緒にご飯食べてた同級生が「うちのお兄ちゃんが持ってる」って言うから、それをカセットテープに焼いてもらって。それがヒップホップとの出会いですね。
- ヒップホップのどういう所に惹かれたんでしょうか?
粗悪 - 最初はラップというより、まず、ビートでしたね。ドラムがすごく強調されていて「こんな音楽あったんだ!」と。そこからは一気にのめり込みました。ブッダブランド、ニトロ(NITRO MICROPHONE UNDERGROUND)、雷家族。キエるマキュウも聴いてましたね。ただ、当時は何もわかってなかったので、勘違いもありました。ニトロのDELIさんのラップにはまって「このラッパーはなんて名前なんだろう」と思って調べてたんですけど、どういうわけかDELIさんのアルバムと思ってNIPPSさんの1stアルバムを買ったり。そういう試行錯誤が楽しかったですね。アメリカのラップは聴かずに、とにかく日本語ラップにハマってました。
- ネットもない時代で、そういう勘違いもありつつ、ハマっていった訳ですね。
粗悪 - それと、10代でもう一つ影響を受けたのが、格闘技ですね。ある日、北風がビュービュー吹いてる夜で、家で寝ていて、急に不安な気持ちになって。母子家庭じゃないですか?「あ、今ウチに強盗入って来たら、誰も勝てる奴がいないな」と急に思い浮かんで。そこから「最低限の運動はできたほうがいいな」と思うようになりました。今はRIZINとかBreakingDownですけど、当時はPRIDEが流行ってました。自分は協調性がなかったんで球技が無理で、個人でできる格闘技に、すごく興味を持ちましたね。やってみないと気が済まないタイプだったので、高校ではレスリングやってました。
- 粗悪さんはジムのイメージがありますが、昔から鍛えてるんですね。
粗悪 - ただ、スポーツとしてのレスリングは大好きなんですが、体育会系の文化にはあまり馴染めず、挫折してしまいましたね……体も鍛えてたんですけど、それが体育会系文化の象徴に思えて、鏡を見るのも嫌になって、そこから一切、鍛えたりとかしなくなりましたね。今思うと極端だし、もったいないことしたなと思うんですが……ちなみに、音楽活動を始めたのを機に、再びジムに行くようになりました。
- 高校を出たあとは?
粗悪 - 名古屋の大学に進学したんですけど、その4年間が一番の暗黒期ですね。もともと文系志望だったんですけど、文系だと就職できないかなと思って、高校の3年で理系に志望を変えたんですよね。でも、いざ入ってみたら、理系の学校あるあるかわからないんですけど、みんな食堂で遊戯王のカードやってる感じで、しかも『2ちゃんねる』みたいな冷笑的なことばっか言うし、全然馴染めなかったんですよね(笑)。
- なんとなく想像できます。
粗悪 - レスリングも挫折したし、大学生になって心機一転したかったんですけど、今で言う適応障害みたいになって。不眠症になったりしたんですけど、当時は視野が狭くなってたせいで、メンタルクリニックへ行くのは「負け」だと思い込んでたんですよね……。
- 若い頃はとくに、そういう思い込みってありますよね。
粗悪 - それで、ひたすら我慢してたんですけど、限界がきちゃって……親の勧めでクリニックに通ったら「強迫性障害」って診断されて。常に人に脅されてるような感じというか、頭の中で誰かがずっと命令してきてる感じでパニックになっちゃうというか。医者からは睡眠薬と安定剤をもらってましたね。症状なのかわからないんですけど、ゼロか百かみたいな極端な考え方をしちゃって「この時点でうまくいかないんだから、残りの人生も終わりだろう……」って決めつけちゃって、勝手に絶望しちゃってましたね。
- キツいですよね。
粗悪 - 何か始めようと思っても「どうせお前ではダメだ」って否定する癖がついちゃって。授業以外はほとんど人との交流とかもなく、引きこもってました。若い貴重な時期なのに何もしてないと思うと、取り返しつかないことしてるなって怖くなってきて、さらに何もできなくなる……っていう、負のループに入っちゃって。だから今でも、引きこもりの人のドキュメント見るとすごく気持ちがわかるというか。貴重な時間を、ただドブに捨ててるだけの4年間でしたね。そんな感じだったので、救いを求めて本屋さんによく行ってました。その時、たまたま店頭に並んでた磯部涼さんの『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』という本で、ECDさんのことを知って。あの本で人生が変わりました。
- そこでECDが出てくるんですね!ECDのことはそれまで知らなかったんでしょうか?
粗悪 - 聴いたことはあったんですけど、正直、良いと思えなくて。それ以前の自分は、メインストリームなラップが好きだったから、言ってることもビートの感じとかも、ピンと来なかったんですよ。でも、引きこもってる時の自分にとっては、ECDさんの生き方とか歌詞がスゴく刺さって。「自分もこういう風な音楽をやってみたいなあ」と、憧れの存在になりましたね。
- 大学を卒業して上京されたんですか?
粗悪 - そうですね。引きこもり体質でも「ここで働かないと引き返せない」っていう焦りだけはあって。ECDさんのライブを気軽に観に行ける環境に身を置きたかったので、就職は東京にしようと思ってました。やりたいこともなかったんで、本当にそれだけが理由でしたね。受かるならどこでもいいやって感じで就活してました。面接の練習とかも何もやらず、当時影響を受けていた内田樹さんの本に書いてあることを受け売りで喋ったら「キミ、色々考えててちゃんとしてるね」って採用してもらって(笑)。それで東京での生活が決まって、浮かれてたんですけど、それも束の間の話で。会社で一番キツい部署に配属されて、ブラック企業時代が始まるんですけど。

- soakubeats社畜編が……。
粗悪 - 毎日怒鳴られて、終電まで仕事する生活でしたね。結構な頻度で徹夜もあったりして。
- 粗悪さんは87年生まれですが、いわゆる就職氷河期世代のすぐ下ですか?
粗悪 - そうですね。当時の先輩達はみんな就職氷河期世代で、本当にきつい人生を送ってきたんだと思うんですよね。けど、当時の僕は、そんな先輩達の苦労も知らない、未熟な人間だったので。甘ったれたこと言ってたし、怒られるのも当然でしたね。辛い時期でしたが、自分には必要な経験だったと思ってますね。
- 東京には出てきたけど、かなり厳しい生活だったんですね。
粗悪 - でも、やっぱり都会ってすごいな〜と思ったのが、終電で帰っても24時間のスーパーがあるから、食べ物は一応買えるんですよね。ただ、売られているものが少なかったんで、半額シールが貼られたさつまいもの天ぷら(98円の半額)と、パックの納豆を夕飯で買ってました。そんな時間でも、5~6人のお客さんが店の同じコーナーにいるんですよね。「あぁ、世の中ってこんな時間まで働いてる人がいるんだな。本当に社会のことを何も知らなかったんだな」って考えたりしましたね。
- どこのスーパーも、いもの天ぷらってなんか売れ残ってますよね。
粗悪 - で、帰ったら、ストレス発散のルーティンがあって、500mlのドトールのミルクコーヒーを一気に2本飲むっていうのをやってました(笑)。それで落ち着いたら、買ってきた夕飯を食べて、業務用のでかい梅酒を一気飲みして、気絶してましたね。これが深夜1時くらいで、翌朝はブラック企業あるあるの、始業前の掃除があるので、6時くらいに起きてました。毎週日曜日の夜は、月曜が怖くて眠れなかったですね。震えちゃって(笑)。ただ、この生活のおかげで、給料は大したことなかったんですけど、全然お金使わなかったんで貯金はすごくできました……その代わり心を壊すんですけど(笑)。
- まだ音楽活動は始めてないんですか?
粗悪 - 「東京に来たら何か変わるのかな?」って思ってたんですけど、受け身の人間に何か起こるわけもなくて。18歳の時に「曲作ってみたい」って思ってから既に6年も経ってて、何も始められてないんですよね。「一体何やってんの?」って布団の中で考えては、涙が頬を伝ってましたね(笑)。そんな感じだったんですけど、転機があって。2008年くらいにTwitterが日本でも話題になってきたんですよね。上京してからというもの、家と会社の往復で友達もいなくて、それがかなりきつかったんですけど、Twitterを始めて、趣味の合う人とかと出会えるようになったんですよね。
- その頃のTwitterって「Twitterやってる」ってだけで仲間、みたいな感覚がありましたよね。
粗悪 - そうですね。毎日仕事で辛かったけど、息抜きできるところができたので、嬉しかったですね。その時にふと思いついたんですけど「SNSで繋がった人に聴いてもらうために曲を作ったらいいんじゃないか」って気づいて。それが活動を始めるきっかけになりましたね。それまでは音楽活動するにはライブハウスとかに出たりとかしないといけないのかなって漠然と思ってたんですけど、仕事しながらは絶対無理だったし、やる気が出なかったんですよね。聞いてもらう相手がイメージできた途端に、歯車がうまく回りだした手応えがありました。
- ラップじゃなくて、最初からビートを作りたかったんですか。
粗悪 - はい。最初にヒップホップを聴いた時に感動したのもビートでしたし、自分の好きな音の世界を構築できるっていうのは、それだけですごく魅力的でしたね。話が大学生時代に戻るんですけど、音楽を作ろうとしても、まず「サンプリング」ってとこでつまずくんですよね。
- というと?
粗悪 - 雑誌のインタビューとか読んでると「自分が好きなものをサンプリングして作品に昇華しろ」ってみなさん仰るんですけど、僕は昔のジャズとかファンクは好きじゃなくて、日本語ラップが好きなワケです。じゃあやってみるかと思って、ブッダブランドの『人間発電所』が好きだし、それのドラムがないところをサンプリングして自分でドラム足してみるか~ってやってみたけど「これ絶対違うよな?」って気づきました(笑)。
- なるほど(笑)。
粗悪 - サンプリングは素材集めから始めないとムリだなと思ったので、すぐ諦めましたね。DTMも今みたいに手軽じゃないし。それで、気づいたら6年経ってたって感じです(笑)。
- その時って、MPCとかのサンプラーを買ったんですか?
粗悪 - RolandのSP-404を買いましたね。
- 入門機みたいに言われてるけど、実際難しいですよね、あれだけでビート作るの。
粗悪 - めちゃくちゃ難しかったですね……で、話が戻るんですけど、SNSで知り合った人に向けて曲を作ろうって決めた時に、自分を見つめ直してみたんです。ここまで何もしなかったのって、機材だけが問題じゃなくて、メンタル面というか、完璧主義な所も原因だったなと。何事も始めるのに遅すぎるということはないとは思うんですけど、24歳からの活動だったので、これまでの自分と決別しないと、またつまづくって思ったんですよね。完璧主義っていうのは、結局のところ、自分を大切にし過ぎているんだと気づいて。だから、まずは名前だなと考えたんです。『千と千尋の神隠し』で、湯婆婆が千尋の名前を「贅沢な名前だね」と言って千に改名させたみたいに、自分が調子乗ってしまわないような名前を決めることからまず始めました。
当時は、Road Rapというジャンルがイギリスのラップシーンで流行ってたりしてて、そこでsokabeatsという名前のビートメイカーの存在を知ったんです。その人の作るビートの世界観がすごく好きだったので、この名前から取ろうと思ったんです。sokaをもじってなんか名前ないかな?って考えたときに、『粗悪』というフレーズがパッと浮かんだんですよね。
- おお。名前に元ネタがあったんですね。
粗悪 - 就職してもうまくいかなかったし、24歳まで何もしなかったような自分が、ろくな音楽を作れるわけがないんだから「絶対うまくいくなんて勘違いするなよ」と自戒を込めてつけた名前が『粗悪ビーツ』でした。適当に作った曲で笑ってもらえたらラッキー、くらいの気持ちでつけましたね。結果的にはこの名前のおかげで肩の力が抜けたし、今ではすごく気に入っています。新しい人にコラボレーションのお願いするときだけは、この名前にしたことを死ぬほど後悔するんですけど……。
- (笑)。
粗悪 - 曲作るようになってからも、ビートを打ち込む時に、例えば、ハイハットの打ち込みをミスしても「絶対直さずにそのまま世に出す」っていうことを、自分に課すようにしてましたね。この頃は活動の目的が「いい曲を作る」ことだけでなく「自分の治療」も兼ねてたので、公私混同も甚だしかったです。そんな感じで、とにかく一週間に一枚、ミックステープというか、Bandcampにアルバムを上げますって宣言したんです。
- その頃ってまだ、ブラック企業で働いてるんですよね?
粗悪 - はい。なので平日は作業する時間がないので、土曜日の朝に作り始めて、日曜日にジャケット作って、月曜日に発表、みたいなルーティンで毎週やってましたね。でも流石に毎週は無理だったんですよね……平日が忙しかった週は、土曜の夕方くらいまで、布団から動けないみたいな感じで……けど、一週間に一作品リリースって言ったので出さなかったら信用なくなるというか、勢いが消える気がしたから、宣言は死守したかったんですよね。なので、デモ音源とかプリセットの音を、BPMだけ変えて、適当に3分くらいの構成にして、これが一番大事なんですけど、それっぽいタイトル付けてハイ完成、みたいなこともやってましたね。過度なノルマが不正に繋がるってよく企業の不祥事でありますけど、その気持ちがすごく理解できました(笑)。
- Bandcampにまだ一部残ってますけど『内田樹のスラムドッグ・ミリオネア』とかですよね。『内田樹の町山智浩』とか(笑)。
粗悪 - そんな感じで毎週出してくうちに、LilPri(現USB)さんとかLilYukichiさんが反応してくれたり。それが2011年ですかね。

- 「粗悪元年」ですね。
粗悪 - 2011年がずっとそんな感じだったんですけど、流石に来年同じことしてもなって思ってる時に、ECDさんのジャケットも作られてる石黒景太さんが「ジャケット作るから2012年に作品出そうよ」と言ってくださったんですよね。「こんなチャンス一生来ないから絶対やるぞ!」と思って、それで2011年の年末に「来年はちゃんとしたアルバム出します!」ってSNSで宣言したんですよね。先に言ってしまえば自分を追い込んで、結果、完成するっていうことを、ブラック企業で学んでしまって(笑)。
- ブラックですね~。
粗悪 - 社内回覧で業界紙が回ってきて、中小企業の社長さんが「失敗のサイクルをあげろ」って持論を書いてて。読んでみると「何ごとも失敗はつきものなのだから、そのサイクルをあげれば成功に最短で近づく」って書いてあって「確かにそうだよね」って簡単に洗脳されてましたね(笑)。あと、与沢翼が注目され始めた頃で、情報商材を紹介する動画見てたら「やる時は徹底的にやらないといけない。休み休みでは飛行機は離陸できない」って言ってて、これも「確かに」ってすぐ洗脳されましたね(笑)。一方で、ECDさんの"Copying Kills Capitalism"という曲の「失敗は成功の母にならなくて構わない」というリリックが好きなんです。自己啓発的な上昇志向と、それとは正反対なECDさんのリリックの間で分裂しているというか、揺れ動いてましたね。自分は心が移ろいやすくてそこが課題です……。ただ、当時の自分には、最善を尽くす以外に道はないなと思ってやってました。
- 粗悪さんの自己啓発っぽいギャグって、割と本気でもあるんですね。
粗悪 - で、最初のアルバムの話に戻りますが、やっぱりアルバムを作るとなったら絶対に声をかけなきゃいけない人がECDさんで。まだビートもでき上がってないのに「是非コラボして欲しいです」ってメールしたんです。そこには、自分なりのプロデュース案も書いて。ECDさんは当時ご結婚されてお子さんも生まれたので、その生活についてのラップが多かったんですけど、僕がECDさんに一番惹かれたのは、ECDさんの私小説で描かれてた堕落した生活の部分だったんですよね。そこを拡大したような曲を作りたいですって伝えたんです。そしたらOKしてくださって。断られると思ってたんで、本当に嬉しかったですね。18歳から憧れ続けた人と曲が作れるなんて。長い伏線の回収でした。それで、ECDさんには「月末までには曲送るので待っててください」って伝えて。なんとか締め切りまでにビートが出来上がって。それで完成したのが"ラップごっこはこれでおしまい"ですね。
- あれは本当に名曲ですよね。今でも若いDJがかけてるし「闇バイト」みたいな言葉が浸透している今の時代の方が、当時よりも刺さる曲になってると思います。
粗悪 - そうですね。今もDJでかけると反応いただけるのでありがたいです。そして、アルバム制作はそこからOMSBさんやMARIAさん、Lil’YukichiさんやDEKISHIさん、初期から一緒にやってるonnenさんとかにも参加をお願いして。さっきも出てきたんですが、ジャケットは石黒さんにやってもらうということで頑張って作りました。
- 石黒さんが背中を押してくれたんですね。
粗悪 - はい、そうですね。エンジニアのイリシット・ツボイさんのことを紹介してくれたのも石黒さんです。そうやって、何の実績もなかった自分に、すごい人たちが関わってくださったおかげで、無事1stアルバム『Never Pay 4 Music』が出せました。ジャケットは色々あって結局自分で作ったんですが、アルバムのタイトルは石黒さんが考えてくれましたし、きっかけを作ってくださったので、本当に感謝しています。
- 粗悪さんって、何がきっかけでビートメイクができるようになったんですか?
粗悪 - 2011年の暮れにアルバムリリースを宣言して、2012年のお正月に作曲ソフトのLogic Proを買ったんです。当時15,000円くらいで買えて安かったので値段で決めましたね。そこから本格的なビートを作り始めたんですね。で、そこで昼の仕事が役に立ってくるんです。設計の仕事してて、図面を描く時って、一枚に全ての部品を描くんじゃなくて、一つ一つ描いていって、それぞれのレイヤーを重ねて一枚の図面にするんですよね。初めて作曲ソフトを使った時「図面と一緒やん」と気づいたんです。ドラム打ち込んで、コード弾いて、メロディー弾いて、それが重なって一曲になるところが、図面描くのと同じだなと気づいて。
- それ、ありますよね。DTM系のショート動画でも、キックとかスネアを分解してくやつって人気だし、音楽の構造がわかると一気に理解が進みますよね。
粗悪 - もちろんコード選びのセンスとかが重要になってくるんですけど、とりあえず完成までの道順はひと通りわかったし、曲のレベルは低いかもしれないけど完成まではいけるんで、あとは「失敗のサイクルを上げる」だけだなと(笑)。ずっとサンプラーを使ってたら、アルバムはできなかったなと思いますね。
- 参考にしたビートメイカーはいますか?
粗悪 - Lex Lugerのビートがすごい好きなんですよ。会社の人に怒られて、ネガティブで頭がいっぱいになっても、Lex Lugerのビートを聴くと心のモヤモヤが溶けていくみたいな感覚があって。Lex Lugerの制作動画を観て、鍵盤弾いてる指の動きをそのまま真似して自分の曲に使ってたりしましたね。
- 耳コピではなく指コピですね。
粗悪 - soakubeatsのコンセプトとしては、楽器も何も弾けない人間がビート作ってみたらこうなりましたみたいな感じで、そんなビートに、ちゃんとしたラッパーにラップしてもらうっていう。「こんな何もわかってないヤツが、2012年に変なアルバムを出してる」っていう所で、後々何かやろうとしてる人へのエールになったらと思ってやってましたね。「これよりは自分はマシだな」って思ってもらえたらと(笑)。
- 実際、80年代のヒップホップとかハウスのレコードって、めちゃくちゃ雑で適当なのが多いですよね。あと、粗悪さんの話を聞いてて、テイトウワさんがインタビューで「アマチュアな僕の作った曲を坂本(龍一)さんのようなプロがホメてくれるんだから、楽器を覚えたり、上手くならないようにしようと思った」と言っていたのを思い出しました。
粗悪 - ああ、なるほど。では、本日より二代目テイトウワさんを襲名させていただきます!

- ECDさんが2018年に亡くなった時は、どう思いましたか。
粗悪 - そうですね……うーん。憧れの存在がこんなにも早くいなくなるということが、めちゃくちゃショックでしたね。心の準備ができてなくて。実は、いつか一緒にアルバム作れたらと思って、お声がけしようと思ってたんですよね。もっと早く声かけていればよかったなと後悔しましたね。ECDさんは、長く活動を続けられて、そのできた道を行けばいいやって安易に考えてたんですよね。20代の時から石田さんを追い続けて、真似ばっかしてたんで。
- ジジイになってもインディーで活動を続ける、っていうお手本がいないですもんね。あんなに「追いついてこい!」って言ってたのに。
粗悪 - 『ひとり分の力』収録の"GOOD LUCK"のリリックにあるように、「自分の手で作らなきゃいけないんだな」って今は思ってます。だから、続けられるところまで続けたいと今は思ってますね。
- そして最新作が『ひとり分の力』ですが、制作当初、コロナ後遺症が辛かったそうですね。
粗悪 - 次のアルバム作ります!って宣言した直後だったんですけど、コロナになってしまって。色々段取りとかしたくても頭が動かなくなっちゃったんですよね。「これやったら、次はこれして」って考えようとしても、すぐ頭がヒートアップする感じで。次にやることを考えることができなくなったんですよね。今はもう良くなりましたけど、ほんと参りましたね。弱音しか吐いてませんでしたね(笑)。
- そんなに弱音を。
粗悪 - もう、キュンちゃん(OGGYWESTのヤング・キュン)には、何度話聞いてもらったことか。おかげさまで立ち直れました。今回の制作期間中、健康とかメンタルヘルスについても勉強して、自分自身を深く知って、成長することができました。
- アルバムとしては6年ぶりですけど、その間もいろんな作品に関わっていますよね。OGGYWESTとの『永遠』やDEKISHIさんの『CULT』だったり。METEOR、ヤング・キュン、ohianaとのユニット「夢グループ」での『ヒップホップ夢ファクトリー』なんかもありましたよね。
粗悪 - 基本、1年に1枚は何か出してる感じですね。調べたら、自分のアルバムって、6年ごとに出してるんですよね。今回で3枚目ですけど、2枚目の時は、他の曲で出してみたけどボツになったビートを使ったりしてたんですけど、今作は2枚目出して以降に作った作品のノウハウを、自分のアルバムに還元するようなイメージで作りましたね。
- アルバムの方向性はどこで決まりましたか。
粗悪 - A-THUGさんが参加してくれた時ですかね。アルバム作る時は「昔から一緒にやってる人」「若手で面白いと思った人」「長く続けてて今もかっこいい人」この3タイプの人との曲をバランスよく収録したいと考えてるんですけど、僕のアルバムの作り方が『出たとこ勝負』なところがあるんですね。無計画に進めすぎて、次回はもっとちゃんと計画立てるって決めてるんですけど、ビート作りつつ楽曲への参加の交渉とかしてる時に、歯車が一つでも狂うとガタガタっとダメになるというか……結構キツくなってきて。参加の打診するのとか自信なくなったんですね……。
- インディー系のアーティストは、そういうセルフ・プロデュースの難しさに絶対ぶち当たりますよね。
粗悪 - そこでジャケットを作ってもらってる坂脇慶さんに相談したら、発破をかけてもらって。言われた時はきついんですけど、良い物を作るんであれば、どう考えても言ってること正しいよなと思って。立て直せましたね。それで、じゃあA-THUGさんと作りたいから、勇気を出して連絡してみようと。もともとブラック企業時代、毎日のようにA-THUGさんとDJ TY-KOHさんのミックスCD聴いてて支えられてたんで、いつかご一緒できたらなと思ってて。憧れの人でした。
- 具体的には、A-THUGさんとはどんな流れでやりとりを?
粗悪 - コラージュアーティストのohianaさんがA-THUGさんのパーカーを作ったりしてて、そこで繋いでもらった感じですね。A-THUGさんは僕のことをご存知ないだろうから「こういう者です」ってまず自己紹介して、過去作とかも送って。時差があるから、朝の溜池山王の駅出たところで電話することになって、ちょっと打ち合わせしたり。すごく幸せな時間でしたね。
- ただ、関係性のないラッパーだと、適当なバースが返ってくることもあり得ますよね。
粗悪 - そうですね、でもA-THUGさんはすごいカバーしてくれて、僕の名前もリリックに入れてくださって、それなりに長く活動してくれてることも調べてくれたみたいで、ちゃんと作ってくれたのが伝わってぐっと来ましたね。粗悪興業でしか聴けない曲ができたなって思って、アルバム制作のターニングポイントになりました。
- 逆に"Soakukogyo Royal Rumble"は、おなじみの粗悪ファミリーが勢揃いですね。
粗悪 - 僕は縁を大事にしていて。ohianaさんが企画したライブに遊びに行った時に、浅草太郎がお客さんで来てて、バーカウンターの前で「ラップやります!」っていきなりラップし始めて。「浅草太郎、浅草太郎、好きなお店はゆで太郎」みたいな歌詞で。未だにこんなラップする子いるんだって感動して(笑)。その場で声かけましたね。その他には、僕がヤング・キュンちゃんとXのスペースでやってる『報道エアポート』って番組に誘った人を中心に、一堂に会してもらった感じですね。
- CHIYORIさんとOGGYWESTが参加した"一安心"ですが、アナログでは新たに小林勝行さんも参加しているとか。
粗悪 - はい、もともと小林さんの大ファンで、CD版の時にオファーしていたんですけど、タイミングが合わなくて。リリース後に、兵庫に行って小林さんと一日遊ぶ機会があって、家まで呼んでいただいて。そうやって関係性もできたし、改めてもう一回やってほしいなと思って、今回のアナログ盤で参加していただきました。これでようやく『ひとり分の力』が完成したと思っています。
- 『一安心』で大団円かと思いきや、アルバムは"GOOD LUCK"で終わるから、ピリッとした、シリアスな印象が残るのが面白いと思いました。この曲順はどういったこだわりがありますか?
粗悪 - ビートメイカーって結局、思ってることを言葉にできない訳じゃないですか?音っていう、すごく抽象的な形でしか出せない。そこでやっぱり人選だったり、曲順だったりで、自分の考えを見せたいというか。このアルバムを作り出した当初は、悲観的になってたので「今回が最後のアルバム」という思いだったんで、そういう悲しさが反映されてますね。このビートは最後の曲を想定して作りました。このビートにMomentさんのラップで1曲できたら最高だなと思ってお誘いしました。別れをテーマにした歌詞を書いてくれて、このビート作った時の心情とぴったりだったんですよね。制作の途中からは元気になってたんですけど、最初の気持ちは忘れたくないなと思って、一番最後を"GOOD LUCK"にしましたね。
- 人選で、自分の気持ちや考えを表すというのは面白いですね。
粗悪 - tofubeatsさんとonnenさんの曲もそうですね。昔、tofuさんが「粗悪興業の作品で一番好きなのはonnenさんのファーストです」って言ってくれたことがあって。粗悪興業でしかできない作品ってなんだろう?って考えた時に、tofubeatsさんとonnenさんで曲を作るの面白いんじゃないかと思いました。歌い手としてのtofuさんが好きだったし、実現できたら良いなと思ってダメ元でお願いしました。普通、曲作る時って同じレベルの人が「スター×スター」みたいにコラボすると思うんですけど、この曲はtofubeatsさんというスターと、onnenさんという最下層が同居する、一曲の中で格差がある曲になっています(笑)。
- PICNIC YOUやvalkneeさんのような、勢いのある若手ラッパーも参加していますが、自分より若い世代のラッパーとコミュニケーションするのは、気を遣いませんか?
粗悪 - 今年で30代最後なので、気をつけるようにしていますね。これは相手の年齢に関わらないと思うんですけど、特に若い人の時間を奪わないようにとか、向こうにとって参加するメリットを提示できるようにするとか。当たり前ですけど先輩風吹かさない、相手を尊重する気持ちが大事だと思ってます。
- ゲストの基準は、どういう所にありますか?プレスだと「地に足ついた人」という風に書いていますが。
粗悪 - インディペンデントっていうのが一番近い意味かもしれませんね。一度自分を見つめ直す経験を経た人というか……PAZUさんにしても、一回東京から地元に帰ってますし。僕もメインストリームのラップが好きだったけど、自分と向き合った経験を経て今に至ってるので、そういう人となら、いいものが作れるんじゃないかなと思ってますね。
- 自分自身で音楽を発信していく大変さがわかっている人、ということですね。
粗悪 - そうですね。で、次のアルバムも出したいと思ってるんですが、やっぱり人選が一番難しくなりそうだと思ってまして。僕も年齢を重ねて、若い人にお願いしづらいなって思うこともあって。迷惑じゃないかなと思ったり。あと、一番大事な波長の合う人を見つけるのがどうしても時間がかかるので大変ですね。ただ、これは縁だと思うので、ひたすら巡り合わせを待つのみですね。なので僕ができるのは、とにかく良いビートを作ること、アルバムを真剣に作ること、信頼を得るにはこれしかないと思ってます。

- 漢 a.k.a. GAMIの『ヒップホップ・ドリーム』に「アルバムを作ることはミュージシャンとしての信頼作り」というような話が出てくるんですけど、配信がメインの今、シングルを連発するほうが理に適ってますよね。だからこそ、アルバムが信頼になる、という価値観は、むしろ強まっている気がします。短期的な利益だけではない部分で、音楽を作っているんだ、という。
粗悪 - 僕もそう思いますね。ただでさえ僕は名前も変だし信用がないので(笑)。作品で本気度を伝えてくことが大事だなと。
- 『ひとり分の力』のジャケットは佐藤允さんの作品ですよね。これはなぜ、こういうジャケットになったのでしょうか?
粗悪 - 2枚目のアルバムからお世話になってるデザイナーの坂脇さんが、佐藤允さんの作品を使わせてもらうのはどうかと提案してくれました。作品集の中から、坂脇さんがいくつかピックアップしてくれました。CD版のジャケットは、坂脇さんの加工が入っていて、佐藤さんの作品の一部分を拡大したものになります。ジャケットの真ん中に目があるのがカッコよくて、すごく気に入ってますね。
- 生命感があるけど、ポジティブなだけじゃない、毒々しいオーラもあって面白い絵ですね。
粗悪 - やっぱりこう、何かを閃いたり、感動した時って、目がいつもより開くような感覚があるんですけど。自分の中で目って重要な存在というか。そういう話は坂脇さんには言ってなかったんですけど、ピタッとリンクして、鳥肌が立ちましたね。それと、佐藤さんとの出会いは自分にとって大きかったですね。すごい作品を使わせてもらえるんだって、嬉しかったですし。先行シングルで出したA-THUGさんとの曲のジャケットや、今回『ひとり分の力』がレコードとしてリリースされますが、それのジャケットも、お忙しいのにわざわざ描き下ろしてくださって。さっき小林勝行さんが参加してくれた話をしましたが、デザインの面でも完璧な形でリリースできることになって。佐藤さんには本当に感謝しています。
- あと、アルバムは発売当初は配信せず、CDとレコードでのみ聴ける、という形態でしたよね。フィジカルにこだわった理由は何ですか?
粗悪 - うーん、やっぱり今のプラットフォームのあり方に、自分のような小さいレーベルは合ってないんですよ。例えば、映画のサブスクだと、最新作はしばらく観れなかったり、1回見るのに何千円だったりするじゃないですか?音楽はそうじゃないのが前々から変だなと。利用者にとってはすごいメリットですけど、自分のような小規模なレーベルだと、サブスクの収益だけでは制作費を回収できないんですよね。それが世の中の流れだからと、自分に言い聞かせようとしたんですけど「大切にされないところにいる必要ないな」と思って降りることにしました。
- サブスクの還元率については、たまに話題になるものの、改善はされないですよね。
粗悪 - そうですね。サブスクで新たに知ってくれる人もいる、という面はあると思うんですよ。ただ、例えば携帯会社が「新規のお客さんにサービス」みたいなキャンペーンをやるけど、大事にしないといけないのって、昔からサービスを利用してるお客さんだと思うんですよね。今回のアルバム作るときに毎月『作業日誌』を書いてて、公式サイトで売ってたんですけど、それを毎回買ってくれる人とか、そういうお客さんのために自分は音楽を作ってる、ということを忘れちゃいけないなと。この人たちに向けてやらなくてどうするんだと気づくことができました。今作を作って一番よかったことはそこでしたね。その上で、活動が持続できるサイクルを作っていくために、はじめのうちは配信をしない、ということになりました。配信の収益とかが変わることも、多分ないと思うんで。有名なアーティストが問題提起とかするのを待つんじゃなくて、だったら自分が降りればいいや、降りたら降りたで、そこにまた道ができる……と思ったんですよね。
- アルバム収録曲は聴けないけど、シングルなら配信でも聴ける状態ですよね。
粗悪 - そこが落とし所ですね。変なやり方だとは思うんですけど。結果的には、ご理解いただいたファンの皆さんのおかげで、制作費も無事回収できました。本当にこの場を借りてお礼申し上げたいです。
- それこそECDさんも「メジャーを辞めて、自分でCD-Rを手売りするようになったけど、お客さんの顔が見えるこっちの売り方の方がいい」というようなことを書いてましたよね。
粗悪 - そこはすごく同感ですね。僕もそこが一番楽しいところですね。
- 粗悪さんって、曲を作るだけじゃなくて、SNSとか展開も独特ですよね。報道エアポートやら、メルマガやら、最近のインスタストーリーの『一流ビートメイカーの休日』とか。ホームページも、詐欺サイトみたいなデザインですし。
粗悪 - なんかもうガマンできずに出ちゃうんですよね。勝手に出てしまうものが「個性」だとすると、そういうことなのかと諦めるしかないです……(笑)。バナーの広告とか詐欺メールの文章とか見てると、同じ仲間な気がするというか。Amazonの中華製品のページとかも大好きなんですね。『2026年最新』とか『令和最新版』とか、商品名に書かれてて。"【令和最新】"という曲は、そこからできたんです。valkneeさんと霊臨くんが完璧にコンセプトを体現してくれました。さっきのSNSの使い方で言うと、名前と同じで弊害だらけで、知らない人から見たら活動がよくわからないし、コラボ依頼するときに申し訳ない気持ちになります(笑)。海外ドラマの『Breaking Bad』が大好きなんですけど、主人公のウォルター・ホワイト先生なら絶対自分を曲げないよなって思って、なんとかこのスタイルを続けてます(笑)。
- でもSNSって、そもそも前はもっと、みんな適当でしたよね。
粗悪 - しょうもない大喜利とか、内輪でわちゃわちゃやるとかそんなのが多かったですよね。僕はそういうのが大好きなので、未だに続けている感じです。
- 田中面舞踏会とかも、そういうノリでありましたしね。粗悪さんは何故、こうも「我が道」を行くようになったんでしょうか?
粗悪 - いやこれはね、FNMNLさんも含め、ほんと皆さんの責任ですよ!
- ええっ。
粗悪 - 昔の音楽誌とかで、有名な方のインタビューとか見てても、皆さん口を揃えて「人のマネはするな、自分のオリジナルをやれ」って言ってる訳じゃないですか。それを信じて突き進んだらこんなのになってしまって……どうしてくれるんですか(笑)。
- なるほど(笑)。
粗悪 - 建前の部分の「とっつきやすい部分も作れ」とか「多少は規格に合わせろ」とか、そういうの書いてくれてたらいいけど、そこカットしてあるから(笑)。音楽的には、北野武映画時代の久石譲が大好きで、ああいうのがやりたいんですよね。本当は。でも、あんな風にはなれないし。
- ピアノを習おうとかは思わなかったんですか?
粗悪 - 思いません(笑)。そこで競ってもしょうがないというか。僕はあくまで、何もやったことない人が音楽活動をしたらどうなるか?の社会実験のつもりなので(笑)。やっぱりECDさんも、楽器習ったりとかしてこなかったから憧れたってところがありますし。
- そもそも、『ひとり分の力』というアルバムタイトルも、ECDさんの生前のツイートの引用ですよね。あの言葉を粗悪さんはどういう風に捉えてるんですか?
粗悪 - あれってもともと、デモについての発言だと思うんですよ。一人くらい参加者が増えたって意味ないじゃないかっていう冷笑に対して、真正面からああいうことを言ってる。石田さんの発言の中でも、一番熱い言葉なんじゃないかと思いますね。
- たしかに、あの投稿はふとした時に、今でも誰かがリツイートしてるし、生きてる言葉だなと思います。
粗悪 - あの言葉って読むだけで、自然と元気とか勇気が出てくるんですよね。落ち込んだらあの言葉を反芻してここまで来れました。
- 最近のラッパーで注目している人はいますか?
粗悪 - アルバムにも参加してくれた元Nowledgeが、SAWANO名義になってから出したアルバムが好きですね。あとは、Siero、Gam Ball、5 Star CowboyやYUNGSTA お仲間とかが好きでよく聴いてます。
- 今後の予定はいかがでしょうか?
粗悪 - "【令和最新】"に参加してくれた霊臨くんとアルバムを作ってて、今年中に出したいと思ってます。他にもまだ詳しくは言えないんですけど、来年以降にもコラボアルバムをリリースする予定がありますね。粗悪興業でしか聴けないものを妥協せず追求していきたいので、楽しみにしてもらえると嬉しいです。
- 最後にお聞きしたいのですが、粗悪興業、もといsoakubeatsとしての活動って、どういう人に一番届けたいと思っていますか?
粗悪 - 最近というか昔からなんですけど、ラッパーの歌詞って「俺は雲の上、お前らと違う」みたいなのってよくあるじゃないですか(笑)?このジャンルとしては、むしろそれが正解だと思うんですよね。そこは何も問題ないというか。ただ、こういうの聞くと、言われっぱなしの「お前ら」のことを考えてしまうんですよね。それは自分自身がそうだからってこともあって。格闘技団体のRIZINで昔、人気絶頂の朝倉未来と斎藤裕っていう選手がタイトルマッチすることになったんです。斎藤裕は実力者なんですけど、当時はまだ地味というか、目立ってなかったんですね。試合前の朝倉未来のYouTubeでボロカス言われたりしてて。「何こいつ?」みたいな感じで。格闘技って大きな試合の時には、プロモーションVTRが作られるんですけど、その中で、朝倉未来がヘリコプターに乗って、スカイツリーを見下ろしてたんですね。そしたら画面が切り替わって、今度は斎藤裕がそのスカイツリーを見上げてるという映像に切り替わったんです。相手は年下で地位も名声も手にしているけど、それに動じず自分のやるべきことに集中するという、斎藤裕のスタンスを見事に表現していて。それを見て、自分もこうなりたいと思ったんですよね。あの人より劣ってるよなとか、あの人になりたかったなとか、自分に文句を言いたいことが山ほどあって、泣きたくなるような現実があっても、それでも自分の人生を引き受けた人。僕は今でもしょっちゅうブレたりしますけど、いつかはそんな芯のある人になりたいと思うし、そういう人に届く音楽をこれからも作り続けていきたいと思っています。

Info

▼2LP:soakubeats『ひとり分の力』▼
アーティスト:soakubeats(ソアクビーツ)
タイトル:ひとり分の力
レーベル:粗悪興業/ULTRA-VYBE, INC.
2LPリリース日:2026年3月25日(水)
品番:soaku-0020
仕様:2LP(国内プレス、E式ジャケット仕様、33回転、生産限定盤)
価格:5,940円(5,400円+税)
バーコード:4526180733249
URLs:https://ultravybe.lnk.to/hitoribunnochikara_lp
収録曲
A1. 豚 (ting-a-ling) feat. FULLMATIC XX
A2. 終わっていいとも! feat. Minchanbaby, Young Celeb Naruto
A3. Fermata feat. tofubeats, onnen
B1. The Bridge feat. A-THUG
B2. 底流 feat. PAZU
B3. Happiness (is coming) feat. Nowledge, PICNIC YOU
C1. 熔けた feat. onnen
C2. 【令和最新】feat. valknee, 霊臨(TAMARIN)
C3. Soakukogyo Royal Rumble feat. 没 a.k.a NGS, METEOR, 浅草太郎, fri珍, KING 3LDK, ヤング・キュン, マイクアキラ
D1. SimCity 2000 feat. DEKISHI
D2. 一安心 (Remix) feat. CHIYORI, OGGYWEST, 小林勝行
D3. GOOD LUCK feat. Moment Joon
ミックス、マスタリング:The Anticipation Illicit Tsuboi (KHORDLINE inc.)
アートワークディレクション:坂脇慶
アートワーク:佐藤允© KOSAKU KANECHIKA
▼CD & Digital:soakubeats『ひとり分の力』▼
