Frank Oceanから考える、ストリーミング時代におけるメジャーレーベルの存在意義とは

Frank Oceanは先週ついに、2012年の『Channel Orange』から4年ぶりとなる新作アルバム『Blonde』をリリースした。今回のリリースの流れは、まずビジュアル・アルバム『Endless』が8月19日にApple Music限定で公開され、その翌日に17曲入りのフルアルバム『Blonde』がiTunesストアとApple Music限定でリリースされた、というものだった。

今回この記事で話題にしたいのは、これらの作品がリリースされた"レーベル"についてである。というのも、ビジュアル・アルバム『Endless』はFrank Oceanの以前からの所属レーベルDef Jam/Universal Music Groupを通してリリースされているものの、フルアルバムの『Blonde』はOceanの自主レーベル(?)Boys Don’t Cryからリリースされており、Def JamとUniversalは関わっていないのだ。

すなわちDef Jamとその親会社のUniversalは、巨大な収益が見込まれるFrank Ocean待望の新作フルアルバム『Blonde』の権利とレーベルの看板アーティストを同時に失ったということだ。

Universal Music GroupのCEO、Lucian Graingeはこれに対し素早いリアクションを見せた。彼は、Universalから今後リリースされる作品に関しストリーミングサービスでの独占配信を取りやめる、という意向を幹部らに伝えたのだ。この"独占配信"は、他サービスとの差別化が必須であるストリーミングサービス業界において、Appleはじめ各社にとって重要なビジネス戦略の一つであった。この決定の直接的な原因がFrank Oceanの今回の一件であるとは言い切れないものの、この件がUniversal側にダメージを与えたことは確かであろう。

では、Frank Oceanはこの『Blonde』をめぐる「戦い」にどのように勝利したのだろうか。そもそも彼は勝利したと言えるのだろうか?そして他のメジャーレーベルやストリーミングサービス、また音楽業界全体にとって今回の一件はどのようなことを意味するのだろうか。

今回の2つのアルバムのリリースに至る経緯は以下のようだ。まず、Def JamがFrank Oceanの新作アルバム(当時はアルバム名が『Boys Don’t Cry』になるとされていた)のために200万ドル(約2億円)を提供したということを7月にBillboardが報じた。その後Frank Oceanは、独占配信によるAppleとの契約金を使いDef Jamからこの新作の権利を買い取り、その新作『Blonde』を自身のレーベルBoys Don't Cryからリリースするに至ったとされている。そして、今回同時にリリースされたヴィジュアル・アルバム『Endless』は、Def Jamとの契約を満たすために『Blonde』の代わりにリリースされたものだというのだ。

しかしDef Jamレーベルによる『Endless』のリリースの24時間後に突如自主レーベルからフルアルバムがリリースされた、というのはやはりかなりイレギュラーな例で、非難は避けられないようだ。Billboardは、ある筋からの情報として、今のところUniversal Music GroupはFrank Ocean側に対し所法的措置を起こしてはいないものの、それがいつ起きてもおかしくない状況であるとしている。

一般的なレコード契約のルールに基づくと、もしOceanのDef Jam/Universalとの契約が「アルバム2枚のリリース」ということなら、彼は決まった期間内にレーベルが認める水準の作品を二枚リリースしなくてはならない。これに加え、多くのレコード契約ではアーティストが他レーベルから作品をリリースすることのできない期間を規定し、自身のレーベルによる作品と他社によるそれが競合するのを避けるようにする。しかしながら今回のケースでは、『Endless』公開後たった24時間で『Blonde』がリリースされたということで、果たしてUniversal側はこのリリースについて知っていたのか、というのはやはり疑問だ。

今回のFrank Oceanのリリース以前にも、Def Jamアーティストによるルール破りのリリースの前例はあった。Rihannaが今年1月にサプライズで無料DLによるリリースしたアルバム『Anti』や、ストリーミングのみで独占配信されたKanye Westの最新作『The Life of Pablo』などがそうだ。これらは共にJay Zが運営するストリーミングサービスTidalを通して独占公開されたものであるが、これらは共にBillboard 200のランキングでNo.1となったアルバムであり、これらのケースにおいてもやはりUniversal Music Group側はフィジカルリリースであれば得られていたはずの利益を失っていると考えられる。

このような一連の動きのなかで、Universal側がストリーミングサービスとの今後の付き合い方を見直すことは強いられるのは当然であろう。

3大メジャーレーベルの残り二社、Sony Music EntertainmentとWarner Music Groupが「ストリーミングサービスでの独占配信の取りやめ」というUniversalの方針にどのように続くか、というのは議論の余地がある。それぞれのレーベルからのアーティスト(SonyからはBeyonce、Future、DJ Khaledなど、WarnerからはBlake SheltonやPartyNextDoor)がこの独占配信を上手く利用し成功を収めているからだ。しかしその一方で、やはりこの"ストリーミングでの独占配信"により、レーベルがそのアルバムから本来得ることのできたはずの利益を最大限得られているかと言うとこれも疑わしいのが事実である。

一方、インディーアーティストやインディーレーベル側にとっては、ストリーミングサービスでの独占配信は、彼らにとって好ましいものになり得るかもしれない。これは、Chance The Rapperが5月に発表した新作『Coloring Book』が一つの成功例を示している。この『Coloring Book』はApple Musicで独占配信されたアルバムであるが、これがストリーミング配信のみでリリースされた作品でBillboardチャートにランクインされた史上初のアルバムとなったのだ。というのも、2015年始めから、Billboardはストリーミングでの再生回数をチャートに反映できる集計方法を採用しており、これによって『Coloring Book』は全米チャート初登場3位を記録することができたのだ。この2016年という時代に、メジャーレーベルというものがどれほど意味を持つか、ということを改めて考えさせられる事実である。今回のFrank Oceanの新作も間違いなく、チャートのトップに向かう作品であることは言うまでもない。

業界の盛り上がりや、その増加し続ける売上から、ストリーミングサービスは不況の音楽業界を救う存在であると多くの声が謳ってきた。しかし、これからストリーミングサービスが、アーティストやファンのために本当に良いプラットフォームとなっていくためには、レーベルとストリーミングサービスが共に成長、共存していていくことは避けて通れないこのような課題が、今回のFrank Oceanの一件から見えてきたのではないだろうか。(辻本秀太郎)

Via: Billboard

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