【レビュー】Isaiah Rashad『The House is Burning』|地獄からの復活
Isaiah Rashadはこの5年間、姿を消していた。TDE所属のラッパーは高評価を得たアルバム『Sun’s Tirade』を2016年に発表して以降、以前から悩まされていたドラッグ中毒に溺れ、貯金を使い果たし、テネシーの実家に戻っていた。KendrickやSZA、Schoolboy Q等を輩出してきたレーベルの期待を背負いながらも、友人宅のソファで数ヶ月間寝泊まりしていたRashadは、その肩書きなしではただの大学中退者だった。しかし、彼を心配したTDEのTop Dawgのおかげもあり、平穏なオレンジカウンティで1ヶ月のリハビリを経たRashadは、今もう一度復活を果たそうと試みる。
チャタヌーガ出身MCのニューアルバム『The House is Burning 』は、7年前にTDEが彼と契約したことは決して間違いでなかったと証明する圧巻のカムバック作だ。Rashadは全面に幼少期に聞いてきたサウスのサウンドを取り入れ、今作の彼は総指揮者的な立場でアルバムに挑んでいるように思える。決して派手なプロモーションや壮大なテーマ性があるわけではないのだが、2010年代後期のヒップホップを想起させる彼の音楽は、ウィードの香りが漂ういつかの夏を彷彿させる。レイドバックな楽曲にはリスナーが共感できないフェラーリやジュエリーの話は登場しない。ぼんやりとした音像は心地よい懐かしさを与え、センセーショナルさを偏重しがちな現代のラップ音楽と逆行する。
アルバムの深みを増す要素は、Rashadのサウスサウンドのテイストだ。テネシー州はメンフィス出身グループ=Three6Mafiaの“Ridin’ N Da Chevy”をサンプルした“Lay Wit Ya”や、Project PatのCheese and Dopeをアレンジした“RIP Young”と、その渋さを貫くスタイルこそが彼のセンスの光るポイントだ。煙たさを音で感じさせるようなトラックが続く中でも、その点においては最も良くできている楽曲は“Headshots (4r Da Locals)”だろう。ドライなサックスでアウトロを締め括る部分もRashadの趣向が覗ける。対照的に、Lil Uzi Vertのヴァースが一段に良い“From the Garden”は、気怠さは保ちつつも疾走感あふれるトラックに仕上がっている。
サウンドの豊かさはこれだけではない。随所に見つかるR&B要素は作品を一層魅力的にしている。ラッパーのSminoが参加する“Claymore”はまるでRashadが『blkswn』を聞き込んだ後に影響されて作ったとも思えるような、Sminoの雰囲気が詰まった一曲だ。さらに、レーベルメイトのSZAとR&Bシンガー=6LACKがフィーチャーする“Score”もムーディーなトラックに仕上がっている。SZA“Doves In the Wild”が続いても全く不自然さを感じさせないほどに、これらの楽曲はよく似ている。渋さと甘さを上手く絡めることで作品の塩梅を調整している点も、彼の指揮の上手さだ。
リリックでは5年間の沈黙を埋めるかのようにRashadは過去の葛藤を打ち明ける。「ずっと中毒者だ、ずっと腹が減っている、喉が乾く/揺れる大量のチェイン、それでも空っぽのまま、ファ*ク/女選び、それでも空っぽのまま、ファ*ク」と、満たされない欲求に悩まされる心境を綴ったのは、アルバムタイトル曲の“THIB (The House is Burningの頭文字)”だ。最終曲の“HB2U”では、「俺は宗教に全ての信頼を捧げた方が良いのかもしれない/そんなに大変なことじゃない、けど俺はまだドラッグをやってる/ただのやりたい放題の週末」と、アルコール依存症とドラッグから抜け出せない日々での苦悩をラップしている。
今作のリリース前、TDEのアルバムリリースの速報でインターネットはすぐさまそれをKendrickの新作だと盛り上がっていた。神格化されたラッパーの音楽もいいが、話題性や派手さが重視されがちな今のヒップホップこそ、地獄を一度味わったIsaiah Rashadの音楽が必要だったのではないだろうか。復帰するまでに時間はかかったかもしれないが、『The House is Burning』は間違いなく、Isaiahのディスコグラフィーを彩る堂々の一枚だ。(島岡奈央)