【R&B Monthly Vol.4】Jhené Aiko、『The Lion King : The Gift』、Victoria Monét、Brandy、Kaash Paige

ポップミュージックとしてより幅が広くなっているラップシーンと同じく、いやそれよりもさらに多様化しているのが現在のR&Bだ。モダンなトラップから、センチメンタルなインディーロックとの近接、そしてダンスホールやアフロビーツからオーセンティックな90'sスタイル、ディスコまで、今のR&Bと言ってもそのサウンドはそれぞれのアーティストの環境やルーツなどによって全く違う音像が現れている。

広がりを見せるR&Bの今を追う連載企画の第四回目は、7月から8月にかけてリリースされた作品をピックアップ。Jhené Aiko、Beyoncéらによる『The Lion King : The Gift』、Victoria Monét、Brandy、Kaash Paigeを取り上げる。

文・構成:島岡奈央

1. Chilombo [Deluxe Edition] / Jhené Aiko

Jhené Aikoは自身の失敗や気分の移り変わりを、サウンドヒーリングやタロットカードを頼りに音楽で浄化する。彼女の天使の歌声とそれらは、時に堕天使のようなふりを見せる彼女の音楽性を形成した。瞑想ガイダンスのような前作『Trip』を経て、Aikoの3枚目となるスタジオアルバムは、修復不可能な恋愛関係とその治癒の過程を見せている。

”Triggered (freestyle)”では、「時間に全てを癒してもらう/時間に私たちの思い出を無かったことにさせる」とAikoは後悔する。続いて”None of Your Concern”では「私が誰とファ*クして誰を好きになるかは気に留めないでよ、それがあなたじゃないってことだけは知っておいて」と強気な態度で相手を振り払う。そう、可愛らしい歌声で生意気なリリックを語るパーソナが、彼女の最大の魅力だ。H.E.R.を迎えた”B.S.”でも「ちょうどあなたの新しい女を見かけた、自己肯定感が上がる」と2人は元彼にフレックスする。

Big Seanとのジョイント作品『TWENTY 88』を想起させるような”PU$$Y Fairy (OTW)”や”One Way St.”では、Aikoの妖艶なサイドを覗くことができる。Ty Dolla $ign、Miguel、Futureなどのホーミーたちは、”Happiness Over Everything (H.O.E.)”や”Party For Me”で、憂鬱な彼女をパーティに誘い出すようだ。

今作のデラックスヴァージョンには、姉のMila J、Kehlani、Snoop Dogg、Wiz Khalifa等が参加。”Summer 2020”や”Come On”も作品に合った雰囲気を加えているが、特に”Above and Beyond”は最もディープな感情が注がれていて、彼女のディスコグラフィでも目立つようなハイライト曲だ。しかし、長いアルバム編成を考慮すると、『Trip』でも聞いたようないくつかの楽曲は必要不可欠だったとは思えない。

緩やかなサウンドと交わる彼女の甘い歌声は、飽きを感じさせない。少し残念な彼女の実体験も、Aikoが曲にすればハッピーエンディングのように聞こえてしまうのだ。JhenéAikoの音楽には、他のアーティストが真似することはできない、私たちの心を安心させる力がある。それこそが、Aikoが『Chilombo』で追求する”ミュージックセラピー”の効果なのかもしれない。

2. The Lion King: The Gift [Deluxe Edition] / Various Artists 

Beyoncéは『The Lion King:The Gift』を、自身の美しさと誇りを見失う兄弟姉妹に、アフリカの素晴らしさを説くことに捧げている。以前まで自身のルーツを前面に出すことを躊躇していたBeyoncéは、『Lemonade』で起点を迎えて以来、積極的にアフリカンアーティストをプロモートしてきた。ディズニーピクチャーから発表された映画のサウンドトラックとなる今作は、ナイジェリアやガーナ出身のアーティストにスポットライトを当てながら、黒人家族の起源や歴史を遡る。

オープナー曲の”BIGGER”は、Beyoncéが啓蒙する人類の出発点に私たちを誘う。曲のダイナミックが彼女のヴォーカルの柔軟性を際立たせ、心の琴線に触れるような美しさだ。「愛を水に変えて/私はあなたに注いで、あなたは私に同じことをする/ここに乾きは存在しない」と、愛する子供達に無条件の愛をBeyoncéは語る。奴隷や差別に耐える褐色肌を称える”Brown Skin Girl”は、娘・Blue Ivyを連れて歌うミッドテンポ調の楽曲だ。

WizKidやShatta Waleなどの豪華なアフリカンアーティストたちに加えて、Pharrell Williams、Kendrick Lamar、Major Lazerなども一挙に集まっている。アフリカンアーティストによるパワーが最もみなぎる”My Power”は、彼らの権力とシステムへの抵抗を表現した歌だ。フィナーレを飾る”SPRIT”は、アフリカの絶景を背景にゴスペル隊と共にBeyoncéの歌声がエコーするようで、素晴らしい。

ブラックエクセレンスを賛美する映画や音楽は近年の要でもある。ディズニー配給という事実にコマーシャル要素を無視することはできないが、Beyoncéが今作で伝達しているメッセージは、それ以上の価値があるように思える。

アフリカから奴隷として流動してきた黒人たちは、彼女の目には彷徨っているように写っているからだ。彼らのスキンカラーやヒストリーを否定する人々や、移民をアメリカナイズする風土、そして終わらない黒人への虐殺は、きっと彼ら黒人の精神から多くのものを奪っているだろう。強く見せようと必死な兄弟姉妹にBeyoncéは、もう1度彼らの先祖や文化の素晴らしさを思い出すように促し、これからも黒人社会の重要な声として歌い続けるのだ。

3. JAGUAR / Victoria Monét 

デビュー前からVictoria Monétはラジオ局のお気に入りである。彼女が手がけてきたヒット曲を1度は耳にしたことがあるはずだ。ジョージア州出身の売れっ子ソングライターは、過去にAriana Grandeによる”Thank U, Next”のアイコニックな歌詞や、Chloe x HalleやKendrick Lamarに書いてきた。ソングライティングのみならずヴォーカルの才能にも恵まれたMonétは、コンスタントに作品を出してきたが、待望のデビュー作品『JAGUAR』は、センシュアルな彼女に眩しいスポットライトを当てている。

作品はダンスホールを軸にファンクやポップを次々と展開していく。アルバムオープナーの”Moment”で「今こそがあなたの瞬間」とコーラスで繰り返されるラインは、違う意味合いであっても、まさにデビューを迎えるMonétが自分に語りかけているようだ。アルバムタイトル曲”JAGUAR”は、シルキーなMonétの歌声と遊び心が感じられるトラックが上手く合致している。言葉遊びを並べたようなコーラスもとてもリズミカルだ。

ミラーボールのように輝くディスコチューンの”Experience”は、KhalidとSG Lewisを客演したアルバムのリード曲だ。同曲でMonétは「本物の愛はとてもいい気分にさせてくれる/それがあなただと愛は苦くなる」と歌う。アルバムの最後を飾る”Touch Me”で、Monétは露わになって”彼女”に惹かれる様子をこう綴る。「あなたがその短いネイルをしていると、なんだか感傷的になる/あとあなたのタトゥーも好き」と。

大袈裟な歌い方にならないその歌声は、彼女の静かに燃える上がるような情熱を表現している。さらに、歌詞のストーリーはとても魅惑的ながら、ファンキーなサウンドがそれを曖昧にさせているポイントも今作の面白さだ。Monétは今まで見せることのなかった自身の最も輝くタレントを、『JAGUAR』で惜しむことなく披露している。

4. B7 / Brandy 

90’s R&Bの歌姫ことBrandyが新しい音楽と共に表舞台に戻ってきた。最後に彼女がリリースしたアルバム『Two Eleven』から8年、BrandyがいないR&Bシーンは瞬く間に形態を変えたようにも思える。しかし、Drakeが”I Dedicate (Part 1)”をサンプルした”Fire & Desire”を考慮すると、今の音楽はBrandy等の派生であると再認識させてくれる。そんな彼女の『B7』は、愛と心痛、そして成長した女性の自己愛を映し出した作品だ。

1曲目”Saving All My Love”で「遅くなってごめんなさい/長い間深く傷ついていた」と彼女は沈黙を破っている。決して派手ではないが静寂さが美しい”Lucid Dreams”では、彼女持ち前のしがれ声と織りなす音のレイヤーが心地いい。”Uncoditional Oceans”は不規則なサウンドの展開が楽しいリード曲だ。”今まではめちゃくちゃで自己破壊的だった”とも打ち明けている。

Daniel Ceaserとの珠玉のデュエット曲”LOVE AGAIN”は、私たちが常にBrandyの音楽に見つけていた安堵を与えてくれる。「軌道を回ってまた、あなたのところへ戻ってくる/私たちはもう1度愛を見つけることができる」と歌う2人の姿は、夢見心地な気分にさせる。

従来のスタイルに固執するわけもなく、BrandyはHit-Boyプロデュースの”Baby Mama”で挑戦的な姿勢を見せている。Chance The Raperを客演に、ハイハットが目立つトラックに乗せてBrandyはスワッグネスを惜しみなく発揮する。作品に緩急はないが、長い間待っていた甲斐はある仕上がりだ。時代が移り変わってもオールディーズの良さは褪せないと、『B7』は教えてくれる。

5. Teenage Fever / Kaash Paige 

「ココアバターみたいなキスが恋しい」と歌うティーンとして知られるKaash Paigeは、Z世代を代表するダラス出身のアーティストだ。2012年に発表されたDream Koalaの”We Can’t Be Friends”をサンプルした”Love Songs”がTik Tokでヒットした後、ティーンを中心に人気を集めている。90年代ではなく、00年以降の音楽に最も影響を受けたPaigeの趣味は、”Frank Ocean”や”Orange Sweater”などの楽曲タイトルから伺える。

しかし、Frank Oceanを崇拝する彼女がそれ以上の存在だという事実を、デビュー作『Teenage Fever』は証明している。Don Toliverや42 Duggなど同世代アーティストからの協力を経て、Paigeは十代特有の切ない恋心や葛藤をオートチューンに乗せて歌う。

ソーシャルメディアのキャプションライクな「酒を飲むくらいに私を思っていた?それとも私を恋しくなるまで飲んだ?」と綴る”London”がアルバムの始めを切り出す。続いてDon Toliverと共にお互いの成功を願う”Grammy Week”では、ラッパーのようなアティチュードで曲を滑走する。「僕に忠実でいて、嘘はつかないでよ/だから今ラヴソングを歌ってるんだ」とssgkobeが歌う”Soul Ties”は、相手に想いを馳せる1曲だ。

バイセクシュアルであることを公言している彼女は、”Jaded”で「私にはストリッパーの彼女がいる/Doja Catに連絡させて、私たち超ハイになるよ」と語る。サウンドは基本的に空白が多いトラックが基本だが、ギターのリフが響く”Lost Ones”は作品のインディー/オルタナティブな要素を強めている。10〜20代からのウケが良さそうなリリックはInstagramで多用されそうで、彼女のライターとしての才能も感じる。同世代のラッパーと意欲的にフックアップしていくようなPaigeの姿に期待大だ。

Info

Vol.1 The Weeknd、Kiana Ledé、dvsn、Alina Baraz、Leven Kali & Frank Ocean

https://fnmnl.tv/2020/05/26/98248

Vol.2 Kehlani、Chloe x Halle、The-Dream、Destiny Rogers、Chris Brown & Young Thug、Lucky Daye

https://fnmnl.tv/2020/07/01/100494

Vol.3 H.E.R.、Kiana Ledé、Usher、Beyoncé、Anderson .Paak、6LACK、Summer Walker、Teyana Taylor

https://fnmnl.tv/2020/08/03/102563

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