【インタビュー】SEEDA『親子星』| お金にしがみつかず輝く

日本のヒップホップ/ラップ・ミュージックでは近年も充実したアルバムの発表が続いているが、一方、リスナーが世代で二分化される傾向も感じる。もっともこの文化がざっと数えて40年以上続いてきた事実から考えると、それは当然だろう。そしてだからこそ、3月に発表されたSEEDAの実に13年振り、11枚目のスタジオ・アルバム『親子星』が、幅広い世代で話題になったことは特異であるように思える。1980年生まれのラッパーは、如何にしてこの若々しく、同時に成熟した作品をつくりあげたのか。彼が家族と暮らす街で話を聞いた。
取材・構成 : 磯部涼
構成協力 : 高久大輝
-『親子星』は13年振りのスタジオ・アルバムですが、長いブランクを経て制作に踏み切ったきっかけのようなものがあったのでしょうか?
SEEDA - 自分のチームが固まったことですね。以前はひとりで音楽をつくっていて、それが当たり前だと思っていた。もちろん(プロデューサーの)I-DeAさんやBACHLOGICさんと組んだりもしていたわけですけど。ただ、今の時代はみんなチームでつくるようになっているじゃないですか。
- いわゆる「Co-Write(コライト)」ですよね。
SEEDA - はい。それで自分も一緒にやってくれるメンバーが2人、3人と増えていって、一昨年の暮れくらいにチームとして固まった。そこからアルバムの制作に入っていきました。
- 確かにUSの、特にメジャーなラップ・ミュージックではコライトが普通になっています。SEEDAさんはこれまでもUSの動向を日本に紹介する役割を担ってきましたが、だからこそコライトも導入してみたかった?
SEEDA - いや、そうせざるを得なかったというか。このつくりかたは"みたび不定職者"(*シングルとして2020年11月発表。『親子星』にも収録)からで。というのも、当時、歌詞を書けなくなっちゃっていたんです。
- アルバムは『23edge』(2012)以降、出ていませんでしたが、その間も"BUSSIN" (2015)とか"Come Back" (2017)とか、代表曲と言っていいリリースはありましたよね。
SEEDA - "BUSSIN"は書けない中、Chaki(Zulu/プロデューサー)さんに何とか組み立ててもらったんです。クラウンドファンディングの企画でつくることになった曲なので、もらったお金に対してちゃんとやらなきゃっていうプレッシャーもあって、かなり苦しかった。
- ABEMAのインタビューでは、『BREATHE』(2010)の頃から歌詞が書けなくなったと言っていました。それ以前はむしろ多作な印象がありましたが。
SEEDA - 溢れるタイプでしたね。だからこそ言うことがなくなってしまったというのもあるし、いろいろ理由が重なったんです。例えばトラップが主流になって、808の音に自分の声のいいところ、中低域の部分が当たってしまうから高い声でやろうかなとか悩んでフロウが定まらなくなったり。並行して私生活もぐちゃぐちゃし出して。それでむしゃくしゃしちゃって(笑)。
- 『BREATH』の後はメジャー・レーベルと契約して『IN THE MOMENT』(11年)、『23edge』とアルバムを2作発表しています。側(はた)からは順調に活動しているように見えました。
SEEDA - なんか、生きるためにしがみついていたって言い方は悪いんですけど、その2枚は「1年に1枚アルバムを出せば生活できる」とか考えてつくっていただけな気がしますね。
- SCARS『THE ALBUM』と『花と雨』(共に06年)が画期的だったのは、日本における、いわゆるハスリングの実情を歌ったことでしたが、それが評価されたことでドラッグではなく音楽を売って生活出来るようになったわけですよね。ただ、今度は食べるために、やりたくない形で音楽をつくらなければならなくなったという矛盾があった?
SEEDA - 書けなくなった理由としてはそれがデカかったです。最低なアーティストだったっす。というか、それって最早アートじゃないんですよね。"みたび不定職者"もJinmenusagiさんとIDさんがゲストに決まっていて、でも僕が書けないので代わりに別のラッパーを入れようとしたら、ふたりに、僕がヴァースをやらないんだったら「自分たちもヴァースを外してくれ」って言われまして。それで、DOT.KAIさんとghostpopsさんって友達にお願いして、3人で一緒につくることになったんです。
- コライトも当初は苦肉の策だったと。
SEEDA - でもその時、久しぶりに楽しく音楽がつくれて。それをきっかけに〝お金のために〟は止めました。以降はどんどん音楽制作が面白くなっていったんです。今もその感じをキープしている。
- 期せずして、コライトによって音楽をつくる楽しさに回帰したわけですね。ただ、ラッパーに対するステレオタイプとして、作家主義的なものというか、一人称的なものというか、ラップは自身が発する言葉でなくてはならないみたいな考え方があるじゃないですか。実際、USでもラップに関してコライトを取り入れることはゴーストライティングと揶揄されたり、オーセンティシティに欠けると見られがちだし。そこに抵抗はなかったですか?
SEEDA - もともとはありましたよ。"みたび不定職者"の前までが抵抗の期間で、「もう何もできねえ」みたいな。
- ラッパーはリリックを書かなきゃいけないのに、書けない。
SEEDA - 「自分でやるもんでしょ」みたいなマインドというか。
- "みたび不定職者"のコライトは具体的にどんな作業行程だったんですか?
SEEDA - あの時に関して言うと、僕が「こういうことを言いたい」ってトピックとかワードをDOT.KAIさんに投げて。そうしたら彼が目の前でだーっとリリックにして、仮歌まで入れてくれて。それで次は、僕が歌ったものをプロデューサーのghostpopsさんが、英語の発音が怪しいところを指摘したり、整えてくれたみたいな感じです。
- 「ニートtokyo」にも、DOT.KAIさんの「SEEDAのゴーストライティングについて」というインタヴューが上がっていて、彼も苦笑しながら答えていましたけど、チームでやっていることに関しては積極的に公言していきたい?
SEEDA - というか、そうしなきゃいけないと思っていますね。
- それはコライトでやっているのに、自分ひとりで書いているかのように見せるみたいな、嘘をつきたくないということでしょうか。
SEEDA - そうですね。あと、例えばDOT.KAIさんとつくったんだったら、ちゃんとクレジットを渡したいんですよ。だってその仕事は彼のキャリアの一部じゃないですか。
- ちなみに日本のラッパーで、他にそういう曲のつくり方をしているひとっているんですか?
SEEDA - います。でも公にしている人は少ないです。
- それはやはり、SEEDAさんがさっき「ひとと歌詞を書くことには抵抗があった」と言っていたのと同じように、王道のラッパー像にこだわっているひとが多いということですかね。
SEEDA - でも分かりますよ。僕も今日のインタビューにあたって、一応、「ラッパーらしくしなきゃいけないぞ」「格好いいこと喋れよ」みたいな意気込みできてますから(笑)。まぁ、僕はこんな感じですけど、ひとによってはブランディングとかあるじゃないですか。こういうキャラクターで見せたいみたいな。だからいいんじゃないですか? その人はその人で。ただ、不満は良く聞きますね。
- ある種、搾取されている。
SEEDA - ビートメイカーでもよくある話で。クレジットはひとりになっているんだけど、実際は10人くらいからドラムとかループとかを集めて、それをエディットして出してるみたいなことは。
- Kanye Westなんかはまさにそういう制作方法ですけど、彼の場合は細かくクレジットしていますよね。
SEEDA - 日本ではそうじゃない場合が多い。そうすると、当然、参加したひとは不満を持つわけです。
- 取っ払いでギャランティをもらえるかもしれないけど、ヒットした時に追加のリターンもないし、名前が売れるわけでもない。
SEEDA - いや、取っ払いをもらえたら良い方で。最低限、クレジットはされるべきだし、僕はそれなりにキャリアが長いですから、その辺をしっかりとやることをムーヴメントにしたいですね。
- 「コライトでつくるようになって、音楽の楽しさをもう一度取り戻した」と言っていましたが、それは共同作業の楽しさを改めて知ったということでしょうか?
SEEDA - そうですね。ストイックさは減るかもしれないけど、楽しさは10倍くらいかも。僕らがつくっているところに来てもらったら分かると思うんですけど、曲が出来た瞬間、みんなで「ウェーイ! ウォー!」みたいな(笑)。ひとりでつくるのとは雰囲気が別ものっすね。
- 映画の制作に近いんですかね。いや、バンドかな。
SEEDA - 確かにバンドに近いかもしれない。かなり盛り上がってますね、毎回。逆に盛り上がんない曲は出ないっす(笑)。
- 『親子星』の制作チームはどんなメンバー?
SEEDA - まずはD3adStockさん。彼は半分以上のフロウをつくってくれている。あと、VERBALさんとの曲("L.P.D.N.")を書いてくれたのはLunv Loyalさんだったり。Bonberoさんも何回もスタジオに来てくれて、収録曲だとオープニングの"G.O.A.T."を手伝ってくれました。英語のリリックだったら、Kraftykidさんとか。Homunculu$さんもめちゃくちゃリリックのアイディアを出してくれました。収録されていない曲もあるんですが、そこに関わってくれたひともたくさんいます。
- Homunculu$さんのようなプロデューサーがビートだけではなく、ラップにも関わっているんですね。
SEEDA - はい。さっきも言ったように、以前からChaki Zuluさんはリリックに関してかなりプロデュースしてくれていたんですよ。"Come Back"の時も「これはこういう風に言った方がよくない?」とか。ただ彼はアーティストを立てるために、ラップに関してはクレジットはしないでくれっていうタイプなんですけど。今はそれを意識的に細かくクレジットしていくみたいな。
- BACHLOGICさんはラップもやっていたりとか……I-DeAさんは違うかもしれないけど、プロデューサーでもラップのプロデュースしていくタイプのひともいますよね。そのスタジオでの作業をオープンにしていく感じですかね。
SEEDA - いや、実はI-DeAさんはリリックのアイディアを出してくれるタイプなんです。昔から、かなり。BACHLOGICさんはフロウで、I-DeAさんはリリック。それで、これは言っていいのか分からないですけど、I-DeAさん、結構ブツブツ言うんですよ。「あのとき、オレがあれ書いたのにさ」みたいな(笑)。でも確かにクレジットはした方が良いよなと思って。だから『親子星』では、"Kawasaki Blue"でI-DeAさんにリリックを手伝いに来てもらったことがあったからクレジットしているんです。でも、今日、コライトの話ができてめちゃくちゃ嬉しいです。
- 凄く現代的な話だと思います。
SEEDA - 今度、磯部さんもリリック手伝ってもらえないですか?
- えー!
SEEDA - ラッパーとかプロデューサーだけじゃなくて、自分が出会った中で文章が良いなと思ったひとにも来てもらったりしているんですよ。ラップとは関係ない放送作家のひとだったり、ごっちゃんって友達だったり。
- それはライムというよりは、楽曲のストーリーとか世界観とかに関してアイディアを出してもらう感じなんですか?
SEEDA - そういうこともありますし、「ここは綺麗な文章でいったら効果的なんじゃないか」とか、「逆に直球でいこう」とか、そういうアイディアをもらえると助かりますし、楽曲のクオリティが上がりますね。
- それこそ『親子星』は一人称的なアルバムじゃないですか。そういう作品をチームでつくったのが面白いなと。例えば後半、"Daydreaming pt.2"~"親子星"~"SUKIYAKI"のようなパーソナルな内容のラップもコライトでつくったんですか?
SEEDA - そうです。めちゃくちゃチームですね。
- つくり方としては、まずはSEEDAさんの思い出というか個人的なエピソードを挙げていったり……
SEEDA - そうです、そうです。SEEDA名義なんで、最初に僕がやりたいこと、内にあるものを出す。「親子星」だったら、自分と子供のストーリーを話して、「これをどうリリックにしよう?」と皆で議論する。その過程でHomunculu$さんが「ストライダーに乗っていたのが、今は自転車になって」……みたいな表現を考えてくれたり。
- 「みそきん」ってワードが出てくるのが良かったです。
SEEDA - 「みそきん」はもともと僕が出していたワードなんですけど、どう使おうか皆で話していたら「プレ値の味」って表現が出てきて、「それだ! イエー!」って盛り上がったり(笑)。特に最後の1行はいつも悩むんですけど、いろいろ出た中で、最後にZOT (on the WAVE)さんが「シンプルに〝手を繋いだ〟」がいいんじゃね?」「それだ!」って、すぐにレコーディングに入ったという。ZOTさんはリリックの流れにこだわりが強いから、他の曲でも「これで始めよう」とか「これで終わろう」とかディレクションしてくれて最高でした。
- リリックに口を出されることに抵抗はない? 「これはおれの作品だから」というこだわりで制作が止まることはなかったですか?
SEEDA - 止まっていたのは"みたび不定職者"の前までで。あそこからチームでやるようになって、実際に良いものができるとやっぱりその抵抗感が消えていくというか。ひとりではあの曲は出来なかったですね。
- 『親子星』は「SEEDAの、13年振りのアルバム」ということ自体がコンセプトになっていると思います。まさに皆が聴きたかった「SEEDAのカムバック作品」感が凄くある。VERBALさんとの和解だとか、STICKYさんへの追悼だとか、あるいはご家族とのエピソードもそうですが、アルバムが出ていなかったこの13年間の、SEEDAさんの人生におけるトピックを詰め込むという構成は意図的につくっていったのでしょうか。
SEEDA - 意図的ではないんですよ。今回、40曲ぐらいつくったんですけど、溢れる想いを歌っていって、その中から選んで並べたらこうなったというか。最初から計画していたわけではないんです。"L.P.D.N"にしても、アルバムの制作に入る前から、VERBALさんと曲をつくりたいっていう計画を進めていて。「親子星」もそう。あれにはアルバムの前に別のチームでつくったヴァージョンがあって、それはそれで良い曲だったんですけど、今回、つくり直しました。
- なるほど。いろいろな曲の制作が並行して走っていて、それがアルバムに合流した、みたいな感じ。
SEEDA - そうです、そうです。
- しかし40曲つくって、最終的に13曲で35分のアルバムにパッケージしたということはかなり削ぎ落としたんですね。
SEEDA - 削ぎ落としましたね。どの曲を入れるかは完成直前まで悩んでいました。だから、参加してくれたのに「あれ? オレの曲外れた?」と思っているひともいると思うので、それは本当に申し訳ないです。
- デラックス版とか、パート2をつくる計画はありますか?
SEEDA - はい。6月くらいに出そうかなと思っています。良い曲がまだまだ残っているんで。
- しかし『親子星』ってちょっと演歌みたいな良いタイトルですよね。
SEEDA - ありがとうございます(笑)。息子から出た言葉なんですよ。夜、ふたりで歩いていた時、「あの星はお父さん、横にあるあの星は僕。親子星だね」と言ったことがあって。曲では彼の言葉をかなり使っています。「桃色の空 スプーンで」とか、「虫が湧いた陽だまり 冬の空」の辺りも息子が喋った言葉を僕がメモしたものを元にしています。
- 詩的なセンスがあるんですね。"親子星"にしてもずっと暖めていた、試行錯誤していた曲で、今回、ようやく完成したと。
SEEDA - 時間が掛かりましたね。昔の"花と雨"という曲もその前に別の、姉の追悼曲をつくっていて、でもいまいちで。だからあれもヴァージョン2なんですよね。
- そうだったんですね。それでいうと、(同曲収録アルバム)『花と雨』ってここ数年で一層評価が高まったような感じがあります。2000年代が過去になり、それを後追いする世代の中でクラシックになったというか。2020年には同曲を原案とした映画もつくられましたし。そういう風に、新しいアルバムを出していない一方で、『花と雨』が神格化されていくことに思うところはありました? プレッシャーに感じるところはなかったのか。
SEEDA - うーん、単純に幸せに思ってましたけど、確かにそれより前の、メジャーの最後くらいまでは「これを超えなきゃいけない」みたいな……何ていうんですかね、「BACHLOGICの呪縛」はあったかもしれないですね(笑)。
- ああ、「みんな(BACHLOGICと組んだ)『花と雨』と『HEAVEN』が好きなんだろ」って?
SEEDA - そうっすね。レーベルに契約に行くと、「絶対にBACHLOGICさん入れてくださいね」とか、「昔の曲調で」みたいな縛りを科されるのはキツかったっすね(笑)。でも、若い子たちが評価してくれているのはめちゃくちゃ嬉しいです。
- SEEDAさん自身は常に現行のラップ・ミュージックが好きで、自身の作品でも若いアーティストを起用し続けていますよね。オーディション番組『ラップスタア誕生!』(ABEMA、2017年~)では、初期から審査員を務めていますが、今作に参加しているメンバーに関しては同番組で知り合ったひとも多かったりするのでしょうか。例えばメイン・プロデューサーのD3adStockさんも2024年回のファイナリストでした。
SEEDA - いや、D3adStockさんはもともと知っていました。むしろ『ラップスタア』が始まったので、アルバムの制作を中断したんです。最初はどこで会ったんだったかな……あ、思い出した。(2023年回でShowy)VICTORさんが優勝した次の日に、彼から「曲録ろうぜ!」みたいな連絡がきてスタジオに行って。そしたらとなりの部屋で曲をつくっていたのがBBY NABEさんとD3adStockさんで。BBY NABEさんは知っていたので、彼に紹介されたっていう。そこからですね。
- D3adStockさんとがっつり組もうと思った理由は?
SEEDA - すぐに送ってくれたビートパックがヤバ過ぎたんです。その後、「この曲でやるんだけど、トップライン書ける?」とお願いしたら、3パターンも送ってくれて、しかも超キャッチーで。特にサビのフロウの、音楽的な能力が「ヤバい!」みたいな(笑)。
- ちなみに、『ラップスタア』では応募動画を全部観ていると言っていましたよね。2024年の応募総数は5785人。それだけ観ると、いわゆるシーンのベースとなるようなものが見えてくると思います。
SEEDA - 当たり前かもしれないんですけど、すげえ盛り上がってるなっていうことは感じましたね。最初の『ラップスタア』って、数100人とかの応募だったんで、そこから毎回聴いていくと、今の約6000人の中には、何というかラップをせずにただ思い出を語っている人とか、ラップへの愛とかを語っている人とかがいるわけですよ(笑)。
- (笑)。
SEEDA - そういう、思い出づくりのために送ってきている子たちも500人とか、1000人とかいて、でもそれが凄いなって思う。
- 00年代初頭、『blast』という当時唯一のヒップホップ専門誌でデモ・テープのコーナーを担当していたことがあって、送られてくるものはまさに玉石混合だったのですが、ただ、裾野を知ることで見えてくる全体像がありましたね。
SEEDA - それは本当にそうですね。傾向に関していうと、Watsonさんの影響を受けているひとが相当多い気がします。
- やはりWatsonですか。メタファーの使い方?
SEEDA - ワードかな。ボキャブラリー。まぁ、Watsonさんだけじゃなくて「◯◯がめっちゃ好きなんだろうな」というタイプは多くて、その中ではやっぱり「オレはオレを見せるんだ」っていうやつは光りますよね。Kohjiyaさんとかはオリジナルのボキャブラリーじゃないですか。
- それにしても、06年にミックステープ『CONCRETE GREEN』シリーズを始めてからずっと、優れたラッパーであると同時に優れたエディターでもあるというか、とにかく新しいラッパーやプロデューサーを紹介し続けてきましたよね。それが17年に立ち上がったYouTubeチャンネル〈ニートTOKYO〉にも繋がっているわけですが、その原動力はとにかくラップが好きで、なおかつ新しいものが聴きたいということだったりするのでしょうか。
SEEDA - やっぱりそうなんじゃないですか? ひょっとしたら次のクリックでヤバいのがいるかもしれないみたいな。それで本当にいたときの衝撃ってたまんないですよね。
- そういうセンスを『親子星』にも感じるんですけど、それをずっと続けているひとってあまりいないですよね?
SEEDA - プレイヤーだと少ないっすよね。みんな、どっかで止まっちゃいますよね。
- ラッパーに限らず、歳を重ねていく中でリスナーとして降りちゃうひとが多いと思っていて。結局聴き慣れたものを聴くようになる。
SEEDA - まぁ、オレが飽き性っていうのはあると思うんですけど(笑)。何でですかね、みんな何で止めちゃうんだろう。ずっと掘ってるひと、あまりいないっすね。
- 音楽に関しては同世代より、それこそD3adStockさんみたいな若い人と話している方が面白い?
SEEDA - それはそうっすね。(同世代は)ほぼいない。
- 普通のことだと思いますけどね。仕事が忙しくなったり、家庭が忙しくなったりすると徐々にリスナーとしては降りていくというか、貴重な自由時間は聴き慣れたものを聴くようになると思います。SEEDAさんが変わってるんですよ。
SEEDA - 悲しいですけど、みんなKendrick (Lamar)を聴いていますね。
- (笑)。
SEEDA - 俺も聴くんですけどね。そこも聴くけど……っていう。
- 音楽の話でいうと、『親子星』はさっきも言ったように"L.P.D.N"やタイトル曲がトピックも込みで注目されがちだと思うんですけど、意表をつかれたのが、"4AM"、"Summer in London"と、UKガラージをベースにした曲がありますよね。
SEEDA - あれは(前者でヴォーカル、後者でプロデュースを務めている)D3adStockさんの十八番、得意ジャンルなんですよ。ヒップホップ以外にもいろいろな曲調のものをつくったんですけど、並び的に入れたっていう感じですね。
- VERBALさんとの"L.P.D.N"に続いて"4AM"が始まるから、90年代のm-floへのトリビュート? とか考察してしまったんですけど。
SEEDA - そういう意図はないですね。"4AM"に関していうと自分はFred Agein..(のアルバム『Ten Days』)がめっちゃ好きで。去年いちばん聴いたかもしれない。
- おお、いいアルバムですよね。
SEEDA - ChakiさんとD3adStockと3人でスタジオに入ったときに、「何をやりたい?」と聞かれて、「Fred Agein..の曲調がいい」と言ってみんなであの曲をつくったっていう感じです。
- "L.P.D.N"のビートについても聞かせて下さい。プロデューサーはHOLLYさんで、NujabesさんがつくったShing02"Luv(sic) pt2"(2002)のビートを下敷きにしています。近年、Nujabesさんは世界的に再評価されていますが、SEEDAさんはもともとあのトラックが好きだったんですか? Nujabesさんが経営していた「GUINNESS RECORDS」は、当時、渋谷にあって、SCARSも同地が拠点のひとつでしたけど、いわゆるシーンとしては別だったような気がします。
SEEDA - そうですね。当時としては「あの曲好き」くらいの感じですね。これも角が立つかもしれないですけど、「ビート、めちゃくちゃいいのにな」「ラップはこういうアプローチか」みたいな。でも再評価されていく中で改めて、「そうか、このシリーズは愛のことをずっと歌っているのか」ってリリックもちゃんと味わって、「あぁ、やべぇ」みたいに食らって。
- ちょっと意地悪な言い方をすると、「当時、日本のラップ・シーンはそんなにNujabesのこと評価してなかったじゃん」みたいに思うところもあって。自分も含めて。一方で、今回、SEEDAさんとVERBALさんを仲介したのはTakuさんなんですよね。彼は当時からNujabesさんの近くにいて。だから、この曲で"Luv(sic) pt2"がリメイクされるのは必然的なことだとも思いました。
SEEDA - いやー、僕は後乗りです(笑)。完全に後乗りです。
- アルバムの中でも"L.P.D.N"は特に反響が大きかったと思います。
SEEDA - 出来て良かったです。あの曲も完成した時、スタジオで超踊ったっす(笑)。
- VERBALさんとレコーディングは一緒に?
SEEDA - テーマがテーマなのでそういう形を取ろうということになって、一緒に入りましたね。面白いのが、VERBALさんのエンジニアがLucas Valentineさんなんですけど、彼は『CONCRETE GREEN』の初期に入っているんですよ。「お前、VERBALのエンジニアやってたの?!」って驚いたら、「いつか来ると思ってましたよ」とか言われて「イエーイ!」みたいな(笑)。
- 「言ってよ」って感じですね。
SEEDA - そうなんですよ。いやもう、全部、宇宙の流れに感謝です。
- 凄くポジティヴなアルバムだと思うんですけど、"L.P.D.N"はその決定的なピースですよね。「アルバムの制作以前からVERBALさんと曲をつくることを模索していた」と言っていました。SEEDAさんの中であの一件はずっと引っかかっていたんですか?
SEEDA - そうですね。やっぱりビーフのまま終わるのは絶対違うって思っていたんで。日本人ですから、和の国の精神として、解決できるはず……とか言って(笑)。
- Kendrick LamarとDrakeのビーフはリスナーとして楽しみました?
SEEDA - いやーエグいっすよねあれ。だから、あそこまでにはならないですよね。"TERIYAKI BEEF"もそうだったと思うけど、笑えるところで止めておきたいというか。あそこまでやると引くな。死人が出そうじゃないですか。
- 改めて"親子星"について聞きますが、ヴァース2で歌われているお子さんが生まれた後、生活が苦しかった日々のことは知らなかったので驚きました。それは、アルバムが出ていなかった時期ですよね?
SEEDA - そうですね、その時期は収入がキツかったですね。でも市役所の生活保護担当の人に「あなただったら、この苦労をリリックにすることが出来るはずだ」って言われて。
- 生活保護の申請にも行ったことが?
SEEDA - 「担当のひとがラップ好きだから、相談に乗ってもらえると思う」と聞いて行ってみたんですけど、「SEEDAさんのこと、知ってます!」と言われて、恥ずかしかったですね(笑)。でもすごい協力してくれて。結局、「もう少し仕事を頑張ってみます」ということになって受給はせず。そうしたらしばらくして、『ラップスタア』の審査員のオファーがきたり、色々重なって何とかなったんです。
- 当時、アルバイトはしていましたか?
SEEDA - していました。排水溝掃除。HONDAの工場の。
- ああ、"BUSSIN"の「I’m Motherf**kin' Seeda/排水溝の中 塗料削るヘラ/優しい親方 でもRapper なりたいRapper」という歌い出しはそのことなんですね。
SEEDA -「辞めてぇ!」みたいな(笑)。あとパチンコの組み立てもやりましたね。でも、いま思えば楽しかったです。
- "不定職者"シリーズが象徴だと思うんですけど、SEEDAさんはハスリングについて歌うにしても、ずっと労働をテーマにしてきましたよね。
SEEDA - 確かに(笑)。
- SEEDAさんはいわゆる就職氷河期世代ですけど、就職せずにラッパーになって……でも音楽では稼げず、ハスラーをやっていた頃のことを歌ったのがSCARS『THE ALBUM』だったり、『花と雨』や『HEAVEN』だったり。『HEAVEN』が出た08年には、同世代で非正規雇用労働者だった加藤智大が秋葉原無差別殺傷事件を起こします。あの事件と当時のSEEDAさんの作品ってある意味で同時代感を共有していると思うんですよ。ラップって虚実はともあれ、自分が如何に稼いでいるかセルフボーストするアートフォームでもあるわけですけど、SEEDAさんは働くこと、生活していくことの苦しみを歌い続けてきた杞憂な存在です。
SEEDA - いや、僕も楽になりたいっすけど(笑)。
- 今回のアルバムにしても、そこに勇気付けられる人も多いと思います。
SEEDA - 僕もそのひとりだみたいな。そういうところっすよね。
- 日々、足掻いている市井の人々と一緒だと。
SEEDA - 一緒というか、普通のひと以下かもしれないです。分かんないな。何なんだろう、お金って。でも、届いたらいいっす。
- 同世代のラッパーやDJはどうですか?
SEEDA - 違う仕事をしながら、タイミングを見て音楽をやっているひとが多いですね。例えばDJ EDOさんもはちみつ農家をやりながら、GEEKで曲を出したりしているし。
- SEEDAさんは生活が苦しい中で、音楽、ラップを止めようと思ったことはありましたか?
SEEDA - それはないっすね。
- 最初の方で言っていたように、むしろ「金のためには音楽をやりたくない」。だからこそ「金は違ったところでなんとかして、やりたい音楽をやる」。その意思は変わらなかった。
SEEDA - 変わらなかったです。音楽、最高です(笑)。"BUSSIN"を評価してもらえるってことは、苦しい時でも、その時の自分が出せていたんだなと思いますね。だから自己表現は苦しい時にこそやるべきなのかもしれない。
- アルバムが出なくてもSEEDAさんのキャリアが途絶えたように見えなかったのは、"BUSSIN"や"Come Back"のような印象に残る自作だけでなく、下の世代のラッパーからゲストをオファーされ続けていたからですよね。Mall Boyz "Cool Running"(2018)、Lunv Loyal "高所恐怖症(Remix)"(2023)……。
SEEDA -"Cool Running"はTohjiさんに呼ばれたんですよね。「遊びましょうよ、SEEDAくん」みたいな。「曲はつくれないよ」と言って行ったんだけど、ひたすらビートを流して、「これビートどうですか?」って聞いてきて。そうしたらHAM384さんって、当時、Mall Boyzにいた奴がすげぇリリックを手伝ってくれて。そいつはアイディアマンで、"Cool Running"でも軸をつくっていてクレジットされてもいいくらい。今回も"SLICK BACK"とか、2回くらい来てもらいましたね。だから、思い返すと、"Cool Running"では僕は何も書いていない。
- そういえば、Fuji Taitoさんの取材で彼の地元の(群馬県)大泉町に行ったら、Mall Boyzが遊びに来ていて、そこで彼らが「SEEDAさんと曲をつくろうとしているけど、歌詞が全然書けないみたいで……」と言っていました。その時はショックだったんですよね。あんな音楽の化身みたいなひとでもスランプになるのかって。
SEEDA - 鬼のライターズブロックに入っていましたね。
- それは今回、アルバムをつくったことで完全に抜けた、次のステージに上がれた感じですか?
SEEDA - 完全に抜けましたね。むしろ今は書かずにレコーディングも出来る。当日、スタジオでフリースタイルで組んで行っても曲をつくれるようになりました。アルバムにはそういうアイディアもいっぱい入っています。
- 例えば?
SEEDA - "Daydreaming pt.2"の一部とか。
- なるほど。そこはコライトを強調し過ぎると隠れてしまうところかもしれません。アルバムにはコライトの側面も、フリースタイルの側面もある。
SEEDA - そうですね。自分の持っている引き出しを全部出しています。
- 全部出していると言えば、ナタリーで「SEEDA、上裸ではなく全裸だった」というニュースが。
SEEDA - やばいっすよね(笑)。いっぱい連絡が来ました。
- あの写真、初めて観た時、ディープフェイクかと思いました。
SEEDA - まじすか(笑)。
- 昔はもっと華奢なイメージが。アルバム・ジャケットのために鍛え始めた?
SEEDA - いやいや、健康のためっす。アルバムが出ていない間、体調も崩しまして、それで鍛え始めたんですけど、やっているうちにだんだん「強くなりてぇ!」ってなってきて。
- 先に言ったように『親子星』は理想的なカムバック作品であると同時に、キャリアを重ねたラッパーだからこそつくれたアルバムだとも思います。ヒップホップ/ラップ・ミュージックには歳を取ってからのロールモデルが少ないですよね。USでは以前より活躍出来る期間が伸びてきているとは言え、限られたアーティストで。音楽以外のビジネスに移っていくひとも多い。SEEDAさんは、ラッパーとしての歳の取り方について考えますか?
SEEDA - 今は考えないんですけど、30代前後の頃は難しかったですね。まだレジェンドと呼ばれるにはキャリアが浅いけど、変なプライドはあって、下から次々に新しい音楽をつくるやつが出てくる中、自分のポジションを死守しなきゃいけないような気になっていた時期だった。そこを抜けると楽しくなるんですが。今の若いひとにメッセージを飛ばしておくと、この職業、いろいろ意識し出すと大変だから、お金にしがみつかず、自分が楽しいことだけやっていけば、今のオレみたいになれると思う(笑)。
- とは言え、アルバムの冒頭2曲"G.O.A.T."~"SLICK BACK"ではしっかりボーストしています。
SEEDA - 1曲目はギリギリまで外そうと思っていたんです。「これ、中年のイキりじゃね?」みたいな(笑)。でも皆に聞かせたらそういう風に聴こえないと10人中10人言ってくれたんで、入れました。2曲目はちょっと笑える感じでやっています。
- やはり、金のためではなく芸術のためにやることが長続きするコツ?
SEEDA - お金とコンペティション的なマインドにはこだわり過ぎない方がいい。若い時はそれが輝くと思うんですけど。
- ラップ・カルチャーにはどうしてもそういう性格があったりしますよね。
SEEDA - でもどこかでそれを捨てなきゃいけない時がくるから、「その見極めをしっかりするべき」だと言いたいです。
Info

アーティスト:SEEDA
タイトル : 親子星
配信URL:https://linkco.re/AZTua4xd
Tracklist:
01. G.O.A.T. (prod by D3adStock)
02. Slick Back ft. Tiji Jojo, Myghty Tommy & LEX (prod by D3adStock)
03. OUTSIDE ft. IO & D.O (prod by ZOT on the WAVE & Homunculu$)
04. Kawasaki Blue (prod by ghostpops & D3adStock)
05. The tunnel to tomorrow skit (prod by Bohemia Lynch)
06. L.P.D.N. ft. VERBAL (prod by HOLLY)
07. 4AM ft. D3adStock (prod by Chaki Zulu)
08. ニキskit
09. みたび不定職者 ft. Jinmenusagi & ID (prod by BACHLOGIC)
10. Summer in London ft. Amiide (prod by D3adStock)
11. Daydreaming pt.2 (prod by KM)
12. 親子星 (prod by ZOT on the WAVE, NOVA & Homunculu$)
13. SUKIYAKI ft. Kamiyada+ & Braxton Knight (prod by Ryuuki)