【インタビュー】PAZU 『Back To The Hood』| 岩手に戻って自分らしく上がる

岩手を拠点にするPAZUのEP『Back To The Hood』は、個人的には2023年の日本のラップシーンの中でも印象深い作品だ。20歳で上京し、東京の人気セレクトショップNUBIANに就職をしたPAZUは、自身もMVにも出演しているJP THE WAVYの"Cho Wavy De Gomenne"をきっかけにラップを始めた。これだけ聞くと華々しいキャリアに見えるが、昨年PAZUはそんな東京での生活を捨てて地元・岩手に戻った。今作にはPAZUが、東京での生活で感じたリアルな感情やそれとは対照的な岩手での環境が、独特のメロディアスなフロウと共に赤裸々に刻まれている。

ヒップホップとは残酷な勝ち負けのゲームだとしたら東京のシーンで勝ち上がることが正攻法なのかもしれない。しかし、それは果たして全員に当てはまることなのだろうか。PAZUは全く違う方法論と生き方で自身のヒップホップを掲示している。

取材・構成 : 和田哲郎

- 改めて、今回の作品『Back To The Hood』や、その作品ができる背景となったPAZUさんが上京してまた岩手に戻った経緯についても伺えたらと思うので、よろしくお願いします。

PAZU - よろしくお願いします。

- もともと子供の頃から音楽に触れていたんですか?

PAZU - 両親や兄弟がそこまで聞いてるっていう感じじゃなかったです。普通にテレビで流れるような歌謡曲を普通に聞いてましたが、あんまり興味もなくて。中学校かな、MステでLady Gagaを見たんですよ。その時にめっちゃかっけえと思って、それから海外の方がかっこいいかもなって思ったんですよね。中学校に入ってもそんな音楽は聞いてなかったですけど……CHEHONさんの"韻波句徒"とか、湘南乃風とかが流行ってたのを聞いてるくらいでしたね。

- ジャパレゲだったんですね。

PAZU - で、高校に入った時ぐらいにYouTubeを見るようになって、当時流行っていたEDMを聞いて掘っていったらT.I.に行き着いて。「これがヒップホップか」みたいな(笑)、そこから好きになりました。

- 基本的にディグるのはYouTubeだったんですか?

PAZU - YouTubeでしたね。とにかく再生回数が多いMVを見てたんですよ。Chris Brownとか。当時のヒットソングは今でもいいなって思います。

- 日本のヒップホップは聞いていなかった?

PAZU - いや、ちょうど高校生ラップ選手権が始まって、第1回を面白いなーって見てたんですよ。あと日本だとKOHHが刺さりましたね。日本語のラップもかっこいいなって。それがちょうど十年前くらい。

- ちなみにどういう子供でしたか? やんちゃはしてましたか?

PAZU - いや、やんちゃはそんな……なんていうか、内弁慶みたいな感じです(笑)。仲いい友達にはめっちゃいたずらばっかしてて、そんなやんちゃっていうか、表に出る感じでもなかったっすね。目立ってる人は目立ってて、そっちじゃなかった。

- 高校生の頃はラップを自分でやってみようというのは考えてませんでしたか?

PAZU - 全く思ってなかったですね。できないだろうなって。そのころはラップといえばバトルだったし、バトルは今でも全然得意じゃないですけど、フリースタイルは無理だろうなって思ってたし、曲を作るとかそういう頭がなかったんで。

- 音楽を作るようになったのはNUBIANに就職して東京に出てきてからですか?

PAZU - ゴンさん(gontaka)っていう先輩がいるんですけど。

- JP THE WAVYさんのバックDJを務めていた方ですね。

PAZU - その人が閉店終わりに、まだリリースされてない"Cho Wavy De Gomenne"の音源を流したんですよ。その時に「この曲ヤバ!」と思ったのと同時に「俺もできるかも」って思ったんですよね(笑)。めっちゃ同時に。

- 圧倒されるのと同時に自分もできるかもって、不思議な体験というか、独特の感じ方があったんでしょうね。

PAZU - その次の日だったと思うんですけど、SALUさんとのリミックスバージョンのMVを撮るっていう話で、誘ってもらったので行くことになって。

- MVの最初に映ってるのがPAZUさんですか?

PAZU - そうです。あれ、僕は当初は後ろの方でわちゃわちゃしてたんですけど、監督のSpikey Johnから「PAZU君、まんなか来て女の人抱えてめっちゃフレックスして」みたいに言われて。そういうの苦手なんすよ(笑)。女の人らもイケイケなんですよね、ダンスやっててみたいな。「うわそこかー」とか思いながら、頑張りましたね。

- イントロの印象的な箇所で使われていますよね。

PAZU - クラブ行ったら「あれ出てたよね」って知らない人にも言われますからね。

- ちょっと戻るんですけど、そもそもNUBIANで働こうと思ったのは、ファッションに興味があったからなんですか?

PAZU - 僕、もともと航海士になるための船の学校に行ってたんですよ。でも、航海士って3ヶ月海に行って1ヶ月休み、みたいなリズムで、それが嫌すぎて(笑)。自分のやりたいことできないなって思ったと同時に、ファッション雑誌のOllieとかサムライとかWOOFINとか見てて、こんなことしてみたいなって、文化服装学院に入ってみようかなとか服関係の仕事に就こうかなとかと思っていたら、ツイッターでNUBIANの応募を見つけて。で、エントリーシート書いて、全身の写真を2枚撮って送ったんですよ……何もないんでめっちゃ田んぼのところで撮って(笑)。風景はそんな感じなのに、めちゃバチバチに撮ってるので、「こいつやべえな」ってなったらしくて面接しに行って、新卒で採ってもらったって感じです。

- その写真の時はどういうブランドを着たんですか?

PAZU - えーと、そんなハイブランドとかじゃないです。NUBIANに遊びに行った時に買ったものとか、あと、kiLLaのNo Flowerさんの感じとかで選びましたね。

- それから東京での生活がスタートしたと。WAVYさんのMVに出たのはNUBIANで働きだしてどれぐらい経ってからですか?

PAZU - 1年ちょっとぐらいですかね。21歳とかだったんで。

- 自分でもできるかもというヒントを得て、どのようにラップを始めたんですか?

PAZU - 僕のお客さんの友達がいるんですけど、その人がgummyboyと友達で、「PAZUくんラップやる?」って言われて、「やりたい」ってなって、そこからgummyboyの家に行ったんですよね。初めましてで、そこに途中からTohjiも来て「一緒に曲やるか」って……初めて行ったその日に全然知らないのに「やるか」って作ったんですよ(笑)。それがきっかけでした。その時のビートが『ワイルド・スピード ICE BREAK』のPnB Rockが入ってるやつだったんです。で、みんなリリック完成してる中、一人でやべーやべーってなって(笑)、めっちゃ狭い部屋で。めっちゃ緊張しましたね。こうやって録るんだってまず知らなかったし。

- でも初めてのレコーディングでリリックも書けたんですね。

PAZU - めっちゃ頑張って書けたんですよ。フロウとかも、最初にしては「いいんじゃね?」みたいな(笑)。

- それからもMall Boyzの溜まり場に行ってラップする、みたいな日々が続いたんですか?

PAZU - 月1、2回は行ってましたね。行ってリリック書いて。基本gummyboyと2人でやってたんですけど、結構遠くて、中目黒からそこまで1時間以上かけて。

- その時はもうひたすらラップをしてるみたいな感じだったんですか?遊びながら、みたいな?

PAZU - いや、全く遊びじゃなかったですね(笑)。ちゃんと作ってた。部屋にクーラーついてなかったんで夏の日とか汗だらだらなりながら……隣でgummyboyが寝てたんですけど、うなされてて(笑)。「大丈夫?」みたいな。できた時はめっちゃ楽しかったですし、ずっと自分の曲を聞いちゃいましたね。これバズらせたいな、みたいな。そこまで考えてましたね。遊びとかノリじゃなかったです。ほんとにバズらせる気持ちで。

- その時の楽曲はSoundCloudに?

PAZU - 初めて4人でやった曲は誘ってくれた友達のSoundCloudにあったり、gummyboyとの曲もあります。

- 当時は仕事をしながら楽曲制作もしていたと。

PAZU - けど、やっぱ、ほんと仕事が忙しすぎて。週1も休めない時もあったし、13連勤とか全然してました(笑)。今はめっちゃちゃんとした会社になっていると思うんですけど、当時はまだNUBIANも上がっていく途中だったので。キツくて、ちゃんと音楽やりたいってなって、3年やって辞めたんですよね。そこからは、今は配信していないんですけどEPを作って。根拠のない自信っていうか、今考えれば全然甘い考えだったんですけど、EPを音楽配信サイトに出せば一気にバーっと行くんだろうと思ってたんですよ。けど、全然そういうのなくて。「あれ、やべ、こんな感じか」と思って。

- 現実にぶち当たったんですね。

PAZU - そうです。

- それは何年の話ですか?

PAZU - 2019年か2020年ですね。もうそれで、うわーってなっちゃって……「けど、なんでダメだったんだろう」とか考えるんですよね。その繰り返しというか、バイトとかもしながら。ライブとかも全然売れてないと人って来ないじゃないですか。

- その頃ってそういう状況だったと思います。今ほど小箱のイベントがめっちゃ入るみたいなことはなかったですよね。

PAZU - それもあって、「うわぁ、こんな感じか」って感じでしたね。最初の頃は。

- でもそこからもしっかり作品を出し続けたじゃないですか。そのモチベーションはどこから?

PAZU - なんですかね……「ありえない」みたいな感じですかね(笑)。なんでこんな全然うまくいかないんだろうって悔しさと、あと、音楽作るのが好きだからですね。それがデカいかもしれない。やっぱ地元から出てきてるじゃないですか。地元の人にもちゃんと上に行ってるところを見せたいっていう思いもあって。

- 今回インタビューするにあたって過去の作品も聞いたんですけど、2021年の2枚のEPは、フロウは今のPAZUさんっぽさが残っているけど、内容は抽象的なことを歌っているかなと思うんです。でも2022年の『iHATOV』からは今の自分の現実を歌うようになっていて、このあたりで心境の変化があったのかなと思ったんですけど、そのあたりどうですか?

PAZU - 言われてみればたしかに……なんでだろう、リアルがいいなっていうか面白いし、リアルの方がかっこいいなって。今、抽象的なファンタジーじゃないですけど、そういうの聞いてたぶん何も刺さんないって……わかんないすね、なんだろう(笑)。けど、たとえば、宗教とかって神様に頼るみたいなところがあるけど、それよりも、自分でしか自分を変えられないと思うんですよ。何かに頼るんじゃなくて自分で動くしかない。

- "いたちごっこ"でも〈スピリチュアル神くだらない〉ってラインがありますね。

PAZU - そうですね、占いとかも、根拠がないじゃないですか。たぶん、本当に上に行きたい人ってあんまそういうのじゃなくて、自分でちゃんとやる。別に占いとかに頼ってはなかったですけど、一番は自分がどうにかしなきゃ始まんないっていうか。抽象的、概念的な表現よりも具体的な自分のリアルな部分、根底の部分を出して理解して好きになってもらいたいなって思ってました。そこが過去の作品と今回のEPで変わった部分だと思います。自分が思ってることを表現して好きになってもらわないと意味がないと言いますか。前まではみんなに分かりやすく噛み砕いて歌詞にしてたのを、最近は分からない人は取りあえず置いて、分かる人だけ分かってくれればいいと、地盤を固めるじゃないですけど、パッと作品を出して自分の世界に引きずり込むストーリー性がある作品、深く狭くを意識して作っていたかもしれません。何故か、前までは聞いてくれる人に気をつかっていた気がします。

- 今作のテーマは今の話と繋がっているのかなと思っていて。完全に岩手に戻っていますよね?

PAZU - そうです。

- 東京って色々なものがあって魅力的に映るけど、フィクションっぽい世界っていうか、パーティーもそこら中であるけど、それにたくさん行ったところで実際キャリアに繋がるかどうかわからないし。自分も感じるところがあるんですよ、東京のシーンみたいなものの怖さというか、そこに人は集まってくるけど、そこにいるのが本当に正解なのかなみたいな。だから個人的にも今回の作品は、こういうことを歌うラッパーが出てきたんだなぁってすごく印象的だったんです。

PAZU - 東京に来て、本当に仲いい友達ってのもできなかったんですよね。7年くらいいましたけど、そういうのがなかったんです。

- クラブには行ってましたか?

PAZU - クラブはやっぱめっちゃ行ってて、最初はすげーって思ってましたね。けど、全然つまんないっていうか、"停滞"のリリックにも書いてるんですけど、クラブ自体の雰囲気がなんか嫌だったんですよね。たとえばVISIONの控室とか、出演しない人もめっちゃ来てたじゃないですか(笑)。僕はあそこに全然馴染めなかったですね。一人とか二人とかで友達と行ってたりしたんですけど、この先もああいう感じにはなんないのかなって。全然違う世界の人みたいに思っちゃったっすね。

- 岩手に戻ろうと決めたのはいつ頃だったんですか?

PAZU - 去年の10月頃ですね。

-「ここにいてもどうしようもない」という感覚が強くなったから?

PAZU - 本当にそんな感じですね。自分から動けばいろんな出会いとかチャンスがあると思うんですけど、そこまでできなかったですね、僕にはもう。ここにいてもしょうがないし、だったらもう帰って……僕、車が好きで、本当は車が欲しくて、東京にいると無理だなと思っていて。あと、僕は三兄弟の末っ子なんですけど、兄が結婚して宮城に行って、母親ひとりなんで、それもちょっとありますね。いないといけないっていうか。別に母は今でも仕事しているんですけど、行ったほうがいいかなって思って。それもあります。結構いろんなタイミングが重なって。

- 今作自体はいつから作り始めてたんですか?

PAZU - もう岩手に帰ろうって考えたくらいからですね。

- こういうテーマで作ろうと決めていました?

PAZU - 全体のテーマみたいなのは決まってないですね。曲を作っていたらおのずとEPにできる曲数ができて、時系列的に決まっていったというか。これは1個にちゃんとまとめて出した方がいいなって思いましたね。普通に作っていって、なるようになったというか。

- 流れで自然とこういう形になったんですね。出来上がりの順番はどういう感じでしたか?

PAZU - 大体曲順通りですね。"甥っ子"が遅かったかもしれないですけど。

- なるほど。作品のテーマもなんですけど、PAZUさんの曲を聞くと独自の歌っぽいフローというか、岩手訛りなのか自分はわからないですけど、あんまり他の人がしないような発音の仕方をしていて。意識的にフローを作ってるんですか?

PAZU - あっ、全然無意識なんですけど、そうなんですか。

- 昔懐かしいけど新鮮に聞こえる感じがすると思ったんです。昔からそういう日本の歌とかは聞いていました?

PAZU - それはめっちゃ聞かれるんですけど、全く聞いてないですね(笑)。合唱とかは好きですけど。YNW Mellyとか、あの人も独特じゃないですか。歌っぽいというか、メロディックなフローは結構好きです。あとはPolo Gとかすごい好きですけど、そこからなんですかね?

- それを自分なりに昇華するとああなるんですね。たとえば昔の作品ですが"晴模様"とかも歌っぽいところがあるなと思っていて。あんまり日本のラッパーでこういうフロウをする人を聞いたことがなかったんで、気になったんですよね。

PAZU - ……僕もわかんないですね(笑)。聞かれる度に考えるんですけど、答えはまだ出てないです。ちっちゃい頃に聞いた歌謡曲とか、いろいろ混ざったんですかね。

- 宮沢賢治の影響はあるんですか? それこそ前のEPタイトルはイーハトーブから取っていますよね。

PAZU - 詩は読んでましたね。農業やってる人じゃないですか。自分も家で米やったり畑で野菜育てたり、岩手で何か繋がりがあるなぁとか、コロナで暇な時に調べたりしてましたね。『春と修羅』って詩は結構印象にありますね。バイトをやるってなった時に、清掃か農業やるか、みたいな感じになって、農業は落ちたんですけど(笑)、やっぱそっちにいっちゃいますね。

- 岩手に戻ってからの方が精神状態が落ち着いていたりとか、自然が近いことって心の安定に繋がっていたり感じることはありますか?

PAZU - めっちゃ繋がってると思います。東京の街については今は考えたくもないですね(笑)。テレビでたまに映るけど「やだなあ」って(笑)。別に嫌な思い出があるわけじゃないんですけど、「うわあ」ってなっちゃうんすよね、今。体に合ってなかったのかなって思います。

- 帰郷したことで作る曲の雰囲気が変わったと自分で感じることはありますか?

PAZU - 言うことが変わってきますね。『iHATOV』も地元でみんなと遊んで、帰ってきて曲ができるみたいな。

- まさに"地元の奴らと酒飲む今日"がそうですよね。

PAZU - ですね(笑)。けど、長くいたらインプットって尽きるのかなあとか思って。今は仕事がほんと大変で、キツくて、人間関係とかもあって、なにかを考えるんでいろいろ出てくるんですけど、こっちにいて何もしなかったら出てこないですよね。場所っていうより自分の経験から歌詞が出てくるんで。

- なにかつらい物事にぶち当たった時に歌いたいことが出てくる。

PAZU - っていうことがほとんどですね。大変なこと、あと、たとえば恋愛したら女の人が出てくるし。あんまりいいことからは出づらい(笑)。辛いことの方が出てきやすいですね。もし本当に売れて仕事もしなくなったら、周りと会わないじゃないですか。みんな仕事してる中で自分だけ仕事じゃないって。だから本当に何もしなくなったらヤバいだろうなって思います。今だったら仕事してるから言えることってあると思うんですけど、世の中の人って大体仕事してるじゃないですか。だから共感してもらえると思うんです。それが強みなのかなって。

- でも一方で、音楽だけで生活していきたい思いもある。

PAZU - 当然ありますね(笑)。本当は音楽で生活したいです。

- ここからもうちょっとコンセプトについて具体的に聞いてもいいですか。リリックについて、さっき「リアルな方がかっこいい」っていうのがすごく印象的なコメントだなと思って。自信があるからこそ、自分が停滞してるとか、都会を離れて生きることをさらけ出せるということだと思うんですが、そう考えるようになったきっかけはあるんですか? それとも、自然とそういう言葉が出てくるようになった?

PAZU - 本当のことじゃないと今、すぐバレるじゃないですか。剥がされるっていうか。時代なのかわかんないですけど、そのままの方がかっこいいんじゃないかなって。

- リリックでも、たとえば"停滞"で〈誰でも死ぬ当たり前のこと〉とか〈15の時から太平洋の荒波に揉まれて〉と歌っているのは、東日本大震災のことが関係しているのかなと思うんですけど、震災の経験っていうのはめちゃめちゃ大きいことだと思うんです。

PAZU - ああー……うん、そうなんだと思います。

- 震災の経験はPAZUさんの人生にとってどういう影響がありましたか?

PAZU - 震災の時に津波で自分の親父が亡くなったんですよ。だから影響は大きかったんじゃないですかね。まさか中3で自分の父親が死ぬなんて思ってなかった。そんな映画みたいなことを自分が体験するって思ってもなかったんで、大きかったですね。しかもそういう経験ってラッパーとかで言ってる人もいないんで、それは自分の強みだと思うんで、経験したことってのは。

- "真っ向"の〈15のガキ掻き分ける瓦礫〉から〈羨ましすぎるぜ尾崎〉までのラインがすごく印象的で。本当に辛い経験だと思うんですけど、こちら側がちゃんと想像できるようにも書いてあって……いいラインと簡単には言えないんですが、印象に残っています。

PAZU - 嬉しいです。

- 「尾崎みたいになりたい」って言う人ってたくさんいると思うんですけど、別に尾崎なんて〈まるで暇な奴が書く歌詞〉っていう。

PAZU - あはは(笑)。あれ書いてる時、そういえば"15の夜"ってあったなって歌詞をググって見たんですよ。そしたら、贅沢病っていうか、普通の幸せが普通になってきちゃって、っていう歌詞だと思うんですけど、やっぱ比べちゃうっすよね。そんな感じかあ、俺はこうだったのになって。

- 歌詞を書く時はどのように?

PAZU - どうなんですかね、僕はあんまり人と作ったことがなくてわかんないですけど、すぐできる時もありますし、できない時もあります。すぐできる時は10分とか。昔はフローから録ってたんですよ。『iHATOV』くらいからリリックを書いてからビートを探すっていうのが増えてきて。ある程度音楽のリズムって決まっているじゃないですか、このラインを歌ったらどんなビートが来てもハマるなっていうのがあるんで、ワンフレーズを並べていって、そうすればだいたいうまくいけるっていう感じです。

- トラックに対してメロディーを当ててくのではなくて、ゼロから歌詞があってそれに対してフローを当ててくから、他とは違うフローになっているのかもしれないですね。

PAZU - ああー、かもしれないですね。たとえば、長くなったラインをハメるために、どうにか入れようと何回もフローを変えて、「こうやったら入る」っていうのでうまく綺麗な感じに収めていくこともします。

- 正解のないチャレンジをしてるからこそなのかな。でも確かに『iHATOV』の時とかは、Playboi Cartiっぽいなみたいなフローがあったりして、今の話を聞いてすごく納得がいきました。ちなみに今作をリリースしてみて、リアクション的にはどうですか?

PAZU - リアクションはよかったですね。"Iwate"はリリースした日にMV公開したんですけど、いろんな人が見てて、「えーそこまでいってんだ」みたいな感じでした。ストーリーとか誰が見てんだろうなと思ったら、崎山蒼志が見てて「ええっ?!」って(笑)。初めてでしたね、こんな外側にまで行ったのが。

- 今後については考えていますか?

PAZU - 次はもうビデオを撮ってあるんで、結構いい感じなんですよ(笑)。ここでこれくるかーみたいな。曲もできてて、タイミングですよね。先行でMVを出してって感じなんで、9月頭とかに出そうかなって感じですね。

- 楽しみにしてます。あとこれも気になったんですけど、EPにこれまで誰も客演の人を入れてないじゃないですか。

PAZU - 福岡のAZUくんとか、向こうの人とはリモートでやっていて。でも、あんま誰かと作ろうと思わないですね。手間がかかっちゃうじゃないですか。それはタイミングでいいかなって思いますね。最近、自分の動きがどう出るか楽しみにしている人もいるし、僕は東北を上げたいなって思っているんで。最近だと宮城のPlain Jayくんとか福島のYELLASOMAくんとか、その人達と東北を上げられると思うんですよ。東北メンツで作りたいんですよね。一緒に上がっていければめっちゃ面白いじゃないですか。

- ラップスタアのことも聞きたいです。なんで出ようと思ったんですか?

PAZU - 実は前の年にも出たんですよ。けど最初のビデオ審査で落ちちゃって。そこでも「なんでだ」と思ったんですけど、悔しいし、その時にはもう岩手に行くって考えていたんで、東京の集大成じゃないですけど、絶対上に行けると思ったんですけど、ダメでしたね。ここ絶対やんなきゃいけないでしょみたいな思いだったんで。

- ラップスタアきっかけで知って今回の作品を聞いている人も結構いるのかなって。

PAZU - いやほんと、ちゃんとカマして良かったなって思っています。

- ちなみにライブはあんまり好きじゃないということですが。

PAZU - ライブはまだ好きじゃないですね。緊張しちゃうんですよね。逃げ出したいくらいになって、これやばいなと思って病院行って、精神科みたいなとこに。そしたら双極性障害だって言われて、抗不安剤みたいなのをもらってライブしてました。

- "Tokio"のリリックはそういうことなんですね。

PAZU - そうなんですよ。引っ越しする時に物とか片付けてたら薬がめっちゃ出てきて。それ見て「俺めっちゃ頑張ってたんだなと」思って。東京で生きることを。よくやったなあって。

- もう岩手に帰ってからは飲んでないんですか?

PAZU - そういう場面がほとんどないんで(笑)。けど、ライブはやりたいですね。上に上がるためには絶対必要だと思うんで。

- 自分の知り合いのラッパーでもライブが苦手で抗不安薬飲んでいる方もいます。全然違うものじゃないですか、レコーディングとは。こんなこと言っておきながら、いつかライブを見たいなと思ってます。

PAZU - はい、頑張ります。

Info

『Back To The Hood』

https://linkco.re/28xFC7gp

1.停滞

2.Tokio

3.真っ向

4.Iwate

5.甥っ子

6.いたちごっこ

RELATED

【インタビュー】Minchanbaby | 活動終了について

Minchanbabyがラッパー活動を終了した。突如SNSで発表されたその情報は驚きをもって迎えられたが、それもそのはず、近年も彼は精力的にリリースを続けていたからだ。詳細も分からないまま活動終了となってから数か月が経ったある日、突然「誰か最後に活動を振り返ってインタビューしてくれるライターさんや...

【インタビュー】Tete 『茈』| 紫の道の上で

長崎出身で現在は家族と共に沖縄で生活するTeteは、今年3枚の作品を連続でリリースした。

【インタビュー】Keep in Touch | R&B / ダンスミュージックにフォーカスした新しい才能を

ダンス・クラブミュージック、R&Bにフォーカスをあてたプロジェクト『Keep In Touch』をソニー・ミュージックレーベルズ/EPIC Records Japanがスタートさせた。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。