【インタビュー】荒井優作 × DEKISHI × 粗悪ビーツ 『CULT REMIX BY YUSAKU ARAI』| リミックスだからこその奇跡

本インタビューは『CULT REMIX BY YUSAKU ARAI』の発売に端を発する。それはグライムが持つ鋭利な魅力をここ日本で体現してきた数少ないラッパーであるDEKISHIが、トラックメイカーであり自身のレーベル粗悪興業を主宰する盟友・粗悪ビーツと共に創り上げた、2020年に発表された数多の音楽作品にあって一際怪しい光を放っていたDEKISHIにとっては前作から実に7年越しとなった2ndアルバム『CULT』。その『CULT』を、近年はbutajiとのユニットbutasakuでの活動やNYのレーベルWill Recordsからリリースしたアンビエント作品集『a two』の記憶も真新しい、HIPHOPとアンビエントを基底にその狭間をたゆたうようにトラックメイクやDJという手法を通し表現してきた荒井優作が全曲リミックスを手掛けた…、インタビュー中の荒井優作の発言を借りて言うならばリプロデュース、つまり再構築した1枚である。

個人的な話をさせてもらうと今回の主役である荒井優作とは、気づけば知りあってからすでに随分と時が経ち、ひと回り以上も年が違うにも関わらず有り難いことに今も友人関係を続けさせてもらっている。そんな関係から見ても、荒井優作は音楽に関しては自分の“かっこいい”をどんなことがあろうとも最優先し、絶対に曲げてこなかった。そこには年齢差や忖度、ましてや立場なんてものは介在しない。当然、音楽を見る目もシビアだ。こと自分の作る音楽に関してはなおさら厳しいように思う。そんな荒井優作がまとまった作品を、さらに盤で出すというのだから、これまでの活動を見知っている者からしたらその事実だけで嫌が応にも期待せずにはいられないはずだ。

OTOGIBANASHI'S“POOL”のトラックを高校生にして手掛け、世に出るや否やすぐに注目を集めたことで期せずして世間からラベルを貼られることになった荒井優作は、ソロワークやGOODMOODGOKUとの『色』などのプロデュースワークを経て自らに付いたそのハイプを少しずつ取り除いていったように思う。姿形ではなく、己が生み出した音と空間、それのみが真実であるかのように。真っすぐにそして誠実に。

なお、本作は特殊パッケージによるCD盤だけの流通となり配信は行われない。荒井優作はいかにして本作を制作していったのか。その真意を知るべく、荒井優作とDEKISHI、そして粗悪ビーツによる本プロジェクトの首謀者3名にFNMNLのオフィスで話を聞かせてもらった。これ以後、荒井優作のことは親しみを込めていつもの呼び名と同じく、あらべぇ君と書かせてもらえればと思う。

取材・構成 : Keisuke Ninomiya (DAWN)

撮影 : Kanade Hamamoto

- まずは、この特殊すぎるパッケージにした経緯から聞いていけたらと思うんだけど。

荒井優作 - なんだったっけな......。結構前の話なのでうろ覚えですが、自主制作だしどうせフィジカル作るなら面白いものが作りたいというところからスタートして。デザイナーの坂脇慶と相談している内に、音源の内容的に製品感の強いものが良いんじゃないかという話になりました。僕はモノとしてのCDが好きなので、最初は分厚いCDケースでも作りましょうなんて話してたんですけど、慶くんが「それだったら箱にしよう」って提案してくれて今回のパッケージになりました。本来であればお菓子に使われるようなパッケージを転用して使ってます。

DEKISHI - プラケースにこだわらなくても、みたいな話は聞いてましたが、箱にできるパッケージになったときは驚きました。

荒井優作 - 僕もアイデア出したりしましたけど、どういうパッケージにするかは基本的に慶くんにまかせたっていうか、ずっとお世話になってますし、信頼してやりたいようにやってもらいました。一方で題府基之さんの写真を使いたいってことは、制作時から思っていたことでした。題府さんの『untitled(surround)』っていう横浜の郊外を撮ってるシリーズがあるんですけど、それが今回のリミックス盤のイメージと近かったんです。新興住宅地の風景が写されているんですけど、日常の内側から不気味さと情感が立ち上がってくる感じが好きで。ニュータウン的な画一化された街並みの中で、家や庭木といった見慣れたものが異質なものとして現れる時の感覚が、スパイス程度ですが今回のリミックス盤を支えている気がします。

 - そうだったんだね。そもそも今回のプロジェクトはどういった流れでスタートしたの?

荒井優作 - 『CULT』を聴いた時にそのラップの熱量に感動して、何か1曲をリミックスしたいと粗悪さんに伝えたら「アルバムでどう?」って提案してくれて。面白そうだし「やります」って。

 - 今回のリミックスアルバムを聴いて自分の中でのDEKISHIさんの印象が変わって。自分が、というより多くの人がDEKISHIさんに抱いている印象はグライムの速いBPMにオンで切れ味鋭い言葉をスピットするみたいな感じだと思うんですが、『CULT』では自分の弱さをさらけ出している部分があって。具体的な曲を言うと”dekishi dandy”や”Skyline”で特にその辺りを表現されていて。それがさらにリミックス盤ではトラックが途中ポップに転調していく流れもあって、よりわかりやすい形で出ているなって。

DEKISHI - 確かにそうですね。前のアルバム『No Country 4 Young Men』は、割合ノリが全体的に攻撃的だったかな。ずっと怒ってる感じだったかなとは思うんですけど、『CULT』はその辺が結果的に弱まっていったっていうか。根本的に『CULT』に関しては「グライムを作ろう」という感じではなかったので。結局どこかでグライムっぽいのは出るとは思うけど、グライムじゃない感じを出したいなというのは念頭にありました。

 - それは粗悪さんと最初に作る段階から話してたんですか?

粗悪ビーツ - いえ、話してないです。いつも大体流れで決めてるので。

 - そうなんですね(笑)。

粗悪ビーツ - 制作期間の間にDEKISHIさんの私生活がどう変わったかとかもちょっと説明した方がいいんじゃない?

DEKISHI - そうですね。まず、『CULT』って本格的に作り始めたのは2018年の9月ぐらいで、リリックが全部出来て録りも終わったのは2019年の年末なんですよ。話はちょっと横に逸れますけど、なのでこのアルバムはコロナ禍とは関係ない文脈で作っていて。その前に何があったかというと、自分が精神的に不調をきたしたっていうのが出来事として大きくて。元々ちょっと調子悪い時があったりはしたんですけど、2017年春辺りから本格的に調子が悪くなってきて。それで病院に行ったら「これは鬱病です」っていう話になって。そういう精神障害を負うようになったってことですね。今はそこから診断が変わって「双極性障害Ⅱ型」っていうものになったんですけど。

 - それは鬱病とはどう違うんですか?

DEKISHI - 僕の場合基本は鬱の方に近いんですが、たまにちょっと軽い躁みたいなのがあって。もっと強烈な躁の人もいて、それは「I型」っていうんですけど、それとはちょっと違う。自分の場合は鬱により近い感じの病状になっていて。仕事とかも出来なくなってくるんですよね。前は仕事しながら音楽活動をしてたんですけど、結果的に仕事を続けられなくなったので、『CULT』を作ってた時は真空状態というか仕事をしてない時期なんですよね。

 - そうだったんですね。”荒地”の「部屋の鏡に他人が映り始めたら/それはそこから抜け出るべき合図かも」ってラインを聞いて、そんな状況に置かれていたのかなって薄々思っていましたが。

荒井優作 - それって実際に実感としてあったんですか?鏡を見て自分の姿だけど自分じゃないって思った時があったんですか?

DEKISHI - いや、実際にはリアルタイムでそういう実感を得るのは難しいんじゃないかと思う。あとで振り返ってみて、その時の病状の影響だったり薬の影響だったりであれは自分らしくなかったなと思うことはありえるし、現にありました。それで自分に対して漠然とした不安を覚えたり。そのリリックはその辺りをひっくるめてある種のメタファーとして表現してますね。『CULT』は実生活がベースにあるけど、それを言葉遊びとかメタファーで表現として膨らませて……。例えとして適切かわからないですけど、自分はプロレスが好きでよく見るんですが、プロレスは体を使ったコンタクトスポーツでそこはリアルな世界である一方で、作り物の世界でもある。それ故に、けれん味が介在してくる余地が大きくてそこが面白いと思ってます。そういうのを盛り込みたいというのがありましたね。

 - なるほど。実際プロレスのワードもリリックに入ってますしね。

DEKISHI - そうですね。レスラー名を入れるのとか好きなんです。

粗悪ビーツ - 当時を振り返ると、だいぶきつかったんやろうなっていうのは今思いますね。僕あんま詳しくわかんなかったから結構DEKISHIさんに催促しちゃってた。

 - ハハハ!

粗悪ビーツ - やっちゃった(笑)。

DEKISHI - いやそれはそんなに気にしなくていいよ(笑)。どのみち作業はしなきゃいけないので。

 - 1年以上リリックを書き上げるまでの期間があったということですが、これはDEKISHIさんの中では時間がかかった方ですか?

DEKISHI - かかりました。

粗悪ビーツ - 粗悪興業からリリースするアルバムは基本的に一年縛りでやってるから『No Country 4 Young Men』の時は、一年で14、5曲書くペースで作れたことを思うと。

DEKISHI - しかもあれは、ほとんど3ヶ月で根詰めてやったので。

粗悪ビーツ - そう。それに比べるとかかってる。

DEKISHI - ただ、このアルバムも2018年の9月とか10月に出来たやつが多かったんですよ。”切断”と”荒地”と転向”と”Drive”はもう最初の方に全部録音まで出来てて、残りが時間かかったっていう感じですかね。

 - リリックを書き終えたら病気もある程度良くなりましたか?

DEKISHI - あんまり良くはなってなかった(笑)。良い時期もあれば悪い時期もあり、今と比べると全体的には悪かったです。今の方がずっと安定してるんで、作ってた時の方が悪かった。作り始めた時は妙に調子良かったので作れてたけど、そこから悪くなっていった時期もあって。

 - ”Control”に「カウンセリング高い金払って寝てる」ってラインもありますもんね。ただ、アルバム全体としては基本ポジティブなメンタリティーを感じます。

DEKISHI - ”Control”は最後の方に書いたんですよね。僕はあんまり暗いことをずっと暗いみたいな感じにするのが嫌なので、どこかでちょっとポジティブな要素を盛り込んじゃう癖があって。「なんか頑張ろう」みたいな風に落ち着くことが自分の作品見てるとあるのかなって思います。SF作家のフィリップ・K・ディックとかが好きでよく読んでたんですけど、ディックの作品も結構しんどいことが起きるけど、最後「頑張ろう」みたいな感じで終わるものが多い印象があって。

 - 確かに、救いがないと辛いだけですもんね。

DEKISHI - まあそれはそれで甘いかなっていう気もするんですけど(笑)。もっと救いがない感じで終わるっていうのもかっこいいなって思ってるんですけど、ちょっと出来ないです。

 - ちなみに粗悪さんとのやり取りは、粗悪さんが作ったビートをDEKISHIさんに送って、DEKISHIさんが「これ書ける、書けない」みたいな感じでチョイスしていった感じなんですか?

粗悪ビーツ - そうですね。僕がどんだけ「書いて」って言っても出来ないものは出来ないから、基本的にはお任せって感じですね。

 - 上がってきたものに対しては、粗悪さんから「こうして」とかって特に無かった?

粗悪ビーツ - 言ってないですよね。

DEKISHI - 細かく「こうして」っていうのは無いかな。でも根本的にダメだったら「ダメ」みたいな感じのフィードバックが来るんで、全体で良いか悪いかっていうのでちゃんと返してくれる。リリックの細かいところで「ちょっと......」っていうのがあれば言ってくれたりもしますね。

- 粗悪興業からリリースしてきたこれまでの他の作品でも、依頼するラッパーのことを基本信頼して委ねてるっていうか、あまり細かい注文はしないって言ってましたもんね。

粗悪ビーツ - そうですね。割とほっとくと神経質になるので、意識的に大雑把を心がけていますね。

 - ちなみに曲はビートを聴いてからそれに合わせてリリックを書いてる形ですか?

DEKISHI - そうっすね、ほとんどそうです。「リリックありきで」っていうのはあったかな?”Ultimate Warrior”って曲だけはリリックの叩き台がだいぶ前に出来てて。

粗悪ビーツ - ”Ultimate Warrior”はラップが完成してから僕がトラックを後で作りました。基本的にDEKISHIさんと僕は趣味も似てるし、あんまり言わなくても大丈夫なんですよね。「新自由主義嫌い」みたいな(笑)。

 - ハハハ!

粗悪ビーツ - ”転向”なんてもうグッときますよね。

DEKISHI - そう、”転向”はめちゃくちゃ反応が良かった(笑)。

粗悪ビーツ - 本屋に行くと「自己啓発本はだいたい作者が腕組みしてる」とか気づいたことを話してるから、そういうのが形になった感動がありましたね。

 - なるほどです(笑)。ここらでリミックス盤の方に話を戻すと、あらべぇ君ってこれまでリミックスアルバムって作ったことはあったっけ?アンオフィシャルとかでもいいんだけど。

荒井優作 - 曲単位ではたくさんありますけど、アルバム単位だと無いですね。

 - DJでも同じことが言えると思うんだけど、あらべぇ君は一曲っていうよりは作品全体を通した長いタームで世界観を見せていくスタイルじゃない?今作も完全にそうだと思うんだけど全体として意識したことは何かある?

荒井優作 - 割とプロデューサー目線で作ったところはありますね。オリジナルがあって、それをリミックスするというよりか、自分がプロデューサーだったらどうプロデュースしていたかってことをよく考えてた気がします。オリジナルは粗悪さんのアシッドなシンセのビートでまとめられていたと思うのですが、DEKISHIさんの熱のこもったリリックとフローをどうプロデュースしようかと考えた時に、もっとノイジーで情感あふれる方向に持ってきたいなって思ったんですよね。結局、自分の作品として作っちゃってるかもしれません。

 - 曲順もオリジナルとは全然違うもんね。

荒井優作 - バラバラっすね。

 - オリジナルから曲順を変えるのは、SEEDAの『花と雨』を16 FLIPがリミックスした『Roots & Buds』を思い出したな。

荒井優作 - それは嬉しい感想ですね。大好きなアルバムなので。

 - 粗悪さんとDEKISHIさんから、あらべぇ君に注文したことはあったんですか?

DEKISHI - いや、僕は全然してないですね。

粗悪ビーツ - 僕もしてないです。

- 自分も『CULT』のリミックス盤を作ってるっていう話は以前から聞いてたけど、途中「作り直そうと思います」みたいなことを言っていた記憶があって。

荒井優作 - 全部で35曲くらい作ったんですよ。で、大半のものは作り終わったら僕が飽きちゃうんですよね。飽きない強度があるものを作るのが結構難しくて。だから何作っても「うーん......飽きたな、作り直すか」みたいな感じで作り続けていたら、気づいたら大量に曲ができていて....。飽きない=何度も繰り返し聴けることって僕の中でめちゃくちゃ重要で。音楽は何度も繰り返し聴くことで、なんとなくわかってくるものだと思うので。

粗悪ビーツ - 最初DEKISHIさんの曲をリミックスしてくれた時、あらべぇちゃん的にはDEKISHIさんの歌詞に影響されてトラックが変わったとか、DEKISHIさんに対してどういう印象を持っていたか、みたいなのはあったりするの?

荒井優作 - リミックス作るにもDEKISHIさんのラップとリリックありきだと思うので、だから”Do My Thing”っていう、リリックが聴き取れないくらいボーカルエディットした曲を除いたら、全部ラップとリリックが軸になるように作りました。だからラップありきの作品になっていると思います。DEKISHIさんの印象に関しては『CULT』が出るまで1stも聴いたことがなくて、『CULT』が出てから1stも聴いて、あの粗悪さんがデザインした意味のわからないジャケット含め「やべー」みたいな(笑)。だから僕は『CULT』から入った感じです。

 - この間会った時に、基本トラックメイキングは最初Maschineで作って、その後Ableton Liveに流し込んで作るって言ってたじゃない?

荒井優作 - そうですね。

 - あんまそういう人っていないんじゃないかなって。

荒井優作 - 結構いるんじゃないですかね。ただ、MPCも使ってるって人はあんまりいないかもしれないです。”arechi”と”tenkou”、あと”Matrix”はMPC1000で大元を作っていて、Abletonでミキシングして仕上げました。

 - それはパッドで打った時の揺れみたいものが欲しいからってこと?

荒井優作 - というよりかは、シンプルにMPCでの制作が楽しいからですね。パソコンで作る時と身体の使い方もまるで違いますし、音の混ざり具合とかもやっぱりハードは違うので。あとは、ハード機材ならではの質感がほしかったのもあります。例えば”arechi”の808のベースって凄く変な歪み方をしているのですが、あの歪み方はDAWだけでは中々作れないと思います。

 - ちなみにDEKISHIさんのラップは音で聴いた時、凄く拍が安定してる感じがして、トラックを作る人としては凄くやりやすいのかなと思ったんだけど。

荒井優作 - それはありますね。ボーカルのエディットがしやすかったです。フローが安定してるんで、その分過度にエフェクトをかけても曲として成立するという。それにtofubeatsさんが手がけたボーカルのミックスが安定感抜群で、その分いろんな実験ができました。tofuさんのボーカルミキシングありきのリミックス盤といっても過言ではないぐらいです。

 - そこにプラスアルファでエフェクトを加えてる感じだよね?

荒井優作 - エフェクトは結構加えてますね。基本的にオリジナルよりも、少しだけボーカルを前に出す感じにして、ガヤにオートチューンやヴォコーダーをかけたりしてます。で、全体を見た時に、トラックの足りない部分をボーカルで補うみたいな作り方をしました。

 - 制作してた頃は「ミックスするのが楽しい」って言ってた時期だったと思うんだけど、”Matrix”のミックスでの左右への振り方もすごいよね。

荒井優作 - 今聴くと”Matrix”のミキシングはむちゃくちゃですけどね(笑)。

DEKISHI - でも出した時なんか凄く満足してなかった?

荒井優作 - 今も気に入ってはいます。ボーカルや音声をラジオっぽい音像に加工することに当時ハマってて、それが”Matrix”の世界観にうまく合致したかなと。

 - さっきボーカルを前に出したって言ったけど、俺はむしろ後ろに下がってる印象があって。例えばDEKISHIさんと粗悪さんのオリジナル盤はトラックとボーカルのぶつかり合いみたいな感じがするんだけど、あらべぇ君が作ったのは溶けあっているというか。例えばだけど、家族といるところでかけたとしても流して聴けるっていうか。たまにDEKISHIさんのパンチラインで「え、何か凄いこと言ってる」みたいになるとは思うんだけど(笑)。

荒井優作 - あー、なるほどっすね。僕は滑らかで耳触りのいい音が好きなんで、多分意識せずともそうなっちゃうんだと思います。友人いわく僕の音にはロックっぽさが全くないらしいです(笑)。それで思い出しましたけど、プレスリリース書くのを手伝ってくれたリツコは、生活空間に馴染むように意図的にこういった音像にしているのかと思ったらしいです。

 - 形になったものを改めて聴いて、お二人はどういった感想でした?

粗悪ビーツ - あらべぇちゃんの凄さが詰まってますよね。そこに尽きるかな。DEKISHIさんの声もピッチいじってたりとか、ああいう発想も面白いし。あらべぇちゃんの底が見えない実力っていうのが現れてるのかなっていう。凄い1枚ができたなって思ってます。

DEKISHI - 僕は自分の曲ってリリースした後あんまり聴かない性質の人間なんですけど、これは何回も聴いてます。

荒井優作 - それは嬉しい感想ですね。

DEKISHI - 自分で聴いてても感動する場面があるなと思って。さっき耳なじみが良いって話されましたけど、自分のリリックの棘みたいなのがありつつも、なんか聴きやすい様子もあって。結構繰り返して聴いてたので、そういう意味で本当に完成度が高いなという風に改めて感じますね。元のアルバムの自分の歌詞の世界観とかをすごいわかって作ってもらっている感じが凄くあります。特に”arechi”とかは自分で想像してたトラックの質感とドンピシャのものが返ってきたんで本当にびっくりして。この曲はRoc Marcianoの『Behold a Dark Horse』ってアルバムを聴いたイメージがあって作ってたような曲だったのですが、そういうどこかざらついた、ダークなノリのトラックが返ってきて感動したっていうのがもありました。”Skyline”もそうですけど、一般的にリミックスものはトラックが変わったことによって出てくる違和感みたいなのが......それが良い場合もありますけど、これはあんまり感じることがなかったんで。そういう意味で単なるリミックスというよりは新しいアルバムという風に受け止めていいんじゃないかなって自分では思います。

 - “tenkou”も原曲とはかなり差があるけど、でも良い違和感みたいな感じがあって。

粗悪ビーツ - あらべぇちゃんはビートをラップありでやるのは、GOKUさんとの『色』以降はまとまった形で出てないよね?

荒井優作 - まとまった形では出てないですね。

粗悪ビーツ - だからあらべぇちゃんがラップのビートを作ってる曲がこれだけ揃ってるものを出せてよかったっていう。

 - あとはやっぱり作り方が、ラッパーって普通ビートを先に聴いてそれにラップを乗せるじゃないですか。多分あのトラックをDEKISHIさんに渡してもあのラップは乗らないと思うんですよ。

DEKISHI - 乗らないと思います。

 - それがやっぱり凄く面白いっていうか、リミックスならではの奇跡が起きてますよね。それに最近はあんまりトラックメーカーでビートジャックとか無いような気がするから。改めてリミックスはヒップホップの醍醐味だなって思いました。ちなみにリリースはいつになりそう?

荒井優作 - 7月20日発売で、専用のweb shopで予約開始しています。発売日までに予約すると、初回予約特典として没にしたリミックスの中から5曲選んだ『CULT 3.5』のCDRが付きます。自信作だし、慶くんが頑張ってくれてモノとしてもめちゃくちゃかっこいいし、10代でも買えるくらいの値段に抑えたので、ぜひ買って聴いてほしいです。題府パイセンの写真も最高だし。

 - いいね。

粗悪ビーツ - 未公開なやつね。没というか、凄い良いんですよ。あの、本当に凄い良いのが特典でつきますっていう感じです。

 - 枚数も少ないんだよね。

荒井優作 - 250部です。

 - 話戻るんですが、オリジナル盤の曲順は2人で話して決めたんですか?

粗悪ビーツ - そうですね。お互いにこの曲順でどうどうみたいなのを話し合って決めましたよね。

DEKISHI - 確かそう。

粗悪ビーツ - 「この曲がなぜこうか」みたいなことっていうより、感覚で決めましたね。そこら辺も結構似てるから大体合って、「それでいきましょうか」みたいな感じだったと思います。

DEKISHI - 最初からある程度決まってたのは、「”切断”は1曲目だろう」っていうのと、”Drive”は最後だろうっていうだけですね。あとはもう出揃った曲の順番を2人で「これがいいんじゃないか」って話し合いして詰めるっていう感じですね。

 - この『CULT』ってタイトルは?

粗悪ビーツ - DEKISHIさんですね。

DEKISHI - これは作る前から「次のアルバム作る時に何のタイトルにしましょう」っていうのを、2016年くらいに粗悪さんの家に行って「次のアルバムどうしましょう」って2人で話している時、僕は「『CULT』っていうタイトルがいいんちゃうかな」って言ってて、粗悪さんも「いいですね、絶対それですよ!」って言って(笑)。それからしばらくは作ってなかったんですけど、とにかくタイトルは最初からなんとなく決めてました。

 - その「CULT」のタイトルに従って出来た曲ってことなんですね。

DEKISHI - 途中で変えようって思った時もあったんですけど、やっぱり内容的にもしっくりくるところが自分の中であったのでそのままにしました。自分の主張をずっと展開していくっていうのが、それらしい感じの雰囲気になってるのかなって。

 - 日本語訳的にはどういう感じなんですか?結構捉え方が幅広いじゃないですか。

DEKISHI - 割と感覚的につけたところがあるので、あまりかちっとした訳がある感じではないですね。一般的にはカルトは悪い意味で使われますけど、一方でカルトムービーとかカルトクラシックとか言われてたりするのをみるとどんな内容か気になったりする。どんな尖った内容で、自分ははまるのかなみたいな感じで。こういう意味のカルトには少数の熱狂という意味が含まれていると思うのですが、そこに自分はロマンと謎めいたものを感じて惹きつけられたりしますね。あとは単純にCULTというアルファベットの字面が魅力的だったというのもありました。こんな感じで感覚的な名付けにつながっていったんだと思います。あとラップとの関連で言えば、ここで展開されている自分の主張は内容的にどこか飛んでるところがあって、それがカルト的だと思ったりもします。自分のリアルに立脚しつつもそれだけじゃないというか。

 - ファンタジーじゃないけど、リアルの延長なんだけど、っていうところですね。

DEKISHI - そうですね。自分としてはラップがあまりに地に足つきすぎてるっていうよりは、内容が少し飛んでる方が好きみたいなところがあったので。

荒井優作 - 僕はもう全部のリリックがDEKISHIさんのリアル100%みたいな感じだと思ってましたね。

DEKISHI - いやそれは、なんて言ったらいいんだろうな、リアル100%だと......。表現として言葉遊びの余地も欲しいというか。あとこのアルバム作ってた時に、よく大江健三郎の本を読んでたんですよ。大江の小説って、そうでないのももちろんあるんですが、大江本人をどこかモチーフにしただろうという人物がよくでてくるんです。話が展開していくと、大江じゃない人の話みたいになったりもするんですけど、やっぱり本人の何かしらがぶつけられてないかと思ったりもする。『万延元年のフットボール』とか『個人的な体験』とか。あとフィリップ・K・ディックの『ヴァリス』とかもそうなんですが、作家本人が登場人物の要素やモチーフになってたり、登場人物そのものになってたりする作品が持っている異様な雰囲気に惹かれたところがあったので、そういうそのときのノリがリリックを書いている時に影響したかなと思いますね。

 - 固有名詞も出てきますよね。

DEKISHI - そうですね。「100円で買ったポール・オースターのエッセイ」は実体験です。

 - そこはリアルなんですね(笑)。

DEKISHI - 古本を読んで天啓なのか勘違いなのかと思ったのも実際思ったことですね。

 - 両方の極端を考えるってことですよね。「天啓を受けたけど、それって幻覚なのかも」みたいな。

DEKISHI - そうですね。何しろ自分の精神状態がそんなに良くない時でもあったので。「こうだ!な」ってパーンってなったけど、後で振り返ったら「何考えてたんだろう」みたいな。

荒井優作 - 苗字名前を持った「本人」としての「DEKISHI」じゃなくて、登場人物というか、ラッパーとしての人格を持ったDEKISHIみたいなのがいて、そのDEKISHIが勝手に走ってるような感じなんですかね。

DEKISHI - そこまで言っていいかわからないけど、ある程度そういうところがあるかもしれないですね。でもあくまで本人は本人だと思います。それで思い出しましたが、今年の1月にDJ Qとtofuさんとのコラボで出た”Sirius”っていう曲は、リリックが結構地に足ついた感じになってると思います。より等身大というか。

粗悪ビーツ - ”Sirius”で等身大の自分が出せるようになったのは症状が緩和してきたことも影響してるんですかね。

DEKISHI - ......わかんないですね。

粗悪ビーツ - でも症状自体は良くなってきたんですよね?

DEKISHI - 症状自体はまだ波があるけど、以前に比べると安定してる。

 - 今は病にかかってしまっている人って多いと思うんですけど、経験者としてどういう風にしたらいいか、そういう人たちに向けて言えることは何かありますか?

DEKISHI - 難しいですね。人それぞれなところがあるので安易なことは言えないと思ってます。あくまで自分の場合はですが、例えば暇にしすぎないのは大事かもと思ったりします。でも忙しくしすぎると反動がきたりもしますね…。あと本当にダメな時はダメなんですよ。特に鬱でしんどい時はしんどいんで。そういう時はもうある程度諦めるしかないっていう感じも。ちゃんと病院に行く、じゃないけど、やっぱり「薬を飲むのやめちゃえ」みたいに結構思っちゃうんで。「良くならないじゃないか、こんなの飲みたくないんでやめちゃえ」みたいな。でも結局続けるしかないっていうのもあるので。ありきたりですけど、ダメな時はダメでちょっと諦めるしかないし、病院はちゃんと行くっていうのが大事かなと自分は考えてますね。

 - 自分の友達も行って薬飲んでたんですけど、ある時に突然「全部一回やめてみよう」って辞めたらやっぱりそのリバウンド来ちゃって。

DEKISHI - 来ると思いますよ、やっぱり。

粗悪ビーツ - 最初、病気はなんでわかったんですか?「俺、落差激しいな」って感じで気付いたんですか?

DEKISHI - それは単純に本当に一日中しんどくて。それで土日は寝てるだけになってきたし、それでもしんどさは取れないみたいな。なんとか職場には行ってたんですが、席座ってしばらくしてたらもう座ってられなくなって、休憩室みたいなところで横になって誤魔化して、また働いて横になって誤魔化して、っていう。

 - 今はもう社会復帰された感じなんですか?

DEKISHI - 今は幸いフルタイムじゃなくても働ける環境を見つけられたので、バランスとりつつ働いてます。

 - ある程度自分のペースで。

DEKISHI - そうですね。

 - ちなみにDEKISHIさんはあらべぇ君のトラックでライブしてくれって言われたら出来ます?

DEKISHI - 実はやってます。”荒地”と”Control”と、”Skyline”もやってますね。”Matrix”もライブで二回やりました。

 - であればリリパできますね。

荒井優作 - リリパに関してはヴィジョンがすでにあって諸々進めてたんですけど、いろいろあって頓挫しちゃって、めんどくさくなって放ったらかしにしてます。

 - DEKISHIさんは今後の予定はどうですか?

DEKISHI - 最近ちょっと自分でビート作ったりしてて、それで何か出せないかなっていう。

 - そうなんですね。打ち込みかサンプリングか、どのような手法で作ってるんですか?

DEKISHI - 基本打ち込みです。FL Studioっていうソフトを使ってやってます。あとはライブとかに呼んでいただく機会が増えてきたので、最近よく一緒に活動してるDJのNODA君といろいろやってます。

 - リリックは日々書いてるんですか?

DEKISHI - 日々書いたりはしてないですね。結構「作る」ってなってから書くことが多いです。

 - センテンスみたいなものをメモって書き溜めたりとかはしてます?

DEKISHI - 思いついてメモしておくこともありますけど、あんまりそれが形になることが自分の場合少ないですね。テーマを思いついてメモしておいて、その中に良いのがあればそれを仕上げるっていうのはあるかもしれないですけど。結局「歌詞を書くぞ」ってなってから書いていくことの方が多いかなって感じですね。

 - 新たな展開も楽しみにしてます。粗悪興業はどうでしょう?

粗悪ビーツ - 粗悪興業は僕の3rdアルバムを作っていて、あとちょっとってところまで来て足踏みしたりっていうことの繰り返しですね。いいの出来てきているので年内に出せるよう頑張ってます(涙)!

 - 楽しみにしてます。では、そろそろまとめに入りたいと思うんですが言い残したことはありますか? WARDAA(FNMNL和田)はどう?

FNMNL和田 - 個人的にはLiveMixTapesとかDatPiffをめちゃめちゃ聴いてた時代のアルバムの雰囲気っていうか。凄くSoundCloudっぽい空気を感じるアルバムですよね。今のラップゲームって全てが可視化されてる感じっていうか、秘密めいたものがUSもUKも無くなってる感じがするんですけど、そういう秘密めいたものが凄く詰まっているような気がします。

DEKISHI - それは何かわかりますね。

FNMNL和田 - だから逆に皆さんの今のラップに対する感覚とかもちょっと訊いてみたいなって思ったんですよ。UKだったら今グライムよりドリルになって結構久しいじゃないですか。そこら辺をDEKISHIさんとかはどう思ってるのかな、みたいな。

DEKISHI - 難しいですね。ドリルも少し聴いたりしてましたけど、凄く聴いたりはしてないんですよね。なんだかんだでグライムの方が愛着は感じますし。グライムに面白みを感じなくなってあまり聴かなくなってた時期も正直ありはしました。ただ最近は少し新しい動きというか、Duppyとか新鮮さを感じるラッパーが出てたり、H.M.R.C.とか自分が気づいてなかったクルーや動きを後追いで知ったりして、その辺をフォローして楽しんだりはしてますね。なので、全体の大きな流れとは別に、自分個人の中ではグライムリバイバルみたいなのが起きてる感じですね。

 - あらべぇ君はどうですか?

荒井優作 - ラップミュージックに関しては、さっき和田さんが言ってたみたいに秘密めいた部分はもう無くなってしまったなって。特に驚くこともワクワクすることもないし、大体の予想がついてしまうというか。「秘密めいた部分」っていうのは僕の言葉で言うと、感覚のスラングとでも言えるようなものなんですが、そういった個人もしくは関係が密なクルーでしかあり得ないような、無駄に突出したエクストリームな感覚は年々薄まってきているような気がします。ちょっと視覚優位の世界すぎるのかなと。

DEKISHI - 「秘密めいたもの」とグライムの関連でいえば、最近になってダブ文化って面白いなと改めて思うようになりました。オフィシャルリリースされてない音源が使われてるDJセットって言葉で上手く言えないのですが特別感があって惹かれるものがあります。あとさっきビート作ってるって言いましたけど、グライムって全然チュートリアル動画が無いんですよ。多少はあるんですけど、圧倒的にドリルが多くて。その辺の作り方の秘密みたいなのも一子相伝で伝わってんのかなと思っちゃうものが結構あって。

 - あらべぇ君のトラックも、さっき言ったように「どうやって作ってるんだろう?」って思う人も多そうだよね。それも「自分で試して知れ」みたいな感じ?

荒井優作 - そうですね。チュートリアルみたいに、形式化された技術を身に付けることも必要ですが、それよりも自分の身体をもって学ぶことが大事だと思うので。言葉にならない感覚や思考の型をいかに音楽によって継承できるかということに興味があって、それは「秘密めいたもの」に潜り込み、試行錯誤することによって成されていくのだと思います。音楽は、名状しがたい感覚や世界観を運ぶ海のようなものでもあると思うんです。

Info

・荒井優作 × DEKISHI 『CULT REMIX BY YUSAKU ARAI』

フォーマット:CD(特殊パッケージ. 250部限定)

発売日 : 2023年7月20日(6/28予約開始)

販売サイト:https://moneyproblem.base.shop/items/75946837

予約特典 : 荒井優作 × DEKISHI 「CULT 3.5 」CDR

・荒井優作 × DEKISHI 「Control Remix」

フォーマット:Digital https://linkco.re/mfberrBh

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The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。