【インタビュー】KOJOE × BUPPON × ZIN 『Scent』 | 日本のラップとソウルを再び合流させるきっかけに
ラップと歌を自在に操るプレーヤーであり、近年はプロデューサーとしても活躍するKOJOEが、自身の愛するゴリゴリのラップと、スイートなソウルを掛け合わせたアルバム『Scent』を、ラッパーのBUPPONとシンガーのZIN(Soulflex)とともに作り上げた。今回はKOJOEが東京に構える制作現場・J Studioにて3人に話を聞いた。
取材・構成 : 宮崎敬太
撮影 : 堀哲平
ラップとR&Bの現場を混ぜるきっかけも作りたかった
- このプロジェクトはどのように立ち上がったんですか?
BUPPON - まず僕が滋賀のイベントでたまたまZINと同じライブに出たんですよ。それをKOJOEくんに伝えたら、「俺がプロデュースするからお前はZINとEP作れ」って(笑)。その場ですぐZINに電話したんですよ。イベントの最中で一回外に出て話したからすごい覚えてる。2020年の1月です。
KOJOE - 俺、ゴリゴリのラップも好きだけど、同じくらいスイートなソウルも大好きなんです。昔はラッパーとソウルシンガーが一緒にブッキングされたイベントがいっぱいあったけど、最近は全然ないでしょ。そんな状況でもZINの名前はいろんなフライヤーで見かけてて。何気なく音源をチェックしたらEric Benétみたいな声してるシンガーおるわと思ったんですよ。
ZIN - 嬉しい……。電話をもらったときはKOJOEさんと話したことなくて、BUPPONさんともそこまで親しくなかったんです。でも二つ返事でした。KOJOEさんがおっしゃるとおり、最近ヒップホップとR&Bが一緒になるライブなり企画があまりなくて。だからすごく嬉しいプロジェクトでしたね。
KOJOE - 俺は日本で俗に言うR&Bにソウルミュージックを感じない。でもZINの声を聴いた時、これは絶対にイケると思った。むっちゃディレクションしたいと思った。それにラップとR&Bの現場を混ぜるきっかけも作りたかった。俺自身も歌ってラップしたいしね(笑)。
- なぜラップとR&B/ソウルの現場は乖離したのでしょうか?
ZIN - そもそも男性のR&Bシンガーが、ラッパーに比べそこまで多くない。それでも以前はシンガーとして活動をしている方は今よりもたくさん居たけど、辞めていった方もたくさんいらっしゃって。もちろんコロナで現場の絶対数が減ったというのもあると思いますが。
KOJOE - 確かにハードル高いもんね。需要があっても簡単にできない。ソウルミュージックを理解してて、歌唱力もあって、なおかつグルーヴもしなきゃいけない。しかもR&B/ソウルを好きなお客さんたちは耳が肥えてるし。歌がうまけりゃいいってもんでもないからさ。
- KOJOEさんが考えるZINさんの声質の良さとはどういう面なのでしょうか?
KOJOE - 黒さがある。それが何かと言ったら、アメリカのゲトーに行って黒人のおばちゃんがケツ振ってくれるかどうか。ソウルミュージックと黒人文化を愛してるかどうか。ソウルは何百年もの歴史の中で黒人が経験したいろんな痛みを歌で表現してる。フロウやリズム感は基本中の基本。この音楽における礼儀。例えばむちゃくちゃ柔道が強い外人がいたとして、礼儀がないと認められないですよね。それと同じ。ZINはそこを踏まえて歌ってる人だと思う。
- 実制作はどのように進行したんですか?
KOJOE - まずは“Realize”からですね。ZINにここに来てもらって。俺は「これでZINの声を聴いたら気持ちいいだろうな」というビートを用意しました。2人で聴いて音が語りかけてくるコンセプトをその場で考えて、その場で書いて録った。まず俺がサビを録って、その間にZINは歌詞を書いて。その日のうちに全部録りました。
BUPPON - 僕は普段山口に住んでいるんで、その日はいなかったんです。KOJOEくんとZINは初めましてだから、顔合わせくらいなのかなと思ったら、夜に“Realize”が送られてきて(笑)。驚きました。
ZIN - 実はめっちゃ緊張してたんですよ。J.StudioはいろんなMVとか映像で見てたし。KOJOEさんがどういう人かも知らなかったし。怖くて一回電話無視しました(笑)。でも実際お会いしたらフレンドリーな方だったし、何よりJ Studioに来れたことにも感動しましたね。
KOJOE - たしかにプリプロの時はあえて難しいことやろうとしすぎてた印象があった。もともと歌が上手いのにもっと上手く歌おうとしてて、逆に力が入りすぎちゃってて。俺はその余分な力を抜く作業をした感じ。あえてシンプルに。しゃべってるような、語りかけてるような感じで歌ったらちょうどよくなると思った。
ZIN - 僕、これまでディレクションされたことがほぼなくて。しかもKOJOEさんはシンガーというよりラッパーの印象が強かった。なのにめっちゃ的確なこと言ってくる。
KOJOE - 俺に言われるのダルかったでしょ?
ZIN - ……若干(笑)。というか、できない自分が悔しかったですね。
BUPPON - 僕はここ何年かKOJOEくんと一緒にやってるから、そこにZINが入ったのはめちゃくちゃ新鮮でした。こんな感じになるんだっていうか。“Realize”を聴いた時は、僕もいい意味で緊張感が出ましたね。
- 当初はEPを制作する予定だったんですよね?
BUPPON - はい。まず“Realize”と“Life is”をここで作って、EPに向けた先行シングルとして2020年の春にリリースしました。その年の夏にKOJOEくんが大阪にもJ.Studioを作ったので、EPのために僕とZINは大阪に行って2日で2〜3曲くらい作り終えたんです。期間は短いけどすごく濃厚な制作で、ZINとも「やっとできたねえ」って話してたら、KOJOEくんが「やっぱアルバムだなあ」って(笑)。
KOJOE - よく覚えてねえんだよなあ。
BUPPON - 僕らの中では「年内(2020年)にEPで着地させたいね」という感覚だったんですけど、その瞬間にもうリリース時期は一旦忘れて、3人が納得できるまで制作しようというモードに切り替わりました。
KOJOE - 大阪の制作で2人には俺のイメージは伝えたから、あとはそれぞれのやりたいことを話し合って見つけてほしかったんです。ここからは結構放置プレイでしたね。
たった8小節。たった数秒で感情を揺さぶることができる
- ちなみに大阪で制作したのはどの曲ですか?
BUPPON - “Good die young”、“Come to me”、“Reveal”ですね。
ZIN - この3曲は結構ヤバかったです。
BUPPON - “Good die young”と“Come to me”は用意してきたリリックが全直し(笑)。
ZIN - ベランダでずっと書いてたの覚えてますよ(笑)。
BUPPON - ZINも“Come to me”はずっとレコーディングしてたよね。何回も録り直してた。
ZIN - 初めてレコーディングで泣きそうになりました(笑)。
BUPPON - 2〜3時間くらいやってた?
ZIN - いやいや全然もっと。コーラスをたくさん重ねてたから、録るだけでもシンプルに時間がかかる。加えて大阪では東京で“Realize”を作ってた時に言われたことよりさらに細かいとこまで指摘されました。ちょっとしたミスでも気づくんです。すぐ音止められて。クオリティへのこだわりが尋常じゃない。
BUPPON - ZINが“Come to me”を録ってる間、僕はずっとベランダで“Good die young”の歌詞を書いてて。「結構疲れたな、もう終わったかな」と思って中入るとKOJOEくんがZINに「はい、ダメ」って言ってて(笑)。それを見て俺ももっとがんばろうって。ひたすら真面目に音楽を作る合宿でしたね。
ZIN - あー、それが一番しっくりくる。
BUPPON - “Come to me”は夕方録り始めたけど、終わったのは朝5〜6時とかだったし。
ZIN - シンプルに体力もなくなってくるんですよ。でも集中しないといけない。KOJOEさんは僕が7回くらいビブラート入れてもコーラスで全部完璧にハモってくるから。「ラップの人じゃないのかよ」ってくらい(笑)。
- “Good die young”のBUPPONさんがすごかったです。
BUPPON - 僕もこの曲は一番思い出深いです。この曲、僕の出番は8小節なんです。ほとんどZINが歌ってる。最初に用意していったラップをレックした後、KOJOEくんは「お前には悪いけど、あれじゃ全部だめ。フロウしにいくな。喋るだけでいい」って言うんです。それを踏まえて「お前が今歌わなきゃいけないことあるっしょ?」と。実はその時、母が病気で長くない状況だったんですね。
- かなり赤裸々に綴られていました。
BUPPON - その段階では自分の中でリリックにできるほど心の整理ができてなくて。でもなんとかがんばってヴァースに落とし込んでレコーディングまで持って行ったんですね。ラップを録り終わったらパンッと音が切れて、横見たらKOJOEくんが号泣してたんです。「この感情はなんだ?」みたいな。たった8小節。たった数秒なのに、こんなことが起こるんだって。音楽を作る上で大事なことを知った気がしました。
自信とエネルギーに満ち溢れてるけど、どっかに不安もあるやつらがパワーを開放する瞬間に立ち会いたい
- 2020年に東京、2021年に大阪で制作して、終着点が見えたのはどんなタイミングだったんですか?
KOJOE - 制作的には去年の夏くらいにはアルバムを出せたんです。“all of my life”の俺のパートだけが残ってて。でも俺が突如沖縄に引っ越したくなって。向こうでソウルミュージックのあったかさをパッケージできるスタジオを作ろうと思いました。俺はアイデアが浮かんだらすぐ行動するほうで。沖縄で物件見つけて、新たに機材ゲトって、パソコンもセットアップしたんだけど、何かのプラグインがうまくいかなくて、音が出ないし、録れなくなっちゃったんですよ。それが解決するまでは、ここ以外のスタジオでRECしたくなかった。ラップを始めて24年になるけど、1ヶ月以上新曲を作らなかったのは初めてかも(笑)。もろもろ落ち着いたのが12月半ばくらい。沖縄のJ.Studioで一番最初に録ったのが“all of my life”だったんです。今回のアルバムは、東京と大阪と沖縄で録ったというのが感慨深い。旅しながらひとつの作品を形にしたというか。
- ちなみにKOJOEさんはなぜスタジオをいろんな場所に作るんですか?
KOJOE - 才能はあるのに表には出てない人間、そんな連中が日本中、世界中に腐る程います。そいつらは自信とエネルギーに満ち溢れてるけど、どっかに不安もある。俺はそのパワーが解放される瞬間に立ち会うのが好き。キャデラックにレコーディングできるスタジオを作ったのも、そいつらの瞬発力を逃したくないからだし。俺のスタジオは一般開放してるわけじゃない。アーティストの溜まり場にしたいわけでもない。決まったやつしか来られない聖域。だからここもそうだし、大阪も、沖縄もロケーションにもこだわった。
- 確かにこの東京のJ Studioはすごく雰囲気のいい場所ですよね。いい空気が流れてる。
KOJOE - そう言ってもらえると嬉しいですね。都心でも自然が近くにある場所が良くて。ここは今MONJUが管理してくれてます。それも嬉しい。20年以上も変わらぬスタイルで活動してて、ずっとフレッシュで、人気もある。そんな人たちはほんの一握りだから。いろんな土地にスタジオを作りたい。(BUPPONの地元の)山口にも。あとUKにも。そのためには金貯めなきゃいけないから、BUPPONには売れてもらわないと(笑)。
- 『Scent』というタイトルはどのように決まったんですか?
BUPPON - 言い出しっぺはZINだよね。
ZIN - はい。普遍的な作品を作ろうという話をしていて。そこから匂いは記憶と繋がってるみたいな話になり、僕が『Scent(香り)』というワードを思いつきました。
BUPPON - そういうのもあって、リリース時期にこだわらずに納得がいくまで作ろうと話しました。
KOJOE - 締め切りがあって、そこまでにベストを尽くすっていうのはプロとして当たり前だから、今回はその先。「あ、できたね」って3人が自然と合意できるまでやろうって。
BUPPON - 最後にKOJOEくんのヴォーカルが入った“all of my life”が送られてきて。聴いた時、報われた感じがしましたね。自分は入ってないけどこの曲が一番好きです。
KOJOE - 俺もZINともっと2人で歌ってみたいと思ったもん。16flipにもビートを作ってもらってさ。
ZIN - 歌のアルバム作りましょう!
Info
Artist : BUPPON, ZIN & KOJOE
Title : Scent
<トラックリスト>
1.Life is
2.Reveal
3.Introspection
4.S.O.S
5.Come to me
6.Good die young
7.Love
8.All of my life
9.Realize
Streaming : https://linkco.re/dVrGyMHq
Date:2022.04.06(水)
Produced by KOJOE / Written by BUPPON, ZIN, KOJOE
Label : J. Studio