【インタビュー】増田岳哉 (SUMMIT) Interviewed by PUNPEE

ヒップホップレーベルSUMMITが今年10周年を迎えた。先日もインタビューを掲載したSIMI LABをはじめ、抜群の個性を誇るアーティストたちと共にSUMMITの10年を走ってきたのが設立者でA&Rの増田岳哉だ。

多様な日本のシーンの中でも、レーベルのカラーがしっかりと見えるという点でSUMMITは際立っていると個人的に感じる。それはレーベルの統一感があるというよりも、1人、1人のアーティストの個性を120%引き出す強度のある作品を発表し続けているという一貫したスタンスから生まれてくるものではないだろうか。

今回は増田がSUMMIT以前に勤務していたFile Records時代からアーティストとディレクターという関係を続けてきたPUNPEEを聞き手に迎え、SUMMIT設立までの遍歴やSUMMITのレーベル像、そしてアーティストとの関係性についても掘り下げてまだ暑さの残る1日に聞いてもらった。

聞き手 : shakke

構成 : 和田哲郎

撮影 : 横山純

- 今日はSUMMITの10周年企画として、PUNPEEさんに増田さんをインタビューしていただくという企画になります。お二人と親交の深いshakkeさんにも参加してもらっています。

増田 - なんでこの企画を思いついたんですか?

- 最近親交の深い人同士の対談をやっているというのと、PUNPEEさんが自分のblogでISSUGIさんにインタビューされている企画も当時面白く見ていたので、このお二人でというのはぜひ聞いてみたいと思い提案した次第です。

shakke - Pさんは雑誌『THE SOURCE日本版』でThe Beatnutsにもインタビューやってたよね。

PUNPEE - 自分でインタビューしたのってその2回だけかも。ラジオ『SOFA KING FRIDAY』の時はゲストも呼んでいたし、『Quick Japan』では量子力学の橋本幸士教授にも話を聞きにいきましたね。The Beatnutsのインタビューの時は面白かったな。Psycho Lesの方が割といかつい見た目をしてるけどすごいいい人で。Psycho Lesからロゴの由来とか聞いたな。ジャズの人のサンプリングで。

増田 - Hank Mobleyですよね。

PUNPEE - そうだ、そうだ。あとJuJuに「ナードは日本語でなんていうんだ? お前はナードなのか?」って言われて、「日本語だとオタクです」って言ったら、「オレはオタクキラーだ」って。ジョークで。

shakke - 怖いな(笑)。  

増田 - たしかにNutsって単語もナードとかに近い意味ですもんね。そういえばPUNPEEの音楽を聴いた時に、どことなくThe Beatnutsを感じるみたいな話をしたことあったよね。PSGって誰っぽいのかなと思った時にThe Beatnutsが自分はしっくりきてて。Pさんの守備範囲はPharrell的な立ち位置だなって思ってたけど。

PUNPEE - Beatnutsは世界でもだし日本でもみんな聴いてた時の世代なので。"かみさま"とかはビートの太さはBeatnutsとかを意識してたかな。Beatnutsの話はここまでで、単純に増田さんに聞いたことがなかったのが、音楽を初めて聴いた時はなんだったのかなって。

増田 - あー、初めて買った音楽は覚えてるかな。小学校3~4年くらいの時にTHE BLUE HEARTSが好きで、家族でご飯行った時にデパートのレコードショップでおばあちゃんに「好きなもの何か一つ買っていいよ」って言われて、じゃあカセットテープが欲しいって言ってTHE BLUE HEARTSの4曲入りのカセットテープを買ってもらった。"人にやさしく"と、”キスしてほしい"、"リンダリンダ"も入ってたから2nd以降のものだったのかな。こんな組み合わせあるんだ!と思って、家帰って聴いてみたら他の人が歌ってるものだった。(増田注:調べてみたら他人の歌ではなく、カラオケバージョンのテープのようでした。)

同上

一同 - ハハハハ(笑)。

増田 - 演奏も全然違うし、誰がカバーしてるかもわからないものだった。(増田注 : 小学生時代のため記憶が定かではないので、もしかしたらオリジナル演奏だったのかもしれないです。この機会に購入しようと探したのですが入手できずでした。)

PUNPEE - 今でもそのテープ持ってます?

増田 - 20年前くらいにふと思い出して探したんだけど、見つからなくてネットで検索してみたら、俺はブートレグだと思ってたんだけどTHE BLUE HEARTSのレーベルのメルダックから出てたものっていうのはわかった。当時普通にこういうのがあったんだと思って。家帰って聴いたら、ヒロトの声じゃなくてガッカリした気持ちがめちゃくちゃ強くて、その1回しか聴いてない。

PUNPEE - SUMMITでもやってみたいですね。すごいベスト盤みたいな建て付けなんだけど、全然違う人が歌ってる。

増田 - 自分の年代の人はあのテープのこと分かると思う。でも謎なんですよね。

PUNPEE - レアなんですかね?

増田 - まだCDも出ていない時代でしたね。CDで初めて買ったのはTM NETWORKの『TWINKLE NIGHT』。その前は長渕剛、ユニコーン、TM、BLUE HEARTSとかもテープで買ってたけど、『TWINKLE NIGHT』が出た時に1個上の先輩がCDプレイヤーを安く売ってくれてCD買ったのを覚えてる。

shakke - 結構邦楽を聴いてたんですね。

増田 - そうですね。でも中学生のときThe Beatlesは好きだった。

PUNPEE - 両親がコレクターとかではなかったんですね。

増田 - 両親は舟木一夫とSimon & Garfunkelしか聴いてなかったくらい音楽を聴いてなかった。だからお兄ちゃん(D.J.APRIL)に、音楽を教えてもらったりして共有してた。

PUNPEE - 洋楽とかを聴くようになったのはお兄さんきっかけだったんですか?

増田 - 中学生くらいのときにパンクとかヘビーメタルとか聴いてたけど、それもお兄ちゃんきっかけだったと思う。おれが高二くらいまでは同じ音楽を聴いてた。グランジ、オルタナ、メタルかな。NIRVANA、Metallicaとか。あと高校卒業くらいのタイミングでKurt Cobainが死んで、そのあと他のグランジ系のバンドも全部聴こうと思って聴いたけど、個人的にNIRVANAとかMudhoneyを超えるものがないな。と思ったタイミングで『さんピンCAMP』やってんな。

PUNPEE - そこでヒップホップだったんですね。

増田 - 何かで話したこともあるんやけど、大学入る前の予備校の時にリョウスケっていう友達の家でコンパして。その時に大神の"大怪我"(BUDDHA BRAND - 『人間発電所』収録)が家でかかってた。1枚のCDを朝までループしてかけてて、「さっきからかかってるこの曲なんなん」って気になって。めっちゃかっこいい洋楽だと思ってて、それでヒップホップっていうジャンルを知って。

PUNPEE - "大怪我"のどういうとこにひっかかったんですかね。

増田 - ちょうど『さんピン』(1996年)くらいだったと思います。もしかしたら終わってたかもしれない。"大怪我”が今まで聴いたことがなかった音楽だったんかな。それまでヒップホップは着飾るイメージって先入観が個人的にあって、ロックとかパンクは普段着のままステージ出て演奏して、そのまま同じ格好でビール飲んでホテルで遊ぶみたいな気取らなさが格好良いと思ってた。でも"大怪我"は直感でずっと聴けそうだなって思ったし、グランジにも冷めてた時期だから、ちょうど入ってきたんだと思う。その前からスチャダラパーは名前だけ知ってたから、その翌日、スチャダラパー『5th WHEEL 2 the COACH』とソウルフラワーユニオンとBUDDHA BRANDの『人間発電所』のEPを同じデパートに買いに行ったの覚えてる。3枚とも当たりで「今日はヤバい」ってなったの覚えてる。

PUNPEE - (笑) それがヒップホップの一番最初の体験だったんですか?

増田 - おれはそこだと思う。もちろんKris Krossの"Jump"とか"今夜はブギーバック"とかを耳にしていたとは思うけど、ロックが好きだったからあまり気にしてなかった。でもそのコンパ以降はヒップホップばっかり聴くようになったね。洋楽のヒップホップは聴かずに、とにかく日本のヒップホップ。CD屋さんの日本語ラップのコーナーのものをほとんど買って、たまたま家の近くにYo!っていうレゲエのクラブがあったんですよ。そこに行った時に、DJの人が知らない日本語ラップをかけてて、DJの人に訊いたら、「この曲はプロモ盤のレコードに入ってるよ」って教えてもらって、「じゃあレコードを買ったら、自分が知らない曲がまだまだ聴けるんだな。」ってなったんですよね。

PUNPEE - そこから色々聴くのが始まると思うんですけど、仕事にする前に自分でラップはやらなかったんですか?

増田 - やりましたね。

PUNPEE - おお!

増田 - とても恥ずかしいのですが、福ちゃん(注 : 高校の同級生で現在もSUMMITとオフィスをシェアしているプラスグラフ代表の福島氏)と野村っていう3人でやってみたりしましたね。

PUNPEE - さっきのリョウスケさんはどこいったんですか?

増田 - リョウスケはずっと仲良くて、よくコンパしてました。

shakke - ハハハハ(笑)。増田さんのコンパの思い出話はよく聞く気がしますねぇ。

増田 - あー、たしかに20歳くらいの時はよくしてましたね。

PUNPEE - そうだ、バンドもやってましたもんね。

増田 - そう。バンドといってもHELMETとかRage Against The Machineのコピーをしてた感じですね。演奏はオルタナとかだけど、出囃子はヒップホップにしたりして遊んでました。ライブのイントロとかも考えてたりして、「GEISHA GIRLSのこれではじまって、そこから1曲目行こう」みたいにしてました。

PUNPEE - 増田さんのパートは?

増田 - 自分はギターボーカルでしたね。3ピースがいいなと思ってて、元々ドラム叩けない子に、「ドラムやってほしい。」ってやらせてた。実はオリジナルも作ってたんだけど、他のメンバーには恥ずかしくて言えなかった。ライブで「この曲良いからカバーしたいねんな」って自分の曲をやったりしてましたね。オリジナルとは言わずに、これカバーなんだけどベースはこういう感じで、ドラムはハットをこう刻んでみたらどうかな。とか言って。

shakke - ハハハハ(笑)。回りくどい!

PUNPEE - なんてバンド名だったか気になりますね。増田さんはSUMMITってレーベル名とかで悩んだりもするから興味がありますね。普遍的な名前が好きだから、当時から好きだったのかなと。

増田 - 1つ目のバンドの名前は覚えてなくて、もう1つ福ちゃんとかと組んでいたバンドはカニベースですね。

PUNPEE - あーそうだ聞いたことありました。今と近いものがありますね!『キン肉マン』ですよね。そのバンドでプロを目指そうとかは思わなかったんですか?

増田 - それは全くなかったけど、スタジオ練習とかは好きでしたね。大きな音で出せるから楽しかった。

shakke - 録音物やライブ映像が残っていたりはしないんですか?

増田 - 誰かの家にVHSがあると思う。土田って友達が精神暴力団(ex:マニアキング)ってバンドやってて、カニベースとの2マンを大阪のサンホールでやったことありますね。両方ただのコピーバンドなんやけど。妙にこだわってチケットも紙じゃなくてプリントごっこみたいなやつで、いらないTシャツを持ち寄って四角に切って印刷して布のチケットにしてた。その辺は今とあまり変わってないかもしれないですね。そのTシャツまだどっかにあったと思う。フライヤーも、文字だけで気に入ってた。

1997年6月30日のフライヤーTシャツ

PUNPEE - 今でもお客さんが自分でチケットを作れるとかにしたら面白いかもです。でもそういうフォーマットへのこだわりとかは何からきてるんですかね?SUMMITでもグッズ考えるの好きだったり、発表の仕方とかも工夫するじゃないですか。自分のBlu-rayでエンドクレジットに来場者全員の名前を入れるとか。

増田 - 今はサブスクが主流だから、手にとってみれるものって少ないと思うけど目の前に何かがある方がワクワクするっていうのは根本的にあるかもしれないね。単純に物が好きやね。

PUNPEE - でもやっぱり裏方の人って昔なんかやってますね。増田さんもだけどRENくんもラップやってたし。ライブをエッグマンで見たことある。bedに初めてRENくんが来て、「色々ついていってもいいですか」って言われて、それでRENくん主催のエッグマンのイベントにPSGが誘われて。エッグマンは楽屋のドアとステージがつながってて、PSGが楽屋で待ってて「あれ今RENくんライブやってるんじゃね」って弟(5lack)が悪態をつきながら楽屋のドアを蹴ったら、RENくんがめちゃラップしてる最中で、そのままドアが自然にスーッと閉まったのを覚えてる。

増田 - エッグマンの楽屋のドアって重いねんな。そのシーンは何故か覚えてる。

音楽レーベルからSUMMITへ

PUNPEE - そんなところで、ここまで増田さんの音楽との出会いを聞いたんですが、最初はレコード屋で働いてたんですよね。

増田 - 大阪のCISCOで働いてましたね。そのあと就職先は決まってなかったんだけど、勝手に上京して数ヶ月職探しをしてPositive Productionに拾っていただいた感じです。

PUNPEE - そのあとがHandcutsですか?

増田 - そうです。Handcutsが一番短くて1年半、Positiveが3年、File Recordsが3年って感じでした。Positiveの時はラッパ我リヤと餓鬼レンジャーのマネージャーをやらしてもらいつつ、DOSMOCCOSの1st『Natural High』を手伝わせてもらったのが単独アーティストのディレクションとしては初めてかもしれない。その後DOSMOCCOSは、Handcutsに移って2ndを出して、自分がFileに移っても3rd出させてもらったりして、ずっと一緒にやらしてもらいましたね。

PUNPEE - ポチョムキンさんとはそんな長いんですね。

増田 - そうですね、本当に優しい人なんですよね。我リヤのQさんもですけど、自分はPositiveだと一番若くてミスも多かったんですけど、アーティストさんとは気を使うことなく新譜の話とかをしたり仲良くさせてもらってた記憶があります。ただ、そういうアーティストとの関係性を会社の人には「あの人たちは商品でもあるんだから。」って注意されるような時もありましたね。指摘されている意味も、もちろん理解しているつもりだったけど、少し違和感を感じてしまってたかもしれないです。アーティストが出演するクラブに帯同するのもたまに注意されましたね。アーティストさんには「ライブも来てよ。」って言われてたし、マネージャーだから行くのは当然だと思ってたんだけど会社からしてみたら、夜中にライブ行く時間あるなら昼間の業務を頑張って欲しい。って感じだったんだと思う。だから黙って行って、翌朝も通常通り仕事行ってた。

PUNPEE - 会社とはそりが合わない部分もあったんですね。

増田 - 自分がそもそも未熟すぎましたからね(笑)。だからたまに上司と言い合いみたいになってしまったこともありました。入ってすぐに、CDの企画も色々と出してましたね。当時フレッシュだった日本のアンダーグラウンドヒップホップをミックスしたものを出したいなと思って。でも肝心の会社の人に「こんな暗いの誰も聴かないんじゃない?」って言われてしまって。「でも今このコンセプトでオフィシャルで出せたら結構需要あると思いますし、恵比寿のみるくで開催してる『HARVEST』ってイベントに来るお客さんとかは聴いてくれると思うんですよね。」って食い下がったんだけど。SYPHTくんとはその時に知り合ったから20年くらいの付き合いになるかもしれない。

PUNPEE - そんな前から知ってたんですね。

増田 - 2003年くらいかな。

PUNPEE - それは結局形にならなかった?

増田 - そうですね。未熟な上に、自分に上司を説得するだけの能力がなかったですね。

shakke - 『HOMEBREWERS』(注 : 雑誌『blast』のコーナー「HOMEBREWERS」から派生した新鋭にフォーカスしたコンピレーション作品。 MSCや韻踏合組合、SD JUNKSTAなどの初期音源を収録)のミックスCD版ってことですよね。出てたら話題になってたでしょうね。

増田 - どうでしょうね。でもその時に会社の方向性と自分がやりたい方向性が合わないこともあるんだな。と勉強になった感じですね。

PUNPEE - それでHandcutsを経てFileへ。

増田 - Handcutsを辞める時に、今ONEPEACE INC.をやってる日高くんが「Fileの人が会いたいって言ってるけど紹介して良いですか?」って。日頃から「増田って人がいますよ」ってFileに言っててくれたみたいで、面接してくれることになって、面接したらすぐに「やってよ」って言われたから「マジすか、ライムスターのとこやん。。」って思いましたね。FileでのPUNPEEさんとの思い出といえば、RAU DEFの1stアルバム『ESCALATE』は、PUNPEEに全体のディレクションも見てほしいという話をしたのも覚えてるし、PUNPEEもすごい能動的にアイディアも出してくれて、手も動かしてくれて、そういう能力がすごい高い人なんだなと思いましたね。

PUNPEE - Fileでリリースすることになったからやってほしいって言われたんで、じゃあやりますってなって覚えてるのが、5曲のプロデュースとトータルのディレクションで制作費のギャラが10万円だった。それまで2桁もらったことなかったから、「こんな貰っていいんですか?」って。プロデュースとかトラック提供で、そんなもらえるのは初めてだったからね。あとPharrellが仮トラックに自分の鼻歌を入れているというのに憧れがあって、"Dream Sky"と"とりまえず"のトラックを渡した時に仮歌でフックを初めて入れたかもしれない。それがそのまま使われた。仮歌でいうとSUMMITの"Theme Song"もそれであの変なフックになっちゃった(笑)。

増田 - "Dream Sky"のビート聴いた時ヤバいなと思ったね。PSGの地方のライブの帰りにサービスエリアで聴かせてもらった。あの時はRAU、PUNPEE、増田っていう3人で動いたっていうのは自分の中であるねんな。そういえばPUNPEEが2014年ごろに『GRINGO』(注 : SIMI LAB主催のイベント)にDJで出て、朝方電車で一緒に帰ったやん。その時にPUNPEEがPSGのデビュー前に、「自分のリミックスやマッシュアップを入れたCD-Rをクラブなどでいろんな人に200枚くらい配ってた」って話してて、おれにもくれたけど、「それで連絡来た人いるの?」って訊いたら、「増田さんだけですよ」って言ってたけど、それって本当なのか気になってて。

PUNPEE - レコード会社の人は増田さんだけでした。反応してくれたプレイヤーの人で早かったのはカトマイラくんとGood FellasのGOUKIさんとCOBA5000氏。もう本当2004年とかでしたね。

増田 - すごい気になってたので聞けてよかった(笑)。

PUNPEE - blastのデモ紹介コーナーにも送ってましたね。あと2013年くらいにあるレーベルが新人ラッパーのデモを募集していて、声をめちゃくちゃ変えて名義も変えて送ったこともあった。それも一次審査も通らなかったから、実質関係者で早い時期に反応してくれたのは増田さんだけだったと思います。

増田 - 2007年にカトマイラくんの『三十路の投げKISS』を聴いて、ライブに行って、「誰のビート?」って聞いてPUNPEEを紹介してもらって、その時にCD-Rもらってすぐ聴いたんだけど、そのあと1年くらいは特に連絡とかしてないよね。bedとかクラブでは会ってたんだけど、My Spaceに"お隣さんより凡人"がアップされた時に、めちゃかっこいいと思って、もらったCD-Rを改めてもう一回聴いたら、めっちゃヤバいなと思って、すぐにMy Space上でDMしましたね。「アルバムとか作ってないんですか?」って。それで池袋で会うことになった。

shakke - 当時My Space文化だったもんね。Pさんはフリースタイル音源もMy Spaceによく上げてたよね。

PUNPEE - PSGのメンバーそれぞれMy Spaceやってたんだけど、実家にパソコンが一台しかなかったから、朝起きると弟が使ってて、ずっと曲をダウンロードしてて代わってくれないって感じ。いなくなった時にMy Spaceを触ってた。

増田 - 実家の部屋のレイアウトも2人の部屋のテイストも全然違くてよかったよね。そういえばおれの10代の頃の話ともリンクするんだけど、5lackはおれが初めて体感するカリスマって感じがあって、Kurtのことは知らないけど、こんな感じだったのかなって何回も思った。たまたま5lackの部屋を見たら、Kurtの肖像画があって、「Kurt好きなの?」って訊いたら、「ああ、別に」みたいに言われたんだけど、でもなんか感じるものがあるんだろうな。って思って、勝手に嬉しかった。

PUNPEE - 好きだったと思いますよ。NIrvanaも掘ってたし、Kurtが影響を受けたバンドとかも掘ってました。VaselinesとかMeat Puppetsとか。高校がジャニスが近かったから、しょっちゅう行ってた。でも弟とGAPPERも増田さんが初めて家に来た時は超警戒してた。これまでずっと自主でやってきたのに、いきなりスケジュールの紙とかも渡されたから。弟はPSGも自主で出そうとしてたんだけど、協力してくれる人がいたら、また違うものが見えるんじゃないのってWu-Tang Clanとかを例に出して説明して。

shakke - SUMMITにPさんが所属するって話も増田さんからしたんですか?

増田 - 所属っていうのはあんまり得意じゃないかもしれないですけど、そんな感じでした。

PUNPEE - でも流れで相談はされたんで、じゃあ協力できることはしましょうって思ったんですけど、弟もSick Team始まったり、自分も東京の外に行く時とか、オファーを直で受けてたりしてて。ビートの提供も口約束で受けたりしてて、その感じが2015年くらいまで続いてた気がする。

増田 - おれはPUNPEEと一緒にいて邪魔なんじゃないかなってすごい思ってたし。取り入ろうとしてるって思われるだろうし、もし今はそう思われても時間をかけて証明するしかないなって思って、黙ってずっとビデオを回してたりしてた感じですかね。

PUNPEE - 覚えてるのが2014年に藤井健太郎さんから『水曜日のダウンタウン』のオファーを受けた時に、増田さんがダウンタウンヘッズだったのを知ってたから、驚かそうと思って内緒にしてたんですよ。ミーティングも自分1人で行って、それを話した時に「ちゃんと言ってや」って言われた記憶がある(笑)。あとはこれ言ったら、「今回は断ろうよ」って言われそうな案件とかは言わなかったり。

増田 - そういう不安はあったから、急がないようにしようとは意識してたかもしれないね。PUNPEEからしたらプレッシャーだったかもしれないけど。周りからは「増田さん、もっと強く言った方がいいと思います、いつまでこんな感じなんですか、見てて悔しいです」みたいに言われたりすることもありましたね(笑)。「でもPUNPEEはPUNPEEで考えてると思うから」って、自分は焦らないようにしてたかもしれない。

PUNPEE - 『Movie on the Sunday』もdisk Unionから出したのに、ずっと収録曲を聴いてもらったりしてて。

増田 - そんなの、今でもそういうケースがあっても、そうしてると思うよ。

PUNPEE - あれも最初は2~3曲簡単なエクスクルーシブを入れたミックスにしようと思ってたんだけど、いいのが出来なくて、作りまくってたら14曲くらいできちゃった。

増田 - SUMMITからの発売とか関係なく、とにかくその内容が良くなればと思って聞いてた。それしかなかった。『Movie On The Sunday』は、おれも予約して買ったもん。もちろんマスタリング済みのやつも事前に聴いてたけど記念に買った。そしたら発売の1~2週間後くらいに送ってきてくれて、手紙も書いてくれてた。

『Movie On The Sunday』と直筆の手紙

PUNPEE - おれ手紙なんて書きましたっけ?!今もだけど、手紙をよく書いていて。でもやり過ぎてたのが請求書にも手紙をつけてて。

増田 - それはすごくいいことですよね。

PUNPEE - でも電話とかが億劫で一時期全然ちゃんと対応できなかったことはあった。

shakke - 忙しかったし、そのイメージはありますね。あとよく風邪を引いてた。

PUNPEE - 引いてたね。食べてるものもあんまり良くなかった。生でウインナーとか食ってた。

一同 - ハハハハ(笑)。

PUNPEE - 炒めるのが億劫で、そのまま食べてた。そしたら増田さんも「おれもよくやる」って。

増田 - その話懐かしいね!(笑)。オレ以外にもそんなことする奴おるんやって。あんなかっこいい曲作って、多くのお客さんの前でライブやDJで盛り上げる人が、家では生のウインナーをボリボリ食べてるんや。って想像したら痛快やなって思ったもん。

shakke - ウインナーのこともそうだけど、2人が似てるなって思うところありますか?

増田 - 臆病というか慎重っていうのは共通してるかもしれないですね。これは人に言われたことだから実際はどうなのか分からないけど、「増田くんとPは、自分のやりたいことしか絶対やらないのに、相手に不快な思いをさせないのがすごい」って言われたことはありますね。ただ自分は無意識に相手を不快な思いにさせてしまっていることは多いと思うので気を付けないとな、と思ってます。でも最悪のシミュレーションは2人でよくしますよね。危ないと思ったらおれも言うし。

shakke - 『Movie On The Sunday』の話もそうですが慎重が故のサービス精神みたいなところもありますよね。

PUNPEE - おれからの一番ハードな要求ってなんでしたか?例えばKREVAさんと"夢追人"をやった時に、KREVAさんの名前を公表せずにMVを公開したいみたいなこともあったじゃないですか。

増田 - うーん、ないかもしれない。PUNPEEさんはめちゃくちゃ配慮してくれるから。

PUNPEE - でももう作業終わった後に、粘るみたいなのはあるじゃないですか。

増田 - そんなのは何とも思わないですよ。むしろ素晴らしいです。

PUNPEE - そこらへん規定通りじゃなくて臨機応変に対応してくれるなって毎回思いますね。

増田 - 『MODERN TIMES』は10/4発売で、9月の最終納期に間に合わなくて、「でも発売日は絶対遅らせたくないんです。」ってプレス工場の方にめちゃくちゃ無理を言ったら、「そうは言っても、マスター音源がないじゃないですか。」って言われて。禅問答みたいだった。

一同 - ハハハハ(笑)。

増田 - 5lackのワンマン終わって、「マスタリング終わったら打ち上げ参加します」って言って、2人でホテル戻って、結局翌朝のチェックアウトまで修正して、翌日珍しく大阪のFM局に出演予定があって、スタジオでも打ち合わせそこそこに音源をチェックして。

PUNPEE - その後ドトールで曲間の調整もして。増田さんがそれをやってる時に「曲間なんて誰も聴かない」って言ってて、なんでそんなこと言うんだって思った(笑)。

増田 - 曲間って、調整している時はすごく神経質に気になるんだけど、リリースされた後にその部分を気にしたことってほとんどないな、って思い出してしまって(笑)。

shakke - SUMMITはやっぱりミックスやマスタリングに特にこだわってる印象があって、理想の音像とかを話し合ったことはある?

増田 - 話し合ったことは一回もないね。

PUNPEE - それぞれの曲で理想の音像はあるから、それをパワーアップしてもらえたら最高って感じと、エンジニアさんが提案してくれて面白くなったと思うのはそのまま使わせてもらったり。(Illicit)Tsuboiさんのアイディアにはいつも驚かされる。重視してるのはなんだろうな。やっぱり音のバランスは重要かな。アメリカはヒップホップはもちろんポップスもドラムが大きいじゃないですか。星野源さんと"さらしもの"のミックスをしてる時は少し不思議がられた。ミックス音源をラップトップで聴いて、スマートフォンでも聴いて、低音が出てるか確認してたら、そんなことしてるんだって感じで。

増田 - おれも同じで上手く言えてるのかどうかわからないけど、プロセスも大切だけど最終的に美味しいかどうか。みたいなのは結構意識してるかもしれないですね。自分はビジョンとか全然なくて、ここがこうなってたら良いのにな。っていう箇所だけが気になってしまう感じ。正解とかじゃなくて気になった部分だけ、繰り返し聴いてるとより際立って見えてくる。問題点を探すとかじゃなくて聴いた時にわかる。

SUMMITのあり方

PUNPEE - 次聞きたいんですけど、SUMMITでリリースする人ってどういう基準なんですか?今まで入ってきてる人も大体流れで入ってきてるじゃないですか。

増田 - 自分が関わることで役に立てるイメージがどこかでできているか、かな。他のかっこいいなと思うアーティストに対しても、もしかしたら役に立てることはあるかもしれないけど、次どんなことやるのか観ていたいって感じ。PUNPEEとかOMSBにもそれは思うんやけどね。自分だけプラスでも良くないし、相手だけがプラスになっても関係は続かないし。どこかで役立ててるなって思いたいし、あとそういう関係値だけじゃなくて、自分とアーティスト、お互いがワクワクできるものを見い出して、それが他人にも喜ばれるようなものになった時に、なんとも言えない嬉しい気持ちになるから。そういう事を一緒にできる人と仕事したいなと思ってる。

PUNPEE - SUMMITは放っておいても自然と自分で何かできる人の集団になってる気がする。常に何かやってるみたいな。

増田 - 周りからどう見えてるかわからないけど、SUMMITは何も強制力はないんですよね。仕事の条件とかも常にアーティストと確認して進めてるし。

PUNPEE - VaVaちゃんなんてすごいペースで曲作ってるし。

増田 - すごいですよ、だから自分とかいなくても大丈夫やねんな実際は。そう考えるとたまに寂しくも感じるよ。

PUNPEE - あと前にラジオでも話しましたけど、SUMMITは契約書もないですよね。

増田 - レーベルがアーティストを縛る意図ではなく、レーベルやマネジメントとしての責任の所在を明確にしてアーティストを守る為に、という意味では作った方がいいのかなと思うようにはなりました。

PUNPEE - リオ・コーエン (注 : 現在はYouTubeの音楽部門の総責任者で、Def Jamや300 Entertainmentなどヒップホップシーンのレーベルに携わってきた)が日本に来た時に、増田さんと契約について熱く話してたのを覚えてる。

増田 - 「そんなチャイルディッシュな考え方でレーベルを運営していけると思ってるのか?」って言われたから、「時間で証明できたらいいかな、と思ってます。自分が今、理想論を語ってもリオさんには絵に描いた餅にしか感じられないだろうから、もし将来また会えるような事があれば、是非お話させてください」って通訳してもらった気がする。「それでお前はどうやって飯を食べるんだ」ってリオさんに言われたので、「飯を食べるためにやってるんですか?」って訊き返したら、「お前は何を言ってるんだ」って言われましたね。でも自分の中には自分なりの方程式があるつもり。契約は大事だと思うけど、あくまで相手を守るためで、それでSUMMITに忠誠を誓うとか、規約通り何枚リリースしないとレーベルに言いたいことも言えないモノだとしたら、それは無駄に感じてしまうかもしれない。そういう思いをさせて仕事させてしまう方が、レーベルの長としてめっちゃ責任が重いって思うから、それだったら義務とかじゃなくてお互いの考えをしっかり話した上で、制作に向き合った方が作品にもエネルギーが反映されるのかなって思ってる。

増田 - ちなみにPUNPEEが一番キツかった時期っていつで、それをどうやって解決しようとしたのかなっての知りたい。

PUNPEE - 2016年くらいにお金が全然なかった時期があって。いろんなビデオやミックスの費用で予算以上に自費でお金を使っちゃって、口座に2万円くらいしかない時あった。今も大金持ちとかじゃないけど、お金ない時って、そればっか気にしちゃって1日に5回くらい「次はここから入金がある」とかの計算をしてた。あとは2010年くらいに一回バイトしてた時ですかね。そのバイトにバンドマンが何人かいて、その年のFujiのラインナップを見てたときに、去年出たのに、今ここでバイトしてるっていう心境は辛かったですね。そのバイトは2日働いて、翌日の休み時間に帰ってしまったんですけども。本当に安定したのは『MODERN TIMES』からですね。

増田 - 元々請求を多く取ろうって人ではないですしね。DJの数をたくさん受けるのもいいけど、もう少し絞って1つ1つの内容をより良くする方がいいんじゃないかな。とは言ってたよね。『MODERN TIMES』のリリースはレーベルにとってもすごく大きな出来事だったと思う。

shakke - ちなみにSUMMITの10年間で増田さんが辛かった時期は?

増田 - 特に思いつかないですね。

PUNPEE - 辛いと感じなくなってるのかも、痛みを感じないみたいな。

増田 - いや、そんなことはないと思うよ。でも元々自分の好きな音楽をリリースさせてもらうためにレーベルを始めてるから、アーティストの音楽をレーベル運営とか生活のために私物化するようなことをしてしまってたら、すごく後悔してたと思う。でもそういうことはしてこなかったから何も後悔はないかな、今のところ。アルバイトもしてたし。制作予算を用意するのは大変な時はあったけどね。

PUNPEE - 増田さんが介護のアルバイトをしていたときに、MARIAちゃんの遠征で運転してた時に高速道路でクリープ現象で事故ったって電話をかけてきて。その時は増田さんに限界がきていると思った記憶はありますね。すごい凹んでましたよね。

増田 - あの時は本当に反省しましたね。今でも申し訳なかったなと思うもん。

PUNPEE - やっぱり痛覚が麻痺しているのかな。Baticaでも喋りながら気絶したことがあって。階段で喋ってたら落ちてきて、手すりに捕まったまま体がフルスイングして。

shakke - やば(笑)。しかも増田さんはPさんだけじゃなくて、他のアーティストのスケジュールと噛み合っちゃうタイミングあるじゃないですか。そこら辺が大変ですよね。

増田 - でもアーティストさん1人、1人は別じゃないですか。だからその人数分の自分がいると思いますね。たまに周りから「でも時間は限られてるじゃないですか。」とは言われますね。

PUNPEE - でもお兄さんは増田さんがやってることに対してどう思ってたんですかね?お兄さん自身はDJを現場で始めるのは少し遅いですよね。

増田 - そうですね。お互い大学生くらいまでロックを聴いてて、そこからテクノとヒップホップをお互い聴くようになって、お兄ちゃんは家でめっちゃ爆音でDJしてて、「めっちゃかっこいいからDJやってみたら?」とか無責任なことも言ったりしてたんだけど、当時はクラブとかに行く機会もなかったのかもしれないね。オレはクラブとかも1人で行ってたから、その違いはあるかもしれない。そういう意味ではお兄ちゃんの方が慎重なのかな。おれはいつでも「別に失敗しても笑ってもらえるやろ。」って感じだったから。とにかく兄貴はめっちゃかっこいいDJだなって思ってたから、東京に出てきてBooty Tuneの人たちと出会えたのは良い出来事だったと思う。オレが勝手にそんなことを言うのもおこがましいけど。2011年にSIMI LABの1stアルバムのリリパの時にDJしてもらいました。兄貴はすごく真面目で正直な人やし、オレのことも尊重してくれたりして、自分もすごく尊敬してる。

- そろそろまとめにかかれたらと思いますが、お2人のアイディアが尽きない秘訣を自分は聞いてみたいです。

PUNPEE - お互いアイディア合戦が趣味みたいになってますよね。その時は使えなかったものを違う機会にも転用したりするし。

増田 - そうやね。昔出してたアイデアを思い出して互いに提案し合ったりもしますし。あと1つ思った共通点は、結論を急がないってところですかね。焦って答えを出す。というよりは、我々が向き合って考えたものが結果的には答えに近いんじゃない?って考え方みたいな。急いで白黒の答えを出すとかはしてこなかったかもしれないね。

PUNPEE - まあ、優柔不断といえば優柔不断なのかも。その日のうちに決められないから一旦持ち帰る。

shakke - それって重要かもしれない。スピーディーに録ってすぐリリースするのもヒップホップの美学としてあるけど、そういう方法論だけじゃないっていう提案は貴重だと思いますね。

増田 - どこまで行ってもこれがベストみたいなのはないと思ってるから。目指す系ですよね。ただ、より良いモノを目指していく。っていう気持ちは常に持ってたいよね。結果としてベストを生み出せなくても、そこまで頑張ろうとしたことは自分たちも知ってるから。

PUNPEE - 確かになんかやりたくなっちゃうんですよね。最後の方で気付く。

増田 - そうやねんな。大体最後はPUNPEEとおれとTsuneさんしか発言しなくなる。

PUNPEE - でも最近ヒップホップも違う領域に広がってきてる気がするので、それは楽しいですよね。ゲームとか。

増田 - 昨日もPUNPEEと話してたんだけど、最近は音楽に限らずいろんな文化に対して、個人的に中庸に感じられるようなモノが世間に求められすぎている気がして、もちろん自分たちの活動も、無意識にその一端を担ってしまっている部分もあるのかもしれないけど、そういう部分が少し気になったりしますね。そもそも自分が好きなモノって、どこかヒリヒリしてたり予測不可能なものだったり、そういった要素が含まれてたりもするから、もしもクリーンなものしか許せない。っていう世界になっちゃうと、自分がエントリーするには少し敷居が高く感じられるかもしれない。自分はよく失敗をするから、笑って許してもらいたいと考えてしまうし、その代わり人の失敗も同じように受け入れられる自分になれたら良いなって思う。甘い考えだとは思うのですが。でも幅広い人たちに「自分たちがここにいますよ。」って知ってもらえる機会が増えていること自体は、本当に感謝すべきことですよね。先人達の恩恵を受けさせてもらっているな。と感じています。

PUNPEE - 健全なイメージのためにやってるって思ったこともないですしね。

増田 - 色々な多様性の中で、好きなものをお客さんはチョイスするだろうし、SUMMITっていうレーベルだから良い音楽と思った方が良いんだろうな。みたいに思わせちゃいけないな、って昔から思ってますね。リリースしてる側が好きでやってるのは間違いないけど、その価値観がリスナーとイコールだとももちろん思ってないですし。お客さんの自由で移り気な価値観もそのまま受け入れるから、自分たちも自由にやらせてもらいますね。っていう関係性がフェアで良いのかなと思う。

shakke - いい締めだったのではないでしょうか。

増田 - 調子に乗ってつい言葉で考えを表現してしまいましたが、大切なのは行動だと思うので、近い未来に自分の発言と行動が伴なってないな。と感じるようなことがあれば、いつでも誰でも指摘してもらえたら嬉しいです。

一同 - ハハハハ(笑)。

PUNPEE - 色々聞けましたね。

Info

Artist : PUNPEE

Title : フレンヅ

No. : SMMT-173

Format : Streaming / DL

Label : SUMMIT, Inc.

Release Date : Now On Sale

2020年にEP作品「The Sofakingdom」を発表し、2021年3月「Life Goes On (あんじょうやっとります。) feat. OMSB」、4月にはスカートと共作した「オッドタクシー」が、アニメ放送の主題歌として抜擢され話題となったPUNPEE。そして2021年の12月に最新シングルを発表。「フレンヅ」と題された本作は、昨年PUNPEEの慰安旅行企画「"Seasons Greetings'20"」の際に制作され、古くからの友人達へ向けた楽曲となっている。

https://summit.lnk.to/SMMT173

related

【インタビュー】e5 × nyamura | 私たちが「わからせ」なきゃ

世界のベッドルームを一直線に接続するSoundCloud。その玉石混交の音楽のるつぼから、ヒップホップ的な自己主張とナード的な感性がないまぜになった、若く鮮烈な音楽シーン──digicoreと呼ばれている──が誕生している。

【インタビュー】Skaai × uin 『BEANIE』| オレはこれだけやってるぜ。みんなはどう?

2020年、SoundCloudでの楽曲発表を契機に、『ラップスタア誕生2021』での活躍をステップとし、人気マイクリレー企画『RASEN』への参加や大型ヒップホップフェス『POP YOURS』への出演などまさに破竹の勢いでこの2年間を疾走した新進ラッパー、Skaai。

SUMMITからOMSB、PUNPEE、VaVaの7作品が『レコードの日2022』に合わせて一挙レコード化

ヒップホップレーベルとして高い人気を誇るSUMMITがリリースしてきた多くの作品から計7作品が12/3(土)の『レコードの日2022』に発売される。

most popular

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

Floating Pointsが選ぶ日本産のベストレコードと日本のベストレコード・ショップ

Floating Pointsは昨年11月にリリースした待望のデビュー・アルバム『Elaenia』を引っ提げたワールドツアーを敢行中だ。日本でも10/7の渋谷WWW Xと翌日の朝霧JAMで、評判の高いバンドでのライブセットを披露した。