【インタビュー】Mustafa|疲弊した世代のフォークヒーロー
トロント出身のシンガーであり詩人でもあるMustafa。今年5月にリリースされたデビューアルバムのタイトル『When Smoke Rises』は、彼の友人で2018年に殺害されたSmoke Dawgに捧げられているように、かけがえのない生と詩について歌い上げた作品である。
デビュー作にもかかわらずJames BlakeやJamie xx、Samphaなどが参加した本作は、そのテーマの重厚さに対し、Mustafa自身も「自分がこういう曲を作らなくてはならなかったのが嫌でたまらない」と述べている。しかし『When Smoke Rises』は本人のそういったコメントとは裏腹に、2021年上半期にリリースされた作品の中でも重要な作品の1つであるのは疑うところがない。Frank Dukesがトータルのプロデュースを行ったことで、モダンなヒップホップとMustafaが親しんできたフォークミュージックがハイブリッドに融合したサウンドはもちろん、圧倒的なボーカルの魅力をぜひ体験してほしい。
彼の持っている背景や嫌でたまらない作品を、それでも作らなければいけなかった理由が書かれているNew York Timesのインタビューの転載許可を得たので、ここに掲載する。
Jon Caramanica
2021年5月28日
©2021 The New York Times Company
ロサンゼルスにて――Mustafaによる、力強く冷徹で胸を裂くようなデビュー作『When Smoke Rises』に収録されている“The Hearse”は、友人が殺害された後で芽生えた復讐心を内省する、衝撃的な2分間の楽曲だ。
「俺にとって大切なのは平穏だけだった/決して危険を冒したくなかった/どんな脅威があるのか理解している」と彼は歌い、トラウマに直面しながらも平静を保とうとする。だが、彼の心情、そして楽曲――アコースティックギターを爪弾く音と、ほとんど無意識に形作られるリズムに合わせて歌われる穏やかなフォーク――は、予想のつかない陰鬱な変化を見せる。「だがお前自身が特別な存在になった/人生を投げ出したいと思う/お前のために」
24才のMustafaは、こうした歌詞を、ため息と言っていいほどかすかな声で歌っている。まるで恋人に甘美な夜曲を聴かせるようであり、狙いを定めた敵に向けたものとはとても思われない。それでもなお、この曲はある意味でラブソングである。そして悲しみを歌う挽歌だ。自己に対する告発であり、国家に対する告発でもある。そこには痛切な約束が込められている。
数年前に歌を書き始めたとき、Mustafaには自身の経験の重み以外の題材がなかった。「他のことは何も書けなかった」今月、滞在するロサンゼルス東部のあまり飾り気のない民泊施設で彼はそう語った。「俺が取り組んでいたのはそれがすべてだった。そこに自分は飲み込まれていた」
子供時代を過ごしたリージェント・パークは、カナダで最も古い公営住宅団地が並ぶ、トロントでも特に荒れた地域のひとつだ。そこから2000マイル以上離れた今の場所で、黒いスエットの上下と、クフィというつばのない帽子を身に着けてリラックスしながら語る姿からは、長年の壮絶な嵐の後で訪れた、静かでありながら時に悲しみがにじみ出るような平穏が見て取れた。
『When Smoke Rises』は、彼の故郷における生と死に関するフォークソングを集めたものだ。タイトルは、親しい友人で2018年に殺害されたラッパーのSmoke Dawgにちなんでいる。この作品は身が引き締まるようでいて美しく、希望を抱きながらも捨て鉢であり、可能性を発揮しきれなかった生命に対する厳粛な祈りであるとともに、その物語を美しさと心遣いをもって表現する確固たる行為である。
こうした理由から、Mustafaはアルバムに“The Hearse”を収録するかどうか迷っていた――自分自身の傷と、敵だと認識している者たちへの執着を中心に置くことは適切なのだろうかという迷いだ。「俺は友人たちのことよりも、敵対する人間たちのことを多く考えるようになっていた。そいつらにすっかり取りつかれていた」と彼は言った。「このプロジェクトは、喪った友人たちの高潔さをテーマにしている。この曲があっては、その高潔さを貶めるのではないかと思った」
だが最終的に、幼少期からの物語を、そしてどのように自分が形成され、あるいは損なわれたかを正確に語るには、この曲が欠かせないという結論に達した。「俺の悲しみは、怒りなくしては完成しない」と彼は言った。
『When Smoke Rises』には、このような悲痛で心苦しい思慮が至るところに表れている。亡くなった人たちをどのように悼むべきか。希望の見えない状況でどのように愛を表現すればいいか。意志や能力を持つ者が他に誰もいないとき、心を寄せる人々をどう守っていけばいいのか。「空軍の戦力を消耗させないように/今夜は屋内にいろ」と、涙ぐむようなかすかな声で歌う“Air Forces”で、彼は静かに訴える。じかに不安を表現する“What About Heaven”では、もう二度と会えないのではないかと危惧しながら相手に呼びかけるように歌う。「最後まで天国の話はしなかった」
彼が歌う激動は、まさに現在も進行中のものだ。Mustafaが言うには、時に曲を書いた後で「こうして具体化した感情を、自分はまだ克服すらできていないのではないか」と感じることがあるという。
Mustafa――本名Mustafa Ahmed――は、2000年代半ばに姉の勧めで自分の考えを詩にするようになってから、世の中の深刻な不公平に立ち向かってきた。彼の家族は1995年ごろにスーダンからカナダに移住した。12才になったときにはすでに、自分たちの地域社会が抱える課題を扱った詩作によって地元メディアから注目されていた。2016年には、首相の青年評議会のメンバーに任命された。
しかしそうした活動のどれをもってしても、リージェント・パークを取り巻く荒廃の悪循環を解消することには繋がらなかった。そしてMustafaは地域において道徳家あるいは助言者のような立場になり、また愛する者の死に向き合う家族を導き、イスラム教徒のコミュニティーの意見を率直に代弁するようになっていた。さらには保護者のような役割も担っている。弟のYassirと、Lil Bereteという名のトロントの若いラッパーを自分のいる民泊施設に住まわせていた。インタビューの最中にBereteの母親がFaceTimeで連絡をしてきた場面があり、Mustafaは、息子は毎日祈っていて、モスクにも通い、喫煙はしていないと話して、彼女を安心させていた。
「俺がどれほど反体制、反帝国主義であっても関係なく、俺が生きている間に変化は訪れないだろう」とMustafaは言った。「だから、俺にできることは手の届く範囲にしかない。どうにかして皆に生きていてもらいたい。そして自分たちが守られていると信じられるようにしたい」
若者でありながら、仲間の多くがヒップホップに傾倒するのをよそに、Mustafaはフォークミュージック、そしてNick Drake、Richie Havens、Joni Mitchell、Leonard Cohenといった世俗的なシンガーソングライターたちに惹きつけられた。「もっと若かったころ、いろんな人を怒らせて『こいつはいつも感情的になってばかりいる』と言われたのを覚えている」と彼は笑いながら言った。「だけど実は、俺はただ感傷的な言葉を探求していただけなんだ。言いたいことが伝わるだろうか」
『When Smoke Rises』の制作中、MustafaはSufjan Stevensが2015年のアルバム『Carrie & Lowell』で母親を追悼していることに魅了された。Mustafaは携帯を取り出し、人を介してStevensに送ったという手紙を読み上げた。それはある意味ではラブレターであり、ある意味では信仰告白だった。「俺は悲嘆と栄光というふたつの世界に橋を架けることを夢見ていました」と彼は綴り、自身の音楽を上から見守る霊魂の存在をStevensに打ち明けた。「それぞれの死のあり方は複雑で暴力的で不公正だったけれど、今も彼らは俺とともにあります。そして自分にはそのすべてをありのままに、それでいて美しく描くことができるはずです。それはあなたが見事に示したとおりです。無駄なものなど何もないのだと」(彼はまだ返事をもらっていない。)
リージェント・パークの緊迫する状況は現在も継続している。ロサンゼルスがMustafaにとって安全な退避場所となり、この場所で創作活動に専念できている。当初スタジオを探していたころ、自分の物語に合った声と表現を模索していた中で、彼は他のアーティストのための曲作りを開始した。The WeekndやCamila Cabelloの楽曲に参加するとともに、Shawn MendesとJustin Bieberのヒット曲『Monster』にも参加している。だが、自分以外の誰かに関する曲を書くことは、はっきり言えば気晴らしだった。
「自分のことにまったく向き合おうとしていなかった」と彼は言った。
「真実のすべてを目の当たりにして、それを語ることを思うと耐えられなかったから」
やがて2019年に彼はロンドンに移り、数年間で少しずつ作ってきたデモを元に、プロデューサーのSimon Hessmanとともに制作に取り組んだ。やがてそこに、Mustafaの友人で、Post Malone、Rihanna、The Weekndのプロデュースを手掛けていたFrank Dukesが加わった。Dukesはスーダンとエジプトの音楽を集めた〈Smithsonian Folkways〉レーベルのアンソロジーを聴き込んでおり、そこで用意したサンプリングは最終的に『When Smoke Rises』に使用され、Mustafaによる現代の物語と過去を繋ぐ役割を果たした。Mustafaが用いたサンプリングには、すでに亡くなった友人たち、そして彼の母親の声が含まれていて、それは人々の存在を歴史に刻みつける彼なりの手段だった。
Mustafaが最初に制作したバージョンでは、どの楽曲も純粋なフォークソングに寄っていた。「思えば、音楽がリズム主体の構造になっていたことにずっと手を焼いていたと思う。かなりギターが主導するサウンドだったから」翌日の晩、ロスフェリスのイタリアンレストランで夕食を取っているときにDukesはそう話した。北アフリカのサンプリング音源を使うことで、さりげない背景を創造でき、Mustafaの紡ぐ物語に説得力が生まれた。「ああいう簡潔さにたどり着くまでに、結構な時間がかかることもある」とDukesは言った。(James BlakeやJamie xxも制作に協力している。)
食事の席は和やかで、暗雲は遠い世界のことだった。その日の早い時間に、Mustafaはインスタグラムでの〈Warner Records〉の幹部とのやり取りに時間を割いていた。これはソーシャルメディアでのちょっとした騒動であり――「パレスチナの人々の生存を全面的に支持したら何が起こるかという縮図だ」と彼は投稿した――最近のガザで進行している暴力に端を発したものだった。
「俺が音楽という手段を用いてやろうとしているのは、今まで自分がやってきたことと何ら変わりはない」と彼はそう言って、自身の私生活と創作活動が完全に重なっていることを強調した。ちょうど祈りのための静かな空間を求めてしばらく席を外し、テーブルに戻ってきたところだった。「多くの人にこう思ってもらえると思う。『ああ、こうやって変化しても、そこには一貫性がある。あいつが言っていることは、今まで言ってきたことと同じだ。そしてこれまで寄り添ってきた人々のそばにいることは変わらない。あいつはただ、同じ言葉を、メロディーを通して補強しているだけだ』」
だが、詩人として悲惨な時代に向き合い、苦痛にあえぐ地域のために良心に従って創造性を発揮することは、大きな負担を要求される。
「本当はこういう曲を書きたくない。ここにある曲はどれも好きじゃないんだ」その夜遅く、パレスチナ人の友人に会いに行く車内で彼は言った。「楽曲に関することがらも、それぞれの曲ができた経緯も、曲を取り巻く状況も、そのすべてが腹立たしい。自分がこういう曲を作らなくてはならなかったのが嫌でたまらない」音楽にはいつまでも激しいエネルギーが満ちており、そこは決して安全な逃避場所ではない。「音楽を作るのが自分の責任だからといって、それが俺にとって有益だということにはならないんだ」
現時点では、ライブでこうした曲を披露する機会があるかどうかさえ彼にはわからない。とはいえ本作を世に送り出せたことで肩の荷が下り、それだけでも前に進めるようになるだろう。「とにかく若い人たちが聴いて『ああ、なんて深い悲しみだろう』と思ってくれればいい。この悲しみは隠されてはない。葬り去られてもいない」
本稿の初出であるThe New York Timesの記事はこちら。
訳:尾形正弘(Lively Up)
Info
label: BEAT RECORDS / YOUNG TURKS
artist: Mustafa
title:When Smoke Rises
release date: 2021/05/28 FRI ON SALE
CD 国内盤:解説書・歌詞対訳封入 RPS004CDJP ¥2,200+税
CD 輸入盤:RPS004CD ¥1,850 +税
LP 限定盤:RPS004LPE(Dark Green Vinyl/LTD) ¥2,460 +税
LP 輸入盤:RPS004LP ¥2,460 +税
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