【インタビュー】OMSB 『MONKEY』|今が人生で一番ラップがしたい

2015年にリリースされたOMSBのソロ2ndアルバム『Think Good』は、名実共にクラシックアルバムとして高い評価を得た。その後はライブや自身の環境の変化や、『Think Good』の重圧もあり、中々思うような制作ができなかったという。2019年にはOMSBというアーティストのスケールの大きさや人間味を感じさせるシングル"波の歌"を発表したが、まとまった作品としては実に6年ぶりのEP『MONKEY』が届けられた。

抜けの良さと何かを吹っ切ったようなOMSBのパワフルなラップが詰まった4曲は、全て2021年に入ってから完成したものだという。楽曲ができるようになったのには、どういう理由があるのだろうか?そこには新しい家族ができたことや、精神面での大きな変化があった。

取材・構成:和田哲郎

撮影:横山純

- EP『MONKEY』リリースおめでとうございます。前のシングル"波の歌"からは2年ぶり、まとまった作品としては2ndアルバム『Think Good』から6年ぶりとなります。

OMSB - 6年経っちゃいましたね。気持ちとしてはSimi Labの1stから含めて、毎回すぐ次を出したいというのはずっとあるんです。『Think Good』を出した後も、もっと何も言ってない作品を作りたいなとか漠然とやっていて。でも週末とかにライブがある生活が3年~4年くらいずっと続いていたんで、自分の場合ビートはそういう中でも作れるんですが、ラップは蓄積しないとできないから、気がついたらどんどん時が経ってましたね。しかもラップが全然書けないことにも気がついてしまった。そのあとは仕事もやらなきゃとなって、それはそれで制作ができないし、ここ3年は結構ストレスでしたね。

- 書けなかったというのはどういうものが大きかったのでしょうか?

OMSB - 元々言いたいことがないというのがあって。その中でも『Think Good』は言い切った作品だと自分でも感じていたから、壁を大きくしていた。それに前のめりなところもあるから、自分の曲が広まらないんだったらやってる意味はないんじゃないかなって、2年前くらいは全然やる気も無くなってましたね。ライブのモチベーションはあったんですけど、ライブでやる曲もずっと同じだとダサいじゃないですか。試行錯誤もしたけど、そんなに面白くできることもないなと思って、一回考え直してみようっていうのがありましたね。

- そういった状況から前向きになったのは?

OMSB - 去年、一昨年は仕事をやってて。コロナの前に子供ができたっていうのもあって、ちゃんとしたところで働こうと思って、やってたんですけど本当に仕事が肌に合わなかった。なんだかんだ10年くらい音楽で食ってきたんだなと実感したのは、職場の人たちが何を言ってるかわからないんですよ。それで色々あって、その職場を7月くらいに辞めたらすごいスッキリしたんですよ。もうマジで音楽やろうって。仕事をしているときも音楽はしたいとは思っていたはずなのに、やっても楽しくなくて。音楽できないこともストレスだし、やっても楽しくないっていうどうしようもない状況だった。でもそれから解放されてエネルギーもみなぎってきた感じでしたね。

- じゃあEP自体もそれ以降でできたもの?

OMSB - EPの曲は今年に入ってからできたものですね。

- えー、そうなんですね。

OMSB - 宅録の環境が揃ったのも今年で、それも要因としてありますね。増田さん(SUMMITのA&RでOMSBの担当)とも話したのは、実はテクニカルな部分が要因だったなっていう。その環境に慣れたいというのもあったから、とりあえず録って書いてを繰り返していたら、EPの形になりましたね。

- 曲ができない時期にも、作っていたものが集まった形なのかと思ってました。全然違ったんですね。

OMSB - そうですね。ビートも他の人のものを聞かせてもらったりしていて、自分のものには飽きていたけど、その中でも気に入っているものは今回入ってるビートですね。去年の後半に作ったやつ。最初にできたのは"Childish Wu"で、あまり時間もかからずに1日で完成しましたね。なんか嬉しかったっす。とりあえずラップするということを前提に書いていて、描きたいものも明確だったから。

- キャリアを重ねたことが伝わるものになってますよね。「ステージを去る同志」や「あくせくしてたあの頃、若き目が漠然望んでたもの」など。

OMSB - 同世代で続ける人も減りますもんね。でも俺はこういうリリック嫌いだったんですよ。自分が19~20歳の時に仲良くさせてもらってた先輩のラッパーに、「仲間と小箱でパーティーやってるのが満足かもしれない」って言われて、その時はそんな感じのこと言われるのはあり得ないと思ってたんですよね。でも今になると、その感じが割と分かっちゃうの含めて、こういう歌詞になりましたね。だから若い時に吐いた唾を飲みまくってるなとは思いますね。

- でも吐いた唾を飲みつつも、やるっきゃないでしょというスタンスがかっこいいなと思いました。

OMSB - ありがとうございます。

- ラップが書けない時期と書ける時期だと、精神的にはどういう違いがあるんですか?

OMSB - 前と今ではだいぶ違うんですけど、前はその時々で言い切ってるから、ストレスなりトピックが溜まってきたらまとめて歌詞にしてたんですよね。今は前よりはアイディアが浮かびやすくなった気がします。書きたいものの世界観とかも定期的に書いていた方が浮かぶんだなと思いますね。次にできたのは"Naruhodo"ですね。

- フック含めすごいチャレンジしてる曲ですよね。

OMSB - 宅録の環境をどんどん揃えたくて、オートチューンも買って入れたいなと思ったんですけど、結局所謂オートチューンみたいな使い方にはならなくて。エフェクトを選んでたらプリセットがあって、フックをどう作りたいかが見えて進んでいきましたね。前はBPM遅い曲やトラップにも抵抗があったんですよね。当時ダメだったものは、今聞き返してもダメなんですけど、でもかっこいいものはあるなと思って、こういう感じなら自分でもやりたいなというのを見つけられたって感じですかね。

- 色々なタイプの怒りが詰まってる曲ですが、フックでは「OK、OK」という言葉も出てきますよね。

OMSB - 月並みな言い方だけど、こういう時代だからそういう怒りは出てきますよね。フックは仕事を辞めて以降のメンタルで、もちろん大事なんだけどお金がどうでも良くなったというか、気持ち悪くなっちゃったんですよ。お金を稼ぐために努力しなきゃいけないとか、しっかり考えなきゃいけないという価値観に対して、甘いんですけど本来そんなことしなくても食べていけるべきじゃない?そんな考え方気持ち悪いなと思ったんです。コロナで人が死ぬかもしれないのに、やっぱり経済の方が人命より優先なんだなと思ったら、すごい嫌になっちゃった。子供いるけど養うのにお金が必要だって教えたくないし、例えば自分の子供に対して命よりお金の方が大事だとは絶対に教えたくない。このEP以降のメンタルとして、そういうのは無理ですねという感じです。もちろんお金を頂く事は頂くけど、昔よりそういう物差しがどうでも良くなったっすね。「子供いるんだからお金なきゃダメでしょ」とか言われたりもしたんですよね。それは当然そうだから、なんでそんなこと言われなきゃいけないの、そればっか考えて生きるのは全然幸せじゃないなって思っちゃった。だからできるだけそういう思考から逃げ切りたい方向で頑張ろって思ったんです。浮世を離れるための努力をしようと。

- EP全体に吹っ切れたカラッとした空気感を感じるのもそういったところがあるのかもしれないですね。この曲はビートもやばいですよね。

OMSB - 基本的にはビートはMPC3000で作ってるんですけど、この2年くらいはトラップの要素が入ってる曲も作ったりしていて、その中で一番形になったなと思いましたね。

- 次にできたのが"Airwalk"ということで、これはビートはMadkosmosさんとOpus Innの共作です。

OMSB - Madkosmosさんが2年くらい前からたまにビートを送ってくれたりしていて。MadkosmosさんがG-SHOCKの広告のBGMを作っていて、それがすごいカッコ良かったんです。それでこっちからビート聴きたいですって連絡したら、送ってくれて「これで書いてみようかな」って録ったんですけど、ちょっともう少し明るくアレンジをして欲しいなと思って、フィードバックされたのがOpus Innさんのギターが入ったもので、そういう流れで作っていきましたね。

- これも前なら選ばなさそうなビートかなと思ったんですが、いかがでしょうか?

OMSB - そうですね。ただ、前は選ばなかったビートでどんどんラップをやっていきたいという欲が今はありますね。自分がハマるものはハードなものじゃなくてもチャラくてもいいから、もっと探していきたいなと思ってます。

- それくらいラップに対してはオープンになれていると。

OMSB - 今が人生で一番ラップがしたいですね。とうとう、そういう状態になったかというのが本当に嬉しくて。ラップ書けない時はそんな時は来ないと思ってましたけどね。

- この曲が良いなと思うのは、しっかり自分自身の状況を受け入れつつも、でもラップがしたいと言っているところだなと。

OMSB - 若い時は我最強なりって感じで、周りのことなんか気を配らないじゃないですか。でも歳をとるごとに、そんなことないって気づくから。

- フロウもメロウな感じですよね。

OMSB - 最初にビートを聴いた時に、どういうフックにしたいかを先に決めようと思ったんですよね。鼻歌でメロディーを歌っていった感じですね。でもマジで歌うとシンガーって感じになるんで、俺の感じじゃないなと思って、どんどんコーラスを下げていって、その温度感に合うようにリリックを詰めていった感じですね。

- そして最後にできたのが"BoMaYe!!"ですね。この曲もフックが印象的でした。深夜の制作の感じが。

OMSB - 深夜に映画とか観て「喰らっちゃったな」と思ってリリックを書くのって、その作品に影響を受けたモードになってるから、絶対良くないんですけど。でもその時のモチベーション上がってる感じで進められるから、アイディアのタネにはなることは多いですね。

- この曲は1曲目のテンションと近いのかなと思いましたが。

OMSB - でもこの曲は迷いましたね。すんなりとはいかなかったです。この曲の前に結構曲も録ってて、最初のペースにはならなかったので、よく考えた結果というか。

- 最後のコーラスのところなどは、確かにバースとはかなり変化がありますね。

OMSB - そうですね。またフックを繰り返すのは面白くないなと思って。そこに何を入れるかとなった時に、アクセントの効いたラップよりも普通に歌った方が、自分の世界を見せやすいのかなと思って。

- 増田さんにも聞きたいんですが、やはりどこかで調子が良くなったというのに気付いたという感じでしょうか?

SUMMIT 増田 - そうですね。宅録の環境が整って、試しに録ったもので本人的にあまり手応えが無いと感じている曲でも、客観的に聴いて「いや、良いと思いますよ。」っていう曲もあったりとか。それまではボイスレコーダーで録ったりしても、何回もやり直すことがあって。そういうのを繰り返すと本人もしんどかったと思うのですが、日常的にビートができるようになったりしていくうちに、ラップも書けてきて「これは1バースのままでも良いかもですね。」とか、その都度アイデアも出てきたりして、オムスさんも作ってて楽しいんだろうな。と感じましたね。それまではキャリア的にも少し気負い過ぎてしまったり、リリックで何か言わないと。みたいな気負いがあったと思うんですけど、力まない様になってから自分も良いな。と思う曲が増えてきた気がします。

OMSB - 前はラップについてずっと考えてなきゃ、その筋肉が衰えるのかなって思っていたんですけど、そうしなくても生きてると色々な経験をするから、そうじゃないんだなとも思ったりしましたね。

- 前の方がラップについて考えすぎてたんですね。

OMSB - そうですね。考えすぎてたし、一方でじゃあどうするかということは考えなさすぎてた。どういうふうに形にできるかというのが抜けてて、とりあえず良い歌詞・トラックを作るということしか考えてなかったんです。前も、もちろんアルバム全体をこうしたいとか、ここにフックを入れたいみたいなことは思ってたんですが、勢いで思いついたものを形にしてるから、それだと継続できない。今はずっと定期的に録れる環境があるから、こうなったらどうするとかが理解できるようになったんだと思いますね。だから前は気合いはあったけど、やってなかったんだなと思いますね。昔作ったものについては、今も誇らしいですけど、今はもっとできるという感じになってますね。まだ自分が走れることに気付いた。

- それに気づけたら気持ちいいですよね。

OMSB - めちゃくちゃ気持ちいいです。ほぼほぼアクメです。

- 他に個人的に変えた部分だったり、変わった部分とかがあったりしますか?

OMSB - うーんむずいですね。でもこういうところなんですよね。変わったところに自分で気付いてない。後からこうだったんだと分かることが多いんです。ただ結婚とか子供ができたことはポジティブにはなりますよね。同じ部屋に暮らしていて、自分が腐ってたら相手にも悪影響を与えるし、それは嫌だし、そういう空気って子供にも絶対伝わると思うんですよね。だからハッピーでいようとは思いますね。"Naruhodo"でも言ってますが、「ガッツがやっぱ話早い イケる!すげぇー!と暗示」とか、言ってた方が本当に調子よくなるし。悪いところとか嫌な部分はあるんですけどね。

- 自分もメディアにいて、そういうのを煽る立場だから何ですが、やっぱりヒップホップって新陳代謝が早いカルチャーだと思うし、若い人には自然に注目が集まるものだと思うんです。ただそんな中で30代とかになると身の処し方が本当に難しくなってくると思うんですよね。

OMSB - いや、本当にそうですよね。「おっさんはうるせえよ」みたいなこと言われたら、貶された気持ちになりますもんね。でも自分も昔はそうだったはずだからいいんですが。

- でもそういう時に、例えば音楽的に熟練するとか色々な大人の回答の仕方があると思うんですけど、ただラップしたいというすごいピュアなところに行き着いてるのは、同世代のラッパーも勇気づけられるのかなと思いました。

OMSB - 普通それは若い時になる感じですからね。若い時はラップしたいとは思ってなかったんでしょうね。あとSimi Labのメンバーとも普段あまり会わないし、もちろん他のラッパーとも会わないから、自分がどんどんシーンから離れちゃってる感じがして、寂しいのか自由なのかって感じがあったりもしますね。

- そして、すでに次のEPも控えてるんですよね?

OMSB - そうですね、もう曲は録り終わってる。EPには一昨年~今年の曲が混ざってますね。あと曲を追加したいと思ってるんですけどね。俺自体はEPってフォーマットは、全然好きじゃなくて、今まで作ってきたものってアルバムでしかも尺も長いものだったんですけど、それは積み重ねて楽しみたいと思っていたから。アルバムを聴いているとアーティストの人柄がどんどん分かってくるじゃないですか。でも今の自分を早く聴いてもらいたいし、EPの楽しみ方も分かってきたから。

- 2分台の曲は多いけど、パンチ力は変わらない感じがしましたね。

OMSB - パンチ力ばかりになっても、とは思ってるんですけどね。いい曲になる時は大体パンチ力がある感じになっちゃうんですよね。意味ないことを曲として言うというのが、他のアーティストの曲を聴いてもよく分かってなくて、意味ないつもりでいってたとしても深くなってるなとか考えちゃうんですよね。

- 『Think Good』以降でよく聴いていた作品はありますか?

OMSB - Isaiah Rashadの『The Sun's Tirade』はよく聴きましたね。あと90年代ですけど、Main Sourceの"Live at the Barbeque"とかは結局聴いちゃいますね。今聴いても燃える感じになっちゃうから、この曲一番好きかもしれないって錯覚できる曲はすごいですよね。あとヒップホップじゃないんですがシンガーのMarc Rebilletが最近すごく良くて。歌心ある宅録ソウルですごく面白くて、久々にヒップホップ以外ですごい良いってなりましたね。DJ PremierのInstagramでセッションしてる動画があって、それも良かったんですよね。

- 最後になるんですが、今のとても良い状態をどうやって続けていきたいと思ってますか?

OMSB - 答え方によってはめちゃくちゃバカになりますよね(笑) でも、本当にノリなんだよな、モチベーションに助けられているところがすごいあるので、それを維持するためにはとか先のビジョンって考え出しちゃうと重くて落ちちゃうんですよね。お金最悪だなとは思うけど、できればラップでめっちゃ稼ぎたいですね。早く音楽だけできるようになりたいです。

Info

【タイトル】 MONKEY (モンキー)

【収録楽曲】

01. Childish Wu (Lyrics by OMSB / Produced by Rascal)

02. Naruhodo (Lyrics by OMSB / Produced by OMSB)

03. BoMaYe!!! (Lyrics by OMSB / Produced by OMSB)

04. Airwalk (Lyrics by OMSB / Produced by Madkosmos, Opus Inn)

【アーティスト名】 OMSB (オムスビーツ)

【レーベル】 SUMMIT, Inc.

【配信開始日】 2021年5月7日(金)

【配信サービスリンク】 https://summit.lnk.to/SMMT145

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