【インタビュー】Alfa Mist『Bring Backs』| ビートメイクとジャズの融合へ

活況を呈するUKのジャズシーンの一角において一際異彩を放つAlfa Mist。Tom MischやJordan Rakeiらとのコラボ等を通して初めはビートメイカーとして、やがてジャズ・ミュージシャンとして頭角を現した彼は、そのマルチな才能を遺憾無く発揮してきた。近年ではピアノソロEP『On My Ones』のリリースや、フィメールシンガーのEmmavieとのコラボ作品『Epoch』の再発も記憶に新しい。そんな彼の通算4枚目となる新作『Bring Backs』が届けられた。本人へのインタビューを基にAlfaとも交友がある吉田雅史が新作を紐解く。

取材・文:吉田雅史

音と言葉が拮抗し、テーマとソロが拮抗し、恐ろしく高密度ながら、映像的でときにキャッチーでさえある、Alfaの新境地。ギターのJamie Leeming、ベースとヴォーカルのKaya Thomas-Dyke、トランペットのJohn Woodham、ドラムスのJamie Houghtonといった長年の共演者たちと取り組んだ本作。

「このアルバムでは、作曲面での自分の力を追求してみたかったんだ」とAlfaが語るように、まず本作が前作『Structuralism』(2019)や前々作『Antiphon』(2017)と大きく異なるのは、各曲がコンパクトにまとまっていて、キャッチーと呼んでもいいほどの聴感の変化があることだ。

「だからあまり多くのソロは必要じゃなかったのさ」とAlfaが言うように、これまでの作品におけるテーマ〜各人のソロ〜テーマというジャズのフォーマットから離れて、ソロを回すというよりも、テーマのメロディの変奏としてのソロが散りばめられているといった趣なのだ。

それにしても驚くことに、Alfa自身のエレクトリックピアノのソロは、4曲目の“Run Outs”まで登場しない。本作でAlfaは、演奏者としての自身を封印したのだろうか。「この作品では作曲者としての自分を意識したんだ。ジャズの多くは演奏者たちのテクニックを強調するけれど、今作はその代わりに楽曲を強調したのさ」。それらには、前作までと同様に変拍子のリズムアプローチや巧みなコードチェンジなど、楽曲面における華麗な技巧が張り巡らされている。シングルカットされたその“Run Outs”を聞いてみよう。

メランコリックな冒頭のアルペジオに、ラテンフレイヴァーで細かく刻まれるリズム。さらに新境地のディレイで飛ばされる電子音が、コズミックな音空間を準備する。それにしてもこの電子音の使い方、そしてシンプルな楽曲構成は、彼の最初のソロアルバム『Nocturne』(2015)の時代のビートメイキング寄りのアプローチをも彷彿とさせる。

15歳からビートメイキングを始めたAlfaにとって、その後独学で習得したピアノやエレピの演奏者としての顔は、二次的なペルソナだった。だとすれば、前作や前々作の生演奏によるジャズ作品から、ビートメイキング寄りのアプローチへの回帰があったのだろうか。「ビートメイクとジャズの演奏を、異なるものとして見てるわけじゃない。両方をひとつに融合してるからね。だからユニークな作品を生み出せてるんだと思う」

回帰ではなく、融合。過去にJ DillaやMadlib、Hi-Tekからの影響に言及していたAlfaだが、どのビートがフェイバリットなのだろう。「僕のフェイバリットはFlying Lotusの”Mages Sages”と9th Wonderの”ChunkySoul!!!”だね」。なんともマニアックな選曲ではないか。前者はDeclaimeとGeorgia Anne Muldrowのラップヴァージョンも存在するビートだが、銀河のアートワークが示唆するように、壮大な風景が想起される点でアルファのビートと通じ合う。9th Wonderによる後者は、彼のインスト集『ZION II』(2017)の一曲だが、ここでも全体を支配するメロウさはAlfaのビートに通底するものがある。

そんなビートメイキングの意識が融合された“Run Outs”。イントロに続きやってくるホーンとギターが奏でるメインテーマのスケールの大きさは、Alfaの作曲の特徴のひとつだ。Alfaの音楽は、ハーモニーにおけるメランコリーとメインテーマのスケール感のために、いつも壮大な景色や歴史を想起させる。楽曲主義の本作においても、そのような場面が何度も訪れる。

オープニングを飾る“Teki”もそうだ。このMVに映っているのは、ロンドンの広い空とどこかへ向かう列車やバスの儚げな姿だ。

「“Teki”というのは日本語の“敵”さ。これは自分自身との戦いについての曲なんだ」。メランコリックなアルペジオから壮大なテーマの整った壮麗さに物を申すような、Jamieによるフリーキーなギターソロも印象的だ。「ハーモニーは綺麗だろ、でもソロを弾くときはみんなにカオティックにやってくれって言ってるんだ。人の心のふたつのサイドを見せたいからね」。

もうひとつAlfaの作品の特徴でもあり、今作でも強調されているのは、「言葉」の存在だ。Alfaには、ピアノ演奏者、作曲者としての顔以外にも、ラッパーとしての顔がある。「音楽だけで言いたいことを全部表現できていないと感じるときには、言葉を付け加えるんだ」。

そのようにしてAlfaのラップがフィーチャーされた“Organic Rust”は、ローファイヒップホップでおなじみの古いカセットテープのような揺らぎを加えるエフェクトがかかったJamieのギターのアルペジオも印象的な一曲だ。「僕がギターを弾いて作った曲なんだけど、ギターは上手じゃないから自然に錆びついたようなサウンドになったんだ。それをJamieがエフェクトを使ってコピーしたってわけさ」。YouTubeで視聴できる『COLORS』での同曲のパフォーマンスでは、鍵盤を弾きながらラップをするという、彼のトレードマークのスタイルを披露している。

2曲あるAlfaのラップ曲だが、そのリリックはどちらも抑圧された状況やネガティヴな心理状態を感じさせるものだ。“Organic Rust”は次のように幕を開ける。

Serious face cos it’s really a race

真剣な顔つき これはマジで競争だから

Trying to stabilise while my health deteriorates

安定を求めてるのに 体調は悪化していく

My fever leaves me a delirious state

熱が出て 錯乱状態に陥る

Now I’m growing weary of fakes, here to replace

フェイクにはもう飽き飽きだ 交換してやるときだ

They cheer me and wait, until they hear a mistake

奴らは僕を励ましつつ待っている 間違いを犯してしまうときを

I don’t wanna lose my drive so I’m steering away

自分で運転できなくなるのは御免だ だから僕は離れた方角へ進む

Plus I got a call saying that her period’s late

彼女の生理が遅れているって電話もあった

So I’m opening my calendar and clearing the dates

だからカレンダーを開いて その日を消去した

It’s fate, I’m just a battler, too black to be tatted up

それが運命だ 僕は単に戦うしかない タトゥーで身体を飾るには黒すぎる

A hunter and gatherer, lunge if you’re bad enough

狩する民と採集する民 最悪の場合は 突進するだけだ

「“Mind The Gap”でもこの曲でも、気分の悪い日のことについて書いてる。マーヴェルやDCのヴィランみたいに、世界中を焼き尽くしてしまいたい気分のことさ」。

だが本作に溢れる言葉たちは、Alfaによるラップだけではない。Kayaがヴォーカルをとる“People”、そしてアルバム全体の所々に挿入されるのは、詩人のヒラリー・トーマスによるポエトリー・リーディングの断片だ。「彼女はこのアルバムに素晴らしい詩を書いてくれたんだ。彼女より上の世代がした、新しい国への旅についての詩をね」。中でも“Last Card (Bumper Cards)”はヒラリーの言葉がナレーションを務める映画のサウンドトラックのような一曲だ。

Back home belly full, skin, kissed from sun-drenched red earth

家に戻り お腹は満たされて 太陽を浴びた赤い大地にキスされて

The land of her birth gave her tools to navigate the world

彼女の生まれた土地が 世界を航行する道具となった

From Africa to Europe via Caribbean, she came

アフリカからカリブ経由でヨーロッパへ 彼女はやってきた

She came to land where cool breeze meant freeze

涼しい風が凍りつくことを意味する 土地からやってきた

And soup and curry carried aromas to open door, no more

スープとカレーの匂いがやってきて ドアを開けた 今はなき

Fed me tales of mango scent and yam root

マンゴーの香りと美味しいその根の物語を 私にしてくれた

Kept my cup full of tea, while hers half, plenty empty

私の紅茶はいつも満杯で 彼女のは半分だった 大量の 空の

「映画のサントラには大いに興味がある。だからこのアルバムもまるで映画のサントラであるかのようにアプローチしてみたんだ」とAlfaはズバリ答える。「フェイバリットのひとつはHans Zimmerの『ラスト・サムライ』(2003)のサントラだ。ある特定のシーンの音楽を思い浮かべることができる作品のひとつだからね」。

「ちょっと、ちょっと待ってくれ」というAlfaのつぶやきで突然夢から醒めるように終幕を迎える構成も面白いこの曲だが、冒頭部のリーディング、自然音のようなパーカッションによって、広大な土地の夜更けのヴィジョンがやってくる。非常に映像的な音楽に思える。逆にそのようなヴィジョンやイメージが先行して音楽を作ることもあるのだろうか。「僕の音楽の多くは、映画や絵画なんかのイメージよりも、アイディアやコンセプトからやってくるんだ」。

そうAlfaが答えるように、やはり彼は言葉の人だ。なにしろ彼はラッパーなのであり、さらには前作のタイトルは「Structuralism=構造主義」だったのだから。

では今作にはどこかポスト構造主義的な側面があるのだろうか。タイトルの「Bring Backs」とは、何を意味しているのだろう。「イギリス版のブラックジャックでは最初にカードを全部捨てたプレイヤーが勝つけど、“ブリングバック”っていうのは、誰かが次のラウンドで“アタック”や“ピックアップ”のカードを使うと、勝者をゲームに呼び戻すことができるルールなんだ」。

なるほど。だがそのルールが、一体どんな意味を。「今作で僕が追い求めてるのは、別の国から移住してきた両親を持つ、ロンドンの第二世代の黒人としての役割なのさ。僕はロンドン東部のニューアムで生まれ育った。僕の友人や家族の多くは、僕が逃げ果せた、つまり“勝った”と思ってる。僕がどこの出身かを考えればね。でも僕にとっては、まだこのブラックジャックのゲームには勝ったわけじゃないんだ。だってブリングバックのルールがあるんだからね」。

2019年7月のブルーノート東京での来日公演は、素晴らしいものだった。場を支配していたのは、落ち着いたグルーヴと、溢れんばかりのエナジー。静と動のコントラスト。それらを自在に行き来するAlfaの強い眼差しだった。「世の中がまともな状態に戻ったら、もちろん日本にもショウをしに行くよ。前回は最高のライヴのひとつだったから」。

今作の曲でセットを組んだ、イギリスのメトロポリス・スタジオでのライヴ映像に収められたAlfaのその眼差しは健在だ。アルバム以上にカラフルな各人のソロも十二分に堪能することができるアルファからの贈り物を楽しみながら、そのときを待つことにしよう。

Info

『Bring Backs』トラックリスト:

Teki
People (feat. Kaya Thomas-Dyke)
Mind The Gap (feat. Lex Amor)
Run Outs
Last Card (Bumper Cars)
Coasting
Attune
Once A Year
Organic Rust

https://silentrade.lnk.to/bringbacks

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