【インタビュー】OMEN44|アジアンヘイトが吹き荒れるアメリカの現状
アメリカ・ニュージャージー州在住で、ニューヨークを拠点に日本と世界をつなぐ活動をしているアメリカンジャパニーズラッパー・OMEN44が“Hate feat. Chelsea Reject”をリリースした。この曲のテーマは現在アメリカで問題視されているアジア系に対する差別/暴力。日本でもニュースでは報じられているが、実際に現地で暮らすアジア系のOMEN44はこの差別行為をどのように捉えているのかを話してもらった。
取材・構成・文:宮崎敬太
取材:COTTON DOPE
アジア系アメリカ人は力が小さすぎて声を上げることすらできなかった
- 20年以上アメリカに在住し、プロモーターなどさまざまな活動されているOMEN44さんが今回“Hate”という曲をリリースした理由はなぜですか?
OMEN44 - 実は最初は差別をテーマにした曲を作るつもりじゃなかったんです。僕は昨年『Hentai』というアルバムをリリースしたんですが、その収録曲“Neva Think 2wice”のリミックスをChelsea Rejectと制作する予定でした。
- なぜこの形になったんですか?
OMEN44 - 彼女が書いてくれたフック「I don't know why they hating on me(彼ら/彼女らはなぜ私を嫌ってるのかわからない)」がきっかけですね。このリリックを読んで、改めて考えさせられたんです。僕はみんなから嫌われてるわけではないけど、どこかアメリカ人として正式に認められてない感覚が自分の中にあって。そんなことを思ってるタイミングに、アトランタで白人男性がアジア人女性が働くマッサージ店を銃撃する事件が起こりました。僕の妻と子供はアトランタに昨年まで住んでいたので、この事件はまるで他人事には思えなかった。
- 2021年3月16日にジョージア州アトランタでアジアスパ3店舗が21歳の白人男性に銃撃され、8人(うち6人がアジア系)の女性が亡くなった事件ですね。警察の発表によると、容疑者はセックス依存症をほのめしていて、店が自分を誘惑してくると思い込み、襲撃して消してしまいたいと思ったという旨の供述をしたそうです。もちろん襲撃されたお店は性的なサービスのない普通のお店だった。
OMEN44 - アメリカのアジア系女性はネイルサロンや飲食など接客業に従事することが多いんです。人の側で働くことが多いから性の対象として見られる風潮がある。犯人は人種差別を否定してるけど、そもそもはそういう偏見から事件を起こしてる。それは明確な差別だと思った。しかもそのリリックをチェルシーという同じ有色人種の女性ラッパーが書いてくれたこともあって、思い切って差別をテーマに振り切ることにしました。だけど、なかなか勇気が出なくて最初はかなり迷いましたね。
- 勇気が出ないというのはどういうことでしょうか?
OMEN44 - 自分が「#StopAsianHate」と声を上げることで、暴力を助長してしまうんじゃないかと思ったんです。今アメリカではアジア系に対する暴力事件が全土に広がりつつあります。つい最近はニューヨークでも起きた。おばあさんがいきなり殴られたり、バックパックに火をつけられたり……。僕らアジア系はアメリカでものすごいマイノリティなんです。今はこういう状況だから団結してるけど、実際はアジア系の中でも隔たりがある。僕にもコリアンやチャイニーズの友達はいるけど、コミュニティの深いところまでは入れなかった。外から見る以上に、アジア系は孤立しています。
- ちなみに日系はどれくらいいるんですか?
OMEN44 - コミュニティを作れないくらい少ないですよ。サポートなんてまったくない。そんな感じだから、これまでも理不尽なことはたくさんあったはずだけど、力が小さすぎて声を上げることすらできなかったんです。「なんとかうまくやりすごそう」と。だけど中国系ラッパーのChina Macががんばってるのを見て、自分もやろうと思いました。そういう意味ではBlack Lives Matter運動を経て、アメリカのアジア系に対する差別が今回初めて社会問題になって可視化されたような気がします。僕らも自分たちの問題をあらめて認識することで、黒人たちとも同調することができた。それがすごく大きい。「差別」と言うのは簡単だけど、黒人たちは僕らが今感じているような恐怖を約400年間も強いられてきた。その痛みの一端を今僕らアジア系が突きつけられてるんです。
増大する白人の貧困層と「Kung Flu(カンフー/カンフルー)」
- なぜ今アジア系へのヘイトクライムが多発してるのでしょうか?
OMEN44 - そもそもの発端はトランプ元大統領の発言「Kung Flu(カンフー/カンフルー)」です。
- 「Kung Flu」は日本にほとんど伝わってないです。
OMEN44 - 「Kung Flu」はカンフー(Kung Fu)とインフルエンザ(flu)を混ぜた造語です。「武漢ウイルス」や「中国インフルエンザ」と同じで、トランプはコロナパンデミックの原因が中国にあると揶揄するために言いました。甚だ滑稽な発言だけど、トランプの支持者たちは慎重に言葉を選んで曖昧な物言いをする政治家より、言いたいことを言いたい時に言うトランプのほうが正直者というか、自分たちの気持ちを代弁していると感じている。そんな彼が「コロナパンデミックはアジア人のせいだ」と言ったわけです。
- でもアジア系に対するヘイトクライムが注目されるようになったのは今年に入ってからでしたよね?
OMEN44 - そうですね。大きな要因は2つ。ひとつはトランプの言葉を鵜呑みにしている人たちがいるということ。もうひとつはパンデミックによる失業者の増大と経済的停滞がここ来て人々に重くのしかかっていて、そのストレスのはけ口を探しているということです。行き場をなくした人間が時間だけを持て余してる。街はそんな人だらけなんです。パンデミックの影響は日本よりも深刻だと思います。
- OMEN44さんが直接被害に遭うことはありましたか?
OMEN44 - 幸いなことに僕自身はないですね。僕が住んでるニュージャージーやニューヨークは、他の土地よりもいろんな人種が暮らしています。そのせいかリベラルな考え方の人が多い。恐いのは中西部や南部の銃の規制が緩い土地。トランプの支持層(共和党)と重なっているエリアでもあります。しかも共和党はいつも憲法修正第2条(人民が武器を保有/携帯する権利を侵してはならない)を推している。またその辺りではオピオイド・クライシスも大きな問題になっています。
- 鎮痛剤として一般的に使われていたオピオイドに強い依存性があることが発覚し、知らずに中毒になっていた人たちが続出したという問題ですね。しかも政府によって処方が規制されると、中毒になってしまった人たちは麻薬の売人から購入するようになった。そして似た効果でより安価なヘロインを常用するようになり、財産や仕事、家庭までも失う人が続出。深刻な社会問題になっていると聞きました。
OMEN44 - デイヴ・シャペルという黒人の毒舌コメディアンは、「白人たちは、80年代に黒人のクラック中毒者が続出した時の気持ちがこれでようやくわかっただろ」なんて言ってました。白人の逮捕者があまり多いため、最近は麻薬の単純所持だけでは逮捕されなくなってきた。そういう状況でパンデミックが起こったんです。これまでアメリカの貧困層といえば有色人種でしたが、今は白人にまで広がってる状況です。日本にどう伝わってるかわからないけど、こちらの感覚では失言さえなければ、トランプはおそらく大統領選に勝ってた。
- 現地はそんな雰囲気だったんですね……。
OMEN44 - はい。これは少し前ですが、2017年に「ユナイト・ザ・ライト・ラリー」という白人至上主義者の集会があって。抗議運動する人たちに極右の男が車で突っ込んで、死傷者が出る事件が起こったんです。僕はあの事件にショックを受けた。だって今は1940〜50年代じゃない。2000年代ですよ。悲しかったです。
日本みたいに国民に共有された常識がない代わり、アメリカには夢と理想がある
- “Hate”のビデオに出てくる「There is no enemy outside our soul. The real enemies live inside us. Anger, Pride, Greed, and Hate.(本当の敵は我々の中に存在している、それは怒りであり過多な自尊心であり欲そして憎悪である)」という言葉はそのような気持ちから出てきた。
OMEN44 - はい。Chelseaのリリックをきっかけに「差別」について改めて自分自身に問いかけ直しました。それでピックアップした言葉ですね。一人ひとりが自分の中にある「Hate(嫌悪)」を認識して受け入れることが大事だと言及したかった。アメリカって、まとまりがあるようで実は全然ないんですよ。さっきアジア系の話を少ししたけど、例えばニューヨークだと白人でもイタリア系はブロンクスの一部やリトルイタリーにまとまってるし、コニーアイランドに行くと「ここはロシア系の街」と実感させられます。塊が点在してるんです。だから、日本みたいに国民に共有された常識がない。裁判が多いのもそのせい。でも一方で、アメリカ人は理想を大事にしてる。いろんな人種で構成されたこの国をより良くしようとしてる。そういう中からオバマみたいな人が出てきたんです。
- 同時に違う理想を持つ白人至上主義者もいる、と。日本では多様性を「みんな違ってみんないい」的な口あたりのいいものだと思っているけど、現実は複雑でいろんな戦いがあるわけですね。
OMEN44 - そういう意味でもアメリカは自由の国なんです。いろんな人間がいろんな価値観の中でいろんな言葉を喋ってる。2044年には白人の占める割合が50パーセントを下回ると言われてる。おそらく今は歴史的な変化の時期なんです。アメリカはちょっと前まで「世界の警察」を自称する最強の国だったけど、今は中国が経済的にもどんどん台頭してきてるし。そういうタイミングで“Hate”を作れたのは良かったと思います。アメリカにいるアジア人として自分が何をすべきなのかを改めて認識させられました。僕はファイヴ・パーセンターズのカルチャーを勉強していて、導師からCulture Freedom Allahという名前をもらいました。その名前のように、僕は文化を通じて世界を自由にしたいと思っています。
- OMEN44さんはいつからファイヴ・パーセンターズになったんですか?
OMEN44 - 10年くらい前にラッパーのA.G.と知り合ってからですね。お互いのことを「God」と呼び合うとかは、ヒップホップを通じてなんとなく知ってたんですが、ファイヴ・パーセンターズのシュープリームナンバーズの意味とかを彼がいろいろ教えてくれたんです。そこから自分でも勉強したくなって、(ニューヨークの)125丁目にあるスクール・オブ・メッカのドアをノックしました。ちなみにアメリカにおけるアジア系の割合も5パーセントなんです。そんな数字の符号も自分がファイヴ・パーセンターズにフィールした一因でもありますね。誤解しないでほしいのは、ファイヴ・パーセンターズは宗教ではなくカルチャーだということ。神(God)は僕ら自身。自分たち、仲間たちを尊敬し、尊重してる。目に見えない漠然とした神を信じてるわけではない。そこは大きな違いです。
- ファイヴ・パーセンターズの思想の下で活動しているラッパーはたくさんいますよね。リリックにもさまざまな暗喩があるとか。
OMEN44 - そうですね。例えば、Wu-Tang Clanなんて普通に聴くと、女、金、ドラッグしか言ってないですよね(笑)。でもMethod Manの“All I Need”の「I be your Noah, you be my Wiz」ってラインにはいろんな暗喩が入ってる。簡単に訳すと「オレがお前の男になる、オレの女になってくれ」みたいな感じ。でも「Noah」には、旧約聖書に出てくる箱舟を作ったノアと真実を知る者/貴方を知る者という「Knower(ノーワー)」がかかってる。あと「Wiz」は「Wisdom(ウィズダム)」がかかってて。ファイヴ・パーセンターズは数字の1~9にそれぞれ個別の意味を見出しています。1は「Knowledge(知識)」と男性、2は「Wisdom(知恵)」と女性。さらに「Love(愛)」は「Highest elevation of understanding(一番次元の高い理解である)」としてて、「Understanding(理解)」が3で子供を意味しているんですね。一聴するとラブソングの短いラインだけど、ファイヴ・パーセンターズのお互いを尊重し合うカルチャーを複雑な比喩で表現されてるんです。
- すごい……。全然知らなかったです。
OMEN44 - こういうのだったら、たくさんありますよ。先日亡くなったMF DOOMは“DOOMsday”で警官(Cop)のことを「Cee Cipher Punk」と言ってたり。ファイヴ・パーセンターズは数字と同様にアルファベットにも固有の意味を見出していて、「Cee」はSee(見る)、「O」は Cipher、本来「P」はPOWERなんだけど、MF DOOMは警官が嫌いだから「Punk」に変えてるんです。これは言葉遊びのニュアンスが強いですね。MF DOOMのリリックは特に小難しい(笑)。
- めちゃくちゃ面白いです。
OMEN44 - 僕がなぜ英語のラップと日本語のラップの活動を分けているのかというと、ラップの作り方や考え方がまったく異なるからなんです。日本語と英語を混ぜて活動すればいい、とよく言われるけど、そんな簡単なことではない。例えばShing02さんも英語の作品と日本語の作品をきっちり分けてますよね。自分と比べるのはおこがましいけど、Shing02さんほどの知名度だったら、日本で活動するという選択肢もあったはずなんです。そのほうが仲間も多いし、サポートもしてもらえたはず。日本人がアメリカのヒップホップシーンで活動していくことって、たぶんみんなが思ってる以上に大変なんです。だけど彼はアメリカを拠点にして、英語で活動してる。そのスタンスに彼のこだわりを感じるし、僕自身も共感してしまうんです。
- これまでの話を踏まえることで、アメリカで超マイノリティの日本人が英語でラップすることの重みの一端を知ることができました。
OMEN44 - 僕自身、英語でラップできるようになるまですごく時間がかかった。すっかり歳もとった。それでも英語でラップしてアメリカで活動したかった。もちろん日本語でラップすることも好きだし、オファーがあればやりたいけど、軸は英語がいい。“Hate”のイントロでJ Dillaのインタビューをサンプリングしたんです。彼は「みんなが作ってるのと同じものを作りたいんじゃない。俺は自分が自分なりにやれることを本当にやりたい」と言ってる。僕も音楽に対してそういう気持ちがすごくある。最近娘を見てると思うんです。やっぱり夢を持って理想に生きてもらいたい。結局、僕自身も理想のためにしか生きられないし。アジア人は今ヘイトの対象になっているけど、裏を返せばそれだけ注目されているということでもある。ネガティヴな流れを自分の活動を通じてポジティヴに変えていきたい。人生には夢や理想があるほうが素敵だと思うから。
Info
OMEN44はアルバム『Hentai』の収録曲をDJ MinoyamaがDJミックスした音源をフリーダウンロードで発表する。同作にはDJ Sharkが手がけたトラックも新たに追加される。