インディペンデントアーティストが知っておきたいこと Vol. 3 | プレスリリース編

2010年代後半にかけて、Apple MusicやSpotifyなどのストリーミングサービスの勃興が日本でも起こり音楽ビジネスを取り巻く環境は急激に変化し始めた。その代表的な例として、インディペンデントのアーティストが活動しやすくなったという点があるだろう。CD全盛の時代では、個人でCDを作ってもそれを全国で流通させるのには様々な障害があったが、今やTuneCoreなどのサービスを使用することで、誰でもApple MusicやSpotifyに楽曲をアップロードすることができ、その楽曲が大ヒットになることもあり得るようになった。

こうした状況は歓迎すべきことであり、FNMNLにも初めて楽曲を作ったというアーティストからプレスリリースも届くようになっている。しかし楽曲のリリース自体は誰でもできるようになったが、正しい楽曲登録方法や楽曲のPR方法などを知っているか、知らないかでは大きな差がついてしまうことがある。

もちろんこれをやれば絶対売れるという正解はなく、アーティスト自身が考えて行うべきではある。FNMNLでは今回から3記事にわたり、インディペンデントのアーティストが楽曲をリリースする際に、最低限知っておくべきポイントを項目毎に掲載していく。

TuneCore Japanによる楽曲登録編、松島 功によるリリースとPR編に続いては、FNMNL編集部によるプレスリリース編だ。

文:和田哲郎

楽曲の登録も無事完了したら、次に行いたいのがPRだ。音楽ニュースを扱うウェブメディアに自分の楽曲の情報を掲載するためにはどうしたらいいのだろうか。FNMNL編集部にもインディペンデントのアーティストから日々多くの情報が届く。その多くが例えばYouTubeのリンクが貼ってあり、「MV出たので観てください」というものや、楽曲のリンクだけが貼られているものも多い。またSNSのDMを使用して送られてくる場合もある。編集部では送られてきたリンクはチェックして、掲載したいと思うものであれば、アーティスト側から情報収集をした上で記事掲載を行う場合もある。

しかし、こうやってくまなくチェックしているメディアはそんなに多くないと思われる。そこで重要になってくるのが、メディアが記事にできる情報が簡潔にまとまっているプレスリリースの作成だ。この記事ではFNMNL編集部がプレスリリース作成の上で抑えたいポイントをいくつか紹介するので、ぜひ参考にしてほしい。ただFNMNLの場合は楽曲やMVなどのコンテンツの内容さえよければ、リンクだけ送られても、もしくは情報が送られていなくても掲載するので、自信がある人は参考にしなくても構わない。

1. メールタイトルは分かりやすく

FNMNL編集部にも音楽関連をはじめとして、様々な情報提供が1日で数百件程度寄せられる。さらに大規模なメディアともなれば、それよりも多いのは想像がつく。その時にまずメールの件名に、そのプレスリリースの主題をしっかりと記載するのは目につきやすくするためにも必須だろう。かといって、内容を詰め込めばいいというわけではなく、一番伝えたい箇所を簡潔に伝えた方がいいだろう。

例 

FNMNLが新曲「FNMNLFNMNL」を本日リリースしミュージックビデオを公開 (情報解禁時間有り)

2. 載せるべき情報を網羅する

例えばあなたが新曲をリリースした場合にはこのような情報が必要だ。

・アーティスト名

・曲名

・リリース日

・楽曲のリンク(YouTubeやSpotifyやApple Musicのリンク、もしくはそれらが集約されたサービス)などが一般的。

これらの情報に加えて、ゲストアーティストがいる場合は、そのアーティストの情報や、自身がどう言った経歴があるかも判断材料になるので触れるべきだろう。ただし長すぎると主題となる楽曲の情報が埋もれてしまうので、正式なプロフィールは別の項目に載せるべきだ。

またその楽曲を誰が制作したのか、ミックスやマスタリングは誰が行ったのか、どう言ったテーマで、どのようなことについて歌った楽曲かなども、簡潔に触れておこう。しかしアーティスト自身の主観と情報は、切り分けることも必要で、抽象度の高い表現が頻繁に使われているプレスリリースは、少し掲載しづらい。もし伝えたいことがたくさんある場合はアーティストコメントとして、これも別で分けておいた方が分かりやすいだろう。

もちろんレギュレーションなどで送れない場合もあるが、音源データやミュージックビデオの場合は限定公開リンクなどは送った方がいいだろう。その楽曲のクオリティやビデオの内容で掲載が決まる場合も多い。

さらに例えばこの楽曲のミュージックビデオが後日公開予定されるという情報や、この楽曲がアルバムのリードシングルであるといった情報も、アーティストとしての流れをしっかり伝えるためにも必要だろう。

例1 新曲リリース時

「東京を拠点とするアーティストのFNMNLが、1/20に新曲「FNMNLFNMNL」をリリースする。5年ぶりの新曲となる「FNMNLFNMNL」は、ビートも全て自身で手掛けた楽曲となっていて、これまでのキャリアを総括するような1曲だ。

またこの楽曲は、現在制作中のニューアルバムからの先行シングルとなっていて、アルバムは今年の秋にリリース予定だ」

Info

FNMNL - 「FNMNLFNMNL」

1/25 Release

トラックリスト

リンク

例2 アルバムリリース時

「東京を拠点とするアーティストのFNMNLがニューアルバム「FNMNL 3」を10月にリリースする。

10年ぶりとなるニューアルバムには、先行でリリースされていた「FNMNLFNMNL」など全部で8曲を収録。これまでのキャリアを総括するような、集大成の作品に仕上がった。前作は豪華なゲスト陣が参加していたが、新作は全て自身でプロデュースし、ジャンルを横断したトラックが並ぶ。

アートワークもFNMNL自身が手掛けた。本日から先行配信曲「FNMNLFNMNLFNMNL」がリリースされており、自身が監督した同曲のミュージックビデオが本日19時に公開される。

またリリースを記念して、11月にオンラインでのリリースライブも開催予定で、自身のSNSなどから詳細が発表予定だ。」

Info

FNMNL - 『FNMNL 3』

10月リリース

トラックリスト

リンク

3. 情報解禁日時の設定

初めてプレスリリースを出すアーティストなどは、ほとんどわからないと思うが、記事に情報解禁日時を設けておくのは、とても大切だ。メディアは既に公開から時間が経っている情報は、ニュースバリューが低いとみなすことがあり、逆にどこにも出ていない情報はそれだけで価値が高いともいえる。では情報解禁の日時はどのように設定すればいいだろうか。例えばミュージックビデオなら、そのビデオが公開される時間が妥当だろう。また最近ではビデオのプレミア公開も増えているため、事前にプレミア公開の視聴者を集めやすくするために、プレミア公開は20時、情報解禁は12時という形なども増えてきている。

ではシングルやアルバムの情報解禁はいつがベストだろうか。FNMNL開設時より増えたパターンなのが、リリース直前での解禁やリリース後の解禁だ。デジタルリリースが主流になり、ストリーミングサイトが影響力を持っている現在では、リンクさえあればいつでも楽曲は聴けるようになるため、直前やリリース後にニュースを公開することで、記事内からすぐ聴けるというのをメリットと考えるアーティストが増えているのかもしれない。逆にリリース準備が整ったからといって、リリース時期より前に出しすぎても記事が埋もれてしまい、またSNSでも話題が鎮静化してしまうために、メリットは多いとはいえない。自身のSNSでの反応などを検証して、それそれのアーティストにとって最善のパターンを見つけてほしい。

もちろんスケジュールの関係で、事前にプレスリリースが送れなかったというケースもある。その時は、既に情報解禁済みということをメディア側に伝えるためにも「即時解禁」、「情報解禁済み」と添えておくのが分かりやすい。

4. プレスリリースと一緒に送るべき素材

プレスリリースと一緒に送るべき素材としては以下のものからいくつかが考えられる

・アーティスト写真

・ジャケット写真

・ミュージックビデオのサムネイル画像

・音源データ

・アーティストプロフィール

もちろん駆け出しのアーティストの場合は、予算をかけてアーティスト写真を撮影するなどは難しいことも多いと思うが、リスナーはそのアーティストがどういう世界観を持っているのかを楽曲と共にビジュアルから想像することも多いし、何よりSNSではビジュアルが、どんな文章よりも伝わりやすいのも事実だ。プレスリリースを送る送らないは関係なく、自撮りでもいいのでアーティスト写真は持っておくべきだろう。またアーティストプロフィールは様々なパターンがあるが、自身の拠点や出身地、これまでのリリース実績、あとは自身の音楽性を明記できるなら、それらの情報は入れておいた方が良いだろう。自身のSNSのアカウントも記載しておけば、メディアがアカウント名を含んだ投稿をしてくれることもあるだろう。

完成度の高いプレスリリースを送ったのに、掲載されなかったということも有りうるだろう。しかし自分の世界観をしっかりと作り上げた渾身の作品ができたと思ったら、上記の点を参照してリリースを送ってみてほしい。キャリアの第一歩目には役に立つはずだ。

5. チームを作る

例えばレーベルに所属していれば、こうしたプレスリリースやミュージックビデオの解禁のタイミングなどは、マネージャーやA&Rなどのスタッフと一緒に相談しながら決めることができるし、プレスリリースもアーティスト本人が書く必要もない。レーベルに所属する前のアーティストは、これらのことを自分だけでやらなきゃいけないことがあるかもしれない。しかし、どうしてもこういった戦略を立てたり、文章を書くのができないという人もいるはずだ。

その場合は、誰か周りに文章を書くのが得意な人はいないだろうか。計画を練るのが得意な人はいないだろうか?周りにはいなくてもSNSで自分の音楽に関心があり、尚且つこうした特技を持っている人も探せばいるかもしれない。インディペンデントだからといって全てを自分だけでやろうとするのではなく、信頼できるパートナーを見つけることも大切なことだ。パートナーとは、目標や夢を共有して具体的なプランを立てつつも、しっかり経済的にお互いが納得できるような形で契約もしくはそれに準ずる形の約束を結んでおくことも、誰がいつヒットするかわからない時代だからこそ、疎かにしてはいけないだろう。

Info

インディペンデントアーティストが知っておきたいこと Vol. 1

インディペンデントアーティストが知っておきたいこと Vol.2

RELATED

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。