BeatMakerz File Vol.1 環ROY |ラッパーがビートメイクをはじめるとき
あなたの好きなビートメイカーは誰だろう。舐達麻の躍進を支えるGREEN ASSASSIN DOLLAR?それとも高水準のプロデュースワークを途切れさせないChaki Zulu?または2020年のMVPといっても過言ではないモードを掲示したKMだろうか。他にも目を向ければ、それこそキラ星のように輝くビートメイカーたちが国内外に無数に存在している。この企画『BeatMakerz File』では、Native Instrumentsの協力の元で多様なビートメイカーの世界にフォーカスをあて、ビートメイカーたちがどのような機材を操り、どのように考えて自分のビートを練り上げていくのかを探る。
初回には全て自作のビートで構成されたアルバム『Anyways』を、11月にリリースした環ROYが登場。ラッパーとしてのキャリアも円熟期に入った環ROYが、なぜビート制作をスタートさせたのか?そこにはアーティストとしての自己に向き合う真摯な姿勢と飽くなき探究心があった。
取材・構成:和田哲郎
写真:堀哲平
- 環さんのこれまでの作品は、他のビートメイカーからビートを提供してもらってラップを載せるって形式がほとんどでしたよね。一転、今作は全曲がセルフプロデュースになっている。この大きな変化のきっかけを教えてください。
環ROY - 他者からトラックを貰ってラップを載せる、っていうラッパーの様式的な制作手法に限界を感じてしまったんです。このやり方でアルバムを5枚作ったし変えてみたいと思った。自分の考えるアートとして取り組んでいくために、創作の領域をラップだけではなく音楽全体に展開していく必要があると思いました。そもそも過去にはMPCにも挑戦していたし、10年程前からガレージバンドで簡単な音楽編集はしていたんです。とはいえ、楽理が全く分からず、サンプルをループさせてドラムを足すくらいしかできませんでした。そういうレベルでイントロやスキットなど短い曲は作るんですけど、ラップを載せるような曲は全然できなくて挫ける。それを繰り返していました。
- 興味はずっとあったわけですね。
環ROY - はい。そうこうしてたら2016年に松居大吾くんが映画音楽をお願いしてくれて。やるしかない!と思ってその打ち合わせの帰りにAbleton Liveを買いました。そこから勉強しつつ、どうにかこうにか50曲くらい作って10数曲が採用になりました。いま振り返るとベースの入れ方とか、間違いが多々ある気がします。その時に出来た曲も、ラップを載せたくなるようなものではなかった、あくまでオーダーがある劇伴だったので。その後2017年に5枚目のアルバムを出したあと、自分でやりたい気持ちが強くなって、そこから本格的な勉強がはじまりました。
- 具体的に勉強というのは?
環ROY - 全部インターネットですね。Googleで「ベースライン 動かし方」って何回も検索しました(笑)。SoundQuestってサイトが一番勉強になりました。初歩の初歩からかなり細かく教えてくれるんです。といっても、まだ10分の2程度しか進んでいません。あとはYouTubeでチュートリアル動画を探す。いま、もう、たくさんアップロードされていますよね。DAWの操作もYouTubeのおかげで上達しました。要はずっとやりたかったけどできなかったことが、情報テクノロジーの発展によってできるようになったって感じです。
- ビートを作るのは楽しかった?
環ROY - 楽しかったです。まだまだ学ぶことが沢山ある段階なので。時間を忘れます。無心になれる。個人的には1stアルバムって気持ちですね。
- 具体的にはどんなところが楽しかったですか?まっさらな部分からやれるから面白いとか?
環ROY - 端的にいうと言葉がないところですね。言葉って、現象を捉えて共有するための道具ですよね。事物を具象化するために発展してきた。けど、詩って、その具象化のための道具を使って、具象と抽象を操作するってことになっている。行為としては歪曲的ですよね。言葉使ってんのにあえて意味が分かんねー感じにしたり、それを面白えっていってみたり。しかも文化の集積で常に変容しているので、言葉自体はすごく構造的なんだけどそれをクリエイトするときの理論は全く言語化されてない。音楽は還元すると周波数なので、もっとストレートに構造的だと思います。昔のギリシャだと音楽は天文学とか数学の仲間で、自然を計測する学問だったらしいし。とにかく科学っぽいと思う。自分は作詞より作曲のほうが気軽に取り組めますね。単純に、音をならしても直接的な意味が載ってこないので。
- サンプリングは使います?
環ROY - 使います。いまの自分の実力だと、サンプリング無しでラップしたくなるビートを作るのは難しいと思いますね。
- そもそもビートを作る際は、どこから作っていきます?
環ROY - コードですね。サンプルもだいたいコードとして扱うことが多いです。そこにベース、ドラム、メロディ、ノイズの順番で足していきます。僕、音楽については義務教育以上の学習がないので、曲を聴いて調性を判別したり楽音を聴いて音程を認識する能力がゼロなんですよ。だからまず、オートキー(オートチューン付属のプラグイン)を使ってサンプルの調を教えてもらう(笑)。で、スペクトラムアナライザを使って周波数から積まれているコードを理解する。そこにベースを足して5度8度、2度3度とかで動かす。そんでドラム足してメロディ足して、みたいな流れです。ま、オートキーってけっこう嘘を教えてくるから、なんか変なときは、鍵盤12音を順番に鳴らしてぶつからない音を頑張って探す感じです。
- ビートメイキングをする上で、模範になる人はいたんですか?
環ROY - うーん、いろんな人の要素だけを参照するので一概には言えないですけど、Kanye Westは凄く好きですね。2000年代半ばからポップミュージックにめちゃくちゃ影響を与えてると思うんですよね。「声が入っているサンプルの上にラップ載っけてもいいんだ!」とか「オートチューンかけてラッパーが歌いまくっていいんだ!」とか、いまは普通ですけど彼がヴァンガードだと思います。『MBDTF』以前にあんなエピックなビジョンをもったHIPHOPはなかったし。『TLOP』は脱構築に対するスケールがすごく広い。普通だったら整えるところ、バグみたいなところを意識的にアレンジに組み込んでいく感じが新鮮で楽しい。なんかビビらせてくるんですよね。その手つきがプログレとかじゃなくて超ヒップホップだと感じる。抽象的な言い方ですけど。ざっくりしててカッコいい!みたいな。これただの「Kanye大好き話」になってません?
- いや大事だと思いますよ。Kanyeって、結構チームでの創作を行いますよね。
環ROY - 近年は作曲もほとんでCo-Writeで、一曲に何人もプロデューサーが参加してますね。Mike Deanが中心だからTravis Scottも音像が似てきてる感じがありますね。あと、みんなにフリースタイルラップをさせて、良いフレーズを抜き取っていく作詞法も有名ですね。
- スタジオにラッパーを何人も集めて、みたいな。
環ROY - それもすごくポップアート的というか、ウォーホルのFactory以降って感じがします。
- Kanye以外だと他にいますか?
環ROY - Frank Ocean、James Blake、Mount kimbie、坂本龍一、細野晴臣、MIKE、Earl Sweatshirt、GREEN ASSASSIN DOLLARとか。Jay-Zの『4:44』もかなり聴きました。他はin any caseってプレイリストにまとまってます。
- 制作期間はどのくらいでしたか?
環ROY - 2018年の春から本格的にはじめて、録音を終えたのが2019年の10月だったと思います。マスタリングは2020年の3月でした。2年くらいすかね。
- じゃあ、もう少し前に出す予定だったんですね。
環ROY - そうです。疫病の影響でいろいろ停止しました。
- 初歩的な話ですが、最初に出来た曲はどれですか?
環ROY - “on the park”と“憧れ“って曲ですね。その辺は帯域の分布を散らすという観念がなかったので、ミキシングでエンジニアを困らせましたね。そういう意味では下手だと思います。やっぱりアルバム制作の後半は多少洗練されていったと思います。制作も速くなったし。
- 最終的に、気に入ってる曲は何ですか?
環ROY - “泉中央駅“は実験的なことが上手くできたので好きです。基本は4拍子で、コードも一定なんですけど、途中からドラムとラップだけ5連符になるんです。そうすると、急にBPMが変化した5拍子の曲とも解釈できる。あと、コードは変わらず4拍子のまま回り続けるので、4小節で回帰するポリ(リズム)とも解釈できる。けど実際は、普通に、ただの4拍子の曲なんです。
- これはどうやって思いついたんですか?
環ROY - 4拍子を5連符で区切るとどうなるんだろう、ぐらいの単純な興味でした。U-zhaanさんとの交流が影響を与えていると思います。インド音楽についていろいろ教えてもらっています。インドはリズムの解釈が数学的で複雑なんです。0.5拍子での区切りもあって、それを教えてもらったときは衝撃でした。“にゃー feat.矢野顕子“は5.5拍子ですね。ま、倍でカウントすると11拍子なんで0.5は消えるんですけど(笑)。あと“Rothko”も変な感じで好きです。
- 頭から通奏している音、けっこう変ですよね?
環ROY - これは代々木公園で落ち葉の上を家族で歩いた音です。それをMIDI化して、サンプラーに入れてスライスしまくって。
- 声もその時録ったものですか?
環ROY - (元になった音を再生しながら)これはmono一発なので、そのときたまたま入った声っすね。よく聴くとシンセみたい音も入ってて、何これ!?って思ったんですけど、どうやらカラスの声っぽい。で、それにめちゃくちゃコンプかけて。Gateで調整してオーディオ化して、そこからまたオーディオをエディットして、って感じですね。
- 元の音と全然違いますね。
環ROY - なんかこうなったすね。このEQのカーブとかほんとに必要?みたいな形してますね(笑)。
- この音から、こうしようと思うアイデアが凄いですよね。
環ROY - え!?そうかな?、すっごい普通じゃないですか?落葉を踏んでガサーガサーっていってたら「リズムだな」って思うじゃないですか。
- そう言われればそうですけど、やっぱりこういう加工が楽しいんですか?
環ROY - 楽しいですね。
- 録音したときの情景とかは、ビートメイクに影響を及ぼしました?
環ROY - うーん。最初は落葉の音かなーって感じなんですけど、加工したりシンセを足したり、いろいろ進めてくと、音から浮かび上がる情報がだんだん抽象化されていきますね。落葉だったことを忘れてただのリズムになっていくような感じです。
- 面白いです。ご自身でビートを制作してみて、歌詞やラップへの影響はどうでしたか?
環ROY - ラップのアプローチは意識的に変えました。スケールのルートでラップするのが基本になりました。ライミングの位置もほとんどが規則的にコンポジションしてますね。あとはライミング毎にピッチを揃えて歌ったり、これまでよりボーカルをサウンドとして捉えて取り組みました。自分はE~F#が一番歌いやすいこともわかった。音域狭いんですよね。あと大きい変化でいうと最初に歌詞を書かないではじめてましたね。いきなり録音する。1~2小節単位でとりあえず言葉を発してみる。それで気に入ったら先に進む。で、どんどん細切れに録音して、ある程度まとまったら書き起こして微調整して歌詞ができる。それをきちんと後で録音するって感じでした。
- じゃあ、基本的に今回の作品はビートが先にあったんですか?
環ROY - ですね。ラップしたくなるビートができるまで頑張る感じでした。
- ご自身で全曲を制作してどうでした?
環ROY - 技術的にはまだまだですけど、自分が好きな音の塊にはなってますよね。全部自分で選んだので。だから主観的には純度が高いなって思います。以前は「この人凄く良いから頼みたいな」って思ってましたけど、最近は「この人凄い、どうやってやってるんだろう」って思うようになりました。あと、僕、やっぱりPCM(WAVやMP3、m4a、AIFなど一般に流通する音源の形式)を創作するのが好きなんだなって思いました。錯覚を誘発するためのステレオって規格も好き。それが制約としてあって、その中でできることを頑張るのがいまは楽しいと思えますね。スタートがBUDDHA BRANDの『人間発電所』ですし。
- Native Instrumentsの製品はなにか使いましたか?
環ROY - 今作ではKONTAKT 6ですね。EXHALEを一番多く触りましたね。ANALOG STRINGSとかSUBSTANCE、REVをちょいちょい使いました。今作はなるべく手持ちの機材だけで頑張ろうとおもったんです。Kompleteは、この作品がきちんと完成したら購入する!って目標にしてたんですよ。
- それはなぜですか?
環ROY - 素人なのに、いきなり武器だけが増えても、使いこなせなかった意味がないと考えていました。あとRei Harakamiさんが「あれこれ買わずに使い倒しましょう」ってインタビューでいっていて、それが凄く記憶に残ってた。だからほとんどAbletonの純正とサンプリングで頑張りました。YAMAHA MSP5(モニタースピーカー)はさすがに制作の頭に買いましたけど、オーディオインターフェイスは10年まえのFocusriteで、パソコンもボロボロのiMacでした。セッションを開くのに数分かかったりして、いま思うと最悪でした(笑)。今年の春、やっとMac miniに乗り換えたんです。で、先月、KOMPLETE 13 ULTIMATEを買いました。RMEのBabyface Proも先週買った、KS Digital C5(モニタースピーカー)も注文したところです。1stが終わったので、ま、6thなんですけど、次の制作環境をアップグレードさせている最中です。
- KOMPLETE 13 ULTIMATEはすでに使っていますか?
環ROY - ちょいちょい触っています。MOLEKULARが手に入ってとても嬉しいです。友人が使っているところをみて、便利そうだなと憧れていました。手軽にいい感じになるんですよね。KINETIC TOYSもKenny Beatsが使っている動画をみて以来、ずっと触りたいと思っていました。好きな音色が多くて楽しいです。あとはMASSIVEですね。みんながいいっていってるヤツ、俺もついに使うぞ、って感じで学んでいるところです。
- ビートメイカーとして今後の課題は何だと思いますか?
環ROY - めちゃくちゃ当たり前のことですが、もっと音楽を知ったほうがいいですよね。音楽を言語に例えると、僕の語彙って小学生くらいのレベルだと思うんです。1度があって、3度とか5度の音はなんとなくわかるんですけど、音階名とかは全然当てられないし。わかるほうが格段に速くなりますよね。調性もぱっと聴いてわかったら楽ですし。直近はまずドミナントモーションとか転調とかを気軽に使えるようにがんばりたいです。あと、シンプルに成立させることができるようになりたい。シンプルでも成り立つって、一つ一つの音の結び付きが強い証だと思うので。そのへんは楽理よりも音響的な関係性が重要だと思うので課題しか無いですね。
- なるほど。
環ROY - 今後は作家として、普通に広告音楽とか劇伴とかもこなしていけるようになれたらいいなって思っています。
- ありがとうございました。
Info
環 ROY - 『Anyways』
CD + Digital | 2020.11.25 Release | DDCB-13051 | Released by B.J.L. X AWDR/LR2
01. Protect You
02. Song
03. Fidget
04. 能
05. life
06. tendency
07. 泉中央駅
08. I know
09. on the park
11. Flowers
10. Remind
12. はじまりを知る
13. Rothko
14. 憧れ
All Songs Written and Produced by Tamaki Roy
All Songs Recorded and Mixed by URBAN at POTATO STUDIO, Tamaki Roy Mastered by URBAN at POTATO STUDIO
Photo: Syuya Aoki
Art Direction and Design: Kei Sakawaki
Native Instruments
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