【インタビュー】SITE 『少年イン・ザ・フッド』|「死んだまま生きてて楽しいか?」本当のB-BOYが描く“混ぜ物なし”のヒップホップコミック

80年代に音楽〜ファッション業界の人々、都市の不良たちによって種がまかれ、90年代後半に「さんピンCAMP」世代が花咲かせた「ジャパニーズ・ヒップホップ」ムーブメント。2010年代に、いくつかのTV番組がフリースタイル・ラップのブームを作り出すと、ヒップホップ・シーンを飛び出した「日本語ラップ」は、猛スピードで社会のオーバーグラウンド・サイドに浸透していく。その一方、2010年代末からは、それまで身バレや顔バレを嫌ってきたアンダーグラウンド・サイドの人間たちまでもが、こぞってマイクを握り始め、いわゆる「半グレラップ」のシーンを形成している。いまや「日本語ラップ」は、日本の表と裏を両面から覆い尽くしていると言っていいだろう。

もしいま、あなたがこの異常な盛り上がりのルーツ、つまり「ジャパニーズ・ヒップホップ」に興味を持っているのならば、是非とも読んで欲しいコミック作品がある。90年代からグラフィティ、ラップ、文筆、映像の世界で八面六臂の大活躍を続けるSITE(サイト)、またの名をGhetto Hollywoodが上梓したヒップホップコミック『少年イン・ザ・フッド』だ。

1996年と現代を生きる「少年」たちの姿を描いた同作は、ストリートの住人であると同時にサブカルチャー・フリークでもあり続けてきたSITEの二面性を濃厚に反映した良質なエデュテイメント作品に仕上がっている。今回は、その第一巻の刊行を記念して、「漫画家」という新たな肩書を手に入れたSITEに詳しく話を聞いた。この作品には、一体どのような思いが込められているのだろうか?そして“ジャパニーズ・ヒップホップの申し子”SITEは、現在の「日本語ラップ」の盛り上がりをどのように見ているのだろうか?仕事場で話を訊いた。

取材・構成:吉田大

撮影 : 今井駿介

「俺の漫画のスキルは18歳で止まっている。『スラムダンク』の戻ってきた三井寿の心境ですよ」

- この作品はいつ頃から書こうと思っていたんですか。作品発表までの流れを簡単に教えてください。

SITE - 物語の原型になった最初のメモは、2010年ぐらいからありました。その時は『少年イン・ザ・フッド』じゃなくて『レペゼン!』ってタイトル。少年がヒップホップと出会うみたいな設定は共通しているんですが、90年代と現代を行き来するみたいな今の形になったのは、2016年ですね。

- その時点では漫画にしようとは思っていなかったそうですね。

SITE - 最初は「深夜ドラマにしたいな」と思っていたんです。でも同時に「ドラマのスピンオフ作品として漫画原作を書いてみてもいいのかな」とも思っていましたね。ところが企画書を書いて色々出して見たけどドラマ化が全然決まらなかったんですよ。で、ドラマの企画って原作があった方が通りやすかったりするので。だったら、まずコミックにしてみようかなと思ったんです。そんなこんなで週刊SPA!での連載が決まったのが2019年。

- 連載開始にあたって、取材などの準備はしましたか?

SITE - これまで見聞きしたものの集大成的なところもあるので大々的に取材はしていないです。ただ舞台の一つである横浜のいちょう団地には結構行きますね。Ep.14『ラジオデイズ』に、BUDDHA MAFIAのNippsさんとCQさんが登場するんですけど、これも特別取材をしたわけじゃなくて。最後の映像仕事で、バトンを渡すって意味で俺が監修をして、それまで撮影でアシスタント頼んでたSPARTAを監督にしてBUDDHA BRANDの“kushokan”って曲のMVを撮った時に、 ちょうどMVの納品と漫画の締め切りのタイミングがかぶっていたんですよね。で、BUDDHAの担当ディレクターの寺Pさんと話していて、最初はSPA!の音楽コーナーでBUDDHA行けないかな?って相談されて、見たら音楽コーナー自体がなくて「何か自分でもサポートできるかも」みたいな話になり、漫画で今ちょうど96年のことを描いているから登場させよう、と。2人がしゃべってる内容に関しては、過去のインタビューからの抜粋ですね。もちろん、ちゃんと確認はしてもらって。

- 漫画の連載を始めて、日常にどんな変化がありましたか?

SITE - 今はコロナ禍で外に行くこともないので本当に漫画しか描いていないです(断言)。アシスタントは基本ひとりですね。週8ページの連載なので、月〜木でペン入れして、金土日のうち2日でネームをやって...最近は休めるはずの週末に関しても、何かしら作業してますね。

- 原稿の描き溜めはしていますか?

SITE - 前はしてたんですけど今は出来てないんですよ。特にここ最近は単行本の修正とNORIKIYOのプロジェクトで俺が描いた絵を元に映像を作ってて、調整日のオフをそっちで使ってるので、原稿は常に締め切りギリギリで描いてます。

- 単行本化にあたって、かなり原稿を修正していますよね。

SITE - 週刊SPA!に掲載時には色んなアーティストの歌詞を引用していたのですが、 許可が下りなかったものも多かったので削りました。あと4話から7話にかけては、自分的にかなり直す必要があったので。

- それはまたどうしてでしょう?

SITE - 1話から3話を書く時点で、最初の猶予が3ヶ月あったんですけど、その期間を全部使い切ってしまったんです(苦笑)。それで第4話から事故り始めて。俗にいう作画崩壊ですね。正直「俺に週刊連載は無理なのかも…」と思ったこともありました。で、5話からはアシスタントをつけてギリギリ入稿できるようになったんですが、それでも第10話ぐらいまでは入稿するだけで精一杯。でも4話から7話というのは、物語上ものすごく重要なパートだったのに、そんなわけで満足がいくような密度の原稿が描けていたとは言い難くて。その部分は結構書き直しました。半分までいかないけど1/3とか1/4くらいは。

- 漫画家になるのは昔からの夢だったと聞きました。

SITE - 小中高と学校では変なやつだけど絵が上手いと言えば俺、みたいな存在だったので、高校生の頃までは漠然と「漫画家になる」と信じていましたね。でも、背景を描くのが面倒くさいのと女の子が描けないってことに気付いてしまった。なのでちゃんと漫画誌に投稿すらしたことないです。 しかも高校でヒップホップに本格的にハマっちゃってラップとかグラフィティも始めて。そのうち「漫画家になりたい」という思いが、どこかに行ってしまったんですよね。…まあ、子供の頃は公言してた夢だったし、挫折したのかな。

- とはいえ紆余曲折を経て漫画家になり、第1巻を刊行できた、と。今のお気持ちは?

SITE - いやあ〜(心底感慨深そうに)、本当に完璧に『スラムダンク』の戻ってきた三井寿の心境ですよ。「なんで俺はあんな無駄な時間を...」みたいな(笑) 。もし漫画を描き続けていれば、今頃は年相応にもっと上手くなっていたはずなのにって思っちゃいますよね。

- 確かに連載を通じて、急速に画力が上がって行ってますよね。

SITE - 俺の漫画のスキルって18歳ぐらいで一回止まっていて、絵だけなら今ぐらいの感じは高3とかの時点で描けていたんですよ。そこから20年以上の長い中断期間を経ているので。もちろん現時点では、昔はなかった書きたいテーマがあるし、この1年で18の時よりは少しは上手くなったので、今の「漫画年齢」は20代前半ってとこです。なので気持ちは完全にフレッシュマンですね。

- 漫画家の自伝などもたくさん読んでいらっしゃると思います。実際に自分が漫画家になってみて「これって本当にあるんだ」みたいに感じた事ってありますか?

SITE - 『魁!男塾』の宮下あきら先生が、ネームなしで原稿を描くのを知ってて、マジでキ***だと思ってたんですけど、自分が締め切り前に全く同じ手法で原稿を描いてることに気づいた瞬間には笑ってしまいましたね。しかも『少年イン・ザ・フッド』って、めちゃくちゃ伏線がたくさんある作品なんですよ(笑)。

- え...ネームなしで原稿を書いてるんですか?

SITE - 以前は一発で描いたネームをそのまま下書きにして清書してたんですよね。結果即興が全面的に採用される形で描いていたんです。でも最近は「一度どこかで熟考したほうがいい」という結論に達して、まずは一度紙にネームを書いて、それを精査したネームをPCで書き直してから下書きするようにしたんです。

- ストーリーは順調に展開しているように見えます。

SITE - 順調ですけど予定通りではないですね。前もって考えていたのとは、かなり違った展開も入っています。例えば1巻の終わりでは、主人公はラップを始めている予定だったんですよ。ところがキャラクターにラップを始める準備が全くできていなくて結局始めなかった。なので、2巻以降に収録される分は、最初に用意してたプロットと関係なく完全に即興で描いている状況です。

- なるほど。漫画家の皆さんは「キャラやストーリーが勝手に動き出す」みたいなことをおっしゃいますよね。

SITE - そこまでの境地にはまだ行けてないですけど、近い感じにはなってきてますね。それと用意してたプロットを放棄したのは、この1年間一生懸命漫画を描いてみて、2016年に考えた古いアイデアより、1年だけど経験を重ねた今の自分の発想の瞬発力に期待してみようかなと思ったんです。もちろん最初に考えたストーリーは生かしていますが、逸れていく部分に関してはなるがままにしてます。

- 1巻を読む限り、思いのほか淡々と物語が進行しているような気もします。もちろんヴァイオレンスなエピソードもありますけど。もっと不良漫画っぽい内容になるのかと思っていました。

SITE - 自分の漫画の表現力と言うか今の戦闘力を考えて、人種問題やラップや本格的な暴力というディープなところを描き切るにはまだ実力不足だと判断して後に回すことにしたんです。今の俺の画力じゃ胸が引き裂かれる様な悲しみだったり、見てるだけで痛い、本当の暴力は描ききれないので、まずは今の画力で描けるコミカルな暴力を書いてます。そういうシーンは画力と演出力の上達が一番反映される場面だと思うので、これからはどんどんエスカレートさせる予定です。

「混ぜもので”水っぽく”なってない高濃度のヒップホップ・ジュースを味わってもらいたい」

- 「ヒップホップ」を描こうと思った理由を教えてください。

SITE - この作品を描き始める時点で、バスケで言う『スラムダンク』や柔道における小林まこと先生の『柔道物語』みたいに、ヒップホップ漫画の決定版的な作品があれば、俺も諦めていたと思います 。でも、なかったんですよね。もちろんTABOO1の『イルブロス』はリアルだし凄いアニメ向きだと思うし、中尊寺ゆつこ先生の『ワイルドQ』もあの時代であの洞察力は今見ても並外れてると思うし、『とんかつdjアゲ太郎』も普通に大ファンなので、このジャンルにおいてパイオニアは名乗れないですけど、映像化まで考えたときにまだ自分に出来ることが残っていると思ったんですよね。最近の国産ヒップホップ映画も一通り見てますが、正統派の決定打が出てない状況は続いてると思うのでぶっちゃけ「美味しいな」と思ってて(笑)。それが一番の動機になってます。

- とはいえ、ここ数年でMC バトルの漫画は沢山発表されましたよね。

SITE - あれはもう美味しくないんです。沢山の人にコスり倒されてしまっている上に、描くのが難しいからヒットしないんですよね。凄い上手い漫画家の人たちがこぞってMCバトル漫画に挑戦したけど、特に目立ったヒット作は出なかった。その結果、むしろ今は MC バトル漫画に良くないイメージがついていると思いますよ。鬼門というか。

- ストリートを扱ったコミック作品だと、高橋ツトムの『爆音列島』、南勝久の『ナニワトモアレ』をフェイバリットにあげていましたよね。やはり多少は意識していますか?

SITE - 多少どころか手本もいいところですね。特に『ナニワトモアレ』の喧嘩と失恋のエピソードが本当に好きで、あの何とも言えないエモい読後感には憧れてます。『爆音列島』はヤンキー漫画の中でも特殊で、空気感の表現とか『ホットロード』以来の衝撃でしたよね。両作品とも一生モノのバイブルです。

- これまであった数少ないヒップホップ漫画を読んで、当事者として「リアルじゃないな」と思うことはありました?

SITE - 例えば、井上三太先生の『TOKYO TRIBE  2』とその映画に関しては、ちょっとありました。もちろん井上三太作品が全部嫌いというわけではなく、『隣人十三号』とか『BORN2DIE』はリアルタイムで買ってたし凄い好きだったんです。でも、あの人がラップやグラフィティを描こうとした時に、ブラコンやR&Bを語るときは合ってたピントが全然合ってなかったことに関して…。結局のところ、ヒップホップのことで適当なことをされるとイラッときちゃうんです。俺にとってヒップホップってリアルだからこそカッコいいものなんで。どれだけ全国公開の映画に出たり、タイアップ曲でMステ出たりしても、ダサかったら俺には全く意味がないんです。

- 第一話冒頭の落書きには「Return Of The Real Hip Hop」とありました。 それも作品のテーマなのかなと思ったんですが。

SITE - 俺は他のものに、例えば今回ならコミックですが、クロスオーバーさせるのなら、純度100%のリアルヒップホップがいいと思うし、手っ取り早いと思うんですよ。でもみんな業界に「馴染ませる」ために、どんどん混ぜ物を重ねてしまうんですよね。気合いとビジョンがあればピュアなままで行けるのに。

- 某フリースタイル番組へのDissみたいなところもありましたよね。

SITE - 俺はラップゲームにエントリーして、色んな人と勝負しているつもりなんです。例えば、ジブさん(※Zeebra)ともラップゲーム上で勝負していると思っていて。何を競っているかって言うと、スタイルのフレッシュさとヤバさ、要はヒップホップ純度の高さなんです。だから「あの人のやっていることが大嫌い!」とかでは全然なくて。ジブさんはコネクションも広いし、テレビにも沢山出てるけど、ジュースにした時の果汁で考えると、あの人のコンテンツが色々混ざって飲みやすいネクターの30%果汁なら、俺は渋みとかエグ味があっても100%でありたい。上手いこと言うわけじゃないですけど、ジブさんがいる業界というか六本木カルチャーって俺から見たら良くも悪くも「水」っぽいんですよね(笑)。 キラキラしてる分、何かしら混ぜものが入っている。

- 薄くて、水商売っぽさがある、と。この作品を通じて、そことは違う自分のスタイルを見せつけたい?

SITE - それはもちろん。俺には業界とのコネクションなんてないけど、ヒップホップの純度としては日本でもトップクラスで高いと自負してます。だからこそ「リアル・ヒップホップ」を名乗ってる。この作品を通じて、最近ヒップホップに興味持った人にも、テレビには写ってない、混ぜものが入っていない状態のヒップホップがどんな感じかってことは伝えたいですね。

- 作品を通じてヒップホップシーンの「水っぽい」流れを変えていきたいという思いはありますか?

SITE - いやー、変えるとなるとどうなんですかね、テレビ出てる人たちはアレが似合っちゃってるし、もう変わらないでしょ(笑)。 コマーシャルラップやってる人たちがいるから俺らがリアルだって言えるって面もあると思うし。あと、最近、日本語ラップとヒップホップを分けて考える様になったら、シーンに対して殆ど腹が立たなくなったんです。俺が言う「ヒップホップじゃない日本語ラップ」っていうのは声優ラップとか、アイドルラップとか、お笑い芸人のMCバトルとかのことですね。ラップはあくまで歌唱法の一つだし、そういうのが好きなファンは別にヒップホップにこだわってるわけじゃないだろうからその楽しみは否定しないけど、ヒップホップを知ってるくせにそういう企画で小銭稼ごうとしてるBボーイはダメですよね。俺はヒップホップのファンなのでその手の日本語ラップをディスるつもりも特にないし、興味もないです。

「90年代の青年誌の影響をめちゃくちゃ受けてるし、サンプリングやオマージュは自分の表現とは結びついて離れない」

- この作品って、ヒップホップだけじゃなく、コメディやコミックや幅広いジャンルのサブカルチャーを紹介しているように思います。読んでいて勉強になる。

SITE - それはそうかもですね。ストーリーに直接関係のないキャラクターや小道具なんかも、凄い重要だと思ってて。でも元ネタが分からなくても、物語をちゃんと楽しめるようには描いているつもりです。例えば「BMW」 というギャングのバックにいるヤクザの運転手って俳優の川谷拓三さんをモデルにしているんです。でも、ストーリーを読み進める上では、それに気付かなくても問題ない。でもわかる人なら、クラスの不良グループの名前は「ピラニアスクワッド」だし、「ツネ」と「テツヤ」の兄弟だったり、梅宮辰夫さんや松方弘樹さんをモデルにしたキャラクターが出てきたり。読み進めていくうちに「三角マーク」(※東映映画のロゴマーク)に対するリスペクトを感じるはずです。THE BLUE HEARTSは言わずもがなですが。 繰り返しになりますが、ストーリーを読み進める上では、わからなくても全然問題ないです。

- 背景や小道具に異常なくらいオマージュを入れたのはなぜでしょう?

SITE - もちろん単純に好きだからというのはあるんですけど、漫画を描く時に何が面倒くさいって、脇役の顔や服をいちいち決めなきゃいけないことなんですよ。例えば教師の顔を書く場合、ストーリー的にはそこまで重要じゃないおじさんの顔や髪型、体型をいちいち考えなきゃいけない。だったらあるものを描いてしまったほうが楽というか、ただのおっさんより松方弘樹を描いたほうが俺自身が愛着も持てる(笑)。後は『編集王』だったり『ろくでなしBLUES』のキャラクターって、特定の有名人をモデルにしてたりするじゃないですか? ストーリーに関係するわけでもないんですけど、そこで引っかかることもあると思うんですよね。

- 有名人をキャラクターのモデルに使うことも、80〜90年代コミックへのオマージュになってますよね。

SITE - すぎむらしんいち先生とかハロルド作石先生とか望月峯太郎先生に代表される90年代っぽい漫画って、やっぱりタランティーノ以降の存在だと思うんですよ。あと『TOKYO TRIBE2』以前の井上三太作品も。物語のひっくり返し方もそうだし、当たり前のようにオマージュが入ってくるし、物語を細かいディテールから転がし始めるのも当たり前の世代なんですよね。それまではMVで使われてた様なカットアンドペーストとかメタな視点をマンガに落とし込んでる。まあ、ざっくり90年代ってのはそういう編集感覚が重視されていたんだと思います。で、あの時代をモロ青春時代として過ごしちゃったんで、サンプリングとか引用はもう自分の表現と結びついて離れないんですよ。漫画でいえばやっぱり俺は90年代の青年誌の影響をめちゃくちゃ受けてるんです。その中でも俺は『ヤングサンデー』がすげー好きで。山田芳裕先生の『デカスロン』とか山本英夫先生の『殺し屋1』と『のぞき屋』とか、後期の『土竜の唄』とか。具体的に作品をあげればキリがないんですけど。廃刊しちゃったけど本当にコミックとしてのレベルが高かった。『ヤングジャンプ』とか『ヤングマガジン』は雑誌のスタイルが連載されてる作品にも反映されてるじゃないですか。それに対して『ビッグコミックスピリッツ』や『ヤングサンデー』に代表される小学館の青年誌は、雑誌のカラー以上にその時の雑誌を代表してる作家のスタイルで雑誌自体の舵もとってた気がして。特に松本大洋先生や吉田戦車先生を発掘したエガミさん(※江上英樹。編集者)がいた頃のスピリッツとかモロそう。作品至上主義っていうんですかね。

- 90年代の青年誌以外だと岡崎京子さんからの影響も強く感じられます。

SITE - そうですね。どうして岡崎京子先生の漫画の男版みたいな作品がないんだろうとずっと思ってました。リアルタイムでクラブで遊んでいた人たちの雰囲気とか、夜遊びするのにドキドキしてた思春期の空気感がリアルで『東京ガールズブラボー』が一番好きなんですけど。実はみんなが好きな『ヘルタースケルター』に代表される、レディコミに連載していた後期作品は絵もストーリーもそこまで好きじゃないんですよ。それより初期のエロ本とか『CUTiE』に描いてた時期が一番好きですね。まあ『CUTiE』は雑誌自体が好きなのもありつつ。

- 漫画雑誌以外で連載されている作品という点で『少年イン・ザ・フッド』と共通してますね

SITE - 岡崎先生もそうですが漫画専門じゃない雑誌に連載してたコミックって1話あたりのページ数が少ないのも多いんです。これが普通の漫画雑誌だと週16ページだったり月32ページになるんですけど、岡崎先生は月刊誌だけど一回6ページとか、14ページとか。『少年イン・ザ・フッド』も8ページ連載なので参考にしているところはあるかもしれません。 岡崎先生の作品で言うと『pink』であったり『カトゥーンズ』なんかモロ、短いページをつなげて、即興の物語を紡いでいく感じですよね。あのスタイルが好きで。とくに『pink』は絵も雰囲気も大好きで、毎回最後でちょっと意外な感じで終わって、次につなげていくみたいな。だいぶ影響受けてます。

- 作風で好きなところはありますか?

SITE - 抜けた絵とやっぱあの台詞回しですよね。俺の作品もあのくらい抜けた絵で描けると良いんだけど、書き込むのより実は抜くことの方が難しい。あと乾いた感じのモノローグがすごく好きです。俺は『エヴァンゲリオン』以降の自意識丸出しの湿ったモノローグが苦手なんですよ。今流行っているアニメの中にはストーリーの半分ぐらいがモノローグで埋め尽くされてたりするじゃないですか。あれはほんと見れない(苦笑)。おすすめされたものは試すってモットーがあるので、そういうアニメもすすめられたら一応挑戦してみるんですけど、モノローグが多いと1話の10分いかないくらいで脱落してしまうパターンが多いですね。

- ウエットなモノローグが苦手なんですね。

SITE - そうそう。俺の中でヒップホップというのは「人に聞かせる自分語り」なんですよ。でも最近のアニメ・ファンが好む、ガチの自分語りはちょっと日記っぽすぎるっていうか、恥ずかしくて聞いてられない(笑)。それよりは『天元突破グレンラガン』とか『キルラキル』みたいな、思ってることが全部声に出ちゃったり、昔ながらのピンチも根性で押し切ってしまう系というか、島本和彦先生イズムを感じる作品は全然見れるし好きですね。

- いわゆる「セカイ系」と呼ばれる自意識が嫌い?

SITE - 「僕と君と世界」みたいな世界観については、自分自身もそういうところが多少あるのかなと思ったりもするんですが、向き合い方が違う。自意識を人に見てもらうなら、ちょっとカッコ付けていてほしい。だってヒップホップって、そういうものじゃないですか? 自意識は強いけど、とにかくカッコ付けてる。ちょっと話は飛ぶんですけど、最近の MC バトルを見て思うんですけど、みんなもっとちゃんとカッコ付けた方が良い。「エモいのが良い」なんて言うのは当たり前の話で、その中でどう格好をつけ合うのがヒップホップだと思うんです。この前テレビでとあるラッパーがお笑い芸人にラップを教えてて「カッコ付けなくても熱ければ伝わるから」って指導しているのを作業しながら聞いた時に、そもそも教えてる側がHIPHOPをわかってないなって思っちゃって。

- 本当の自分だけじゃなく「どうありたいか」を表現しないとダメだと。

SITE - そこが大前提 。要はルールがあるカッコの付け合いな訳ですよ。その上でどっちのスタイルがいけてるか。スタイルの競い合いの中で溢れちゃうエモーションがいいんであって、技術を比べないで単純に気持ちの熱さだけを比べてたところで、勝負なんて一生決まらないですよ。その後の結果は観てないんですが、今時うさぎ跳びさせられてる野球部員を見た気分というか、なんか教わってる芸人の人たちがかわいそうだなと思いました。

- 『少年イン・ザ・フッド』にも、そうした考え方も反映されているように思います。例えばいじめっ子グループに立ち向かう主人公の振る舞い。あれを実際やるのは中々難しい。でも「こんな風に出来たらいいな」と思わせてくれる。そこら辺が教育的だなという風に思うんですよね。

SITE - ヒップホップって「自分の口に出して自分に言い聞かせる」というカルチャーだと思うんです。そこで「俺なんて」言っていたら、何も始まらない。ヒップホップを聴くと、いつもより少しだけ強くなった気持ちになれたりするじゃないですか。そこにヒップホップの本質があると思っています。ヒップホップって自分を1.5倍とか2倍にしてくれる魔法みたいなもんなんですよ。必要以上に等身大である必要はない。俺はなりたい自分が本来の自分だといいなと40歳を超えて未だに思ってるし、その精神がグラインドってことだし、そういう向上心を大切にしたいんです。

「この作品なら右派や保守の人たちとも対話できるんじゃないかと思った」

- 作中で安倍政権や大麻取締法を批判されています。動機を教えてください。

SITE - まあ安倍と麻生はマンガを書いてる間ずっとイラつかせてくれたんで、自然にというか、本当にただの落書きですね。それが学校に書いてあるのは、「政治は当たり前にそこにあるものだ」ってことを言いたいんですよ。たとえば毎回選挙のたびにリベラルの若者たちがものすごく頑張って、大抵は良い結果が出なくて、何年か頑張ってくじけてしまう人も多いじゃないですか? 勝負に負けたと思うから、次につなげていく気持ちが萎えてしまう。そういう姿を見るたびに「もう少し肩の力を抜いて続けることも必要なんじゃないかな」と思っていた。

- より日常的なものだと捉えた方が良い、と。

SITE - 俺は伝えたいメッセージはたくさんあるけど、なるべく党派的にはなり過ぎないようにしているんです。いわゆる「アクティビスト」みたいな感じになってしまうと、自分の立ち位置がある故にだんだん他人に対する許容範囲が狭くなってしまう気がして。SNSを見るとわかりやすいですけど、現実にいる移民や難民の生活に目を向けることなく「俺らと仲良くしたけりゃ国籍を何とかしろよ」みたいなことを言ってしまうネトウヨがいる。その一方で「保守」と呼ばれる人たちが大切にしてきた伝統みたいなものを、その人たちの環境や背景に目を向けることなく、存在そのものを思い切り全否定してしまう左派の人たちがいたりもする。現実では同じ社会の中でなんとか馴染んでるものですら、ネット上だと概念化されてぶつかっちゃってる。作品中の「RACISM SUCKS」とかの落書きを見てもらえれば分かると思いますけど、俺は個人的に「しばき隊」と呼ばれている人たちの、弱者を守るためには手段を選ばない考え方が好きなんですよ。行動力もすごいと思うし。でも、彼らを嫌ってる人はリベラルにすら多いですよね。あれって結局しばき隊のネット上での狭い許容範囲が基準になってるような気がするというか。それが飲みの席だったら「それも一理あるけどさ」って言いながら、全然政治と関係ない共通点とかで分かりあえる可能性もあるけど、ネット上だとそれすら勝ち負けにカウントされちゃうから皆常に臨戦態勢というか。

- Twitterなんかを見てると、ケンカ腰な人が多いですよね。実際会うと良い人だったりもするんでしょうけど。

SITE - 「しばき隊」の人達は、政治思想的なスタンスを明らかにして戦っている人たちなので、自分達のスタンスの中で「保守」的な思想を許容することはできないですよね。けど俺は「政治の人」ではないので。自分と全然考え方が違う人たちとも、譲れない部分は守りつつ、どうにかして一緒に生きていく方法を考えていきたい。例えば不良の人達って基本的に保守寄りなんですよね。暴走族世代の先輩なんてだいたいそうだし。でも事実として、俺もそういう人たちと普通に仲良くするし、そういう人たちがリベラルな俺を受け入れてくれている。そんな環境の中で「作品の中なら『しばき隊』が体現してる弱者の側に立った考え方を持ったまま、その対極にいる保守とか右派の人とも対話できるんじゃないかな」と思ったんです。

- この作品をきっかけに、先輩方と前向きな対話が始まったら最高ですね。

SITE - この作品には、多民族の人たちが暮らす神奈川県横浜市の「いちょう団地」という公営住宅が登場するのですが、移民の人たちはもちろん、それこそバナナボートで日本にやってきたような難民の人だって沢山いて。もちろん日本語も話せない人もいっぱいいて、一聴すると救いようのない状況に思えるけど、俺は実際にいちょう団地の祭りで、 10カ国以上の国籍の、老若男女も入り乱れた、何百人もの人たちが、それぞれがありのままで、広場の暗闇の中で走り回って、爆竹鳴らしたり、カラオケしたり、DJしたり、酒盛りしたりしてる光景を目の当たりにして「日本にこんなにもごちゃ混ぜで生命力にあふれている場所があるんだ」って驚いたんですね。従来の調和じゃないけどそこに新しいハーモニーを感じたと言うか、まあもちろんそこだから起きる問題もあるわけなんですが、イデオロギーや理屈じゃない光景がそこにはあったんです。そういった発見というか感動も、この作品で描いて行きたいなと思っています。

- 若い読者にも伝わるといい。

SITE - 本当にそうですね。多様性というのはクラスの端っこにいる奴も含めて多様性だと思うんですよ。一軍や二軍のマウント合戦だけじゃない、属性すらよく分からないやつも含めての多様性なんです。俺自身、学生時代に初めて多様性の大切さみたいなところに気付いたんですよね。それこそ部活とか、いろんな趣味の奴がいるんだなーって思ったし。

- この作品が多様性について考えるスタート地点になる人もいると思います。

SITE - 学校の中で、 青春の中で気付いて、仲良くなって欲しいなと思うんですよね。やっぱり二十歳を超えると色々意固地になってくるんですよ。自分で道を選択する様になるとなかなか自分と違う人と出会うこともなくなるし、そのまま仲良くできなくなってきますから。

  - 大きな質問になっちゃうのですが、考え方やライフスタイルが異なる人たちが一緒に生きていくために何が重要だと思いますか?

SITE - 互いを尊重する態度があって初めて本気のつば迫り合いが出来ると言うか、生産的な話し合いができるんじゃないかなと思っているんですよね。少なくともカルチャーにおいては間違いなくそう。100%ピュアなままでも他のジャンルとクロスオーバーすることは全然出来る。というか、むしろしやすい。

- 音楽ジャンル丸ごと否定するのって、差別と似たところがあるかもですね。「そんなのアーティストによるだろ」としか言いようがない。

SITE - 俺も中学の時なんかは「ヒップホップ最高」だと思いたいが故に、 全然知らないのにメタルとかテクノをすごくバカにしてたんです。「メタルはだせえしテクノとかずっと同じで何がいいんだかさっぱりわからない」って言って。けどそのだいぶ後にPanteraを知って、デトロイトテクノ知って、どのジャンルにも似た様な角度で生きてる奴らがいるんだってことを知るんです。そういった自分の経験も踏まえつつ、この作品の背景や小物にバンドを出すときは、ハードコアパンクとかドゥームメタルとかストーナーロックとかいろんなジャンルに飛んでるけど、自分の中ではそれが自然だし、他のジャンルでも純度の高いものばかりを出しているつもり。ドゥビさんがいつも着ているElectric WizardとかSleepとかCorruptedとか。1巻の最後にちょろっと出て来て、これから『少年イン・ザ・フッド』の2巻に出てくるパンクスやメタラーのキャラも、時代錯誤なぐらいピュアリストに描いているんです。だからこそ、ぶつかる。ぶつかって混じる。もうこれから何が起こるのかネタバレしちゃってるようなもんですけど(笑)。俺はこの作品を描くことを通じて、サブカルチャーのクロスオーバーをヒントに、国や民族、もっというとイデオロギーの多様性を保ちつつ、どう一緒に暮らしていくかも自分なりに考えてみたいと思っているんです。

- 最後に今後の『少年イン・ザ・フッド』について伺っていきたいです。「フリースタイルで描いている」とおっしゃってたんですが、ストーリーの結末は決まってる?

SITE - この物語は高校1年生の5月から始まっているんですが、高1の夏休みを経て、ちょっと大人になった主人公が文化祭で学校でその成果を披露するみたいなところまでが第一部になる予定ですね。で、実はもう第2部の構想も進めているんです。今すでに去年の話を書いてるから何年後かには現代のパートも昔話なわけで、第二部ではまた現代に話を戻したいんですよ。 例えば2024年に、ちょっと大人になったこいつらがイケてるヒップホップを求めてアジアを旅する物語を描けたらいいなと思っています。

- 既に次の展開を考えてるのはマジで熱い。作中に出てくる『死んだまま生きてて楽しいか?』という問いかけを思い出しました。

SITE - 俺は能動的な人生こそがヒップホップだと思っているんで。選ばれるのを待つよりは自分から踏み込んでいく。自分の名前が呼んでもらえないなら、自分で自分の名前を叫んでみる。それって当たり前のことのようで、意外なぐらいみんなやらないんですよね。でもそれをやった瞬間に状況は一変するし、生きている感覚みたいなものがいきなり感じられたりするんです。自分を変えるために一歩踏み出すのはなかなか勇気がいるけど、この漫画がそのきっかけになったらいいなと思ってます。

Info

『少年・イン・ザ・フッド』第1巻
出版社: 扶桑社/発売日: 2020年9月2日/定価:本体1,300円 + 税
販売サイト:https://amzn.to/33l30j1

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