【コラム】$uicideboy$ | 鬱屈した社会の救世主か死神か

かなしい歌が流行るようになった。国内外を問わずチャートに目を向ければ喪失を歌う楽曲がずらりと並ぶ。例えばそれはHalseyの“Without Me”のような失恋ソングであったり、Post Maloneの“Wow”のような成功の中の空虚さが見える曲だったりする。グラミー賞を席巻したBillie Eilishだって、受賞時にパフォーマンスしたのは聴衆を沸かせるキラーチューンではなく虚脱感に満ちた“When The Party’s Over”だった。完全無欠のヒーローのようだったスター達のメッキは剥がれつつある。もしくはメッキを自ら剥がしているのかもしれない。SNSなどで彼らの近況を克明に覗き見ることが出来るようになった今、リスナーたちは鼻先に突きつけられる人間臭さに戸惑いつつも病みつきになる。一人の人間が時に我を忘れて羽目を外し、時に落ち切った気持ちを薬で誤魔化す様子をネットを通して不特定多数の観測者が見守るという構図は、まるでリアリティ・ショーだ。そんなアーティストが垣間見せる脆さのなかでもっともセンセーショナルかつ共鳴を呼ぶのが自殺及びそれに準ずる自傷行為だろう。誰にでも確実に訪れる死という幕引きを、唐突に自らの手で下すことの鮮烈さは筆舌に尽くしがたい。そんな自殺という行為を主題に活動を続けるアーティストが$uicideboy$である。

30歳までに結果が出なければ拳銃自殺という決意を胸に活動をスタート

Suicideboy$はニューオーリンズ出身の$crimとRuby da Cherryの二人からなるデュオで、彼らはいとこ同士。親しい関係を保ちながら育った。$crimは幼い頃叔父の車でThree 6 Mafiaなどを聴いてヒップホップの魅力に引きずり込まれていったという。一方でRubyは地元のニューオーリンズに拠点を置くCash Money Recordsの影響を受けながらも、ホラーパンクの代表格Misfits、スラッシュメタルの帝王Slayerといったバンドに大きく感化されたという興味深いバックグラウンドを持つ。10代前半にして$crimはDJ、Rubyはパンクやメタル、エモバンドの道へ進んだものの、大成することなく暫くの時を過ごした。RubyはLil Wayneの『Tha Carter Ⅱ』に触れたこと、そして他の誰でもない$crimの導きのもと再びラップへの興味を取り戻していた。ターニングポイントが訪れたのは2013年のこと。タトゥーを入れたことで職場を解雇された$crimが趣味で作っていたミックステープを聴いたRubyは、大学卒業時に両親から買い与えられたビデオカメラを使ってMVを撮ることを提案する。ある日、それまで自己満足でラップをするだけだったRubyは$crimにレコーディングを依頼する。2人のコラボレーションによって出来上がった音源に可能性を感じたRubyはデュオとして活動することを話し、かくして2人はある決意を胸にヒップホップの世界へ足を踏み入れることを決断する。それは、「30歳までに結果が出なければ拳銃自殺を決行する」というもの。これがおそらく$uicideboy$という印象的な名義の由来ではないかと思われる。

ロールモデルはKanye West

活動を始めるうえでロールモデルとして彼らの脳裏に鎮座したのがKanye Westだ。Rubyは彼の1stアルバム『The College Dropout』によってラップにはまだチャンスが眠っていると確信し、$crimは彼の2ndアルバム『Late Registration』によってプロデューサーを志した。加えて、XXLのインタビューにおいて次のKanye Westになりたいとも発言している。彼らのゴールは文化的な影響をシーンに(またはその内外に)残すことであり、Kanyeの『Ye』はそれを達成しているという。また、『Ye』がそうであるように、自らの音楽が他者の助けになっていると感じることで、安らかに眠りにつくことが出来ると$crimは語っている。$uicideboy$が目的とするのは死してなお人々の記憶に刻まれるように自らの足跡を残すことであり、メイクマネーは過程に過ぎないということも特筆すべき点である。Rubyは同インタビューとMass Appealでのインタビューで繰り返し実利主義の否定をしており、「『ダイヤモンドのチェーンも手に入れたし、お前の女とも寝た』なんて最悪だ」とステレオタイプのヒップホップアーティストの在り方に異議を唱えた。大きな会場を埋め、Billboardのチャート上位にアルバムを送り出しながらも、依然としてアンダーグラウンドに留まり自主レーベルG*59に根を張るのは即物的で世俗的な成功から距離を置きたいがゆえなのだろう。彼らはリスナーとの精神的交流を重んじているのである。

金銭を払いライブに足を運んでくれるファンの一人一人を家族のように思っているという$uicideboy$は、自らのほの暗く憂鬱な音楽をセラピーの一種だとしている。確かにリリックは陰鬱であると認めながらも、音楽として共有することで、そうした気持ちを抱えているのは自分だけではないことを知ればファンの心持ちが楽になるのではないかというのが彼らの持論であり願いだ。当初の「ラッパーとして成功しなければ自殺する」という約束は既に無効であるようなものにも関わらず、未だに自殺や依存症について歌い続けるのは、彼らの音楽がファンの精神的支柱になっていることを自覚しているからではないだろうか。と言っても、惰性やサービス精神でデプレッシブな曲を作り続けているというわけではない。Rubyはデュオの活動が成功したことは事実としながら、活動初期と変わらず今だに人生が大嫌いだと発言しているからだ。

TikTokで新曲“…And To Those I Love, Thanks For Sticking Around”がヒット

そんな$uicideboy$は2014年から2017年にかけて40作以上のEPとミックステープをリリースしてきた非常に多作なアーティストであったが、2018年、暫しの沈黙を経て待望のフルアルバム『I Want to Die in New Orleans』を発表した。同作品はUSのチャートで最高9位を叩き出し、名実ともにアンダーグラウンド/サウンドクラウドラップの主砲として名を馳せることとなった。2019年には4作のシングルとXXX TENTACIONらとのコラボレーションでも知られるBlink-182のドラマー・Travis Barkerとの共同制作EP『Live Fast, Die Whenever』などをリリースし、更に軌道に乗った彼らは去る2020年2月に2ndアルバム『Stop Staring at the Shadows』をドロップした。

2月29日付のBillboardのチャートで最高30位をマークしたことからも彼らのアンダーグラウンドスタイルがいかに広がりを見せているかが伺える。初期のトリッキーなサウンドに比するとややポップな方向に進んでいることは否めないが、厭世的なリリックと世界観は相変わらずだ。90sヒップホップやブーンバップを好んでいたRubyとニュースクールを掘っていた$crimの両スタイルの融合によって生み出されているというサウンドはやはり何者にも代えがたい独自のアトモスフィアを纏っている。

中でも特に勢いづいた曲は、シングルカットされた“Scope Set”でも“Fuck Your Culture”でもなく、アルバムのラストを飾る“…And To Those I Love, Thanks For Sticking Around”だった。

Spotifyのヴァイラル・チャートトップ50にもランクインしたこの曲の主戦場はTikTok。件の曲は約36万8千もの動画で使用されている。TikTokは短編動画を投稿するサイトであり、曲はほんの一部分を抜粋されることになる。以下に使用されている箇所の歌詞を引用する。

one last pic and I'll be gone
make it count
put the flash on
never really felt like I belonged
so I'll be on my way
and I won't be long
I'll be dead by dawn

これが最後の写真だ もう行くよ
後悔しないで
フラッシュをたいて
ずっと居場所がないと思っていた
だから自分のしたいようにするよ
もう長くはないんだ
夜明けまでに死ぬだろう

現代の救世主か死神か

話を冒頭に戻そう。これは額面通りに受け取れば自殺をほのめかす男(もしくは女)の曲である。とてもかなしい歌なのだ。この曲を使って撮られるビデオの種類は様々で、なかには楽しく踊ってみせるだけのものや美貌を見せつけるものもある。だが、投稿されているものの多くは泣きながら撮ったセルフィ―を「みんな、大好きだよ」といった遺言めいた言葉と共にInstagramのストーリーに投稿するというものだ。彼/彼女たちはメロディーやリズムだけで曲を聴いているのではなく、リリックに感化されていることが判る。それだけではない。自死を選ぼうとしている曲中の男/女に共鳴しているのだ。このような受容のされ方は近年社会問題にもなっている若者の自殺・自傷行為の急速な増加ともつながっているように思える。米疾病対策センター(CDC)によれば、2017年時点で10~24歳の自殺率は過去最悪の水準で、他殺を抜いて事故死に次ぐ2番目の死因となっている。また、2007年からの10年で10~24歳の自殺率は56%も上昇している。これをふまえると、自身や身近な人間が自殺または自殺未遂に及ぶことはとても身近な出来事なのではないかと考えられる。

$uicideboy$の成功は、若者のメンタルヘルス問題という装置が咲かせた花なのかもしれない。彼らの力を借りてリスナーは己の問題とどう向き合っていくのか。$uicideboy$は救世主か、それとも死神か。現時点ではどちらの可能性も残されている。彼らの振らせる冷雨がさらに多くの人々の頬を叩く時、結論は自ずと見えてくるのではないだろうか。(清家咲乃)

Info

$uicideboy$『Stop Staring at the shadows』
Label :Caroline International

試聴リンク:https://caroline.lnk.to/suicideboys

Tracklist
1. All Dogs Go to Heaven
2. I Wanna Be Romanticized
3. One Last Look at the Damage
4. [whispers indistinctly]
5. Mega Zeph
6. Putrid Pride
7. That Just Isn't Empirically Possible
8. What the Fuck is Happening
9. Bizarro
10. Scope Set
11. Fuck Your Culture
12. ...And to Those I Love, Thanks for Sticking Around

参考リンク:https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-10-17/suicide-rates-for-u-s-teens-and-young-adults-on-the-rise
https://www.complex.com/music/2018/09/suicideboys-say-they-influenced-soundcloud-rap-coming-for-their-credit
https://www.xxlmag.com/suicideboys-interview-the-break/
https://www.youtube.com/watch?v=2PhS67RoJJ0

RELATED

DJ Paulが$uicideboy$について「彼らは嘘をついている」と訴訟の真意と背景を明かす

DJ PaulとJuicy Jが、彼らから多大な影響を受けたデュオ$uicideboy$に対して6億円以上を要求する訴訟を起こしたことが話題を呼んでいる。彼らがThree 6 Mafiaの音源を無断で数多くサンプリングしていたことを理由とする訴訟だが、それについてDJ Paulが真意を明かしている。

DJ PaulとJuicy Jが$uicideboy$に対して6億円以上の訴訟を起こす|Three 6 Mafiaの音源が無断でサンプリングされていると主張

鬱屈したリリックと、メンフィスを始めとするサウスのヒップホップから影響を受けたスタイルで高い人気を誇る$uicideboy$。そんな彼らが、リスペクトを表明し曲中にて頻繁にサンプリングしているThree 6 MafiaのDJ PaulとJuicy Jとの間にトラブルを抱えているようだ。

$uicideboy$が「自分たちをSoundCloudラッパーと呼んで欲しい」と主張

「SoundCloudラップ」という言葉がラッパーのカテゴリーとして用いられるようになって久しい。Smokepurppのようにその起源が自分であると主張する者もいれば、YBN Nahmirのようにそう呼ばれることを嫌悪する者など、そこにカテゴライズされるアーティストそれぞれがSoundCloudラップに対して様々な距離感を持っている。ただ中には自らをその枠に含めて欲しいと感じるアーティストもいるようだ。

MOST POPULAR

【Interview】UKの鬼才The Bugが「俺の感情のピース」と語る新プロジェクト「Sirens」とは

The Bugとして知られるイギリス人アーティストKevin Martinは、これまで主にGod, Techno Animal, The Bug, King Midas Soundとして活動し、変化しながらも、他の誰にも真似できない自らの音楽を貫いてきた、UK及びヨーロッパの音楽界の重要人物である。彼が今回新プロジェクトのSirensという名のショーケースをスタートさせた。彼が「感情のピース」と表現するSirensはどういった音楽なのか、ロンドンでのライブの前日に話を聞いてみた。

【コラム】Childish Gambino - "This Is America" | アメリカからは逃げられない

Childish Gambinoの新曲"This is America"が、大きな話題になっている。『Atlanta』やこれまでもChildish Gambinoのミュージックビデオを多く手がけてきたヒロ・ムライが制作した、同曲のミュージックビデオは公開から3日ですでに3000万回再生を突破している。

WONKとThe Love ExperimentがチョイスするNYと日本の10曲

東京を拠点に活動するWONKと、NYのThe Love Experimentによる海を越えたコラボ作『BINARY』。11月にリリースされた同作を記念して、ツアーが1月8日(月・祝)にブルーノート東京、1月10日(水)にビルボードライブ大阪、そして1月11日(木)に名古屋ブルーノートにて行われる。