【ライブレポート】茂千代 『新御堂筋夜想曲』リリースライブ|90'sから令和を駆け抜ける孤高のMC

大阪、否、日本のアンダーグラウンドを代表するMC、茂千代が昨年12月にリリースしたニューアルバム『新御堂筋夜想曲』。そのリリースライブがアメリカ村のClub JOULEで定期開催されているパーティ『PROPS』で行われた。

SMOKING “DROGON” Pをはじめ、アルバムに参加している客演陣も1人残らずフライヤーに名を連ねているではないか。(筆者を含め)ファンは鼻息を荒くしたはず。この日は一観客として足を伸ばしたのだが、魂のこもったライブを目の当たりにし、気づけばライブレポの構想を練っていた。大げさな表現が許されるならば「この伝説的な一夜のことを記録として残す必要がある」と思ったのだった。

取材・構成:Seiji Horiguchi
写真:Jyunya Fujimoto

”『Sir OWL』元ネタ”

まずはイントロダクションとして過去にリリースしたEP『Sir Owl』の元ネタであるジャズが流れだす。ライブを始めるにあたって、まずは3年前に亡くなった人生の師、DJ KENSAWへの追悼の意を表しているようだ。

しかしこの曲を流した事にはもう一つの意味があるように思う。というのも、先日のアルバムについてのインタビューの際、茂千代は「Sir OWLは元ネタもめっちゃ好きで、タイトルも含めてバッチリ内容にはまってて。でもネタバレしたくないからここでは元ネタのタイトルは言わんとくわ…。」と言っていたのだ。なのに、ライブの頭にその元ネタを丸ごと(3,4分ほどあっただろうか)流すという、粋なはからい。しょっぱなから思わず感嘆の声が漏れてしまった。

そうやって”元ネタ of 『Sir OWL』”は厳かに響く。ステージには茂千代の姿は見えず、DJブースに悠々と構える今回のアルバムを全曲ビートプロデュースした敏腕DJのDJ SOOMAだけが確認できる。DJブースの両サイドに吊るされた「梟観光」の提灯が薄暗いステージ上で象徴的に浮かび上がっている。

"開演 NITE CALL"

アルバムの中でも完全アカペラのこの曲は、もちろん生で披露される。「今から向かいます。深夜1時―」と語り出す茂千代の声。まだステージにその姿は見えないものの、その声は凛としていて存在感抜群だ。息遣いやちょっとした間が、生々しさと緊張感を際立てる。

"新御堂筋夜想曲"

ついに登場。「Sound Travel Agency…」の声を合図にアルバムタイトル曲"新御堂筋夜想曲"でライブの幕開け。スクラッチと共に挿入されている「森の夜をドライブ」の声も絶妙なスパイスとなって景色は一気に「ミッドナイト新御堂」。故DJ KENSAWとのミナミへの道中のエピソードが詰まったこの曲は、先の"Sir Owl"とも通じる内容があり、ひとしお趣深い。それでもいわゆる「追悼曲」っぽくならないのは彼の圧倒的なエナジーがゆえか。

”実演NIWAKA THE LIVE”

徐々にボルテージは上昇。「実演NIWAKA THE LIVE、静聴2タンテボ1マイク!」とオーディエンスも一緒になって歌えるフックが特徴的のこの曲。SOOMAの力強くシンプルなビートループ&茂千代の熱いフロウに圧倒されつつも、20年以上のキャリアを誇るDJとMCの阿吽の呼吸にどこか安心感を覚える。耳に心地よい押韻もさることながら、ビートの音圧に一切負けずにフロアに声を届ける声量とテクニックにも感服した。

”師事”

今アルバムで最も首の振れるブーンバップチューン。イントロが流れるだけでダンサーもガンガンに反応してしまうほどだ。タフでラフなドラムブレイクとギターのループが体の内側まで響いてくる。

また「コマーシャルラップに蛍の光。どうせ消える金儲けフェイク。ほんまもんより安くてよく売れる」のヒリついたパンチライン。そういえば隣で腕組みしていたヘッズもたまらずに声を上げてハンズアップしていたな。

”Flight Knowledge (beats by DJ KENSAW)”

亡きKENSAWが周辺のプレイヤーに手配りしていたという激レア音源『梟観光ビート集』をヴァイナル化した、その名もFlight Knowledgeの中の1トラック。エレキギターをシンプルにループさせたサンプリングの妙と"KENSAW節"ともいえるドスの効いたスネアとバスドラが一瞬にして会場を梟観光ワールドへとトリップさせる。茂千代は「いこか、SOOMA」と後ろへ呼びかけてから「Atention please, ready to flight . 梟観光OWL AIRLINE。当機はHIPHOP大陸行き」とこれまた"Sir Owl"のリリックを参照。音楽の旅へリスナーをナビゲートするKENSAWのホスピタリティを受け継ぐ姿勢を見せた。

”一心不乱”

「サンプリングスナイパー」のa.k.aを持つDJ SOOMAのビートに戻る。フックの部分には梟観光にゆかりのあるMC達のシャウトが練りこまれている。渋いの一言だ…。

僕は個人的にこの”一心不乱”という曲の世界観に、茂千代の愛読書『俄』(司馬遼太郎 著)の主人公、明石家万吉の生き様が重なって見えた。(過去にリリースしたアルバム『NIWAKA』のタイトルもこの小説からサンプリングされている)

「一心不乱にやることは誰でもできると思うんすよ」と熱いメッセージを残す。

”間奏 MESSAGE from DYNAMO”

かつて、ダイナモメンバーとして、茂千代とタッグを組んでいたATSUがサプライズ登場。アルバムの中では、電話の着信音からスタートするいわばインタルード的な曲を担当しているのだが、茂千代に負けず劣らずパンチラインを叩きつけている。例えば曲の後半で呟くようにスピットされている「今、自分達にできること...HIP HOP SAVED MY LIFE」のライン。ラップやダンスやDJによって真っ当な方向に向かうのが本来の形のはずなのに、最近ではラップバトルの罰ゲームで高校生が亡くなるというニュースも。そんな僕のモヤモヤしていた部分を彼が代弁してくれた気がした。

ちなみにこの日は「アルバムと同じこと言ってもしゃあないから」とこの日だけの特別なラップ(ポエトリーリーディング)を披露。全て語り終えるまでにトラックが終わってしまっても一切動じず「ヒップホップはカルチャーでありムーブメントでありライフスタイルやねん。これを伝えていかなあかん」と語りかけ、間違いなく会場を一つにした。(彼のこの言葉を聴いて僕はこのレポを書くことを決心したのだった)

”共鳴同盟 feat. DRAGON P”

続いて、同じく大阪アンダーグラウンドを代表するクルーYellow Dragon Bandより、DRAGON Pの登場だ。普段の活動場所もコミュニティも異なる2人がステージに並ぶ。異色といえば異色なのだが、その呼吸はピタリと合い、まさに「共鳴」する。20年以上同じ土地でストラグルした経験がそうさせるのだろうか。

そしてベースの鳴りが抜群だった事もここで伝えておきたい…。「DJ SOOMA、鉄板のフレーバー」と冒頭で叫ばれている通り、ラガヒップホップのトラックメイクに関していえば、大阪では彼がパイオニアと言うべきか。このアルバム『新御堂筋夜想曲』では、ブーンバップからブレイクビーツからリディムまで多種多様なビートが詰まっている。この方の引き出しの多さには改めて驚かされる!

”CREATE(by DRAGON P)”

更にDRAGON Pより発表が。「2020年に自分が出す音源に今度は茂千代君に客演で入ってもらってます。今日はそれをやりましょうか!」90年代に大阪のヒップホップシーンに足を踏み入れ、令和を迎えた現在も、しかと走り続ける彼らによる「Still Create」というリリック。凄まじい説得力がある…。最後にDRAGON Pは「茂千代君と曲をやれた事が最高です。…頑張ってれば夢は叶う!大阪アンダーグラウンドの未来は明るい!」と熱く締めくくった。

”幸福”

「こうやって、P君とやれて幸せです」という語りから、再び茂千代はステージに1人に。メロウなバイブスの”幸福”へ。良質な音楽をディグし、誰かと共有することの幸せや、音楽に救われる経験について歌った曲だ。ラストのフックはオーディエンスも一緒になり大合唱。

”残影 feat. CHIRO a.k.a SOULDIGGER”

DAIKOKU FILMSプロデュースのもとMVにもなった話題曲。

雨が降り出しそうなシックなムードのトラックの中、CHIRO a.k.a SOULDIGGERを呼び込む。小柄ながらも太陽のようにエナジーの溢れる方だ。ワイヤレスマイクの調子が悪く、スピーカーから声が出ないというアクシデントもなんのその。マイクを持つ手を下ろし肉声で歌う姿に度肝を抜かれた。が、もっと驚いたのは、それでもフロアに声がかすかに届いていたということだ(その後すぐに正常なマイクが用意された)。圧倒的な声量とワイルドさにやられたのは僕だけじゃないはずだ。

歌い終わった後は「DJ KENSAW、茂千代、DJ SOOMA、そしてPROPSにBIG UP!」と非常にシンプルな言葉を残して降壇。曲以外で多くは語らないスタイルも潔くてかっこいい…。

”Overlap (by DESPERADO:1998)”

この日最後の客演。福井からKENTWILDの登場だ。アルバムのラストに収録されている曲を披露する前に、90年代に一世を風靡した伝説的ユニット、DESPERADOのMCが揃い踏みということで、1998年リリース(22年前!)の"Overlap"を披露。その当時の活躍をリアルタイムで観ていない世代にとっても歴史的なステージである事は一目瞭然だ。

”この街 (by KENTWILD)”

このライブの2日前にサブスクで配信されたばかりのKENTWILDのニューシングル”この街”を特別に披露する一幕も。

90年代にとった杵柄に頼ろうとせず、今なお邁進し続けようとするステイフレッシュなアティテュードを存分に見せつける。また、大阪と福井が彼らの手によって今なお強固に繋がっている事も特筆すべき点だ。街と街、人と人を繋げてくれるのもヒップホップの武器であり魅力だと僕は思う。

”日はまた昇る feat. KENTWILD”

「ラストチューン。未来へ行こうって意味を込めて」という短く的確な説明で最後の曲がスタート。ここでもサンプリングスナイパーの本領発揮。装飾をできる限り削ぎ落としたシンプルなビートだ。それだけに2人のMCの言葉は、よりクリアに届く。KSMD (KENTWILD SHIGECHIYO MAKING DOPES)という新たな名義を有しているものの、リリックの中にはアルバムのビートを全てプロデュースしたSOOMAへのリスペクトも十分感じられる。

こうして80分にわたるライブは終焉を迎える。振り返ると、アルバムに収録されている順番とほぼ同じ流れでライブが展開された。「映画のような流れになってるんで、是非アルバムは最初から最後まで通して聴いてほしい」とインタビューで話していたのを思い出した。

師の旅立ちやシーンの移り変わり、そしてプライベートの変化を経た今、ただ過去を懐かしむだけではなく、新たなパートナーやかつての盟友と作品を生み出した茂千代。先日のインタビューでも「時代は変わっても新御堂筋を走って現場に向かうのは変わらない」と話した。ブレる事なく自分のやるべき事をやる姿勢こそが、彼がアンダーグラウンドで支持され続ける所以だろう。帰り道、「日はまた昇る」というタイトルについて改めて考えさせられたのはいうまでもない。

 

Info

『新御堂筋夜想曲』

ベッドタウンからオフィス街の入り口まで北大阪を南北に貫く幹線道路、新御堂筋、通称「しんみ」。朝から晩まで混み合うこの道路も、深夜は歓楽街の客目当てに我先にとスピードをあげるタクシーと夜遊びに繰り出す若者達の為に開放された「夜へ急ぐ人」専用フリーウェイへと変貌する。「オリジナル赤い目梟」DJ KENSAWをピックし、「しんみ」に乗り「ミナミ」へ「仕事」しに走った幾つもの夜。道中に交わした会話、かかるMUSIC、フロントガラスに広がるCITY LIGHTS...Door to Door、寝ぐらから現場までの"しょ~もない眺めも梟観光のコーディネートでHIPHOPアミューズメントと化した。これは新御堂筋に朝のラッシュが始まるまでのストーリー。DJ KENSAWの直近、DJ SOOMAをピックして再び真夜中の"しんみ"を走る新しいルーティンが始まった。RED EYE OWLが旅立って3年、茂千代がDJ SOOMAと繰り返してきた実演から生まれたNEW BEGINNING。 90sから令和まで共に駆け抜けた仲間達と今も変わらないSOULを刻み込んだ感動の最新作。

‎茂千代の「新御堂筋夜想曲」をApple Musicで

茂千代

90年代、大阪に存在したラップグループDESPERADOの一員として日本初のメジャーHIPHOPレーベル FUTURE SHOCKからリリースを経験。大阪クラシックDJ KENSAW『OWLNITE』への参加、DJ HAZUと TOKONA-Xの最凶ユニットILLMARIACHIのシングルカット”YOUNG GUNNZ”に参加等、当時シーンに存 在を知らしめた活動初期の栄光から幾度かの活動休止を経て大阪HIPHOPの伝説DJ KENSAWのバックアップによ り2008年 1st ALBUM『NIWAKA』2009年 LIVE ALBUM『NIWAKA THE LIVE』2011年 2nd ALBUM『続 NIWAKA』2013年 MIX CD『回想NIWAKA』を(S.T.A./梟観光)からリリースを果たす。近年ではENDRUNの傑作アルバム『ONE WAY』での”FINEST” ISSUGIとのコラボレーションやKID FRESINO『Salve』収録曲”by her” での客演等、世代を超えてRAPするチャンスを得ている。現在、逝去の恩師DJ KENSAWの直近 DJ SOOMA (INSIDE WORKERS/闇雲PROJECT)とタッグを組みLIVE実演を中心に活動中、2017年秋、DJ KENSAWの命日で ある10/25に尊敬の念と梟の教えを刻んだ自主制作EP『Sir OWL』を自身のウェブショップS.T.A MUSIC STOREとLIVE会場を中心にリリース。

茂千代 (@shigechiyo_get_busy)

 

DJ SOOMA a.k.a SAMPLING SNIPER

大阪は 「梟の森」出身のHIPHOP DJ・BEAT MAKERである。 DOPEな色気を漂わすセンス、保ち続けるグルーヴ、そして折り紙付のスキルを武器にダンスフロアを席巻する。そのLOWでブレないMIX作品と 「SAMPLING SNIPER」としての旨味が凝縮されたドス黒い作品の数々は、揺るぎない信念と情熱が産み出すストレートヒップホップ以外の何ものでもない。また大阪の伝説 「オリジナル赤い目フクロウ」ことDJ KENSAWの薫陶を受けた 「梟チルドレン」 筆頭格であり、HIPHOP LOVERへ 「夢とギラギラのドープサウンド」を伝承する。近年その活動は更に活発化し大阪から日本各地はたまた台湾や中国へのDJ TOUR、また大阪が誇る天才MC 茂千代とタッグを組みLIVE実演等その活躍は多岐に渡る。

DJ SOOMA (@djsooma)

 

『PROPS』

大阪アメ村を代表する老舗HIP HOPパーティ。偶数月の第4金曜日にClub Jouleで開催。

PROPS_OSAKA (@props_osaka)

 

Seiji Horiguchi

フリーライター。新聞記者になることを夢見る学生時代を経て、気づけばアメ村に。関西を中心に、アーティスト(ダンサー/ラッパー/シンガー/フォトグラファー/ヘアアーティスト stc…)のプロフィール作成やインタビュー記事の作成を行っている。

現在の主な執筆活動
・FRESH DANCE STUDIOインタビューシリーズ
・カジカジ、連載『HAKAH’S PROCESS』
・その他パーティレポ、ダンスチーム紹介文、音楽作品の紹介
などが挙げられる。大阪のアンダーグラウンドシーンにアンテナを張りつつストリートカルチャーの「かっこいい」を広めるべく日々執筆中。

Sage (@horisage)

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茂千代は90年代には伝説のユニットDESPERADOのフロントマンとして活躍し、近年ではKID FRESINOやENDRUNのアルバムでISSUGIとマイクを交わすなど、存在感を示し続けている。

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